20 祝福とまじない
完全に動揺してしまっている竜斗にリリィは顔を上げると、口を開いた。
「急にこんなこと言ってごめんなさい。さっきの竜斗さんの言葉で今、あの子に対してそういう気持ちを持っていないことはわかっていたけど、やっぱり言わずにはいられなかったの」
「いえ、それは大丈夫ですけど、その、理由を聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。これはエルフにかけられた祝福という名の呪いが原因なのよ」
「呪い……ですか?」
「そう、嬉しくもあり悲しくもある。そんな儚い呪いがね」
リリィはそのまま静かに話を続ける。
「私たちエルフと人間とは昔から今のような関係だったわけではないの。もちろん表立ってはエルフの方が立場も低いし、奴隷のような扱いを受けている者もいた。それでも私たちの里に来るものは精霊様の許しを得た者だけ。私たちを蔑みもしないし、かといって変に同情もしてこない。まさしく対等に扱ってくれる人だけだったの」
竜斗は時折相づちを入れながら話を聞く。
「そんな中、ある一人の人間とエルフとが恋に落ちた。その時の王はどうするかとても悩んだ末に二人のことを認めたそうよ。ただ外の世界に出ることはできない。一生エルフの国で生きることを条件として。人間もその条件をのみ、二人は祝福されて幸せな生活を送っていた。その一件をきっかけにエルフと人間とで結ばれることも多くなっていったわ」
微かに笑みを見せるリリィだがどこか悲しそうでもあった。
「けれど知っての通り人間の寿命は私たちよりも圧倒的に短い。愛する人がこの世から去り、一人取り残される、その辛さを覚悟していたはずだった。でもそれはこの世界の理には認めてもらえなかったのね。人間が亡くなった翌日、エルフも原因不明のまま亡くなった。昨日まで健康そのものだったのに、急に命を落としたり、憔悴し自ら命を絶つものもいた」
「え、それってどういう……」
竜斗はたまらず声を上げる。
その反応も当然でしょうねとういうようにリリィは遠い目をしていた。
「つまりこれが呪いだったのよ。愛するものを失った悲しみを味わわないように、愛したものの寿命と私たちの寿命が同じになるという。でもそれが私たちにとってはよかったのかもしれない。愛するものを失ったまま生きていく苦しみなんてはかりしれないもの……だけど、残された親である私たちはそうじゃないわ。もちろん娘や息子の愛した人は私たちも愛している。それでも我が子に対する愛に勝るものはないでしょう?」
竜斗はようやくリリィの言わんとしていることが分かった気がした。
シルビーが竜斗のことをどう思っているかはもちろんわからないし、竜斗がシルビーのことをそういう対象に見ていないことはさっき言った通りだ。それでも娘のことが心配なのだと。
「このことが検証されてからは人間の入国は禁止になり、人間との恋愛、ひいては他種族との恋愛は禁忌として定められるようになったわ。でもそれはエルフの全てが望むところではなかった。やはり人間との交易は私たちにとっても有益であったことは間違いなかった。そしてその頃から少しずつ私たちの間に亀裂が走っていくの」
リリィは一息つくと話を続ける。
「国の掟として定められてからもこっそりと人間との交易を図っているものがいた。そして人間に私たちの情報を売ったり、精霊の知識を流したりしているものもいた。信じられないかもしれないけど、仲間を奴隷として人間に売り渡すものもいたわ」
唇をぎゅっとかみ、自らの体を抱く。
「竜斗さんも見たでしょう? 精霊宮の前で並んでいた顔を覆ったエルフたちを。彼女たちは自分の子供を奴隷として売られたものたちなのよ。初めはエルフに怒り、人間に怒り、復讐を誓っていた。けれど、人間たちに手を出してしまったら私たちは生き残れない。滅ぼされてしまう……だから自分たちに魔法をかけ感情を消した。自分たちでは解けないような強力な魔法を」
