19 二つの国
外観は地図で見たので知ってはいたが実際に目の前にすると、その大きさに圧倒された。
決して豪華とはいえはない、木材を中心とした質素な建築。しかし、素人目に見ても分かるほど、木自体の質が高いことが見て取れる。
あくまでも王や精霊を祀っているというだけあり、お金を多くは用いていないものの宿や一般の建物とは一線を画しているようだった。
精霊宮の前まで行くと中から人影が見える。
「お待ちしておりました。皆様がお待ちです。さあ、こちらへ」
入り口の横に立っていた女性は無機質な声でそう告げる。よくよく見てみると、他にも同じような女性が何人も並んで立っていた。
その全員が一切の狂いもない動作で、竜斗たちにお辞儀をした。
シルビーはなんともないという風に進んでいくが、竜斗とココルは戸惑いつつも歩みを進める。
「ねえ、竜斗さん……こういうこと言うのもあれですが、なんだか怖くないですか……」
ココルがそっと服の袖をつかむ。
怖いとは言ってはいるが、それが自分たちの身に危険が及ぶというような感情ではないことが竜斗にはわかった。
何を隠そう竜斗自身全く同じことを思っていたからだ。
「確かに、ちょっと不気味かもな……でもここまで来て帰るわけにもいかないしな。何よりシルビーは平気そうに行ったし、この場でどうこうってことはないだろう」
できるだけ自然にふるまい、ココルの前を歩く。横に控える者たちとはなるべく顔を合わせないように前だけ向いてただ歩く。
横を通り過ぎる瞬間、全身にぞわっとした悪寒が走った。身震いを隠しながら、ちらっと横目で彼女らを見た。
変わらず乱れることのない動き、頭を一定の角度で下げたまま、ピクリとも動かない。
動かないはずだがたった一瞬彼女らと目が合ったような気がした。竜斗は慌てて目を逸らす。
そして爆発するように早くなる鼓動を抑えながら、そんなことはないと否定を続ける。
目なんて合うはずがない。首は少しも動いていない。元々入り口の方を見て頭をさげていたのだから横を通り過ぎた後の竜斗には角度的にも目が合うはずがない。
それに何より、彼女たちは顔の全面をベールで覆っていた。
目が合うどころか表情すら一切わからなかったのだ。表情は見えず、その声からも感情は見えてこない。無機質ゆえに不気味だった。不気味ゆえに怖かったのだ。
精霊宮の中に入ると大きな広間のような部屋に通された。カーペットのように整えられた芝生の道が中央に敷かれ、その先にはソファーほどの大きな椅子が置かれている。
そこには光沢のある優雅なマントを携えた長身の男と、すらっと上品に足をそろえほのかにはにかむ女性の姿があった。
エルフの一般的な衣服よりも露出は少なく、使われている布も上質なことがうかがえる。見た目はかなり若く二十代くらいに見える。そして二人ともどことなくシルビーに似たところがあった。
いわずもがな、二人がシルビーの両親、そしてこのリフレイヤの王と王妃である。
「よく来たね、先ほどはうちの者が粗相を働いてしまったそうで申し訳なかった。国を代表するものとしてこの場で代わりに謝罪しよう。すまなかった」
その場で立ち上がると竜斗に向かって頭をさげる。
「い、いえ、俺の方が完全に部外者で勝手に来てしまってるわけですから」
王に頭をさげられるなど想像していなかった竜斗は完全にあっけにとられていた。
「そう言ってもらえるとありがたい。しかし、まあ、彼らの気持ちがわからないわけではないんだ。人間に対する恨みを抱えている者も多くいる。そのことだけは理解してくれると助かるよ」
「ええ、そうね。でもあなた、まずはシルビーを無事に連れてきてくれたお礼を言うべきじゃないかしら。それにほらシルビーの顔を見て。出かけていく前よりもずいぶんいい顔をしてるじゃない」
「それは確かにそうだね。出て行ったと聞いた時は慌てて探し回ったものだが、無事に帰ってきてくれて何よりだ」
二人は嬉しそうに微笑んでいる。とても柔和な印象で、シルビーから聞いていた話とはずいぶん様子が違った。
「なあ、シルビーの両親はシルビーに厳しいんじゃなかったのか」
こそっとシルビーに耳打ちする。
「お父さんは元々そんなに厳しくはなかったしちょっと天然なところもあるからあれだけど、お母さんは確かにそう。ずいぶん優しいかも。竜斗の前だからちゃんとしようとしてるのかもね……」
こそこそとそんなことを言い合っていたが、エルフは何ぶん耳がいい。
微かに表情が曇るのを感じ取り、二人は口を閉ざした。
