7 初クエストと最強との邂逅
ギルドを出てから、ひとまず昼食を取りに向かった。
中央通りに行くと、ちょうど昼時ということもありあちこちからいい匂いが漂ってくる。
「軽く何か食べていきたいところだけど、シルビーがあんまり気を使わないところの方がいいよな……」
竜斗はできるだけ人が少ないところを探す。
シルビーはエルフなので食べられるものにも制限があった。
気にしないでと言われるかもしれないが、そういうのもちょっと嫌だった。
「あ、じゃあ竜斗さえよければ、異種族用の宿に行かない? あそこだったら私も楽だし、人間のことも見慣れてる人が多いから竜斗もそんなに変に見られることはないと思うし」
竜斗はその提案を受け入れ宿に向かった。
宿に入ると表で見かけたような様々な種族の冒険者が、テーブルにつき談笑していた。
竜斗のことを見て、こそこそと話している者もいたが奇異な視線は送られなかった。
慣れている、というより興味がないといった感じだ。
冒険慣れしている強者が多いので、もし揉め事になったとしても問題ないという余裕の表れでもあった。
「お久しぶりです、シュナウザーさん。ちょっとクエスト行く前にご飯食べていきたいんですけど、今空いてますか?」
「おや、ずいぶんと珍しい子が来たもんだ。お父さんと来て以来かのう。ちょうど何席か空いてるから適当に座っておくれ」
シュナウザーと呼ばれた、立派な髭と眉毛を蓄え、温和そうな老人がカウンターの奥から優しそうに微笑みかける。
頭には犬の耳が生え、これがシルビーの言っていた犬人族のようだ。
シルビーは空いている席に座りながらシュナウザーとの会話を続ける。
「そうですね。もう十年くらい前になると思います」
「そうかい、そうかい。あの時の小さな子が私と同じくらい大きくなるとはね……そしてこれはまた珍しい……人の子だね。人はあまり我々の店には来ないんじゃがのう。でも来たからにはぜひうちのうまい料理を食べていっておくれ」
シュナウザーはそう言うと奥の方に消えていった。
カウンターの前で呆然と立ち尽くしていた竜斗は、その言葉で慌てて席に着く。
「びっくりしたでしょ」
「……ああ、もっと冷たい感じで来るかもと思ってたけど全然そんなことないんだな」
「お店の人もプライドがあるからね。お客さんとしてきてもらってる以上、最高のおもてなしをしたいって思ってるんだよ」
店内を見てみるとどの客も満足げに食事を楽しんでいる。
並ぶ料理はどれも豪華で、その種族にも合わせているものを出しているようだ。
感心しながら眺めていると、竜斗たちの隣に座った獣人の一人が話しかけてきた。
ライオンのような見事な毛並みを持ち、その場にいた誰よりも圧倒的な威圧感を放っていた。
「よお、人間のあんちゃん。わざわざこんなとこ来るなんて珍しいな。見たところ弱っちそうだし、初心者だろ? ここ結構金かかるが持ってるのか?」
「えっ、マジ!?」
中央通りにある店は価格設定が高い、というほんの少し前の話を今思い出した。
慌ててシルビーの方を見る。シルビーは、もちろんわかってたよ、という余裕の笑みを浮かべていた。
「大丈夫大丈夫。今日は全部私が出すから。だからこの先お金かかるようなときも、いちいちそんな顔しないでね」
どんな情けない顔をしていたのだろう。シルビーは竜斗の顔を見て笑うのをこらえるので必死だった。
「なんだ、そっちの嬢ちゃんの連れだったのか。だが、そんな嬢ちゃんにおごってもらうなんて、みっともないな」
「うっさいわ! 確かに今日冒険者登録したばっかの初心者だけどな、次来た時にはあんたの分もおごってやるよ!」
「がはは、威勢がいいな。俺にそんなこと言うなんて怖いもの知らずもいいとこだ。だが嫌いじゃねえ。まあ、しばらくはいるつもりだから楽しみにしておくぜ。だからそれまでせいぜい死なねえことだな」
バンっと竜斗の背中を勢い良く叩き、立ち上がる。
「俺は獣王族、クーニファス。またどっかで会うことがあったらよろしくな」
