18 喧嘩するほど……
王の娘、つまりは王女である。
王という存在にあまりなじみのない竜斗であっても、自然と身構えてしまいそうだった。
しかし、そんなことをシルビーが望んでいるはずもない。ふう、と小さく息を吐くといつも通りの口調で言った。
「なんとなくただの女の子じゃないとは思っていたが、まさか王女とはな。そう考えると俺たちはずいぶんと無礼なふるまいをしてたんじゃないか」
ココルと顔を見合わせると、状況を理解したのかみるみるうちにココルと顔が青ざめていった。
「そ、そ、そうですよね。エルフの国の王女様に私はなんて粗相を……なれなれしくシルビーちゃんなんて呼んで……」
絵に描いたようにあわあわと口を開け、手をばたつかせている。
その様子があまりにもおかしく思わず竜斗とシルビーの二人は吹き出してしまった。
「もうっ、竜斗! からかったらかわいそうだよっ」
「いや、悪い悪い。でもやっぱこういうのはお約束だろ?」
二人のあまりの緊張感の無さに、ココルはあっけにとられる。
そしてその数秒後、自分がからかわれていたのだと理解した。
「なあ、いい加減機嫌直してくれよ」
竜斗のなだめる声にもココルは耳を貸さない。
ぷくっと大きく頬を膨らませたままそっぽを向いている。
「いろいろと心配かけてたのに、あんなことするなんてココルの気持ち考えたら怒っても当然だよね」
シルビーがそっと手をかけようとするがすっと躱され、またそっぽを向かれてしまう。
「わ、私は本当に心配したんですよ……あのまま竜斗さんが起きないんじゃないかって、シルビーちゃんと離れ離れになるんじゃないかって、そして私もまた一人になるんじゃないかって……」
ココルは両手で顔を抑えると、ぐすん、と小さく泣いているようだった。
時折鼻をすするような音も聞こえてくる。
そんなココルのことをこの場で完全に悪者となった竜斗とシルビーはただその場で立ち尽くしていた。
ちらっと横目でお互いのことを確認しては、先に声かけろよ、と言わんばかりのアイコンタクトを送る。
「ちょっと、竜斗が先にココルのことをからかうからこうなったんでしょ? 竜斗がまず何とかしてよ」
「はあ? もとはと言えばシルビーがあんな真剣な感じで自分の正体を明かすからだろ。もっとフランクに言えばココルだって気が楽だったろうに」
ココルには聞こえないようこそこそと話す。ほんの少しでも冷静であれば魔法を介して完全に二人だけで会話することもできたのだが、そんなことを思いつくような状況ではなかった。
「やっぱりこういうのは年上が率先してやるものでしょ。年の功を見せてよ!」
「いやいや、普通に考えて同性のシルビーの方が話しやすいだろ。そっと肩でも抱き寄せてやれよ」
「それだって竜斗がやって大人の余裕を見せて安心させてあげないと」
「そんなもん俺がやったらセクハラだろ。これがきっかけで完全に嫌われたらどうするんだよ! 俺は距離を置かれたとしても軽蔑はされたくないからな」
「セクハラ? 私が知らない言葉使ってごまかそうとしてもだめだからね。それになんかいいこと言ってる風だけど全然そんなことないからね、最低だからね!」
やいのやいの言い合いを続けているうちに徐々にヒートアップしていった。
他愛のない言い合い、ちょっとした不満など、もはやココルをなだめようという当初の目的はどこかに行ってしまっていた。
「というかそもそもシルビーがそんなに接しやすいのが悪いだろ。王女なんだったらもっと偉そうにしとけよ。強くて、性格もよくて、見た目もいいってどんなチートだよ」
「そ、そんなことないしっ! それだったら竜斗だってちょっと怖い見た目してるけど、話すと相手のことちゃんと気遣ってくれるし、自分のためじゃなく人のために怒ってくれるし、それに笑った顔はすっごく優しいよ」
「それを言うならシルビーだって優しいだろ。出会った時だって人間と関わることがどんなに危険かわかってるのに俺を助けて……絶対に俺の方が足を引っ張ってるっていうのに嫌な顔一つしないでよ」
「私は、竜斗と会って竜斗みたいな人もいるんだって知ることができた。今までの閉じた世界を竜斗が広げてくれたんだよ。それにここまで一緒に旅してきて、本当に毎日が楽しかった……一人の夜は寂しくて、静寂が怖かった。でも今はいつも竜斗が一緒にいて、静かな時間も心地いい。足を引っ張るなんて絶対にない。私がどれだけ竜斗に助けられてるか……もう言葉じゃ言い表せないくらいだよ!」
感情的になって出てきた言葉は不満ではなかった。
これまでなかなか正面切っては言えなかった思う言葉、それが勢い余って飛び出してしまった。
お互い言ってから、はっとなって、目を逸らす。
なんとも言えない表情のまま沈黙が流れる。静かな部屋にココルのすすり泣く声が……聞こえなかった。
「くす、くす、ふっふふふ……な、なんですかそれ。喧嘩してたはずなのにいつの間にかお互いに褒め合って、は、うふふ、ふふ」
さっきまで泣いていたはずのココルが、お腹を抱えて笑っている。
そんなココルを横目に竜斗たちが頭から火が出るほど恥ずかしかったのは言うまでもない。
「てか、さっきまでココル泣いてたんだよな? それなのに今はそんな笑ってるって……どういうことだよ」
