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異世界奴隷解放譚  作者: 黒麻玄
旅立ち
9/21

9 かつての勇者

最近寒くなってきて震えながらキーボード叩いてます。

 街に戻ってきた竜斗は、ひとまずギルドに向かう。

 クーニファスに言われた通り、ウルフの爪を売りに行きたいがどこで売れるのかがわからなかった。

 クエスト達成の報告も兼ねて、ハリスにいろいろと聞こうというわけだ。


「こんにちは、クエストの達成報告しに来ました。あと、モンスターの素材ってどこで売れるか教えてもらえますか?」


「竜斗さん、こんにちは。かしこまりました。冒険者カードの提出と獲得してきたモンスターの核の提出をお願いします。あと、モンスターの素材はギルドでも買取できますので、こちらで出していただいて構いませんよ」

 

 竜斗は冒険者カードと、獲得してきた核を取り出す。

 タイニーウルフ三体、ゴブリン二体、スライム三体分。あとウルフの爪をカウンターに提出した。


「核さえ持ってくれば、まとめてクエスト受けられるって聞いたので、このモンスター分のクエストもお願いします」


「これはずいぶんとモンスター討伐してきたんですね。まだお一人なんですからあまり無茶してはいけませんよ。ですが、こちらの分は確かに受領いたしました。Fランク三件分の報酬として、銅貨24枚になります。あとは、ウルフの爪……ですかね……あの竜斗さんこちらのモンスターの核もお持ちですか?」


 手際よく報酬の銅貨をカードにしまうハリスの手が止まった。

 神妙な面持ちで竜斗のことを見ていた。


「え、はい。これですけど……どうかしたんですか?」


「いえ、すみません。つかぬことをお聞きしますが、このウルフの爪ってどうされたんですか? ウルフは本来Dランクモンスターですし生息地帯はかなり奥なはずなのですが……」


 本当に自分で倒したのかどうか疑われているのだと竜斗は最初思ったが、ハリスの様子を見るにそうではないらしい。


「……普通にタイニーウルフ三体と戦っていたら急に現れたんですが……あ、あとこれがそのウルフの核です」


 ウルフの核を提出するとハリスの表情がさらに曇った。


「……竜斗さん本当によく生き残れましたね……このウルフは通常のウルフではありません。このウルフは”魔獣化”しています」


「魔獣化、ですか?」


「はい、モンスターの中には突然変異的に魔獣化するものがいます。魔獣化すると狂暴性や知能が高くなります。また、本来魔法が使えないモンスターも使えるようになったりします。なのでこの場合ウルフはCランク相当のモンスターに定められています」