クーニファスは他の席に座っていたパーティメンバーを連れ店の外に出て行った。
「ほっほっほ、あのクーニファスに向かってずいぶんなことを言っておったな。無鉄砲さは若者の特権だが、死に急ぐような真似はしない方がよいぞ。老婆心からのアドバイスじゃ」
シュナウザーが配膳ワゴンを押しながら歩いてきた。
なんともかぐわしい香りが空腹な体に堪える。
肉汁滴る厚切りのステーキが鉄板のプレートの上にのせられている。中央で二つに分かれ、二種類のソースがそれぞれにかけられていた。
付け合わせの野菜からは、ほっこりと柔らかそうな湯気がたち昇っていた。それと併せてパンが二つ置かれている。
「ステーキは簡単そうな料理に見えるが存外奥が深いんじゃよ。下処理や事前の手間一つで、食感も味も全然違うからの」
肉についてやスパイスについて説明していたが、竜斗の耳には何も入ってきていなかった。
今はただ目の前に置かれた肉を貪りたい一心だった。
そしてシルビーの前にも料理が並べられる。
断面が鮮やかなサンドイッチが三種類と暖かいスープが置かれる。
サンドイッチは野菜だけを使っていることはわかるが、調理の仕方が違うのか見た目でも楽しめた。
スープは全体的に黄色く、かぼちゃをつかったポタージュスープのようだった。
「それじゃあ、食べようか」
その言葉を待ってましたとばかりに、竜斗は手を合わせた。
ナイフとフォークを手に取り、ステーキを食べやすいサイズに切り分ける。
抵抗なくナイフはすっと通り、簡単に肉が切れた。切るたびに肉汁がまたあふれ出す。
口に入れるとうまみが口の中に広がった。しっかりとした肉の食感がありつつも、容易にかみ切れる。
硬さと柔らかさが程よいバランスで構成されていた。
かけられているソースも、ガーリックをベースにした少し辛めのソースと、おろしをベースにしたさっぱりとしたソース。
結構なボリュームがあったが、飽きることなく一息に完食することができた。
「はあ……マジでうまかった……」
大満足でお腹を押さえている竜斗を、シルビーは嬉しそうに眺めていた。
「気に入ってくれたようで何よりだよ。そんなに頻繁には来られないけど、この街にいるうちにまた来ようね」
「ああ、またすぐにでも来たいくらいだ……そういえばエルフは他の人が食べてるのを見るのは平気なのか? 目の前で食べといて今更だけど……」
「うん、私は平気。私たちは森と共に生きているから、森の恵み以外を食べることはできない。でも他の人が食べるのは、しっかりと奪った命をいただくってことだから、むしろおいしく食べてくれた方が嬉しいよ。むやみに殺したりは許せないけどね」
シルビーは軽い感じで言っているが、しっかりと自分の考えを持っている。そんな感じだった。
竜斗は、そうかと頷き、立ち上がる。
「さすがにそろそろ行くか。さっさとクエスト終わらして宿決めたり、武器買ったりとまだやることはあるからな」
「そうだね、のんびりしてたらあっという間に夜になっちゃう。シュナウザーさんごちそうさまでした! また近いうちに来ると思います!」
残さず全部食べてくれたことに満足したのか、嬉しそうにうんうん、と頷いていた。
竜斗もごちそうさまでした、と頭を下げ店を後にした。
「さてと、それじゃあ行こうか。とは言っても私はまた南門から出入りしたらちょっと面倒だし、西門から出ることにするよ。お互いに外周回ってどこかで落ち合おう」
さっき門で起きたひと悶着を考えるとその方がよさそうだった。
「そうだな、適当なところで落ち合うことにしよう。ちなみにまた入国するときはお金かかるのか?」
「ううん、門の人に言えば大丈夫だよ。一日以上出かけるときはまたお金かかるけどね」
「なるほど、了解。じゃあ、どっちが多く薬草取れるか勝負だな!」
「うん、いいよ! 実力の違いを見せてあげる!」
お互いに笑い合い、ここで分かれることにした。
シルビーはそそくさと西門の方に向かって駆け出していく。
