another1 闇夜の深淵
気持ちがいいほどの晴天。鳥のさえずりが心地よく聞こえてくる。
寝転ぶ体をゆっくりとひるがえすと、体中に痛みが走った。
くっと一瞬顔をゆがめるが、その表情はどこか満足気でもあった。
「おう、いい加減起きたらいいんじゃねえか」
無骨な男の声が枕元から聞こえてくる。子供の頃からずっと聞いていたなじみのある声。
声に反応し体がピクっと動いた。声の方に体をゆっくりと反転させた。その表情は少しうんざりとしたように眉をひそめている。
「……なんで身近にかわいい子が二人もいるっていうのに、起こしに来るのはむさい男なんだよ」
「ハハッ、そんなこと言うなよフーリ。男の部屋に来るなんてそんな危険なこと任せられないだろ。お前の寝起きが悪いことくらいみんな知ってるんだからな」
「ったく、今日は全然寝起きいい方だろ。昨日の冒険で全身バキバキなんだよ。マルコスだって昨日はかなりハードだったはずだろ? まだ朝なんだからもう少しくらい休んだってバチはあたらないだろ」
フーリはごそごそと体を動かし再び布団にくるまろうとする。
「……ったく」
マルコスはやれやれと首を横に小さく降ると、布団を勢いよくはがす。
布団につかまっていたフーリの体は宙に浮き、そのまま地面へと転がり落ちた。
「今何時だと思ってるんだよ。もう昼も過ぎだぞ。他のみんなはとっくに活動してるっつうのにリーダーがそんなんでいいのかよ」
マルコスはむっと口をとがらせ、時計を指さす。
ようやく状況を理解したフーリは、わざとらしく体をさすりながら立ち上がった。
「しょうがないだろ、俺は元々夜型なんだよ……リーダーっつったって、まだ正式にパーティ組んでるわけでもないだろうに」
「おっ、なんだ。俺たち以外と組む予定でもあるっていうのか。それにさっさと冒険者登録もしないとな。この村でもできるっていうのに、お前がリヴィーザルでやりたいって言うから、碌に自分たちのステータスすら見れないんだぞ」
「そりゃそうだろ! 冒険者カードに一生残ることになるんだぞ。こんな辺鄙なところで登録なんてしたらこの先笑われちまうぜ」
「へいへい、そういうもんかねえ。俺的には『無名の土地から降り立つ英雄』みたいな感じでかっこいいと思うんだけどな」
マルコスは部屋のカーテンを開け、外の光を取り込みながら、ぶっきらぼうに呟く。
「まあ、確かにそれはそれでありかもしれないな。だったらある程度実力付けて、有名になってから、冒険者引退。無名の土地からの大型ルーキーって感じで再出発しようぜ!」
「なんでだよ……冒険者ランクを上げんのだってそう簡単じゃないんだぞ。それをまた一からやるって……しかも有名になってからの大型ルーキーは無理があるだろ。引退詐欺だ、詐欺。普段面倒くさがりのくせにそういうとこだけ、こだわり強いんだよなお前は」
フーリの傍らには、今着替えた服だけでなくおそらく前日のものであろう服も脱ぎ捨てられていた。
ベッドに敷かれているシーツには染みがいくつかでき、しわだらけになっている。
マルコスはそれらを持ち上げると、あっという間にきれいにたたんだ。
「シーツも洗っておくからな」
シーツをはがすと洗濯籠に脱ぎ捨てた服をまとめると部屋のドアを開けて出て行った。
着替え終わったフーリも後に続く。
「いや、ほんと助かるわ。やっぱり持つべきは仲間だな」
「どの口が行ってるんだか、調子のいいやつめ」
マルコスは悪態をつきながら、ふんと鼻を鳴らす。
しかし、仕方ないと呆れているものの、一ミリも不満な様子は感じられなかった。
部屋の外に出た途端、フーリの体は焼けつくような日光に焼かれた。
「ほんとあっちいな。これじゃまともに動けねえよ」
そそくさと日陰まで走っていき、木の根元に腰を下ろす。
そんな気の陰からぬっと二つの影が並んで現れた。
「ようやく起きたと思ったら、すぐにこれなのね。訓練の時間だって限られているのよ」
「……ねぼすけふーり。りーだーはねむい。いつもぐったり」
「訓練の時間って言ったってその分俺は夜に自主練してるんだからしょうがないだろ。そしてリグラはなんでしりとり調なんだよ」
リベラは腕を組み、まったくと言った様子だ。
リグラはふふふといたずらな笑みを浮かべている。
「個人での特訓も大切だけど、もっと合わせる練習をしましょうって話よ。もう私たちがこの村を出るまで一週間もないのよ」
「……りゆうはとくにない。いつもとおんなじ。じじいになってわすれたか」
「いや、口悪いな! 人見知り激しくて村の人とすら話してるの見たことないっていうのに!」
おいおいと思わず目を見開いて見せるフーリに、リグラはくすくすと笑うだけ。
