16 エルフ
エルフという種族はエルフ耳と呼ばれる縦長な耳や、弓の名手、魔法の扱いに長けているなど、よく知られていることがある。また、その寿命はとても長く、長命であることで有名である。
人間の寿命が長くとも100歳程度に対し、エルフは最高で500歳くらいまで生きると言われていた。
そのためエルフ族の中には厳格なルールが定められ、エルフの体自体も年月を重ねていくうちに変化していった。
エルフ族は弓を使い、シカやイノシシなどの狩りを行う。しかし、そう言った生き物を食べるわけではなく、神に捧げその年の豊穣を願う。つまり、生き物を食べないというエルフの食糧源は、自然の恵みが全てである。
自然を守り、自然に支えらえて生きてきた。
森の木々と会話ができるというものもエルフ族の中にはいるようで、他の種族に比べると圧倒的に作物の供給量は多い。
とはいえ、500歳まで生きるエルフが増えすぎてしまうと絶対的に食糧は足りなくなる。
そのために、自らを自らの手で滅ぼさぬよう子供は一人までというルールが設けられたのだ。
男女比に関してはほぼ均等になっていた。エルフの中には、神様と崇め奉る大樹のおかげだ、というものもいるが、その実は定かではない。
エルフが誕生した時に大樹もその生をこの地に宿した。生まれたころには今にも折れそうだった細枝も、今では直径一メートルにも及ぶほどだ。幹に至ってはその全容を確認することも一苦労である。
「っていうエルフのルールとか決まりとか色々あるんだよね。私も詳しくは知らないから、みんなが知ってるようなことだと思うけどねー」
シルビーはふんふんと鼻歌を歌いながら、軽快に話を続ける。
「普通そんなに自分たちのことについて知らないだろ。俺だって人間のことについて知ってるかって言われれば、シルビーたちの方が知ってるだろうしな」
「た、確かに、そうかもしれないです。でも竜斗さんはその中でも特に他の人とは違う感じがします。私たちのことを見る目とか、接してくれる感じとか……あ、見る目って当然ですけど、え、エッチな意味じゃないですよ!」
手を慌ただしくパタパタと振りながらココルは言った。
まだ少しもじもじしている様子もあるが、だいぶ会話にもなじんできていた。
何の気なしに聞いていたシルビーは唐突に竜斗との仲を言われ、照れくさそうにしながらも、冗談っぽくまあね、と笑った。
竜斗が異世界からの転生者ということはココルには話していなかった。
ただでさえ急に環境が変わっているこの状況で、これ以上混乱させたくはなかった。
けれど竜斗が持つ、正体不明のスキルに関してはわかる範囲での説明はしている。不測の時代に陥った時に対処しやすくなるからだ。隠そうとするあまり治療が一歩でも遅れ助からないなんてことになってしまえば、寝つきも悪くなるだろう。
また、このスキルに関してではなくても、似たようなスキルについて何か知っていることはないかと考えたからだ。
いくら物知りなシルビーだからと言ってこの世界の全てを知っているわけではない。
だが、ココルは幼少期のトラウマからかほとんど幼少期のことは覚えていなかった。
バームに救われリヴィーザルに来てからの記憶では竜斗が言うようなスキルについては知らないということだ。
ごめんなさい、と何度も頭をさげながら話すココルに対して、竜斗は逆に申し訳ない気持ちになっていたことは言うまでもない。
そんな竜斗の様子を察してか、ココルが思い出したように話したことがあった。
今はもう誰も使っていない王宮の書庫。正式な書庫とは別に作られた、もう使わなくなった本や蔵書が保管されている。
その中の一冊に書き記されていた。
この世界のどこかには、すべてを知ることができる神殿がある、と。
詳細は不明、それ以上のことは何も記されていなかった。
現実味の薄い話ではあったが、どうしてもスキルについて知りたいというわけでもない。旅のついでにそういううわさ話を集めようということで、話はそこで終わった。
「そういえば、シルビーの地元ってことはエルフの街って言うことだろ? こんな普通に歩いてて行けるものなのか?」
竜斗はあたりをちらちら見ながらシルビーに問いかける。
少し先をスキップ混じりに進んでいるシルビーは、
「うん、大丈夫だよ。まだ距離はあるから時間はかかるけどね」
陽気に答える。
「まあ、でもねー、道を知らないとたどり着くのは難しいかも」
「み、道を知らないとってことは、やっぱり何かで守られてるの?」
「守られてるって言うか、わからなくなってるって言う方が正しいんだよ。私たちエルフは精霊様たちとも親交があるからね。森の精霊様が作ってくれた自然の迷路のようなもので守られてるんだ」
「精霊?」
初めて聞く単語に竜斗は反応する。
「あ、うん。竜斗も知っての通り、この世界にはいろんな種族がいるの。精霊様の説明って難しいけど、森の神様みたいな感じ?」
「……ものすごくざっくりした説明だなあ……まあ、とりあえずすごいってことはわかった」
「竜斗もきっとすぐ会えるから楽しみにしてて!」
シルビーは相変わらずな調子で進んでいく。
「あ、そういえば今は全員人間の見た目してるけど、精霊様は見間違えたりしないのか? 人間を入れるのは問題があるんだろ?」
「うーん、多分大丈夫だと思うけど、確かにちょっと心配かも。もうこの辺りまでくれば人と会うこともないし、外しちゃってもいいかな。ココルも嫌じゃなければ外した方がいいかも」