竜斗も負けじと南門に向けて走り出した。正直絶対に勝てないということはわかっていたのだが、それでも一矢報いたいというのが男の子ならではの気持ちだろうか。
南門までたどり着くと、先ほどの門衛がいた。
「すみませんクエスト受けに行きたいので一時外出お願いしたいんですけど」
「おお、さっきの。どうやら冒険者になれたようだな……ところでさっきのエルフはいないのか?」
険しい視線を竜斗に対して向けてきた。奴隷でもなく、異種族と一緒にいるというのはこの世界ではやはり問題がありそうだった。
竜斗はとっさにシルビーとの関りがないと嘘をついた。
「え、ええ。森で迷っていたところ道案内を頼んだだけですので、すぐに別れました」
「なんだ、そういうことだったのか。そんなことでもなきゃ関わろうとはしないわな。まあ、やつらの魔法は戦闘に役立つし、奴隷はモノ扱いだからパーティメンバーの上限に縛られることもない。便利なもんさ」
苛立ちをぐっと抑えながら適当に相槌を打つ。
「兄ちゃんの場合、ちょっとパーティメンバー集めるの大変かもしれんが、まあ頑張んな」
目じりを指で吊り上げると、目つきが悪いことを示唆し軽く笑った。
ははは、と乾いた笑いを漏らしながら竜斗は門から出て行く。
冒険者カードを入国した時のように石台にかざすと、出国の印が刻まれた。
これが刻まれてから1日以内に戻れば、入国料は引かれないということらしい。
竜斗は門を出るとすぐさま外壁を時計回りに走る。
薬草はいたるところに生えていたが、明らかに人の手によって畑になっているところがほとんどだった。
外壁にいる兵士にも、
「柵で囲まれている畑は私有地だから、そこからは取るなよ」
と忠告を受けた。
となると雑草のように生えている見るからに質の低そうな薬草か、境界の外にある薬草を取るかの二択だった。
竜斗は迷うことなく外に出ることを選択する。もし、モンスターと遭遇しても倒せる自信があったし、せっかくだから確認できたスキルを使いたいという気持ちもあった。
とはいえシルビーとの合流に差し支えないよう外壁は見える位置で薬草採集を続けた。
竜斗の期待とは少し外れ、モンスターが現れることはなく、安全に薬草採集を行うことができた。
手に入った薬草は、低級薬草が五個。クエスト内容としては低級薬草三個で達成になっているので、とりあえず条件は満たしていた。
華々しい冒険者スタートにしては、結果はあまり奮わなかった。
ふむ、と悩んでいると遠くの方にシルビーの姿が見えてきてしまった。
こちらに進んでいる様子もなく、どうやらちょうど中間地点で待ってくれていたようだ。
竜斗はこれ以上の成果を諦め、シルビーのもとに歩いて向かう。
その途中、畑で働いている者の姿が視界の隅に写った。
それは、見覚えがある姿だった。少し前、何やら命令されてどこかに行ったオーク。
鍬を振り下ろし、畑を耕すオークの姿がそこにあった。せっせと働いているオークに対し、外壁の守りをしている守備兵はモノを落としたり、畑にごみを捨てたりして笑っている。
オークは特に不満を言うわけでもなく、ただごみを除け作業を続けていた。
この世界ではこれが普通だと自分に言い聞かせ、竜斗はシルビーと合流した。
「お疲れ様。どう、薬草取れた?」
「ああ、あんまり量は取れなかったけどなんとかクエストは達成できた。そういうシルビーはどうなんだ?」
ふふん、と意味深に微笑むと、バックから薬草を取り出す。
バックからは明らかに質のいい低級薬草と、中級薬草、さらには上級薬草までもが取り出された。
「私たちは森の民だからね。森の精霊にお願いしてとってきてもらっちゃった」
「……それは、ちょっとずるくないか……」
「まあまあ、細かいことは気にしないで。中級薬草一つ冒険者祝いであげるからさ」
ほらほら、と渡される薬草を黙って受け取る。
勝負にも負け、快く薬草を渡してくるあたり器量でも負けたような気分になる。
竜斗の冒険者としての初クエストは、なんともやるせない気持ちで終えることとなったのだった。