 竜斗は、Cランクという言葉を聞いて、本当によく生き残れたものだと今更になって体が震えてきた。


「魔獣化自体はそこまで珍しいわけではないんですが、本来生息しないウルフがいたというのがちょっと問題でして……この辺りはご存じの通り初心者の冒険者が多いです」


「なるほど、初心者の冒険者が遭遇してしまうとかなりのリスクが生じるってことですね……」


「ええ、ギルド長に報告する必要がありますので、今日はこれで失礼しますね。ウルフの爪の報酬分として銅貨40枚も追加で入れておきますので」


 ハリスは追加の銅貨をカードに入れるとそそくさと荷物を片付け始める。

 すみません、と一礼し裏に行こうとするのだが、途中で思い出したように止まった。


「そういえば、明日はこの件もありますしギルドに来られないかもしれないですが、明後日はお伝えしていた通り、私休みですよ」


「それって、どういう……」


 そこまで言いかけて聞くのは野暮だなと思いとどまる。


「ハリスさん、魔獣化の話とかまだいろいろと聞きたいことがあるので、明後日よかったらランチでも行きませんか?」


「ふふ、ぜひ喜んで。12時に中央通りの角にあるレストランでいいですか?」


「はい! よろしくお願いします!」


 微笑んで見せるとハリスは、裏に消えていった。

 頬が緩みそうになるのを抑えながら、竜斗はステータスの更新に向かった。

 Cランクモンスターを倒したとなればレベルが上がっていても不思議ではない。

 更新を終え、ステータスを見てみるとレベルは10まで上がっていた。スキルも武闘と雷撃がレベル2に上がり、基本的なステータスもそれなりに上がっていた。


「意外とレベル上がってるな。ただあんな思いはしたくないし、こっからは地道に上げていくしかないか……」


 レベルを上げるためには強いモンスターと戦うのが手っ取り早い。しかし、リスクと経験値を天秤にかけた時に重くなるのはリスクだった。

 ギルドを後にし、ぶつぶつと考え事をしながら宿に向かう。


「……ちょっとシルビーに手伝ってもらうか……」


「私に何を手伝ってもらうって?」


「ちょ、なんでいつも急に現れるんだよ!」


 肩口から急に話しかけられ、勢いよく振り返る。

 フードを深くかぶったいつもの姿のシルビーがそこに立っていた。


「後ろから声かけたのに竜斗が気づかないから……それで何を考えてたの?」


「さいですか……いや、ちょっとレベル上げを手伝ってもらえたらなって。ちょっと今日割と危なくてな」


 そういうとシルビーは竜斗の体をじろじろと見始めた。

 うーん、と唸りながら竜斗の周り見て回る。


「危ないっていうわりにケガもしてないみたいだけど……そんなに強いシールドまだ使えないよね?」


 言った後になって、竜斗はしまったと思った。

 不思議そうな目を向けられ、竜斗は悩んだ末に自分の持つスキルについてシルビーに説明することにした。


「……わかった。ちょっとここじゃ説明できないからあとでちゃんと説明する。だから、とりあえず飯食いに行かないか……」


 先ほどからぐうぐう鳴っているお腹をさすりながら、竜斗は照れくさそうに言った。


「あは、そうだね。先にご飯にしようか」


 二人は食事を取るために、中央通りの方に向かって歩き出した。

 そんな二人を陰から見ていた男。竜斗のことを捉え憎悪の視線を送り続けていた。


「……あんなFランク風情が俺に向かって偉そうに……それに、ハリスさんとも親しげに話しやがって……あいつには何とか痛い目を見せてやらねえと気が済まねえ……てかあいつにも連れがいたのか」


 先ほどクーニファスによって退却を余儀なくされたパーティのリーダー。フーリは一人で竜斗の様子を観察していた。何か竜斗を貶める方法がないものかと。


「あんなガキ連れて冒険とは、冒険者を舐めてんのか……余計にムカつくな……しかし、ずっとフードかぶってるし、よっぽど見られねえ面なのかもな。よし……」


 フーリは気づかれない位置から、竜斗たちに向けて魔法を発動する。

 街中では攻撃魔法は犯罪にも問われかねない。力をかなり抑えた、突風を発動させる程度の魔法。

 その魔法はピンポイントにシルビーに命中し、フードを一瞬でも掬い上げた。


「……くくっ。なるほどな……これは面白いことになりそうだ……」


 フーリは意味深に笑うと、どこかに向かっていった。


 竜斗たちは食事を終え、宿に戻ってきていた。

 説明すると言っても竜斗自身が完全に理解しているわけではない。あくまでもこういった効果があるかもしれないという程度のものでしかない。


「初めに断っておくが、俺自身もよくわかっていない。それに、この世界における禁忌に触れてしまっているかもしれないから、誰にも言わないと約束してほしい」


「もちろん、誰にも言わないよ。でも、竜斗が他に言えないことがあるなら全部教えてほしい。ちゃんと竜斗のこと知っておきたいから」


「……わかった」


 竜斗は一言だけそう答えると、部屋にあったナイフで自分の指を少し切る。

 驚き一瞬目を丸くしていたが、黙って聞いている。

 竜斗は傷ついた指に手をかざす。淡い緑色の光に指が包まれ、次の瞬間にはすっかり傷はなくなっていた。

 本当に言葉をなくし、シルビーは固まってしまっている。


「どういうものなのかはわからないが、どうやら回復スキルみたいなんだ。この世界には回復魔法が存在しないっていう話を聞いて、言い出せなかった」


「……そ、それはどんなケガでも治すことができるの?」


「どんなケガかどうかはわからない。ただ重症な時ほど魔力を消費している感覚はあるな。もともと俺の魔力も少ないから、治せるケガには制限があると思う」


 なるほど、と言いながら、シルビーは自分の指を先ほどの竜斗と同じように切った。

 