「う、うん。私も大丈夫だから外しておくね」
二人はペンダントを外すと、ポケットにしまう。シルビーはエルフの姿に、ココルはしっぽや鱗が現れ、ワニの姿に変わった。
ココルは竜斗の方をちらちら見ながら、自分がどう見られているか気にしている様子だったが、当の竜斗は全く気にしていないようである。
森の中で野宿したり、モンスターを倒しレベル上げをしたり、そんなこんなを繰り返しながら進んでいくと、徐々に森が深くなっていった。
竜斗の目からはもうすでに右も左もわからなくなってきていた。
今自分たちが歩いてきた道すらも定かではない。
シルビーはというと、全く問題なく進んでいく。ココルに関してもまるで道がわかっているかのように迷う様子もない。
精霊様というものの力なのかはわからないが、竜斗を避けようとしているのは間違いなかった。
「ここから先はもっと複雑になっていくから私たちから離れないでね」
シルビーに促され、かすかに距離を詰める。それを挟むようにココルも後ろの距離を詰めてきた。
「こ、こうすればきっとはぐれないですから……邪魔だったら言って下さい……」
「いや、全然嫌じゃないし、むしろありがたい」
素直にそう伝えると、ココルはふふっと笑っていた。
しかし、そんな笑顔が見えた刹那、ココルの瞳が鋭く変わった。
竜斗の肩をぐっと抑え、身を乗り出すと、鱗に覆われた腕を出した。
あまりのことに理解ができないまま竜斗は、そのまま転がり天を仰ぐ形になる。
竜斗の視界に写ったのは、ココルの腕に矢が直撃する瞬間だった。
矢はココルの腕にあたると、刺さることなくはじかれていた。
「ココルっ!」
はっとして声をかける。
「大丈夫です、防御には少しだけ自信ありますから。それよりも、完全に竜斗さんの死角からの攻撃。私たちのことを躱して飛んできた軌道。見覚えがあります」
ココルの言う通り、竜斗にも見覚えがあった。
戦闘の時によく見ていた、魔法を組み合わせることにより軌道をコントロールし、的確に相手に命中させる。
「シルビーと同じ魔法?」
竜斗は思わずシルビーの方を見る。
シルビーはただその場に立ち尽くし、肩をわずかに震わせていた。
『ふっ、奴隷に守らせるとはやはり人間は汚いものよ。しかし、エルフの国の近くでエルフを奴隷で連れてくるとは、我らを侮辱するのもいいところ。ここで貴様を殺し、我らの同胞を救い出す!』
森の陰からの声に竜斗はなるほどな、と思った。
今攻撃してきているのはエルフで、人間は歓迎されていないのだと。
疑問に思うこともあったが、今はそんな余裕もない。
視認できるだけでも四本、いや五本、矢が周囲を舞っている。
タイミングを図り、竜斗の隙を狙っていた。いくらココルの防御力が優秀とは言え、防ぎきれる数には限度がある。
『なるべく、その奴隷には傷をつけたくないが人間。貴様の抵抗が長引けば長引くほど、辛い思いをするのはその奴隷だぞ。そんなもの貴様は考えることもないだろうがな』
矢の数はさらに増えていき、速度も様々で多角的に狙ってくる。
「変な言いがかりも、いい加減にしてほしいものだがなっ!」
竜斗はココル向けて襲い来る矢を、拳で叩き落す。それでも対応できない矢に関してはココルに守ってもらう。
息を合わせ確実に対処していった。
それが癪に障ったのか、宙に浮いていた矢はタイミングを待つことなく、一斉に竜斗に向かって行った。
さすがにすべてを叩き落すことは不可能だと判断したのか、ココルは竜斗の正面に立ちふさがる。
「竜斗さんはそちら側をお願いします!」
「オッケー任せろ!」
”武闘”を発動し備える。身体強化なしでも何とか対応できるレベルだったので、多少ダメージを負うにしても対処できる自信があった。
しかし、そんな竜斗の覚悟を嘲笑うように、矢の速度は先ほどとは比べ物にならないほど加速し、まっすぐに向かってくる。
周囲を包囲するように漂っていた矢は、ココルにあたる直前に軌道を変え、その全てが竜斗にだけ向かってきた。
「そんなの、卑怯だろっ!」
さすがに予想外な事態に竜斗からはははっと乾いた笑いが漏れる。
「竜斗さん!」
咄嗟にココルが守ろうと動くが間に合わない。
覚悟を決め、来るべきダメージに備えるが、そうはならなかった。
竜斗とココルの周りにごおおおおっという音と共に竜巻が生まれる。
竜巻によって矢は全て巻き上げられ、そのまま地面に力なく落ちた。
『馬鹿な、それほどの風魔法など使えるわけが……なっ!』
森の奥からがさっという音と共に姿が見える。
三人の男は耳が長く、手には弓を持っている。やはりエルフだった。
その視線の先に竜斗はおらず、ただ一人を見つめていた。
中には悲憤の涙を流す者もいた。
『シ、シルビー様……まさか人間の奴隷に……』
男の一人がこぼした言葉に、竜斗は耳を疑う。
「シルビー、様っていったい……」
問いかけようとシルビーの方を向くが、
『無礼な口を開くな!』
エルフの男の一人が竜斗に向けて魔法を放つ。
その存在すら認識できなかったが、竜斗の意識を奪うのには十分だった。
消え入る意識の中、駆け寄ってくるシルビーと心配そうに声をかけてくるココルの声だけが微かに残っていた。
今回より第二章に入ります。
前章よりは竜斗のかっこいいところ多めにしたいですが、どうなるやら。




