14 奇跡の力
一瞬のうちにフーリの懐まで詰め寄ると、マルコスは胴体めがけて蹴りを放つ。
リベラが使う身体強化も相まって、その速度は目で追えない。
しかし、その蹴りはフーリに届くことはなく、つい先ほどのシルビーの弓と同様に黒炎に阻まれた。
足から炎が上がるものの、すぐに煙を上げて鎮火する。
リベラは身体強化に加えて、単純な水属性魔法もマルコスにまとわせていた。
「ちっ、やっぱりただの水魔法じゃフーリまで届かねえか」
「ただの水魔法って……私の魔法かなりレベル高いんだけど……それでも何とか火を消すくらいしかできないのね」
シルビーが使う水魔法では、火を消すことはできなかった。ということは少なくともシルビー以上の水魔法の使い手であることに間違いはない。
「私も水魔法は使えるけど、得意なのは風属性だから。火とは相性最悪なんだよ。だから正直あまり力にはなれないけど、できるだけのことはやろう」
シルビーは矢に水を纏わせると、フーリに向けて放つ。風魔法で補助していない分、普通の矢の速度と大して変わらない。
フーリに向かって真っすぐに飛んでいく矢は、そのままフーリに命中……した。
じゅわっと音を立てて水を蒸発させると、その場に矢だけがポトリと落ちる。
「全然ダメみたいだね。あの炎のオーラみたいのをとにかく何とかしないと」
二の矢を構えようとするが、左手に力が入らない。プルプルと震え、弓を引き絞ることができず構えた手をすっと下げる。
「あまり無理はしない方がいいわよ。真正面から攻撃を受けたんだから。私たちがメインで戦うから補助をお願い!」
「わかった……様子を見ながら、魔法で支援するね」
シルビーはその場にへたり込むと、フーリをただ一点で見つめる。
その挙動すべてを見逃さないように。最適な支援ができるように戦場の全てを見ていた。
フーリが剣をふるうたびに黒炎が放たれる。その挙動だけに気を取られていると、フーリ自身が距離を詰め、直接攻撃を仕掛けてくる。
「おっと、あぶねえな!」
マルコスは振り下ろされた剣をいなすように受け流した。地面は衝撃と共に大きなクレーターが出来上がる。
マルコスに飛び火する黒炎だったが、剣に対し直接触れる部分だけが水魔法でコーティングされ、黒炎によるダメージを防いでいるようだ。
フーリはすぐに下ろした剣を振り上げるが、マルコスはすっと身を引き避ける。
地面にできたクレーターは周囲をぐらぐらと揺らしながら、深度を増していく。リグラが杖を構え、土魔法によりフーリを地中へと沈めていた。
「……くれっく、いま……」
リグラがそう呟くと、フーリの頭上に光り輝く球体が現れ、周囲を瞬時に照らす。
生み出されたその魔法はまさしく太陽だった。暗闇の中ひときわ輝く太陽から陽が燦燦と降り注いでいた。
竜斗は太陽から思わず目を覆った。
フーリも明らかな嫌悪を示しながら、手で光をさえぎっていた。
そんな中クレックは太陽の下まで行くと何やら魔法を唱える。指をパチンと鳴らすと太陽が揺らめきだした。
少しずつ形を変え、竜巻のようにうねりだす。どうやらクレックの風魔法によってコントロールしているようだ。
火に空気が入ると燃え出すように、リグラが生み出した太陽は風の力を借り、その大きさを増していく。
さらに光り輝くそれは、もはやその存在を確認することすら難しくなっていった。
竜斗は何とか目を細めて見ようとするが、まともに目も開けられない。目をつぶっていても光は瞼の向こうで輝いているほどだった。
けれど唯一クレックだけは問題ないように太陽を操作する。
「……これで少しくらいは効いてくれると嬉しいんだけど」
地中深いところで眉を顰めるフーリに向けて太陽を落としていく。
あたりに転がる塵や石を巻き込み、轟音を上げつつまっすぐフーリへと向かう。
巨大な爆発音とともに、穴から火柱がたち昇る。
火柱をバックにたたずむクレックの姿は何とも荘厳だった。
ようやく少し光が落ち着きクレックを見てみると、目の部分が黒いもので覆われていた。
竜斗はそれをよく知っていた。
「あれは、サングラスか?」
メガネの形状ではなく、ゴーグルに近い形。それによって隙間からの光も全て遮断していた。