「確かにリベラの言う通りだぞフーリ。初めから俺たち四人でパーティを組むって決めてる以上連携は大事だからな。個々の力が足りなくたって協力すれば乗り切れることだってこれから出てくるだろうし……というわけでさっそく」
なぜか不敵な笑みを浮かべながらマルコスが近づいてくる。大きな男の手にはこれまた大きな鍋が抱えられていた。
そしてリベラとリグラも期待のまなざしを向けている。主に鍋に対して。
「俺の魔法はそういうためにあるわけじゃないんだけどな」
フーリは大きなため息をつき、ゆっくりと立ち上がると魔法を放つ。
放たれた先は、石と土で作られた簡易的な調理場。
下の部分はかまどになっており、上には網が置かれその上に鍋が用意されている。
フーリの魔法がかまどに命中すると、ぼうっと一気に火が付いた。くべられた薪を燃やし尽くすこともなく、かといって火力が足りないわけでもない。
絶妙な火加減で鍋を包んでいた。
「火の魔法ならリグラだって使えるのに何でいつも俺に頼むんだよ」
「しょうがないでしょ、この子がやるとかまどまで燃やし尽くしちゃうんだから。本来戦うために使う魔法をそうやって使うのってとても難しいことなのよ」
リグラに変わってリベラが答える。その横でリグラも大きく頷いていた。
「だとしても俺はリグラがうらやましいけどな。俺なんて魔法が使えるって言うのに火の魔法しか使えないんだぜ。村長の話だと魔法適正がある奴は三種類くらいは使えるって話だったろ? それに無属性は必ず使えるって言ってなかったか?」
「確かにそうね、火属性だけっていうのは珍しいわよね。でも無属性魔法って感覚によるところが大きいから、いつか急に使えるようになるかもしれないわよ。私の場合無属性が使えるようになったのは他の魔法を覚えてからだもの。それに、そんなに心配なら冒険者登録して自分の適性調べたらいいじゃない」
「ほら、言ったろ? だから登録名称とか気にせずにさっさと冒険者登録しちまえばよかったんだ。この村周辺じゃ大したクエストもないだろうが、多少の経験は積むことだってできるんだしな」
リベラの話にマルコスも同調し二対一の状況である。リグラに助けを求めるも鍋の中に夢中でそもそも聞いていない。
こうなると取る手段は一つ。
「お、もうそろそろいい感じじゃないか。飯にしようぜ」
鍋の蓋を開けるとぶわっといい香りが広がる。
ゴロゴロと大きな肉とじゃがいもが、茶色いどろっとしたスープの中をゆらゆらと泳いでいる。
カレーと材料も見た目もよく似ているが鍋の中にあったのは、ビーフシチューである。
ぐう、ぐう、ぐぐぐううう!
三つ続けざまにお腹の音が鳴った。
三人の視線が一斉にひと際大きな音が鳴る方へと集まる。
ばっと慌ててお腹のあたりを抑える。顔から湯気が出るんじゃないかというほど顔全体を真っ赤に染めたリベラは、
「そ、そうね。もういい時間だものね」
消え入りそうなか細い声で言った。
「ふむ、やはり食欲に勝るものなし」
うんうん、と満足げに頷いて見せるフーリの脇腹をリベラはぐっとつねった。
もちろん本気ではない。軽い冗談を交え、談笑しつつ昼食、フーリにとっては朝食が終わった。
「みんな満足してくれたようで母さんもきっと喜ぶぜ。俺もかなり手伝って作り方は覚えたからな。冒険にでても食事は任せておけ」
どんとマルコスはその広い胸をたたく。
「こんだけうまいものがこれからも食べられるって思ったらそれだけでも冒険のモチベーションも上がるってもんだな」
「ええ、そうよね。マルコスがいてくれるだけで毎日同じもの食べたり、味付け失敗したりって言う心配が一切ないのは本当に心強いわ」
「……かくめいてきそんざい。いっかにひとりまるこす」
真正面から褒められ悪い気はしない。マルコスは見るからに嬉しそうにしていた。
食事も終わり一息ついたところで、リベラは改めて話し始める。
「それじゃあ、私たちが村を出るまで一週間と迫ったところでまだ決めなくてはいけない大事なことが一つ残ってるわ」
「大事なこと? 戦い方だってある程度は練習したし、生活における基本的な役割も決めただろ? 後他にあったか?」
フーリはマルコスとリグラを順番に見る。二人とも思い当たる節がないようで、首をかしげていた。
「リーダーのあなたがそんなんでどうすんのよ!? あなたはどこのリーダーになるの?」
フーリたちはそこまで言われてようやく気が付いた。
「そういえばそうだな。肝心なパーティ名決めてなかったよな」
ソロで活動する以外は絶対に必要になるパーティ名。メンバーを入れ替えながらパーティを編成するところもなくはないが、主要メンバーは変わらない。
活躍していくうえで広まっていくのはやはり名前である。
「そうだなあ、まあリーダーが夜型人間だし夜って言葉は入れたいかもな」
「……すぐにはりかいできないなまえがいい。いみしんなかんじ」
