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異世界奴隷解放譚  作者: 黒麻玄
旅立ち
3/21

3 神様は神様です

 うつろな意識の中、声が聞こえてくる。


「私が神様です!」


 急に突拍子もないことを言われて信じる人がどれだけいるだろうか。


 少なくとも竜斗の目には完全に不審者にしか見えない存在が立っていた。正確には立っていたのかすらはっきりとはわからない。認識がぼやけているというかその辺にいる感じはするのだが、理解ができないといった感じだ。


「あら、反応が薄いですね。ごほん、ではもう一度……」


 そう言って大きく息を吸い込むと勢いよく両手を腰に当てる。えへんと胸を張ると先ほどのセリフをもう一度。


「私が神様です!」

 

 今度はどんな反応をするのかと期待のまなざしを向けられ竜斗はしぶしぶ、


「あ、そうですか」

 

 ただ一言だけそう答えた。


「もう、反応薄いなあ。普通神様に会えたら、びっくり感動ありがたや、ってむせび泣いて喜ぶものでしょう」


 人差し指を口元に当て口をとがらせながらそんなことを言ってくる。


「もう私の姿もちゃんと見えるようになってるはずなんですけどね」


 そう言われると確かに先ほどまで不安定だった存在がしっかりと認識することができた。


 白いドレスとヴェールに包まれ、その横から、鮮やかな銀髪をのぞかせている。肩の下あたりまで伸び、光が反射して輝いていた。視線をふっと横に移動すると、まじまじと見ると少し照れ臭いほどに整った顔つき。目は宝石のように輝き、思わず息をのんでしまうほどの美しさ。整った女性的な体がまた魅力的に見える。


 はっきりと見えるその美しい姿に竜斗は思わず目を逸らした。


「あらら、恥ずかしがってくれちゃってるの? ちゃんと反応してくれて嬉しいなあ」


 人のことをからかうようににやにやと笑う。


「……っ。そんなことはいいからここが何なのか説明してくれるんだよな。神様っていうからにはよ」


 若干のイラつきを感じながら竜斗は言った。こんなふざけた神様に対して照れてしまった自分に対しても腹が立っていた。


「そうですね……もちろんきちんと説明いたしましょう」


 ついさっきまでのおちゃらけた雰囲気はなくなり、神妙な面持ちで神様は続ける。


「まず、私が何者なのか、そしてここは何なのかということから説明しましょう。私は先ほど申し上げた通り神様です。名前はありません。神様が名前になります。そしてここはどこなのか、ここは、一言で言えば”神の間”、と呼ばれる部屋になります」


 神様が指をパチンと鳴らすと、白いソファーと小さなテーブル、その上に白いティーカップが現れた。


 ささ、どうぞというように神様にうながされるまま竜斗はソファーに腰を下ろす。


「神の間というのは神によって作り出された部屋。実際には存在せず概念の中に存在する。今回のように異世界からの者を招きいれる時になどに主に説明のために使われます」


 ぐるっとあたりを見回しても特に物はなく、ただ白い空間が広がっている感じだった。


「いまあなたがいた世界。あれはかつてあなたが存在していた世界、日本とは異なります。異世界、といった方がわかりやすいでしょうか」


 竜斗の正面に神様も腰掛け、ティーカップに注がれた紅茶のようなものを静かにすする。


「いきなり異世界って言われたんじゃ信じられないが、さっきの光景見たら信じるしかないよな……てか、なんで異世界にきちまったんだ? 俺は死んだのか?」


 言葉の通り急に神様が出てきてさっきのは異世界ですよと言われてもすぐに信じるのはなかなかに難しい。しかし、さっきの見たこともない景色。人ならざる者の存在。そして確かに感じた痛みと、理にかなわない謎の治癒効果。異世界と言われた方がむしろ納得できるような体験をほんのわずかな時間に体験してしまっていた。


「死んだ、というのは少し語弊がありますね。死んでしまうところを救った、という方が正しいでしょうね」


「ってことはやっぱり俺はあのよくわからんトラックに巻き込まれて死ぬところだったと。それを神様が助けてくれたってことであってるか?」


 竜斗自身自分で何言ってるのかわからないし、理解も全く追いついてはいなかったが、状況と神様の言葉を整理するとそれ以外には考えられなかった。


「竜斗さんの言っていることで正しいです。さすがにあのまま死んでしまうのはあまりにも報われないと思ったので何とか助けてあげようと思ったのですが、あちらの世界で救うことはできず、こちらの世界に連れてくることでしか私にはあなたを助けることはできませんでした。力不足で申し訳ございません」