「他の人のも治せるのかな」


 すっと傷ついた手を出し、竜斗にスキルを使うよう促す。

 竜斗がシルビーの手に触れると、同じように傷はなくなった。


「いけるみたいだな……」


「そうだね……黙ってて正解だったかも。もし知られたらケガを治す道具として一生こき使われるかもしれないから。他に人がいるところでは使わない方がいいね」


 魔力消費量的にも自分のケガを治した時とほぼ変わりなかった。誰に使おうが、効果は変わらずケガの程度によって消費魔力量は増減するようだ。


「それは……ちょっと勘弁したいな。それにしても案外冷静なんだな。もっとやばいことかと思ってたが」


「うーん、驚きすぎて感情の整理が追い付いてないんだよ。目の前でこんなの見たら信じるしかないしね」


 半分呆れたような口調で答える。


「それと、もう一つ聞いてもいい?」


「ん、まだ何かあるのか?」


「うん。ちょっと答えづらいかもしれないけど……竜斗は本当はどこから来たの?」


 冗談で言っているわけではない。それはシルビーの真剣な様子から伝わってくる。

 とはいえなんて答えたらいいかもわからない。


「記憶が曖昧だって言ってたけど、それも嘘だよね。普通はもうちょっと不安そうにするものだけど、竜斗はずっと堂々としてるし自分の考えもしっかり持ってた。もうこの際何言われたって驚かないから、竜斗のことを教えてほしい。人じゃないって言われたって大丈夫だから」


 竜斗は少し悩んだ末に、すべてを伝えることにした。

 自分が死ぬ場面で神様に助けられ、この世界に転生したこと。

 前世では奴隷制度などなく、だからこそ奴隷を解放したいということ。

 シルビーは竜斗の話を黙って聞いていた。時折頷き、相槌をいれながらも口を挟むことはなかった。


「……というわけなんだが、やっぱり信じられないよな?」


「……ううん。竜斗の話、信じるよ。そんな嘘つくとは思えないし、それに竜斗みたいな転生した人もかつて存在したってされてるんだよ」


「えっ? そうなのか?」


「うん。かつてこの世界を救った勇者。その人が竜斗と同じ転生者ってされてるんだよ」

 

 シルビーはこの世界で語られている勇者の伝承について教えてくれた。

 かつてこの世界を救った勇者。その存在は多くの伝承や、記録として残っていた。

 世界でモンスターに覆われ、人々は困窮した生活を送っていた。

 井戸の水は枯れ、食物は腐り、木々は育たなかった。

 そんな中、ある一人の勇者がこの世界に誕生する。

 一度死んで生まれ変わったというその男は、剣の腕前は並ぶものなし。魔法の腕は超一流には及ばぬものの、どんな魔法をもそつなくこなす才を見せた。

 彼は、世界にはびこるモンスター、それを統べる魔王を倒すことで世界に平穏をもたらそうとした。

 しかし、彼一人の力では魔王には届かず、仲間を集めることにする。

 世界各地から、それぞれの能力に特化した人材を。種族も容姿も性別も何もかも関係なく、ただ能力で彼は選んでいった。

 そして、集まった仲間を従え、彼は魔王に挑んだ。

 七日間における死闘の末、彼は魔王を打倒し、世界に平穏をもたらした。

 

「ってものすごく簡単に言うとこんな感じ。本当の伝承は」


「本当のってことは、違うのもあるのか?」


「うん……そのせいでこの世界は人に虐げられるようになっちゃったんだ……」


 悲しそうに、かつ竜斗に対して申し訳なさそうに事の経緯を伝える。


「実際に魔王と戦ったのは勇者だけなんだーー」


 それから、シルビーによって話されたのは人間の醜い部分を体現していた。

 魔王と戦ったのは勇者だけ、仲間は戦っていない。これは事実。じゃあ仲間はどうしていたのかというと、魔王の側近の相手をし、お互い瀕死になりながらも、勇者と魔王の戦いには手出しができないようにしていたのだという。