だからこそクレックはあの光の中でも問題なく動くことができていたのだ。
「竜斗、私もちゃんとはわからなかったけど、きっとあれは闇魔法だと思う」
クレックの様子を確認できたシルビーが竜斗に向けて言った。
「闇魔法? さっき話してたあれか。攻撃だけじゃなくてあんな使い方もできるのか」
「うん。使い方さえ工夫すれば、どんなことでもできるのが魔法だからね……でも竜斗見て」
シルビーはクレックの方を指さす。
まだ穴からは火の粉が飛び散り、火柱の余韻を残していた。
クレックは真剣な面持ちで穴の底を眺めていた。
いつの間にか近くまで来ていたマルコスたちも同様に穴を覗き込む。
「……やっぱそう簡単にはいかねえよな」
マルコスは穴の中を確認すると、ふっと鼻で笑った。
クレックやリベラもやれやれと首を横に振る。
「お前らの作戦など俺に筒抜けに決まってるだろう。さらに力をつけた俺にとっては無力に等しいな!」
肩に乗る灰を手で払いながら、フーリは浮かび上がってきた。
服が少し破れてはいるものの、体自体には傷一つついていない。
相変わらず余裕の笑みを浮かべ、嘲笑うように竜斗たちを見ていた。
「確かに私たちの力だけじゃあなたに勝つことは難しいかもしれないわね……」
リベラは一歩前に出てフーリに言った。
「ふん、自ら負けを認めるのはなかなか賢明かもしれないな。だが、それで結果が変わるわけでもない。お前らをぶちのめした後、街の連中やギルドの連中にも同じ目にあわせてやる」
フーリは剣を肩に担ぐと不敵に笑う。
絶対に負けるわけがない。自分の力を信じ切っている、そんな顔をしていた。
実際にその力を目の当たりにしていた竜斗も、正直なところかつビジョンが浮かんではいなかった。
それでも、諦めるわけにはいかない。限りなくゼロに近い確率だとしても、諦めた瞬間に勝率はゼロになってしまう。
竜斗は気づくと唇をかみしめていた。自分の力の無さを悔いるように。
『……これで聞こえているかしら』
すると不意に頭の中に声が響く。
王宮内で経験した時と同じ。
『その反応はこれがどういうものか知っているみたいね。それなら話は早いわ』
声の主はリベラだった。フーリと相対しながら、魔法で話しかけているらしい。
『さっきのを見てわかる通り、おそらく私たちの作戦はフーリにはばれているわ。まあ、当然よね、ずっと一緒に冒険してきたんだもの。でも、今はあなたたちがいる。あなたたちを加えてならフーリにも読めないはずよ』
『確かにそれはそうかもしれないが、そんな急ごしらえの作戦が通用する相手なのか?』
『普段のフーリだったらまず通用しなかったでしょうね……でも今のフーリは力に酔っている。冷静な判断も緻密な作戦もないわ。ただ自らの怒りをぶつけているだけ』
リベラの表情はわからないが、その声音から悲しげな様子が伝わってくる。
『魔法はとにかく相性が大事なのよ。フーリが今使っているのは火と闇属性の魔法。それに対抗できるのは水と光で私も使えるけど、攻撃魔法は使えないの……あなたたちはどう?』
『俺は一応水、雷、光だが、なにしろレベルが低いからな。大して役には立てないと思う。シルビーは一応基本の五属性は使えるが、得意魔法は風みたいだ。さっきので分かった通り、水魔法はあんたの方が上だろうな』
『あなたも光属性が使えるのね……光とは無縁そうな顔してるのに』
竜斗のことをからかうようにリベラはくすっと笑う。
『ごめんなさい、ちょっとからかっただけよ。魔法の強さに関しては仕方ないわ、冒険者になったばかりですもの。それにしてもシルビーさんは五属性全部使えるって見た目こそかなり幼く見えるけど、とても優秀なのね。でもそうなると作戦も組みやすいわ、今から簡単に説明するわね』
リベラはざっと作戦の概要を説明してくれた。作戦自体はとてもシンプルで竜斗にも内容がすぐに理解できた。
無言のまま、時折表情が変わる竜斗のことを不思議そうにシルビーは見ていた。
魔法で会話をしていることはなんとなくわかっているようだったが、竜斗がちらちらとシルビーの方を見てくるものだから、気になって仕方がない様子である。
「シルビーのことを褒められてたんだよ。見た目子供っぽいけど優秀だってな」