シルビーとはまたここで別れ、ギルドで落ち合うことにする。
竜斗はギルドに戻る前に、少し寄り道をすることにした。
どうしてもスキルを試してみたいという気持ちが抑えきれなかった。
少し森の深いところに入り、モンスターを探す。しばらく探して見つかったのは、ゴブリン二体だけだった。
これまでの道中での戦闘はゴブリンとスライムが併せて出ることはあったが、同一種での二体は初めてだった。
低級モンスターでも連携してくる、シルビーの言葉を思い出し、今一度気を引き締める。
「さてと、いっちょやってみるか」
手に持っていた薬草を木陰に置き、剣を抜いた。
モンスターの死角からまず一太刀叩き込む。急所には当たらず、一撃で倒すことはできなかった。
「ぐがっ!」
うめき声をあげながら反転し、竜斗の正面に構える。ゴブリンはこん棒を構えると、低い姿勢のまま殴りかかってきた。
タイミングを合わせた同時攻撃。一体目の攻撃を剣で弾き、もう一体の攻撃をぎりぎりで躱す。
「よし、この程度の相手ならさすがに行けそうだな」
今のやり取りでの手応えを感じ、さすがに負けることはないという確証を得た。
後はスキルの検証を行うことだけ。
魔法やスキルの発動には、特に詠唱などは必要なくイメージが重要になるらしい。
魔法に関しては詠唱を行うことで威力があがる場合もあるそうだが、竜斗の持っているスキルには関係なかった。
「まずは武闘のスキルだな」
頭の中でイメージをすると、少しけだるさを感じた。魔力を使う感覚。早く慣れないと今後大変だな、と思いつつ効果を確かめる。
手に持っていた剣がさっきよりも軽く感じる。さらには体自体の動きも楽になった。
竜斗は地面を強く蹴り一気に後方に飛んだ。ゴブリンとの十分な距離を確保し、二つ目のスキルを発動する。
次に発動したのは空力。剣を収めるとゴブリンに向けて拳を突き出す。空気を突き出しているような感覚が拳に流れる。
空気の球が確実にゴブリンの方に向かっていき命中した。しかし、当のゴブリンは少し驚いている様子は見せるもののダメージはないようだった。
ゴブリンは再度竜斗の方に向かい突撃してくる。次はタイミングをずらした波状攻撃だ。
一体目の攻撃を剣で防ぐ。防いだだけのつもりだったが、勢い余ってゴブリンの体も吹き飛んでいった。
気にぶつかり、淡い光を放ち動きが止まった。
もう一体のゴブリンに対して竜斗は雷撃のスキルを発動した。体にしびれるような感覚と微かな痛みが走る。
それと同時にゴブリンは雷に打たれた。煙を上げながらその場に立ち尽くし、まもなく倒れこんだ。
そしてもう一体の方も淡い光を放ちその場に動かなくなった。
「ふう、何とか倒せたな。スキルも確認はできたし、まあよかったか。それにしても空力はレベルが低いとあんまりだなあ。他の二つのスキルに関してはレベル1にしては使い勝手よさそうだけど、まあ基本は武闘だけになりそうだな」
これからのスキルの使い方を考えつつ、落ちている銅貨を拾う。
剣を収めたあと、ゴブリンの死体を一か所にまとめ、軽く手を合わせた。
手を合わせた時に、腕にかすり傷が付いていることに気づいた。ひりひりとした痛みを感じる。気づかぬうちにケガを負っていたようだ。
「ああ、そういえばシールド使うとかって言ってたよな……でもまあいい機会だし、あの不明なスキルも検証してみるか」
竜斗は傷跡を手で触れる。淡い緑色の光を放つと、ケガがすっかり消えていった。
朝の時のような、全身のけだるい感覚というのはなく、少しだるい程度、先ほどスキルを使った時と同じくらいのものだった。
「やっぱり魔力を消費してることは間違いないが、ケガの程度によって変わるのかもな。まあまだ検証は必要だな。とはいえあんまり知られてもよくないかもしれないし、ひとまずは黙っておくしかないか……」
竜斗はスキルの検証をしばらく一人で行っていくことを決め、街に戻っていった。
通りに並ぶ店に、目移りしながらも急いでギルドに向かう。ただでさえ足の速いシルビーなのに、モンスターを倒すという余計な時間を使ってしまった。