 当然仲間も了承し、勇者にしか魔王は倒せない。勇者に託す、という形で自分の役割を全うしていた。

 しかし、勇者が魔王を討伐し帰国した時に待っていたのは想像とは異なるものだった。

 誰もが勇者のみをたたえ、あとの者たちを軽蔑のまなざしで見送る。凱旋パレードとして行われたそれが世間の評価を物語っていた。

 当然勇者パーティには何が起こっているのかわからない。なぜ自分だけが讃えられ、他の仲間たちには石が投げられているのか。

 勇者はすぐさま王に話を聞くと、出てきたのはとんでもない答えだった。

『魔王を倒したのは勇者一人の力。他の仲間たちは反旗を翻し勇者に返り討ちにあったのだろう』 

 勇者は怒り、王を殺そうとしたが目に入ってきたのは亜人の子供たち。人質に取られ、勇者には選択肢がなかった。

 勇者が英雄であり続ける限り、人質の命は保障する。仲間が真実を言わない限り、彼らの自由は保障する。

 それが王と交わした約束であった。

 それだけだったらよかったが、仲間たちが勇者を裏切ったというデマはすぐさま広がり、英雄と裏切り者という立場はすぐに表に出てきてしまう。

 今まで普通に接してきた人たちの態度も急変し、下に見るようになった。人と亜人とではそもそもの力や体格にも差があり、遊んでいてケガをさせるということもどうしても起きてしまう。

 そういったことからも、野蛮な種族、災いをもたらす、触れると呪われるなどの噂が広がっていった。


「それでも中には今のままじゃダメだって声を上げた王様もいたんだよ。そういう積み重ねがあったから、私たちも追放とか絶滅までは追い込まれなかったんだ。昔よりはマシになったって長老とかは言ってたなあ」


「……言いたいことはたくさんあるが、どうしてそれをシルビーが知ってるんだ。世界に伝わったのは間違った伝承だったんだろ?」


「そうだよ。でも私たちエルフ族は長命だからね。実際に勇者の仲間とも会ったことあるから、実際に聞いたんだって。門外不出として、一族の内でも一部の者しか知らないけど」


 なんでそれをシルビーが知っているのかという疑問は残るが、それでもわからないことはたくさんある。

 どうしてそういう扱いをされながらも、逆らう者たちがいなかったのかということだ。


「どうして誰も抵抗しなかったのかって顔してるね?」


「……だってそうだろ。そんな扱いをされて黙ってる方がおかしい」


「もちろん抵抗した者たちもいた。でもそれすらも王の謀略の一部だったんだよ。逆賊として世間によりその醜悪さを見せつけ、見せしめにその一族を滅ぼした……そうなったらどう? 滅ぼされるくらいなら奴隷にされて黙ってるくらい種族的には安いものでしょ?」


 竜斗はもう何も言えなくなってしまった。

 誰もが悔しい思いに耐え、それでも種族を存続させようと堪えている。

 上っ面しか知らない竜斗に何か口を出す資格はなかった。


「そんな悲しい顔しなくていいんだよ。自分から奴隷として売ったりを強制するようなことはない。種族によっては売ることもあるけど、それはあくまでも強制じゃないからね。私たちの扱いとしては野生の動物と同じだよ。捕まったら最後かもしれないけど、捕まらないように逃げることはできる。そう考えたら最悪の状態ではないんだよ。でもね……」