竜斗はシルビーにリベラとの会話の内容を伝えた。少しからかう内容を加えて。
自分が優秀だと褒められたことで、初めは嬉しそうにしていたが子供っぽいということが気に入らなかったようで、頬を膨らませていた。
「まあ別に気にしてないけどね! ……それで作戦としてはどんな感じになりそう?」
絶対気にしてるよなと思いつつも、竜斗は言葉を胸の内にしまった。
リベラから聞いた作戦をシルビーにもざっと説明する。
簡単に言えば、水魔法でフーリの火属性魔法を、光魔法で闇魔法をそれぞれ抑え込む。
抑え込むことに成功したら、水魔法で動きを止め、そこに雷魔法を与える。感電させて倒すようなイメージらしい。
マルコスたちのパーティには雷魔法を使えるものがいなく、そこを竜斗たちにやってほしいということだった。
万が一のために竜斗たちが戦いやすいよう、マルコスたちの魔法適正も教えてくれた。
マルコスは魔法が使えず無属性魔法だけ。身体強化などを基本的に使いこなし、自らの力で戦う。タイプ的には竜斗に一番近い形だった。
リベラは光、水、風だが攻撃魔法は使えず支援魔法がメインである。
リグラは火、土、闇で攻撃魔法に特化している。魔法の使い方はリベラほど器用じゃないものの、その威力は彼女の強みだった。
クレックは風と火の二種類だった。攻撃魔法も支援魔法も使えるが力は大きくない。もともと暗殺者であり、隠密行動に特化している。要所要所に魔法を使い、状況に応じて器用に立ち回るそうだ。
それぞれの魔法適正や立ち回りを聞いて竜斗は、さっきのクレック明らかに隠密してないよな……
と思ったものの言葉をぐっと飲み込んだ。
『フーリは私たちの魔法についても熟知している。だから雷魔法なんて来ないと思ってる。そこにあなたたちが加わればフーリの裏をかくことができるはずよ……だからチャンスは一度だけ……』
『ばれたら終わりってわけか……だが俺はレベルが低いしシルビーも得意なわけじゃない。それで大丈夫なのか?』
『それは大丈夫よ。魔法のレベルは確かに威力にも影響するけど、しっかりと魔力を練れば高レベルの魔法と大差ない威力が出せるわ。実際の戦いではなかなかそういう時間が取れないから、高レベルの方がいいとされているだけなのよ。でも今は……』
うおぉおおおおお!
戦場から怒号が聞こえてきた。
声の主、マルコスが拳を突き合わせると、見てわかるほどに筋肉が隆起していく。
足に力を込め跳躍すると、フーリの顔面に向けて回し蹴りを叩き込む。
フーリは左手で攻撃を受け止めると、剣を振り下ろした。
空中で身動きができないマルコスだったが、体を風の渦が包む。人の力だけでは不可能な動きをし、マルコスは攻撃をかわした。
リベラの方を見るとマルコスに向けて杖を構えている。シルビーが矢にかけていたような、風魔法によってマルコスの移動をサポートしているようだった。
ムキになって再度剣を振り下ろそうとするフーリだが、横から伸びてきた土の蔓によって阻まれれる。
リグラの土魔法によって一瞬だがフーリの拘束に成功する。そのすきを見逃さないとばかりに、フーリの後頭部へと回り込んだクレックが短剣をふるった。
クレック自らの放つ火魔法によって、切れ味が強化され刃先は赤く光っている。
刃はフーリの角に命中し、鋭い金属音が響く。
跳ね返される形になったクレックは宙返りをすると、距離を取った。
「ちっ、相変わらずこざかしい真似を!」
フーリは思うように動くことができず苛立ちが募っていた。
冷静さを欠き、攻撃が少しずつ単調になってくる。
『私たちが時間を稼ぐからあなたたちは魔法に専念して』
リベラの声が頭の中に伝わってくる。
今の戦闘でもフーリにはほとんどダメージが与えられているようには見えない。
むしろマルコスたちの方がMPも消費し、身体的にも疲労がたまっているようだった。
それでも竜斗の中には、先ほどまで感じていた不安はなくなっていた。
妙に安心するような優しい声音のリベラの言葉。
希望を諦めないマルコスの強い意志のあるまなざし。
言葉に出すわけではないが、静かな闘志を秘めたリグラの面持ち。
どこか緊張感が欠けているようで、誰よりも冷静に状況を見ているクレック。