「うふふ、それじゃあ改めて自己紹介から始めようかしらね。私はリリィ・リフレイヤ、気軽にリリィと呼んでくれると嬉しいわ。そして彼がメルビス・リフレイヤ、この国の王になるわね。そしてそこにいるシルビーの両親よ」
ただの自己紹介だというのに妙に気品あふれ、オーラすら見えてくる。
一瞬あっけに取られていたが、慌てて竜斗たちも自己紹介を返す。
「すみません、申し遅れました。俺は神崎 竜斗と言います。シルビーさんには危ないところを助けてもらいそこから旅を共にしてきました。急な押しかけにも関わらずこの場にお招きいただきありがとうございます」
竜斗は深々と頭を下げながら横目でココルを見る。
ココルは少し戸惑っていたようだが、意図を理解して口を開いた。
「わ、私はココル・ディエネと申します。故郷を追われ、リヴィーザルの王の元で暮らしていましたが、その、シルビーさんと竜斗さんに、声をかけてもらって今は一緒に旅して、ます」
ふむというようにメルビスは顎をさすった。
「ひとつ、いいだろうか」
「え……はい、どうぞ」
メルビスの視線の先にはココルを見据えていた。
急に緊張感が走り、ココルの表情を微かに暗くなっていく。
「ココルさん、君の種族を聞いてもいいだろうか。私も実際に見たことはないのだが、君の見た目を私の知識と照らし合わせるともしや……」
「……私は」
ココルは両手を合わせ、静かにうつむく。
大きく息を吐き、深呼吸をして言葉を続ける。
「私は、主竜族の生き残りです」
その言葉を聞いたメルビスは驚く様子もなく、
「それは、大変だったろうな。これまでも、これからも……だが、この国にいる間は安心してくれていい。君に手を出すようなものはいないだろう。竜斗君ももちろんね。だがもしそんな事態になったらすぐに言ってくれ。私が直接対処しよう」
懐に携える長剣を静かに撫でながら答える。
その表情こそ柔らかいが、内に秘めた怒りを感じる。普段怒らない人が怒ると怖いというように、まさにそんな感じだった。
「しかし、今回は来るタイミングが悪かったかもしれないな。ゆっくりしていってくれと言える状況じゃないんだ」
「え、お父さんそれってどういうこと?」
ずっと黙っていたシルビーが思わず声を上げる。
「ああ、シルビーもリフレイヤとリフレイラが仲が悪いのは知っているだろう?」
「うん、私が生まれるずっと前から険悪な関係が続いてるって……でもこれまでも特に何もなかったんじゃないの?」
「確かにこれまでは何もなかった。しかし、ここ最近はリフレイラがこちらに攻め込んでくるようになっていてな、それで国の者も警戒しているんだ」
話を聞きながら竜斗は自分が襲われたことにそんな国勢が関わっているのかと、ふと思っていた。
「でもなんで急にそんなことになったの? そんなことしたってお互いの身を亡ぼすだけなんじゃ……」
「不安になったからでしょうね……」
リリィはそう告げると右手側にある、小さな樹木を指し示す。
「あれは私たちエルフが祀っている精霊様。森の精霊というけれど正式には大地の精霊。その一部があの樹木に宿っているわ。あのおかげで私たちは不自由なく暮らすことができている。私たちが神とあがめている”生命の大樹”はここにはないけれど、それと同じような役割を担っているわ」
「それとリフレイラの人たちが襲ってくるのってどういう関係があるの?」
「シルビーも感じないかしら。精霊の力がどんどん弱くなっていることに」
シルビーは慌てて精霊の元へと駆け寄ると、手を触れる。
光の粒のようなものがシルビーの手の周りに集まっている光景は見えるがただそれだけだった。
「……全然精霊さまの力を感じない……姿も見えないし声も聞こえない、ここに来るまでに精霊さまの誘導もなかったし、私が急に飛び出したから怒っていじわるされてるのかもって思ってたけど、そうじゃなかったんだ……」
「ええ、本来であれば一本の幹だったものを二つに分けてしまったのだから、少しずつ力もなくなってしまう。だから私は何度もリフレイラに交渉して協力するようお願いをしたけれど、聞く耳を持ってくれなかった。いずれ最悪の事態も想定はしていたけれど、まさかここまで早いとはね……」
シルビーは力なく手を離すとリリィの元へ駆け寄り、そっと手を重ねる。
「私にも何かできることないかな。そんなことになってるって知らずに飛び出しちゃったから、説得力ないかもだけど、私もお母さんたちのために、国のために何かしたいよ」