 シルビーは今度は嬉しそうに、竜斗に微笑みかける。


「竜斗と出会ったおかげで私たちにも希望が見えたんだよ」


「それってどういうことだ?」


「隷属のアンクレットの話したの覚えてる?」


 隷属のアンクレット。奴隷として契約するときにつけられるアクセサリーのことだ。

 外れる条件とか、付けられた時に能力が制限されるなどを竜斗はなんとなく覚えていた。


「ああ、それのせいで奴隷になった者たちは逃げられないって話だろ」


「うん、そう。そのことで説明してないことがあったんだけど、奴隷って複数人とは契約できないんだよ。あくまでも主従関係だから、奴隷が仕えられるのは一人の主人だけ。私たちは奴隷になった子たちを助けることはできないけど、人間同士は違う……」


「それってつまり……」


「うん。竜斗が助けて隷属させることができれば、もうその子たちは竜斗が死なない限り、奴隷にされることはないんだよ」


 竜斗は奴隷制度を嫌っていた。助けて隷属させるという矛盾にもとれる表現である。

 だがその嫌われた制度のおかげで救われる者がいるのなら、竜斗は自分の感情など押し殺してもよかった。

 

「……具体的にはどうやって他の人間から救い出すんだ? 力づくで奪うっていうわけにもいかないだろ」


「うーん、力づくでも問題ないけど、なかなか難しいだろうね。それに奴隷を助けようとしてるのがばれると、ちょっとまずいかも。あくまでも竜斗が奴隷としてほしがっているっていう構図が欲しい」


 竜斗が亜人たちを助けて回っているとなると、まず竜斗が断罪されかねない。さらには、それを依頼した種族がいるのではないかということで、滅ぼされる種族が現れないとも限らない。

 だから竜斗は立ち位置をしっかりと見極める必要がある。

 亜人たちからは、奴隷を集めて回っている魔王として嫌われ、そして人々からは、世界中にいる危険因子を抑える勇者として求められる。

 魔王と勇者という相反するような立場を全うする必要があるのだ。


「立場的には竜斗にとってつらいものになると思う……でもこれくらいしか、異種族を助ける方法が浮かばないんだよ……」


「……確かに言わんとしていることはわかった。だが、うまくいったとして、俺が死んだ後にはより生きづらい世界になるんじゃないのか? より世間からの軋轢は広がりそうな気もするが」


 結局のところこの計画で救える人数というのは限りがある。竜斗に会った者たちしか救うことはできない。また、勇者たるものが奴隷を集めていたとなると、より奴隷制度を助長しかねない。


「……それについてはちょっと考えがあるんだ。竜斗に頼りきりになっちゃう計画だけど……」


「遠慮せずに言ってくれ。俺だって俺に助けられる者がいるなら助けたい」


「ありがとう。私たち異種族を嫌ってるのって、噂とかそういう決まりだからって人がすごく多いと思うんだ。だからまずは少ない人数から、できるだけ異種族に対して抵抗ない人から関わる機会を増やしていく。クエストのサポートとかで新人冒険者を手伝うのもいいかもしれない。ちゃんと私たちの実態を知ってもらっていい関係を築いていくしかない。すごく小さな積み重ねになるし、時間もかかる……でもできないわけじゃないと思うから……仲良くできていた時代もあったんだから……」


