第10話 黒猫は笑っていた
(黒い猫だ、久しぶりに見た)
窓の近くにある結構デカめの木、それにちょこんと座ってこちらを無表情に見つめている猫を見ながら考える。
(猫、本当に久しぶりに見る、何年振りだろう?お父様達は、犬派なのかな)
と考え、最後に見た時を思い出そうとして、
「いや、猫がというより、動物全般を見たことがないな」
今生では、鼠や虫、空の鳥を除き、一回たりとも動物を見たことがないことに気づいた。
(前世ぶりだから、久しぶりって感じたんだろうな。なんでいないんだろう)
少し考え、思いつかなかったにで、黒猫に視線を戻すと、無感情な表情で私を見つめ返されていた。たぶん、色考え事をしている時も見られていたのだろう。・・・少し恥ずかしいな。
そうして視線が交わり続けていると、ふと何故だか、撫でてみたいなと思った。
特に毛並みが妖艶だとか、そういうのはないのだが、何故だか無性に撫でたくなった。凄く惹かれたのだ。
それ故にベットから降りて、窓に対して歩き出した。
すると、その様子を一通り見ていた猫は、一瞬笑ったような顔、夢で見たような不気味な笑いをした後に後ろ向きに墜ちていった。
「えっ」
自然に口から声が漏れた。
流石にこの距離を頭から落ちたら、無事では済まない、と思ったのだ。
窓に駆け寄り、急いで開け、これから見るであろう凄惨な景色、それに固唾を飲みつつ、
「無事であってくれよ」
小さく呟き、猫が墜ちた場所を覗き込んだ。
はずなのだが、地面には死体はおろか広がる血すらなく、青々とし、均一に切られた何も異常がない普通の芝生があるだけだった。
猫が何処に行ったのか、それを探すために窓から身を乗り出し探した。
やっている事が馬鹿な行為である、それは分かっているのだが、なんらかの魅力が私にそうさせた。
だが、結局猫は見つけられず、遠くの森にナニカが見えるだけだった。
まあ、でも、私の猫への関心、それを移すにはそれだけで十分であった、と言っておこう。
何なのだろうか、どうしようもなく気になり、更に目を窄め、そして数分の格闘の末に、それが街であることが分かった。
(子供ではあそこまで歩くのは辛いな。前世でも辛そうだ。運動不足だったから)
一応は徒歩圏内だ、と考えながら、更に窓の外に身を乗り出し、外を見ていると、強い突風が吹き抜けた。
「あっ」
(やばっ)
突然の出来事に不安定になった体勢を立て直そう、と思ったのだが、その後も吹き抜ける後続の風達、それに体重が軽いせいか、それとも筋力が無かったのか、私の身体は、思いっ切り揺らされ、更に体勢が不安定になる一方であった。
そうして結局、
「あっ、やっば」
自力では引き返せないところまで来てしまった。
頭の中で鳴り響く危機を報せるアラートに焦りを強め、
(あの猫とかと違って、多分この屋敷の4階から墜ちたら死ぬ、脚から言っても不味い)
墜ちた時の予感が、私の頭の中を支配していた。
(転生したって言うのに、こんなしょうもない死に方してたまるか)
幾ら心中で叫んでも、どうしようもならないのが世界の常だ。
現に私の身体は、先程よりもヤバくなり、いつ自由落下を始めてもおかしくない、と思えるような状況に刻一刻と変わり続けるのを窓の近くの物に全力で足を引っかけ、出来る限り遅くしているだけなのだから。
何故だか、世界が、景色が、時間が流れるのが遅く感じた。
(これが死ぬ直前にある感覚なのか、生まれたときの勘違いとは、雲泥の差だ)
焦燥感に支配されていると、引っ掛けている物がズレるような音が響く。
そして、私の身体、特に胸のあたりは、若干勢いよく突っ張っていた部分にぶつかった。
(イッタッ、身を乗り出さなければ良かった)
後悔をしながら、思い出したかのように窓枠を掴み、打開策を考える。
すると足の方向に身体が全力で引っ張られ、
(なんだ)
驚いていると部屋の中に投げ出された。
部屋の中を見回した。