「ふふふ、ありがとう。少し見ない間に大きくなったのね。それにしてもシルビー、ずいぶん疲れた顔してるわよ。今日はゆっくり休んでまた明日、これからのことを話し合いましょう。竜斗さんたちだって長旅で疲れてるだろうし、また明日にしましょう」
優しく諭すように言われてしまったら、逆らうことなどできない。
それに何より疲れているのも事実。
竜斗は言わずもがな、ココルも竜斗の看病で気を張っていた。シルビーも久しぶりに両親に会うという緊張からかまともに眠れない日が続いていた。
「なあ、シルビーここはお言葉に甘えるとしよう。シルビーがずっと眠れてないっていうのは俺も気づいてたんだ。久しぶりに実家に戻ってきたんだし、今日はゆっくりしよう」
「……そうだね。正直いろんなことがあったし、今日はもう限界かも」
シルビーはへへっと力なく笑って見せる。
ココルも大きく頷いている様子だった。
「そうと決まればさっそく部屋に案内させるわ。シルビーは自分の部屋があるしそこでいいわよね? 竜斗さんとココルさんは申し訳ないのだけれど看病で使ってもらっていた宿でもいいかしら? もちろん部屋は二部屋用意させるから」
とんとん拍子に話が進み、明日の朝再びここに集まるということで今日は解散になった。
シルビーは精霊宮にある自分の部屋に、竜斗とココルは宿に戻っていった。
別々の部屋になるということでシルビーは少し不満そうな顔をしていたが、両親の手前下手なことを言えるわけもない。
部屋に案内され、簡単に食事を済ませる。
「それにしても今日もまたいろいろあったな。いきなり襲われたり、国の内部の話聞いたり、理解が追い付かねえよ」
「そ、そうですね、いきなり襲われたときはびっくりしましたけど、大きなケガもなくてよかったです。国の話とか難しくてよくわからなかったですけど、シルビーちゃんにはお世話になってますし、私たちも何かしてあげたいですよね」
「まあ、そうだよな。変に首突っ込んでややこしくはしたくないし、できることだけちょこっとやって、静かに出て行きたいよな」
「……シルビーちゃんはそうなったらどうするんでしょうか。私たちにとっては直接関係ないことでもシルビーちゃんにとっては自分の国の、両親の問題ですし……このままお別れってことに、ならないですか、ね?」
ココルからの指摘に竜斗も考えていなかったわけではない。
シルビーが残りたいと言ったなら、竜斗に止める理由はないし、竜斗自身もこの場に留まるつもりはあまりなかった。
竜斗がこの世界で掲げた目標のためには世界を旅する必要がある。
たとえ一人だろうがそれは変わらない。
「正直なことを言えばそれはわからない、な。シルビー自身の気持ちが一番大事だし、そこを無理強いするつもりもない。シルビーが残りたいっていうなら俺はそれを尊重するさ」
ココルはそんな竜斗の回答に少し不満そうな表情を見せた。
理解はできるが少し冷たいように感じている様子だった。
「でも……」
そんなココルの感情を察したのか竜斗はこう続ける。
「これからも一緒に旅できればいいよな」
にこっと微笑みかける竜斗に、ココルも満面の笑みで答えるのだった。
しばらく雑談を続けた後、それぞれの部屋に戻っていく。
もう時刻はすっかり夜である。
会話をしている途中も時折ココルは大きな欠伸をしており、ずいぶんと眠そうであった。
「それじゃあ、おやすみ。普段は隣に誰かいてぐっすり眠れてなかったと思うから、今日はゆっくり休んでくれ」
「ふぁあ、別に、そんなことないですよ」
口ではそう言っているが、眠れていなかったことは知っている。今のココルはそのことを全く気にしていないのか、覚えていないのか、いずれにしてもこの一日でずいぶんと心の距離が縮まったように感じる。
「まあとにかくおやすみ。明日は寝坊しないようにな」
竜斗は軽く冗談をぶつけて反応を楽しもうとしていたが、当のココルは気にすることなく、目を半分閉じたような状態でふらふらと歩いていった。
そんな後姿がおかしくてくすっと笑ってしまう。
ココルを見送り、竜斗も部屋へと向かった。
部屋に入り、ベッドに横になる。疲れているのに、眠くはなかった。
「気絶してた時に寝てたようなもんだからなあ。疲れてる感覚はあるけど、眠くはならないな」
腕で目を覆うと、前頭部に少し痛みが走る。
魔法でやられてた時の傷がまだ残っているようだ。
そっと傷口に手を当て魔力を込める。
微かに全身から力が抜ける感覚と共に手が淡い緑の光を放つ。
