第208話 高飛車そうで優しそうな女の子
『ちょっとあんた、何様のつもり』
私に対してこんな高い声が掛けられた。
(えぇ、何。こっわ。柄悪くね)
こう若干、恐怖を描きながらも、
「なっ、何ですか」
気が弱そうに、消え入るような声を演技した。
「なに。あんた。こっち向きなさいよ」
私が彼女の方を向かなかった為なのか、怒ったように言われてしまった。
「すいません。すいません。許してください。許してください」
未だに演技をやめずに、声の主を向く。
声の主は、私ほどの背格好をしており、特徴的なつり目と、栗色の長髪を持ち、基本的には綺麗な肌をしているように見えた。
だが、肌には、そこだけ際立つように、生傷が目立った。
(うわぉ。これは、凄い)
ふざけたことを呟きながらも、
(あれって、多分、最近出来たものだよな。・・・最近来たのか)
彼女の真新しい傷にこう思いながらも、
「ごめんなさい、ごめんなざい」
泣きそうな声を出しながら、頭を床に付ける。
そう言った演技をした。
「・・・えっ、─────立ちなさい」
彼女は、少しだけ狼狽したように言ってきた。
頑張って涙を瞳に浮かべながら、彼女を見つめた。
(どういった反応を示すかな。これで、調子に乗って私に暴力を振るったんなら、逃げるけど)
「あっ、えっ、・・・─────」
彼女は、更に狼狽え、
「その、ごめっ。ごめんなさい」
と迷ったように謝ってきた。
(どうするべきか、まさか謝ってくるとはおもわなんだ)
ふざけたことを思いながら、
(彼女は、まともそうだな今の所見える範囲では)
此処に来てからは、少しだけ可笑しさ・・・違和感を感じさせる子供が多かったので、目の前に居る栗髪の少女には、そう思いを抱いた。
(そろそろ、演技をやめようかな)
と思いながらも、私は、
「すいません。すいません。ごめんなさい」
こう今にも崩れ落ちそうな、弱々しい声で謝り続け、
(いやぁ、やめるタイミング。見失ってしまいましたわぁ。地味に何で私は、こんな演技始めちゃったんだろうな。マジ分らん)
と心中で、大きく呟いた。
・・・冗談ではなく。ガチめに私は、見失っていた。
現在、彼女は、私に対して、『弱々しい』やら『守ってあげなくては』等々の気持ちを考えている可能性が高い。
現に、彼女の生暖かい視線には、その意が含まれているように感じる。
やめたい。やめなければ。
この意思が私の中では強い物の、
(どうする。このまま演技を続けるか、でも、・・・この関係を利用できないか)
悪い考えが次第に湧いてきてしまった。
(駄目だ駄目。流石に許されない。この子をまともに利用する方法が思い付かない。駄目だ)
本当に”まとも”に利用する方法が思い付かなかったので、心中で頭を振りながら呟き、
(・・・私、少しだけ。・・だいぶ、可笑しくなってるのかも知れないな。どうしてだろうな)
とちょっとした恐怖の感情が湧いてきたのが分った。
・・・少しだけ、既視感を感じたのだが、気のせいだろうか。
・・・・・多分、記憶にないって事は、気のせいなんだろうな。
・・・地味に、何で私、損得主義的な思考を個人相手に行ってるんだ。
「ねっ、その。ごめんね。その、あの、ごめんね。大丈夫」
少しの間、放置をしていた彼女は、そう言いながら、心配そうな視線で、私の顔を真っ直ぐと見つめていた。
(あっ、ヤベ、忘れてた)
こう思いながらも、
「ごめんなさい」
小さく謝る言葉を漏らすと、彼女は、
「大丈夫だからね。落ち着いてね」
錯乱でもしていると思っているのか、そう言ってきた。
(これ、流石に・・・マジでどうする。どうやって、演技やめるんだ。はぁ、もう。やらかした)
過去の自分の選択を恨みながら、彼女と数分間、もしくは数時間過ごし続けて、次第に落ち着いていく演技をしていたら、
「良かったぁ」
彼女は、小さく安堵の声を漏らした後に、
「コホン」
可愛らしく咳払いをして、
「貴方、一体。誰なのよ」
一番最初の声を掛けられたときのテンションで言われた。
(うわ~お、マジか)
こう思いながらも、今更、演技によって付けられた私のイメージを覆すのは難しいと思い、
「わっ、私は、アリス...です」
偽名を弱々しい声で名乗った。
「そう。アリスって言うのね。・・・・」
彼女は、何を話すのか考えていなかったのか、黙ってしまった。
(まぁ、そう言うこともあるよな。私も良くする)
こう思いながらも、彼女が続きを言うのを待っていると、
「・・・私は、イレーネよ」
と高飛車な雰囲気を纏わせ自己紹介をし、再度、黙りこくってしまった。
「・・・あの、イレーネさん」
小さく呼びかけると、
「なっ、何よ」
何故か、強ばったように反応をしてきた。
(どうかしたのかな)
こう思いながらも、これ以降の言葉を考えていなかったので、
(やっべ、どうしよう。何て言おう)
頭を回した。
そして、私は、
「えへへ、イレーネさん」
・・お分かりだろう。そう、思い付かずに、笑いながら再度呼びかけたのだ。
(一生涯の恥だ。うぅぅ、恥ずかしい)
こう思いながらも、次の行動を必死に考えた。
・・・まぁ、結局は、何も思い付かなかったわけだが。
(やばい、どうする、御礼を言おう。御礼だ。御礼。落ち着かせようとしてくれてたし)
と考え、御礼を、
「えと、その、イレーネさん。その、ありがとうござ─────」
こう口にし、続きを言おうとしたところ、
「イレーネ。何をしているの」
と彼女を呼びかける女性の声が響き。
イレーネの顔は、少しだけ強ばったように思えた。