そこで私を助けたであろう人物、怒ったようなびっくりしたような顔の男、お父様を見つめた。
「エミリー、君は何をやっていたのか分かっているのか」
お父様は怒りを隠さない声で言った。
(初めて聞いた声だ)
少し驚きながら、呆然とお父様の顔を見ていると
「聞いているのか、エミリー」
大きな低い声が、私の鼓膜の奥の奥まで響き渡った。
「ビクッ」
こんな擬音が合うほどに身体を反応させ、お父様に対して
「はい」
驚くほど小さな消え入りそうな声で応えた。
「エミリー、お前は死にたいのか」
私に対し、全力で怒っている声で聞いてきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
どうしても、謝るしかできず、声を絞った。
「死にたくないだろう。どうして、窓から落ちそうになっているんだ」
問いかけてきた、というより怒ってきた。
「私は、私は、」
と言うので、言葉を切ってしまった。
頭の中には何個も、何個も言訳は浮かんでいた。
だが、それらはまとまり切らず、消え去り、声にならなかった。
(なんでまとまらないんだ。もう少しなのに)
私が言葉に詰まっていると、お父様は悲しいような顔になって
「エミリー、君はこの家が私たちの事が嫌いなのか」
こう言い出した。
何故そう思われたのだろうか、飛躍した思考に、否定する言葉を漏らした。
「私は、お父様、の事が、お母様の、ことが、大好きです」
と掠れた声で、泣きそうな声で、途切れ途切れの声で言った。
(精神が身体年齢に引っ張られているのだろうか?それとも単に命の危機であったためか?)
分析をしていると、何故か頬には、暖かい涙の感触があった。
「それじゃ、エミリーはどうして、落ちそうになっていたんだい」
再度問いかけてきた、多少冷静さを取り戻した声で、
(冷静にならないとな、冷静に)
若干未だに湧き出る安堵やら、なんやらの気持ちを吐き捨て、深呼吸をし、
「窓の、外にいた、墜ちた、猫のことが、気になって」
と想像以上に途切れ、鼻声だった事に驚きつつ事実を話した。
「そんな事で・・・。これからは、窓から身を乗り出しちゃいけないよ」
冷静さを取り戻しつつも未だ怒気をはらんだ声で言い、私の返事を待っていた。
「分かりました、お父様」
と応えると満足したように、何処か心配しているような表情を出した後に、
「窓に、落下防止の柵でも付けよう」
と言って私の事を連れて部屋の外に出た。
そうして、図書室に連れていかれ、
「此処で、大人しく本を読んでおいてくれ」
と何度も強い声で言った後、近くにいたメイドさんに見守りを頼んで、何処かに向かっていった。
_____別視点_____
私の娘は昔から変な事をする事が有った。
だが、今回のことは見逃すわけには行かなかった。
柄にも無く娘を叱りつけた。
『親友』に出して以来一度も出したことが無かったがちゃんと出すことが出来た。
娘はどうしてしまったのだろう。
小さい頃から変な子だった。
それも個性だ、と思っていたが、窓から身を乗り出しちゃいけない、等と言ったことは、分かるような利口な子だ。
それなのに何故、あの子は窓から身を乗り出してまで、墜ちた猫だったか、それを探していたのだろう。
あの子を見ていると、まるで『親友』のようで、あいつの存在が脳裏によぎってしまう。
今度は危険がないように、窓に柵を付けよう、そうすれば危険な事はなくなる。
いや、部屋を一階に移した方が良いか。
そう思いながら私は、窓に柵を付けるために木の板を探していた。
何も無いよりましだろう、一時的に付けれれば構わない
その一心で窓を塞ぐことの出来る物を探していた。
それと同時に近くにいた、従者を呼び妻に事を伝えて貰った。
2023年3月27日、11:49
加筆、表現の修正、変更
2023/08/12、2:01
加筆、表現の変更、修正
私ごとですが、この作品のメインテーマ?的なのが、結構最初から出てて驚いた。