「私たちもちゃんと力にならないとね」
シルビーはフーリたちから目を離すことなく、まっすぐに言った。
竜斗にとってシルビーはこの世界で最も長く関わってきた人物だ。その実力を目の前で見て、時には年相応な一面と出会い、そして様々な苦労をしていることを知った。
そんな者たちと協力しているのだから何としても勝ちたい。
負けたらどうしようという気持ちはもうない。
「ああ、どうにかしないとな!」
力強く答えると、竜斗はシルビーに歩み寄ると耳元でそっと呟いた。
「俺に考えがある。協力してくれるか」
竜斗は自分が考えた作戦をシルビーにだけ伝えた。
作戦として成立するかもわからない竜斗の話をシルビーは真剣に聞いていた。
「って感じなんだがどうだ?」
「うん、うん! これはきっとうまくいくよ! 私もそんなところまで見れてなかったのによく気づいたね! 後は時間との勝負になるけどそこは気合で何とかするよ」
シルビーはふん、と意気込むとケガをした左手をすっと竜斗に向けた。
「今ならきっと見てないと思うから直してもらってもいい? 包帯巻いておけばばれないと思うし。やっぱり全力を出すには辛いから」
「ああ、お安い御用だ」
竜斗はざっと周囲を確認する。
マルコスたちの戦闘は激しさを増し、体の傷も増えてきていた。
真夜中で周囲は暗闇に包まれていたが、それぞれが放つ魔法の閃光が明るく照らしていた。
そっとシルビーの左手に触れ魔力を込める。
淡い緑色の光。幾度となく見た光景が目の前に広がり、シルビーの傷がみるみるとなくなっていった。
少し体から魔力が抜けていくのを感じる。しかし、レベルが上がっているのか以前ほどの脱力感はない。
「ありがとう。これで全力で行けるね!」
シルビーはふふっと笑いマルコスたちの方にかけていった。
竜斗はというとフーリへの魔法が届くギリギリの距離。そこに留まり魔力をためる。
使う魔法はもちろん雷魔法。雷魔法自体は覚えていないが、”雷撃”の感覚を思い出しイメージする。
自らの魔力を雷に変え、相手を貫くようなイメージ。そのイメージを具現化するように集中していた。
周囲の音はもはや聞こえていない。みんなのことを信用し、完全に一人の世界に入り切っていた。
(ずっと忘れていたけど、人を信じるのも悪くないもんだな)
一瞬だけそんなことを思うと、ふっと笑ってしまう。
以前だったら自分に対する嘲笑だった。けれど今は少し心地よく感じてしまうむず痒さからだった。
「ここからは私も手伝うよ! だいぶ休んじゃったからね!」
シルビーは意気揚々と答えると矢を二本構え、フーリに向けて放つ。
一本には水の魔法を、もう一本には火の魔法を付与していた。
空中で軌道を変えつつ、フーリに向かって飛んでいく。
両側から挟み込むようにフーリに向かって飛んでいく矢は同時に着弾した。
右からの水の矢は剣で叩き落され、左からの火の矢は体に纏う黒炎によって灰になった。
「やっぱり一筋縄じゃ行かないよね。でもこれならどう!」
さらに矢を増やし同時に三本の矢を放つ。属性は水属性をもう一本追加した。
三本の矢を同様に操作しつつ、フーリへと命中させる。
三方向からの同時攻撃。フーリは一本目の水の矢を同様に叩き落し、もう一本の水の矢は黒炎のオーラで蒸発する。
そしてもう一本の矢もやはり燃え尽きてしまったが、先ほどよりもわずかだが遅かった。
シルビーはその瞬間に確信した。
竜斗が先ほど言っていたことを。
『みんな聞こえてる』
『っ!?』
竜斗以外の四人に向けてシルビーが問いかける。
『パーティメンバーでもないのに複数人相手に”コール”が使えるの?』
魔法について詳しいリベラが驚きの声を漏らす。
『そんな珍しいことなのか、俺たちだってパーティ内では使うことあるし、リベラだって使えるだろ』
『パーティ以外だと一対一で使うものしか知らないわ。いつも使ってるのはパーティメンバーだから使えているのよ』
『ああ、まあちょっと違うんだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。マルコスさんだってそんなボロボロなのに落ち着きすぎじゃない!? って私も話逸れてるね」