 両手をきゅっと握り、足の上に置くと深々と頭を下げる。


「いや、なんで神様が謝る必要があるんだよ。神様は俺の命を救ってくれたんだろ? だったら感謝こそすれ不満は一つもないさ」


 この言葉に嘘はなかった。神様の話を聞いて、一度は本当に死ぬ運命だったということがわかった。それを形はどうあれ救われたのだ。


「前の世界に全く未練がなかったわけではないが、どうすればいいか行き詰ってたってのも確かだ。だから、心機一転これから頑張ってみるかっていう気持ちで今はいっぱいだぜ。だからーー」


 竜斗はカップに注がれているものをぐいっと一息に飲み干し、立ち上がる。


「この世界に連れてきてくれてありがとな」


 にかっと満面の笑みを浮かべ、すっと右手を差し出した。

 

 神様は表情をパッと明るくすると、同じように立ち上がる。その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 神様は竜人の差し出した手を両手でぎゅっと握り、優しく微笑みかける。


「はいっ!」

 

 そして、一言だけそう答えると神様の姿はぼんやりと光りだし視界がおぼろげになっていった。


 竜斗の意識はまたうつろな状態に戻る。しかし、脳内に直接語り掛けるように神様の声が聞こえていた。


「あーあー、聞こえてますかね竜斗さん」


 竜斗は意識の中で小さく返事をした。声は出なかったが返事をした感覚だけは伝わってくる。


「よかったです。竜斗さんの意識が戻るまでに軽くこの世界の説明だけしちゃいますね。とはいえ基本的なルールしかお教えできません。関与しすぎてしまうとこの世界の均衡が崩壊してしまう恐れもありますし、何より面白くなくなってしまうと思いますからね」


 ふふん、とからかって笑う神様の姿が目に浮かぶ。


「まず、この世界は魔法と呼ばれるものが存在します。魔力を使って魔法を使うことができます。ですが、適正がありますので必ずしも全員が使えるわけではありません。使えない人の方が多いくらいですね」


 魔法。ゲームの世界ではよく聞いた言葉だったが、いざ聞いてみると不思議な感じがしていた。


(適性があるということはやはりさっき使えなかったのはそのせいなのか、それとも詠唱的なものが必要なのか……いずれにせよ試してみる価値はありそうだな)


「次に、能力についてですが、竜斗さんの初期能力として前世、日本にいた時の能力を引き継いでいます。簡単に言うと肉体は結構強めって感じですね。そして、さらに能力を高めるためには鍛錬が必要になります。ですが鍛錬で磨けるのは技術でして、肉体能力そのものは”レベル”を上げる必要があります」


 レベル。その単語が出てくるだけで急に異世界というよりゲームの世界に引きずりこまれた感が強くなった。


「レベルをアップの条件やその他の様々なことについては街に行って聞いてみてくださいね。ただ、街に入るためにはお金が必要になります」


(基本的なこととは言え、さっさと街に行けってことはあんまり教える気ないよな……まあいいけど)


「お金を集める方法としては三つあります。一つ目はモンスターを倒してお金を稼ぐ方法。二つ目はアイテムを売って稼ぐ方法。三つ目はクエストを達成して報酬で稼ぐ方法です」


 その後、神様はお金を稼ぐ方法について詳しく教えてくれた。


 モンスターを倒すというのはこの世界にはモンスター、いわゆる魔物が存在している。神の間に来る前に竜斗が遭遇したのもモンスターだったらしい。


 モンスターによって倒したときに獲得できるお金というのはある程度の範囲でランダムであり、中にはものすごく大金を落とすレアモンスターも存在しているようだ。モンスターの強弱にお金は左右されず弱いけれどお金を多く獲得できる効率のよいモンスターも存在するそうなので色々と探してみると面白いということらしい。


 アイテムを売るというのは、街にある店や行商人に売るということだ。モンスターを倒したときにドロップするのはお金だけでなくアイテムも落ちるらしい。そのアイテム、いわゆる素材アイテムというのはそのまま持っていても基本的にはあまり意味がないようだ。なので素材として店に売る、というのが一般的だそうだ。


 後は自分が職人となり素材アイテムを買い取ったうえでアイテムを作って売る。簡単に言えば薬草をポーションにする、素材アイテムを武器にするなど色々ある。それでもお店を持つためにはかなりのお金が必要になるため、どのみち初めは無理らしい。


 そしてクエストの報酬というのは、街に行くと必ずギルドというものが存在するそうだ。ギルドで冒険者に登録すると様々なクエストを受けられるようになる。クエストの内容は多種多様で薬草採取からモンスター討伐、要人護衛などとにかくいろいろあるらしい。


 そしてクエストによって難易度が設定されており通常は高難易度クエストほど報酬は高くなる。もちろんその分危険も伴ったり受けられる条件なども設定されているので、お金を稼ぐためには冒険者としてのランクを上げるのがいいそうだ。