 振り絞るように言うシルビーに竜斗も心が苦しくなった。

 自分よりも幼い少女が、真剣に自分たちや異種族を助けるために考えて行動しようとしている。

 最初に竜斗のことを助けたのも、自分の理想を叶えてくれる人を探していたからなのかもしれない。

 竜斗の中でもう心は決まっていた。もとよりこの世界から奴隷を救いたいというのは、竜斗自身の理想でもあった。

 どんな険しい道だろうと、途方の無い道のりだろうと可能性があるならそれにすがるほかない。


「頼ってるなんて思うなよ。俺自身がやりたいことでもあるんだから、方法を考えてくれただけでありがたい限りさ」


「……そうだね、ごめんね……」


「ははっ、こういう場面で使う、くさい言葉教えてやろうか」


 まさか本当にこういう場面に自分が遭遇するとは思ってもみなかった。

 状況的にぴったり過ぎて思わず笑ってしまった。

 軽く咳ばらいをし、もったいぶった挙句、竜斗は言った。


「こういう時はごめんねじゃなくて、ありがとう、だろ」


 しばしの沈黙が流れる。空気が固まっているのを肌で感じた。

 さすがに気どり過ぎたかと心配していると、くすくすと聞こえてきた。


「ふっ、ふふっ、あ、ははっ。さすがに、ちょっと、カッコつけすぎじゃない」


 竜斗は目の前で爆笑しているシルビーを見て、顔がどんどん紅潮していくのがわかる。

 鏡などはないが、もう見なくても分かった。


「……ふっ、ふふふ。でも、そうだよね、うん。竜斗の言う通りだよ」


 笑いを何とか抑えると、大きく深呼吸する。

 正面に向かい合うと、ゆっくりと微笑みながら言った。


「ありがとう」


 たった一言だったが、どんな言葉よりも重みの詰まった言葉だった。

 少し落ち着いてきたところで、今後の方針についてざっと確認する。

 冒険者としての方針は、特に変わらずまずはランクを上げ、知名度を上げる。これが最優先だ。

 後は具体的に奴隷を従えている者から奪う方法。

 一つ目は、相手から買い上げる方法。より高く売れる価値があるとなれば、手放す者も多い。

 二つ目は、捨てた奴隷を助けだす方法。奴隷が死ぬことで隷属状態は解除されるが死体処理が大変なため、死ぬ前に捨てる者も多い。そうなった者たちを死ぬ前に救い出す方法。これならばお金はかからないが、そこまで見殺しにしなくてはいけないし、常にぎりぎりな状態でいる奴隷が多いため救えない命も多くあるだろう。

 三つ目は、奴隷商から買う方法。表立った商売ではないが奴隷を販売している商人は存在する。そこで他の人の手に回る前に買ってしまう方法。隷属のアンクレットを買う必要はあるが、限りなく健康状態で助け出すことができる。

 四つ目は、亜人たちの街や国に赴き、自ら奴隷になってもらう方法。奴隷商を介すことなく、同意の上ならば一番安全だと言える。しかし、竜斗が人間である以上、交渉は難しくなることは間違いなかった。


「エルフに関しては私が交渉すれば何とかなると思うけど、他は厳しいと思う。やっぱり正攻法で奴隷商から買うのが無難かもしれないね。売れるとなると奴隷商はさらに奴隷を仕入れようとする。難しいところではあるけど、すでに捕まっている子たちを助けるにはその方法しかないと思う」


「いや、もう一つ方法はあるぞ……俺自身が奴隷商になることだ。そうすれば一番早く情報を仕入れることができる。それに同じ考えを共感している人に売れば、費用は掛からず、奴隷商としての立場も守ることができる。今いる子たちを救うのは奴隷を買うことでしか救えないかもしれないが、これからの命は救うことができるかもしれない」


「確かにそうかも! でも素性は隠した方がいいかもね。奴隷商は表向きは存在しない仕事だから、そんなのを勇者になろうとしてる人がやってたらちょっと印象はよくないから」


 少しずつだが方針が決まってきた。昼は勇者、夜は奴隷商、亜人から見れば魔王という三つの立場をこなしていくということ。


「ちなみに、奴隷の相場ってどんなもんなんだ? とりあえず今できる限りのことはしたいしな」


「相場自体は結構ピンキリなんだけど、大体銀貨10枚から高くても30枚ってところかな」


 日本円にして10万から30万くらい。現在価値で犬や猫を飼う時と同じくらいの相場だ。

 決して安くはないが、頑張れば何とかならないこともない気がしていた。


「あ、でも、隷属のアンクレットは別で買わなきゃいけないんだよ。だからもうちょっとお金はかかるね」


「そうなのか。で、それはいくらなんだ?」

 

「金貨1枚」


 必要だから聞いただけだったが、思わず耳を疑った。

 完全に思考は停止し、自然と口から出たのは、


「高くね」


 ただ一言だった。余計な考えなど一切なく、その一言にすべて詰まっていた。


評価やブックマークなど励みになりますので、よろしければお願いいたします。

今月はあと一回更新して、終わりになります。

来月以降は月曜の22時更新、余裕があれば木曜日にも上げられるように頑張っていきます。

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