不気味な視線を感じていたことを思い出す。
そこに何もないような、”無”を感じていたことを。
「でもそんな状態の彼女たちを気味悪がるものもいたわ。だから私は王宮で務めてもらうことにしたの。事情を知っていれば少しは力になれると思って……いえ、ただの同情だったのかもしれない。私にもっと力があればあんな辛い思いはさせなくてよかったのでしょうね」
無力を嘆くリリィの様子に自然と拳に力が入る。
どう考えても悪いのは仲間を売ったエルフであり、奴隷として扱っている人間であり、この世界だからだ。
「そんな中ある事件が起こった……人間との間に子供が生まれたエルフが現れてしまったの。人間との関りをひそかに持っていた側でもそれは犯してはいけない禁忌だった。どんなに相手に同情しようと禁忌を破っては掟にしたがうしかない。人間を処刑するという形で揺らぎはしなかった」
ごくりと生唾を飲み込む竜斗にリリィは優しく微笑みかける。
「ひどく残酷だと思うでしょう? それがきっと普通のことなのよ。追放でもなく、弁明の余地なく処分する。でもそれだけ私たちの中では犯してはならないことだったの」
「……いえ、それぞれに決められたルールがありますから、俺にはそれがひどいとかは言えません。それにきっとそれ以上に人間はひどいことを重ねてしまっているから……」
「ふふ、竜斗さんは優しいのね……それで人間を処分した後残されたエルフについては生きる可能性を信じた。寿命ではなく命を絶ったのだから、呪いは発動しないのではないかと……でもそうはいかなかった。みるみる憔悴していきそして自ら命を絶った。けれどそれで一番かわいそうなのは誰? 残された子供でしょう。生まれてすぐに親を失い、ただ一人残された」
竜斗はどこかで聞いたような話だと、デジャブを感じていた。
「その子供に対しては意見が分かれたわ。すぐに殺した方がこの子のためになるとする派閥と子供に罪はないという派閥。かつてはハーフエルフは珍しいものではなかったけれど、徐々に数が減り、そうなると自然と少数派を淘汰する動きがあったみたいね。人間との恋愛を禁じてから、残されたハーフエルフたちの国内での扱いはひどく、いじめに似たようなことを受けていたみたい」
竜斗はいじめという言葉に胸の奥が苦しくなる。
どの世界に行っても弱者を虐げるということは発生してしまうのだと。
「だからいっそのことという気持ちが私の中にもなかったわけじゃない。それでも子供には罪がないもの……当時この国の王妃になったばかりの私には見捨てることはできなかった。だからせめて一人で生活ができるようになるまでは私が見守ることにしたの。結局は私の力及ばずで国から追放する結果になってしまったから、あの子にはひどいことをしたのでしょうね。それに、私がそんなことをしたせいでエルフ内での対立はより大きくなってしまったのかもしれないわ。異端をかくまうのかって、仲間のエルフの方が大事じゃないのかって……どの口がそんなことを言うのでしょうね……仲間を売っていたのはあちらの方なのに」
辛い気持ちを理解できるというのは嘘になる。それでもリリィが本当に優しく仲間のことを思っているのだけは簡単に理解できた。
それを理解したうえで、今の話に少し引っかかるところがあった。
内容が気になるというわけではない。けれどどうしても確認しないといけないことが一つ。
「あの、その子供の名前って教えてもらうことできますか?」
そうだとしても、そうじゃないとしても、気になってしまって仕方がない。
それにもし竜斗の予感が当たっているとしたら、それはリリィに伝えなくてはいけない。
「急にどうしたの? 構わないけれど、忘れもしない。彼女の名前は……ルクリーネ」
全身の神経に電流が走るようにぶるっと震えた。
それと同時に世間は狭いな、と自然と笑みがこぼれる。
「竜斗さんどうかしたの?」