ずいぶん待たせてしまっているに違いない。
ギルドに駆け込むと受付に向かう。
「あら、先ほどの。もうクエスト達成されたんですか?」
「あ、さっきのお姉さん。はい、これがその薬草になります」
手に持っていた薬草を受付のお姉さんに渡した。
「そういえば名乗ってませんでしたね。今さらですけど私ハリス・リーヴと申します。以後よろしくお願いしますね。それでこちらが今回の依頼内容で、低級薬草5個と中級薬草一つ……これは見ごとな中級薬草ですね。なかなかここまで状態のいいものは取れませんので、追加の報酬と併せて銅貨15枚お渡ししますね」
ハリスはカードを取り出すように言い、それに従いカードを出すとそこに銅貨を入れてくれた。
「なかなか低ランククエストだけでは生活するのも厳しいかもしれませんが、初めは一日一つか二つくらいがおすすめですね。稼ごうとダンジョンに行かれる方もいますが、平地に比べてモンスターも強いので油断すると危ないんですよ」
「ひとまずは無理しない範囲で頑張ります。ところでダンジョンなんてものが存在するんですか?」
「はい。どういった原理でなぜできるのかは不明ですが、急に出てきます。階層が深くなるにつれモンスターも強くなり、落ちているアイテムもよくなるそうですよ」
「それは確かに魅力的ですけど、モンスターは出てきたりしないんですか?」
モンスターがダンジョン内に存在している以上、黙って中にいるとは考えにくい。
低階層のモンスターだけでも出てきそうなものだが。
「基本的に出てくることはないですね。結界があるとかではないっていう話ですけど……ただダンジョンが消える前にはモンスターの暴走が起こりモンスターが出てくるそうです」
「ダンジョンは消えるんですか? それにモンスターの暴走って結構やばいじゃないですか?」
「そうですね。ただある程度の周期が決まっているようで、今一番近くにあるダンジョンだとあと2週間ほどで消滅するそうです。なので、今この街にはSランクパーティ、クーニファス率いる”獣王の凱旋”が停留しているそうです」
クーニファスという名前に聞き覚えがあった。
食事をしている時に出会った、あの圧倒的な威圧感を放った獣王族の者だ。
「上級冒険者が多く存在する獣王族ですが、その中でも飛びぬけて優秀だそうです。特にリーダーのクーニファスさんはソロでSランクまで到達したという、伝説級の戦士だそうですよ」
嬉々として話すハリスに竜斗は少し違和感を覚えた。
「あの、この世界では異種族は嫌われているって聞きましたけど、そうでもないんですか?」
「この世界って言い方、別の世界から来たみたいな言い方されるんですね。ふふ、でも疑問に思うのも自然だと思います。異種族、亜人とも言われますが蔑まれているのは間違いないです。もちろん彼自身もそうでした……ですがそんな状況だったのをクーニファスさんは力で黙らせました。彼に国や街を救われた方も大勢います」
ハリスは淡々と話を続ける。
個人的な理由もあるのだろう、彼女の話にはリアリティがあった。
「だから、彼らだけ特別視されているっていうのが正直なところですね。竜斗さんも街でご覧になったかもしれませんが、亜人を奴隷にして働かせる、それがこの世界の現状であり普通なのです……彼らを英雄視する一方で亜人ごときにと、存在を認めてない者もいますが、戦っても勝てないというのはわかっているようで、基本的には不干渉で共通しているみたいですね」
「……ハリスさん的には亜人のことどう思いますか? やっぱり忌み嫌う対象ですか?」
「そうですね……仕事柄多くの方を目にしますし、亜人の方の対応をすることもあります。もちろんいい方も悪い方もいます。それは人と同じで、私としてはそこまで嫌っているわけではありませんが……」
ハリスは急にカウンターから身を乗り上げ、竜斗の耳元でささやく。
「衛兵の耳に入ったら大変ですから……王令で亜人と親しげなものは王宮に連行せよと発布されてますから。クエストのためにパーティを組むとかは一応認められてるそうですけど、衛兵の判断によっては即刻連れていかれますからね」