そして傷はきれいになくなり、痛みも引いていった。
「結局この力もなんなんだろうな。何かわかるかもと思ってたけど、こんな状況じゃ聞きづらいよな」
ベッドの上でゴロゴロするものの一向に眠くなる気配がない。
自分の呼吸音以外一切の音がしないという静かな夜が、どことなく寂しく感じていた。
「一人でいるのなんて何でもないはずだったのに、誰かと一緒にいる時間が長いと、こうも感傷的になるんだなあ」
しみじみとそんなことを思っていると、不意にノックの音が響く。
「……竜斗さん、まだ起きていますか?」
声だけでもその優美さがうかがい知れる。
急いでドアを開けるとそこに立っていたのはリリィだった。
「はい、昼間気を失っていたこともあって、あまり眠れないみたいです。それにしてもどうしたんですかこんな時間に」
「ええ、少しお話したいことがあって、このまま立ち話もなんですし、入ってお話してもいいですか?」
「ああっ、すみません全然気が利かなくて、どうぞどうぞ。何もおもてなしはできないですけど」
「うふふ、いいんですよ。こんな時間にお邪魔して迷惑なのは私の方ですから」
昼間とは違い、ずいぶんとラフな格好をしている。薄手のワンピースのようなシンプルな寝間着に肩からはブランケットをかけていた。隙間から見える白い肌がなんとも艶やかである。
ベッドに腰を下ろすと、ゆっくりと口を開く。
竜斗は正面に椅子を持ってくるとそこに座った。
「竜斗さんは私たちエルフのことをどう思いますか?」
急に投げかけられた質問に答えに詰まる。
「いえ、そうですね少し質問の意図が違うかもしれません。では二択で聞きますので答えてもらえますか?」
「えっと、はい。それなら多分答えられると思います」
「ありがとうございます。では、私たちエルフのこと好きですか、嫌いですか?」
「それは好きです。シルビー……さんと一緒に過ごしたからかもしれませんが、俺には嫌う理由がないです」
これに関しては自信をもって言える。この世界で過去にエルフを嫌う何かがもし起こっていたとしても竜斗には関係ない。
「そう言ってもらえて私も嬉しいです。あと、私の前だからって変に遠慮しなくていいんですよ。シルビーって呼んでくれた方があの子もきっと喜びますから」
「そ、そうですかね。じゃあこれからはそうします……」
「ふふ、それじゃあ次の質問です。その好きは、恋愛対象になる好きですか?」
「えっ、それってどういう!?」
質問の意図が理解できず動揺を隠せない竜斗だったが、リリィの真剣な様子を見るにからかって言っているわけではないようだ。
自分がそんなことを答えるなどおこがましい気もするが、あくまでも自分の気持ちの問題だ。
竜斗は素直に自分の気持ちを答える。
「……そうです。でも今は本当にそういう気持ちはありません。でも今後もしそういう感情が芽生えた時にエルフだからとか、違う種族だからとか、そんなことを自分の気持ちをごまかす理由にはしません」
嘘偽りのない今の竜斗の本心だ。
リリィはしばらく黙ったあと、あははと笑った。
「やっぱり、あなたは普通の人とは違うみたいですね。国に入ってきたときの様子、シルビーと話している姿、ココルさんとの接し方、どれをとっても相手のことを思いやる、そんな優しい心が見えていました……そんなあなたと一緒にいたから、シルビーもあんなに大きくなれたんでしょうね」
少し寂しそうに、そしてどことなく嬉しそうに小さく微笑む。
「あなたはきっとまた旅に出るのでしょう。そしてシルビーもきっとついていくと言い出すと思います。私はそれを止めたい気持ちはありますが、何よりもシルビー自身の気持ちを尊重したい。これまで厳しくしてしまった分、優しくしたいと思っています」
今目の前にいるリリィはこの国の王妃ではなく、シルビーの母、一人の娘を持つ母の顔をしていた。
「そこで竜斗さんには一つだけお願いがあるんです。これからもずっと旅を共にしていくうえでのお願いが」
「俺で聞けるお願いなら、いくらでも聞きます。シルビーには返しきれないほどの恩がありますから」
「それでは一つだけ」
ベッドから立ち上がると、深々と頭をさげる。
「……シルビーのこと、今以上に好きにならないでください、お願いします」
状況が全く理解できず、頭の中にはクエスチョンマークだけが浮かんでいた。
慌てて立ち上がったはいいものの、何もすることができずただその場でおろおろと立ち尽くすことしかできなかった。




