17 シルビー・リフレイヤ
意識が戻り、目を開けると茶色の天井が視界いっぱいに広がっていた。
ざらっという感触を全身に感じる。布団とはかけ離れた木やわらで作られたベッドの上に横たわった状態で目が覚めた。
気を失っていたことから、竜斗は無意識に頭を押さえるが、特に痛みなどは感じなかった。
その代わりに横になっている足の上にずっしりと重みを感じる。
「ふふっ」
そのあられもない姿に思わず笑みがこぼれる。
服は少し土埃で汚れ、いたるところにしわがついている。ベッドの上に寄りかかる形で体を預け、口をポカンと開けた、なんとも間抜けな表情のココルがいた。
そこまで時間は立っていないとは思うが、完全に爆睡している。
ここ数日間の移動は不自由は何一つなかったが、やはりどこか緊張が抜け切れていない様子はあった。
ずっと王宮で過ごしていたというのに、一人外の世界に飛び出したのだ。緊張するなという方が無理があるのかもしれない。ましてや、自分で決めたとはいえまだ会ってそれほど時間は経っていない相手。人間に対する恐怖心なども抜け切るわけはなく、常に緊張状態、睡眠もまともに取れない日が続いている様子だった。
竜斗とシルビーはそれに気が付いていたが、どうすることもできない。
いったん疑心暗鬼に陥ってしまえば、善意は悪意へと変換され受け取られてしまう。そうならないためにも二人は”普通”であることを意識していた。変に気を遣うわけでもなく、態度を変えるわけでもなく、これまで過ごしてきた普通をココルの前でも貫き通していた。
その結果、
「気を許してくれたってことなのか……」
目の前にいるココルを見て、竜斗はふとそんなことを思っていた。
そっと頭をなでようとした瞬間、ココルの体がピクっと震える。
思わず手を引っ込めると、ココルはむくっと起き上がった。両手を上げ大きく伸びをする。それに呼応するようにしっぽも伸びあがっていた。
しょぼしょぼする目をこすりながら、うつろに竜斗の方を見る。
「おお、おはよう……ありがとな、看病してくれたんだろ」
若干の戸惑いを抱えながら、ひとまず声をかける。
「ふぇ、ふぁあ、おはようございます……どうして竜斗さんが、私の部屋に、いるんですかあ?」
まだ寝ぼけているらしい。間抜けな返事をしながら、あたりをゆっくりと見回す。
徐々に目覚めてきたのか、頬がみるみるうちに紅潮していった。部屋を見渡して一回、自分の乱れた服装を見て一回、竜斗のことを見ては顔を赤らめた。見事なリアクションである。
「お、おはあようございましゅ」
恥ずかしさのあまりかろれつが回っていない。竜斗はまたくすっと笑うと、ココルは恥ずかしそうにうつむきながら、竜斗の肩をパシッと小さく叩いた。
一通りココルをからかったところで、竜斗はココルに問いかけた。
「そういえばシルビーはどうしたんだ? ココルがそばにいてくれたのは嬉しいが、シルビーなら自分が看病するって言ってきそうなものだが」
「あの、えっとシルビーちゃんは……」
バツが悪そうに目を逸らす。
「それについては私から話すよ」
ドアが勢いよく開いた。
両脇に屈強な戦士を二人控え、その中心に立つシルビーが静かに答える。
「シルビー……?」
竜斗がこぼした言葉に横の戦士が反応し、弓を構える。
睨みつける戦士を制止するように、シルビーはすっと手をかざす。
「これ以上私のお客さんに無礼をする気?」
有無をも言わせぬ殺気がシルビーの言葉にはこもっていた。
戦士は一瞬ひるみはしたものの、恐れることなく、竜斗を睨む。そしてわざと竜斗たちに聞こえるように舌打ちをすると部屋を後にした。
どっと空気が軽くなった気がして、竜斗は大きくため息をつく。
「これは一体どういうことなんだ? ちゃんと説明してくれるんだよな?」
さっきの状況を見るにシルビーに非があるわけではないようだ。できるだけ責めないような口調で言いたいが、そういうのにはいささか不慣れであった。
「うん、もちろん……まずは驚かせてごめんなさい。竜斗にもケガを負わせちゃったし、ココルにも怖い思いをさせたよね」
「あ、ううん、私はケガもしてないし大丈夫だよ。それにシルビーちゃんのせいじゃないんでしょ?」
ココルも、シルビーが悪いわけじゃないということを雰囲気で察しているらしい。
「そう言ってもらえると私も少し気が楽だけど、私に原因がないわけじゃないからね。襲ってきた彼らにも、さっきの二人にも思うところがあってのことだから、できることならみんなを責めないでほしい。私から頼めるのはそれくらいだから」
シルビーはゆっくりと頭をさげる。
普段はどちらかと言えば年相応、子供のように無邪気なふるまいをしていた。
たまに妙に大人びた考え方や仕草もあったが、今のシルビーはまさしくその状態だった。
少し冗談でも言って空気を軽くしたいが、とてもじゃないがそんなことできる雰囲気ではなかった。
「頭上げてくれよ。どんな事情があるかは俺にはわからないが、シルビーは悪くない。悪いっていうなら俺が人間なのにここにいることだ。さっきの奴らも言ってただろう、奴隷に守らせるとか、シルビーも人間の奴隷にされたのか、とかってさ。やっぱりこの世界では人間と一緒に行動すること自体が危険だし、ましてやエルフの国に行こうだなんてお互いにとってもよくなかったんだよ」
「そんなことっーー」
「そんなことないです!」
シルビーが否定するよりも先に横にいるココルが声を荒げた。
「ココル?」
「確かに人と亜人が一緒にいることはよくないことなのかもしれません。でもそれは全員に当てはまることではないと思います。私たち亜人にだっていい者もいれば悪い者もいます。確かに私はまだ人は怖いですが、それでも竜斗さんとシルビーちゃんに連れて行ってもらえなかったら世界を知らないままでした。だから、そんな私を世界に連れ出すきっかけをくれた選択を、悪いことにしないでください!」
ココルの必死の訴えに竜斗とシルビーは顔を見合わせる。
そして次に出た言葉はお互いに、ごめんだった。
「さて、お互いに落ち着いたところで今の状況を整理しよう。もう変にへりくだるのは禁止な。誰が悪いとかそう言うことは俺たちの間では禁止にしよう」
「そうだね、そんなことしてたらいつまでたっても話が進まないしね」
あはっと笑うシルビーの表情はよく知っているものだった。
「それじゃあ、何から話したらいいかなあ……」
たっぷりと間を置いた後、軽い口調でシルビーは言った。
「私はこのリフレイヤ王国の王の娘、シルビー・リフレイヤ」
正直なところ兵士たちの振る舞いから予想していたところではあった。
それでも本人の口から聞くと、少し委縮していまい、少々の沈黙が部屋の中を流れた。
仕事が忙しすぎて書く時間がなかなか取れずすみません。
今月いっぱいは忙しい期間が続くので更新は難しそうです。短めで何とかかければ書いていきます!