それだけ言うと、またカウンターの椅子に座りなおした。
こっそり伝えてくるということは、ハリスは言った通りそこまで嫌っているわけではなさそうだ。
数少ない気の置けない会話相手ができそうだ。ギルドの受付でもあるし、いろいろとわからないことも聞くことができる。
「なるほど……わざわざ教えてくれてありがとうございます……今度またゆっくりとお話聞きたいんですけど、お休みの日とかってあるんですか?」
「あら、今日あったばかりなのにデートのお誘いですか? ふふ、冗談はさておき、しあさっては休みですよ」
「わかりました。しばらくはこの街にいると思いますし、ギルドには毎日通うと思うので、お誘いできそうなときにさせていただきますね」
社交辞令だとしてもそこまで嫌われてはいない、はず。
休みが本当だとすればチャンスはある、と竜斗は前向きに考えることにした。
軽く挨拶をかわし、ハリスの元を後にする。
帰り際にもしかしたらスキルのレベルが上がっているかもと、かがり火にカードをかざした。
レベルは案の定上がっておらず、肝心のスキルレベルも上がってはいなかった。
上がっていたのは獲得経験値のところだけ。
「ゴブリン二体分の経験値だけか……上昇分は、ええと、33か。なんか中途半端だけどこんなもんか……っておわっ、居たんなら声かけてくれればいいのに」
「だって、竜斗ずっと受付のお姉さんと楽しそうに話してたから。邪魔しちゃ悪いなーって思って」
いつの間にかシルビーが真後ろに立っていた。
笑顔を浮かべているようだが、はっきりとは見えず竜斗は少し悪寒を感じる。
「いや、楽しそうに話していたわけじゃないが、宿で会ったクーニファスさんの話を聞いてたんだよ」
「ああ、クーニファスさんは英雄だからね。そんな人にあんな啖呵切って内心ドキドキだったよ」
「さすがに俺だって知ってたらあんなこと言わなかったぞ。見るからに強者感出てたからまさかとは思ったけど」
「でも気に入られたみたいだし、大丈夫でしょ。それよりも早いところ装備整えに行かないとね」
シルビーに連れられギルドを後にした。
宿に関してはもう決めてくれているようで、中央よりも少し西寄りのところ。
中央ほど治安が良くないが、あまり人の素性を気にしない。いい意味で適当な人が多いところらしい。
「とりあえず一部屋は取れたし、連泊しても大丈夫らしいからここでいいよね」
装備を買いに行く前に今日泊まる予定の宿の前に行く。
決して豪華とは言えないが、掃除が行き届いており清潔感のある建物だ。
ただ雰囲気はどことなく暗く、治安があまりよくないというのも間違いなさそうだった。
「ちなみに一泊いくらなんだ?」
「え、別に気にしなくていいのに……一応一泊食事付きで銅貨20枚だったけど……」
「……了解。泊まった分ちゃんと覚えておかないと、俺がおごる時に困るからな」
別にいいのに、と口では言いながらもシルビーは少し嬉しそうだった。
宿の場所の確認も終わり装備品を買いに行く。
竜斗の前にでて戦うスタイルだと、剣と盾を持つバランス型か、素手で距離を詰めて戦う武闘家型がある。
シルビーに武器をもらった手前、剣を使っていたがスキルとのシナジーは素手の方が高そうだった。
「剣もらっておいていうのもなんだが、俺的には完全に接近戦の方があってそうなんだよな」
「そんな感じは見ててもしたかなあ。だって竜斗すぐに足出てたし。それに剣はしまっておけばいいから全然いいよ。もし使いたくなったらまた言ってくれれば」
嫌な様子一つ見せず、シルビーはテキパキと装備を探してくれた。
身体能力強化魔法が付与された服と、移動速度上昇が付与された靴。
見た目は普通のカジュアルっぽい服だった。少し普通とは違う点と言えば、荷物をすぐに取り出せるようポケットが多くついてることくらいだ。
ポーション用のホルダーや、冒険者カードをしまえる少し硬めのポケットなど冒険者仕様になっていた。