 冒険者ランクは最低のFランクからXランクまでの8ランクにわかれている。ランクの低い順からF、E、D、C、B、A、S、Xである。クエストに関してはFからSまでの7つに分類される。


 クエストは自身のランクプラス1までは受けられるのでFランク冒険者はFランクとEランクのクエストを受けることができる。自分のランクよりも高いクエストの方がランクは上がりやすいが危険性も上がるため、実際はあまり無茶をする人はいないらしい。


 冒険者ランクとしてはF、Eランクが初心者。D、Cランクが中級者。Bランクが上級者。Aランクが超上級者。Sが二つ名持ち。Xランクに関して今は一人もおらず、冒険者の間でももう忘れられているランクになるらしい。


「とまあお金を稼ぐ方法としてはこんな感じですね。とにかく街に行ってギルドに登録し、冒険者になる。というのがこの世界がどんなところか知るにも適当だと思います。お金がないと食べ物も買えないですし宿にも泊まれません。なのでしっかりとお金だけは大事にしてくださいね!」


 神様がお金の話ばかりするのはどうなのかと思いながらも竜斗はそれだけ大事なことなのかと心にとどめる。


「お金の種類についてもお伝えしておきますと、大きく分けて銅貨、銀貨、金貨があります。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚の価値になります。一応細かく分けると中銀貨、中金貨もあります。これは単純にそれぞれの半分の価値になります。日本円だとそうですね、銅貨1枚が100円って感じですかね」


 日本に比べるとお金の分類は少なく硬貨のみで取引されているようだ。銅貨1枚で100円の価値となると、金貨1枚で100万円にもなる。お目にかかる機会は少ないだろうが一度は入手してみたいものだと竜斗は内心思っていた。


「一般的な価格相場だと街への入場料、いわゆる関税みたいなものが銅貨5枚、宿に泊まる場合だと一泊銅貨10枚、ちょっと高いところだと15枚くらいですかね。モンスター1体倒すと弱いモンスターで10枚くらいは銅貨落とすので、生活するだけなら何も問題なく過ごすことができると思います」


 取り合えず生活にかかるお金がそこまで必要ではないということに竜斗は少しほっとしていた。


「もう間もなく目が覚めると思いますが、最後に一つだけお伝えしておきます」


 声だけしか聞こえてこないものの少し空気感が変わったような気がした。


「この世界ではこれまでとあらゆることが違います。魔法が発展し便利になったことも多くあります。ですが、ただ一点変わらないことがあります。それは……」


 わずかな沈黙が流れる。緊張感に包まれながら神様が続けた。


「死者は蘇らないということです……魔法でもアイテムでも死という絶対的な支配からは逃れられません。なので……死なないでくださいね。第二の人生を全うするまでは……」


 体の芯まですっと入ってくるような、とても落ち着いた声だった。心配してくれているのがひしひしと伝わってくる。


 視界が少しずつ明るくなってきた。もう間もなく目が覚めるのだと肌で感じる。


 竜斗は心の中で神様に向けて静かにつぶやいた。


「ありがとな……」


 照れくさそうに笑う神様の声が聞こえたような気がした。けれどその声は届くことなく、神様とは違う声が今度は耳から聞こえてきていた。


「ーーぶ、ですーー」


 声は高く女性の声のように聞こえる。それは意識を失う直前に聞こえてきた声と同じもののようだ。


「大丈夫、ですか? 聞こえてますか?」


 徐々にはっきりしていく意識の中で、そっと肩に触れる体温を感じる。


 竜斗の肩に手をかけ、声をかけていた。


「……ぅん、あなたは……?」


 急な明かりに目を細めながらゆっくりと目を開ける。


「あっ、気が付きました!森でゴブリンたちに襲われて傷ついていたので勝手かと思ったのですが、連れてきてしまいました」


 声のトーンがワントーン高くなり嬉しそうな声を上げた。


「ありがとう、ございます、おかげで助かりました……っ!?」


 感謝の言葉を述べ、相手の顔を見て竜斗は言葉を失った。


 にっこりと微笑みながら傍らに座っていた女性。しかし、竜斗の知っている姿とは違う部分がある。


 一番大きな違いは人間よりも大きく、すっととがっているように伸びた耳。


 見たこともないが竜斗はこれを知っていた。ファンタジー世界において必ずと言っていいほど存在し、絶大な人気を誇るあの種族。


「目が覚めてよかったです! 私はシルビー・リフレイヤ、エルフ族の戦士です!」


 元気よく自己紹介するシルビーを見て、竜斗は異世界に来たことへの実感をひしひしと感じる。そしてこれから始まるであろう異世界生活に胸を躍らせながら、体を起こし自己紹介を始めるのであった。

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