「あ、あの、別に私は泣いてたわけじゃ、ないですよ」
まだ笑いのツボから抜け出せていないのか、話している途中に変な間が開いていた。
「え、でも、さっき顔覆って、それに泣いてるみたいな声してたけど……」
シルビーが不思議そうに問いかけるも、帰ってきた答えは、
「あれは、演技ですよ。二人にからかわれたんで、ちょっと仕返しです」
笑いすぎて涙を流しているココルは、涙を指で掬うといたずらに微笑んだ。
「それなのに、二人とも、慌てて、おどおどして、そして最後にはお互いのこと褒め合うんですもん。そんなの、笑っちゃいますよ」
それからしばらくココルの笑いが落ち着くのを待ち、竜斗は小さく咳ばらいをして話始める。
「んん、だいぶ話はそれたが、状況を整理しよう。まずシルビー、ここはエルフの国で間違いないな?」
「うん、今私たちがいるのがエルフの国『リフレイヤ』」
シルビーは木の幹でできた簡素なテーブルにばっと地図を広げる。魔法がかけられているのか、地形の起伏がまるで3Dのように詳細に示されていた。
地図のほとんどが緑で覆われ、森や畑で埋め尽くされていた。その隙間に木を利用して作られた、家がいくつか並ぶ。
その中心には広場ほどのスペースやお店のような建物もちらほらと並んでいた。
「それでここが今私たちがいるところ。宿みたいなところかな? そんなに立派なものじゃないけど一応ベッドとかもあるしね」
ぽんぽんとベッドを手でたたく。
わらくずが宙に舞い、思わず苦笑いがこぼれる。
「それでここが精霊宮。精霊様を祀ってるところで、王様とかがいる部屋でもあるね。お父さんとかお母さんも普段はそこにいるかな」
シルビーはそのまま説明を続けていたが、竜斗には地図を見ていてどうも引っ掛かる部分があった。
「……なあシルビーちょっといいか?」
「ん? 何か変なところでもあった?」
「あの、わたしもちょっと気になってました……」
ココルもそっと手を挙げる。おどおどしている様子はもうない。先ほどのひと悶着でだいぶ打ち解けることだできていたようだ。
竜斗はちらっとココルを横目で見ると、どうやら同じ部分が気になっているようだった。
「いや、どうして、これは……」
そうして竜斗が指をさす先は今しがた説明があった精霊宮。
ではなく、その真反対にある精霊宮ととてもよく似た建物だった。
「あー、それはね、精霊宮で間違いないよ。でもこの国のじゃない。もう一つのエルフの国『リフレイラ』の国の、ね」
少し戸惑っている様子の二人を横目にシルビーは続ける。
「正直私もよく知らないし、大人たちも教えてくれないからあんまりよくない話なのかもだけど……昔はこの国『リフレイヤ』と『リフレイラ』は大きな一つの国だったって話だよ。でもいつからか仲が悪くなって、そして対立するようになった。今じゃお互いに簡単に行き来できないよう境界線には壁が作られたくらいだしね。まあその中心には大きな湖があって壁は作れなかったけど、そこからお互いの様子が少し見えるって言うのでまた喧嘩してばっかり、もうほんと嫌になっちゃうよね」
心底呆れているといった感じでシルビーは早口で話し続ける。
「だから国の造りが似てるって言うのもそれはそうだよね。元は一つだったものを分けたんだから。精霊宮が二つあるのも精霊の力も二分しちゃったみたい。大精霊から精霊に分かれた? みたいな。精霊にもきっと好みがあってそれで別れたってお母さんは言ってたけど本当のことは誰にもわからない。今は精霊と会話するのも難しいからね」
しばらくそんな調子で話した後、シルビーは、
「でもよかったよ。私たちが見つかったのがリフレイヤの戦士たちで」
にこっと微笑みながら言った。
「え、それってどういうーー」
「リフレイラの人たちは人間嫌いで有名だからね。竜斗が見つかってたら下手したら殺されてたかもね」
竜斗が問いかけるより先にシルビーは淡々と言い放つ。実際にそんな場面に出くわしていたならシルビーも激高していたことだろうが、実際にはそうはならなかった。だからこそ冗談交じりに言うことができている。
「あはは、そんな顔しなくても大丈夫だよ。さっきは急なことで私も動揺してたけど、ちゃんと竜斗のことは説明するから。この国にいる間はあんなこと二度と起こらないよ」
再びにこっと微笑む。これまでもシルビーの笑顔に救われることは幾度となくあったが、今のシルビーの笑顔以上に頼りになるものはない。
「よし、ある程度説明は済んだし、それじゃあそろそろ行こっか」
すくっと立ち上がり、大きく伸びをして見せる。
「へ? 行くってどこに?」
急な展開に竜斗から気の抜けた声が漏れる。
「どこってそりゃもう決まってるでしょ」
さも当然というシルビーに竜斗も察した。
次第に緊張で額に汗がにじんでくる。
「お父さんとお母さんのところ。まあ王と王妃のところ、みたいな」
またにこっと微笑むが、今度は小悪魔に見えた、などとは思っても口には出せない竜斗であった。
覚悟を決め、部屋を後にする三人だったが、やけに二人の足取りが重かったのは最後尾にいた一人のみが知っていた。
ようやく繁忙期が終わりました!
これからはもう少しペースよく書いていけるよう頑張ります!