防御力をさらにあげるなら鎧を身につけるのだが、動きやすさを重要視するとこういう格好になってくる。
「あとこういうのもあったらいいかもね」
拳に巻く用のバンデージ。自分の魔法適正に合ったものを使うことで属性を持つ拳になるらしい。
「ふーん、そんなのもあるんだな……」
興味なさそうに見えて、好奇心をくすぐってきていた。
竜斗は自分の属性を思い出し、やっぱ格好いいのは雷だよなとか、そんなことを考えていた。
結局、黄色のバンデージも購入し買い物は終わった。
バックは動きが鈍くなっても困るので最低限の物資が入る小型のものだけ購入した。
あまり頼りすぎてもよくないので、竜斗はどうしてもという時だけシルビーにお願いするということにした。
買い物を終え、南通りをぶらぶらとする。
もう夕暮れ時だというのに、昼間と変わらない人通りの多さだった。
見たことのないアイテムが並ぶが、値札を見ると到底いまの竜斗には買うことができない額だった。
食べ物もあれば、特産品のようなものもある。よくわからない呪われそうなアイテムもあれば、宝石やアクセサリーの類も置いてあった。
無論、竜斗に買えるものはほぼない。
これ以上居ると自分がみじめになりそうなので、そろそろ行こうとシルビーに提案しようとしたがシルビーが見当たらない。
ぐるっとあたりを見渡すとそれらしき姿があった。
「シルビー、どうか……」
竜斗はそこまで言って声をかけるのをやめた。
シルビーが見ていたのは深緑の宝石をかたどったネックレスだった。
値段をちらっと見ると銀貨で30枚。
ざっと竜斗の所持金の百倍だ。この通りの商人はみな行商人である。
いつまでいるかわからない以上、さすがに貯めるのは厳しそうだった。
「シルビー、もうそろそろ宿に行こうぜ」
「あ、ああ、うん。今日は朝早かったしさすがに疲れたもんね」
名残惜しそうに眺めるを連れて竜斗は宿に向かった。
宿に着いてから軽く夕食を済ませ、部屋に行く。
ドアを開けると、ベッドが二つと水回り用の大き目の桶が置かれていた。
それでもスペースには十分余裕があり結構広めな部屋だった。
竜斗は部屋に入った途端ベッドに倒れこむ。肉体的にも精神的にも疲労が限界を迎えていた。
「はあああぁぁ……」
自然と大きなため息が漏れる。
「おつかれさまー。なかなかハードな一日だったからね。明日から本格的に冒険者のスタートって感じだから、今日はゆっくり休もう」
「ああああ、そうさせてもらう……それにしても風呂がないのはちょっとあれだなあ」
「お風呂かあ。お風呂は貴族とかお金持ちのところにしか基本ついてないんだよ。体は拭けばいいから贅沢品だしね」
「そうかあ……それでもちょっとなあ……」
竜斗はベッドに顔をうずめながら答える。思考は完全に停止していた。
「そんなにお風呂入りたいなら一応作れるけどね」
「そうだよなあ、風呂入りたいよなあ」
もう半分寝ているような状態である。まともに会話が成り立たない。
「もう、ふふっ、だからお風呂作れるよって」
「風呂作れればいいよなあ……えっ!? マジ!?」
「うん、マジ。魔法だって使い方次第っていうのを見せてあげるよ!」
シルビーは勢いよくピースを浮かべると、空いているスペースの方に向かっていった。
「この辺でいいかなあ」
両手をかざし目をつぶる。
床が盛り上がり、浴槽ほどの空間が出来上がった。
シルビーはそのまま魔法を発動し中に水を注いでいく。
右手で水系統の魔法を使い、併せて左手で加熱する炎の魔法を使っていた。
見る見るうちに浴槽に湯がたまっていく。ものの数分でお風呂の完成である。
「はい、お待たせ。多分ちょうどいいくらいの温度だと思うけど、熱かったりぬるかったら言ってね」
「シルビー、本当にありがとう」
「なんか助けた時よりも感謝されてる気がするなあ」
あはは、と笑いながらも満更ではなさそうだ。
「ちょっとだけあっち向いててもらっていいか」
「あ、うん」
竜斗はぱぱっと服を脱ぐと湯舟につかる。