「……俺には彼女の本心はわかりません。もしかしたら本当につらい思いをしてきたのかもしれません」
「いきなり、何の話をしているの?」
戸惑いを隠せない様子のリリィに竜斗は構わず話を続ける。
「それでも今の彼女はきっと幸せに暮らしています。周りの人にも恵まれ、ありのままの自分でいられるようになって」
「まさか、竜斗さん……彼女と会ったの?」
「はい、ルクリーネさんにはいろいろとお世話になりました。今はリヴィーザルでメイド長として働かれています。他のメイドの方々や王にも認められ、そのままの姿で」
リリィは口元に手を当て、息をのむ。
さまざまな感情が巡っているのか、瞳が少しウルウルしているようにも見えた。
しかし、さすがに生きてきた年数が違う。王妃という立場からも泣くことはなく、ただぐっとかみしめているようだった。
「それは、本当によかった……きっといい人たちに恵まれたのね。ずっと気がかりだったけれど、これで一つ心の重荷が取れたような気がするわ」
しばしの沈黙が二人の間に流れ、その後他愛のない会話を続けていた。
「あら、もうこんな時間ね。少しだけ話すつもりだったけどどうやら長居してしまったわ」
「いえ、俺もいろいろな話が聞けて良かったです。エルフにかかっている呪いについてはよくわかりましたし、俺の方から言える立場かどうかわからないですけど、絶対にリリィさん悲しませるようなことはしません」
「ありがとう……私としてもとても心苦しいのだけど、ごめんなさい。こればかりはどうしても私も自分の感情を抑えることができないみたい。大事な一人娘ですもの……」
とても優しく慈愛に満ちた表情をしていた。
そんな様子を見て竜斗はふと気になり、何の気なしに質問をぶつける。
「あの、ちょっと疑問に思ったんですが、どうしてシルビーに厳しい態度をとっていたんですか? シルビーのこととても大事にしているように思えるんですが」
「えっと、それは……シルビーには内緒にしてくれる?」
「ええ、その方がいいのなら全然いいですけど」
リリィはもじもじとすると顔を赤らめ、小さな声でぼそっと言った。
「……かったの」
「えっ? 何ですか? よく聞こえないんですがーー」
「どう接していいかわからなかったの!」
急に大きな声を出すリリィに竜斗は呆気にとられた。
「だってあの子本当にかわいいじゃない!? でも国の状況を不安定だし早く一人で生きていけるくらいには強くなってもらう必要があったの。だから厳しくしようとしてたんだけど、すぐにお母さんお母さんって寄り添ってきて、もうどうしていいかわからないじゃない。まともに顔を見るのだって、こっちがにやけてしまいそうで大変だったのよ」
あーなるほど、と竜斗は静かに納得した。
これは、親バカというものなんだと。いろいろと心配して、気を揉んでいたが急にどうでもいい気持ちになる。
けれど、ただ一言だけは伝えておく必要があった。
シルビーの自慢話を続けるリリィに竜斗は真剣な声音で一言告げた。
「それはちゃんとシルビーに伝えてあげてください。シルビーの中でリリィさんのことがよくわからなくなってるはずです。子供の頃に厳しくされた思い出、それなのに今日は優しかったり、家出した時もこっそりお金を持たせてくれたり……これからシルビーさんと共に旅を続けるかはわかりませんが、ちゃんと話せるうちに話してあげて下さい」
竜斗の真剣な様子にのろけ話を続けていたリリィもすっとまっすぐに見ると、
「ええ、ちゃんと話すわ」
短く答える。
そしてリリィは精霊宮へと戻っていった。
「ふあぁ……」
長話を終え、全く眠くなかったがさすがに眠気が襲ってくる。
大きな欠伸をし、ベッドに横になった。
長い一日がようやく終わる。ガラスの無い窓枠だけの窓から、月明かりがさしこむ。
木々の葉が揺れる音と風の唸りが静かに響く。
少しずつ夢の世界へと落ちていく竜斗が、風の音とは違う、木々がしなる音を聞き逃したのは言うまでもなかった。