「夜、意味深か……ただの夜じゃなんか格好つかないしなんか付けたいよな……夜って暗いイメージだし闇、とかどうだ?」
「男の子ってそういう言葉好きよね。でも闇夜、だけじゃさすがにちょっと短いかもしれないわね。もう少し何かつけましょう。夜が明けるみたいな、そうね、闇夜からの解放、闇夜の暁……なかなかいいの浮かばないわね」
うーんとみんなで頭を悩ませること数分、フーリはぼそっと呟く。
「深淵……」
「え? フーリ何か言った?」
「あ、ああ、深淵ってどうかと思ってな」
「深淵って響きは格好いいが夜明け的な意味はないよな。むしろ夜が深くなってる気がするんだが」
マルコスはふむ、と顎に手を当てる。
「そうだけどな、ほら明けない夜はないって言葉があるだろ。あれって結局夜が深くなっていって朝になるってことだろ。洞窟だってずっと進んでいけば明るいところに出るかもしれないし、それだってずっと進んでいった結果明るくなるわけだろ」
初めはよく理解できていなかったが必死に説明するフーリの姿を見て、マルコスたちも少しずつ流されていた。
「つまり、闇夜のさらに先にはきっと光があるんだ。こんな田舎の村みたいな闇から抜け出すっていう俺たちにはピッタリじゃないか!」
不思議とフーリの言葉が魅力的に聞こえてきてしまっていた。
対抗馬を出すこともできず否定するだけというのは、ただのクレーマーに等しい。
マルコスたちはお互いに顔を見合わせると、小さく頷き合う。
「よし、じゃあフーリの案にしよう! 闇夜の深淵、ああ、いいじゃねえか。つうわけでパーティ名も決まったし飯も食ったし、さっさく特訓と行こうぜ」
マルコスに促されるようにフーリたちも立ち上がり、森の奥へと向かって行った。
フーリとマルコスを前線とした戦闘形式。リベラのバフを二人にかけつつ、身体強化が得意なマルコスが相手の攻撃を受け止め、その隙にフーリが攻撃する。
絶妙な炎のコントロールが可能なフーリだからこそできる、火を刀身に纏わせたファイアーブレードは射程、威力共に申し分ない。
複数の敵が現れた際には、リグラの範囲魔法が火を噴く。その殲滅力は未登録冒険者ながらかなりのものに仕上がっていた。
昼すぎから夕方くらいまで特訓は続く。村周辺の弱いモンスターを中心に経験値を稼ぐというよりは戦闘の仕方を確認するという意味合いの方が強かった。その為弱いモンスターにも全力で挑むので疲労は半端ない。
村の人たちの厚意で魔力回復のポーションなど優遇してくれているので、それらも最大限活用しながら特訓に挑んでいた。
あらかたモンスターを片付けたところで辺りはすっかり暗くなっていた。
「ふう、今日はこれくらいにしておくか。明日はなるべく早く起きられるよう善処する」
「そうだな、フーリがもう少し早く起きてくれればこんな暗くなるまでやんなくてもいいもんな」
マルコスに軽口をたたかれながら村まで戻り解散の流れ。
いつもの流れでそれぞれが帰路に着く。
「それじゃあまた明日ね。明日は新しい形もためしてみましょう」
「……じゃあまたあした」
リベラとリグラが先に帰っていく。手を振って二人を見送った後、マルコスも帰っていった。
「また、新しいレシピ仕入れてくるからな。出かけるまで毎日一品ずつ教えてもらうぜ」
筋骨隆々な後ろ姿ながらも、新しい料理に期待を寄せているのか足取りが妙に軽い。そんな姿にギャップを感じ、思わずくすっとフーリは笑った。
笑った後、深いため息をついた。
「今日も何にもできなかったな……今の戦闘スタイルだと別に俺が抜けたって問題ない。マルコスは攻守において優秀だし、リベラは戦況を広く見れてる、リグラの魔法だって同い年と思えないほど強力だし多様だ。それに引き換え俺の魔法は火のみ……他にもこんなやついんのかよ……」
夜空を見上げため息。
気を抜くと出るのはため息ばかり。
「でもあいつらはそんなこと気にしてる様子もないしな。ずっと一緒に過ごしてきたんだから、俺が強くなればいいだけだよな。俺にとっては今が闇夜……この先にはきっと明るい未来が待ってるよな」
よしっと気合を込めると戻ってきた道を反転し森へと向かう。
暗い闇の中、炎の揺らめきとフーリの意気込む声だけが静かに響いていた。
フーリが翌日も寝坊したのは言うまでもない。
これはフーリ、マルコス、リベラ、リグラ、四人の初期、クレックが入る前の物語である……
前回からかなり間が開いてしまいしかも、番外編ということでフーリたちの話でした。
次回からはちゃんと本編進めますが、次回もまだまったり予定。
ちなみに竜斗たちが向かうのはまだ本編では直接的には言ってませんがエルフの里です。シルビーの故郷!
というわけで次回もよろしくお願いいたします!