「はあああ、生き返るなあぁ……もうこっち見ても大丈夫だぞ」
思わず天井を仰ぎながら気の抜けるような声で言った。
「そんなにお風呂いいの? 水浴びくらいしかしないからわからないや」
「ああ、最高だよ。今日みたいに疲れた時には特にな……疲労回復、美肌、リラックス効果もろもろいいことずくめだからなあ」
「確かに竜斗が入ってるの見てるとよさそうに見えてくるかも。私もあとで入ろっかな」
シルビーに対する布教完了。竜斗はシルビーさえ気に入ってくれれば今後も風呂にはいれるようになるかもと、打算的だった。
しかし、疲れている様子はないものの魔法を使っていたことは間違いない。
「さっき結構魔法使ってたみたいだけど、大丈夫なのか?」
「全然平気だよ。規模も小さいし威力も弱いからね。調整するのは少しコツがいるけど、魔力量的にはあんまり使わないし」
竜斗がどんな魔法を使っていたのかシルビーに説明を頼むと、簡単に説明してくれた。
まず最初に発動したのは、土属性のヒューティーという魔法だ。これは地面を変化させ小屋ぐらいの規模の建物を作ることができる魔法である。本来は野宿するような場面で建物を建てたり、安全に過ごすために使う。シルビーは家出期間の間にこの魔法を使うことが多く、自然とレベルが上がっていったそうだ。
応用として敵モンスターを中に閉じ込めたりもできるが、消費する魔力量が多くあまり割に合わないらしい。むしろ戦闘においては壁を作る魔法、ウォールの方がよく使う。
次に合わせて発動したのは、水属性のフィーダーと炎属性のフューミラ。フィーダーは単純にきれいな水を出す魔法。どうしても戦闘に使う魔法が多く、飲み水に適した水を発生させることができず、試行錯誤の末に開発された魔法らしい。
フューミラは対象の温度調節を可能にし、極寒地帯でも溶岩地帯でも快適に過ごすことができるようになる魔法だ。ただ魔法抵抗力は弱く、抵抗されるとすぐにはじかれるため、対象の体温を上げ血液を沸騰させて倒す、みたいなことはできない。仲間にかけるか、無機物にかける以外の用途はあまりない。
シルビーの魔法は戦闘の基本的なものは身につけているものの、生活向きの魔法が多かった。
「エルフは基本的には風属性の適性が高いからね。あんまりほかの魔法を戦闘には使わないんだよ」
「確かにエルフと言えば風、みたいなイメージはあるなあ。俺も魔法ある程度は使えるように練習しないとな」
「使える魔法が増えると戦闘のバリエーションも増えるから、もっと強いモンスターと戦えるようになるしレベルも上がりやすくなる。一石二鳥だね!」
湯船につかりながら会話をするという新しいスタイルで会話を続け、いい加減満足して竜斗は上がった。
竜斗は体を乾かすとそのまま布団にダイブした。一分も経たずに竜斗の意識は夢の世界へと消えていった。
そんな竜斗の様子を見ながら、シルビーはさっきから気になっていたお風呂に入る。
服を脱ぐ瞬間だけ恥ずかしかったが、今は竜斗は寝ているので心配する必要もない。
「ああ……はああ……これは確かに気持ちいいかも。今までお風呂なんてって思ってたけど、これは損してたなあ」
シルビーは浴槽の縁に寄りかかり、竜斗の寝顔を眺めていた。
表情はだらしなく緩み、口は微かに開いている。体もだるっと力が抜け、卍の文字ようになっていた。
「ふふっ、さすがに疲れてるみたいだね。あんなにだらしなくなっちゃって、ほんとうに信頼してくれてるんだなあ」
うっとりするような、艶やかな視線を竜斗に向ける。
そして、
「……ねえ竜斗……竜斗は……本当は何者なの?」
シルビーがぼそっと漏らした言葉は、竜斗の耳には届かない。
ただ部屋の中には、竜斗の寝息だけが静かに響いていた。
まだ話の中では二日しか経っていないという事実。
これからはもう少し早く進んでいくと思います。
新たな登場人物
シュナウザー:犬人族 宿屋の老店主
クーニファス:獣王族 最強の冒険者
ハリス・リーヴ: 冒険者ギルドの受付 名前初出