この脳内での会話をしながらも、体は動き続けている。フーリに悟られないように、戦闘は常に継続していた。話に入ってこないリグラとクレックはあまり気にする様子もなくフーリに相対していた。
『それで、こんな戦闘中に伝えたいことって何なのかしら』
『あ、うん。あの厄介な黒炎のオーラだけど見てる感じ万能じゃないみたいなの。さっきまでのみんなの戦いと今打った私の矢、それを見て確信した。あのオーラの出力には限界があるみたい。だから攻撃に合わせてその力を調整してるんだよ』
『なるほど……てことは効果的なのは同時攻撃ってことだな』
さすがに高ランクパーティなだけあって理解が早い。
『うん、きっとそうだと思う。だからこれからはなるべくタイミング合わせることが大事になると思う』
『そういうことなら何ら変わりはないな。これまで通りやるだけだ!』
すでに攻撃を仕掛けているリグラとクレックにマルコスが攻撃を合わせる。
それぞれの武器や攻撃に水魔法が付与されている。
フーリはわずかに表情をしかめながら攻撃をいなしていった。
直接的な物理攻撃を仕掛けたマルコスとクレックの攻撃は剣で払われ、リグラの魔法は正面から相殺されてしまった。
それでも攻撃の手を止めることなく、三人は攻撃を続ける。
徐々に攻撃があたりだし、フーリの体にも小さな傷がつき始めていた。
反撃の隙を与えず、細かい波状攻撃を続ける。
剣や魔法で防がれることも多いが、それでも確実にダメージを与えることに成功していた。
「この調子でいけばいけるぞ! 反撃の隙さえ与えなければ怖くない。防御に徹しているうちは攻撃には出られないはずだ! 黒炎を防御に使わせ続けろ!」
マルコスはフーリの剣めがけて攻撃を続ける。もちろん拳には水の防御がかけられている。
剣をひきつけ、クレックとリグラの攻撃にダメージを期待する。
体力が多く、肉体的にも強いマルコスだからこそ、壁になるような戦い方ができていた。
それでもフーリはどこか余裕そうな表情をしていた。
「そんな調子で大丈夫かよっ!」
マルコスが放ったパンチはフーリの脇腹を捉える。
何に防がれるわけでもなく、肉体に直接マルコスの拳が届いた。
否、わざと届かせた。
「こざかしい真似をしようとも圧倒的な力の前には無力よ」
フーリは三人の攻撃をわざとその身で受けると、一気に攻撃へと転じた。
力任せに地面を踏みしめるとフーリを中心に波紋が広がる。地面は割れ、地中から火柱が上がる。
細かい火の粉ではなく、どろっとしたマグマが宙へと浮き上がった。
「精々死なないように避けることだな!」
フーリは剣を横に振り、マグマの粒を打ち出した。
目にもとまらぬ速さで跳びかかってくるマグマをすんでのところで何とか躱す。
「くっ!」
完全には躱しきれなかったマルコスの顔をマグマがかすめる。
一本の切り傷が顔に走り、どろっとした血が頬を伝う。
と思った途端、傷口が一気に燃え上がり、爆発した。
マルコスの体は衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「マルコスっ!!」
リベラは叫びにも似た声を上げ、マルコスへ駆けより、火を消そうと魔法を試みる。
しかし、先ほどの黒炎と違ってなかなか消えてくれない。
「どうして、消えないの!」
マルコスの体自身に身体強化をかけ、外からは水魔法で傷口を抑える。
そんな二人の様子に思わずリグラやクレックの手も止まった。
だが、フーリは心配する隙を与えてはくれなかった。
心配そうに横目で見ていたリグラの体は、強い衝撃を受け急に吹き飛んでいく。
「リグラっ!」
またもや悲壮な叫びがリベラから漏れる。
吹き飛ばされたリグラはぴくぴく震えながらその場に崩れ落ちた。
クレックは身構え、攻撃に備え辺りを見まわす。
フーリはリベラの目の前でたたずむだけで変わったそぶりは見えなかった。
決して警戒を怠ったわけではなかったが、クレックの頭部に激痛が走る。
鈍器で殴られたような鈍い痛み。
何とか堪えるものの、立ってはいられなかった。
「……一体何が」
クレックは頭を押さえながらフーリのことを睨みつけた。
リベラは完全に動揺し正気を失いかけていた。
「ふはははははっ。みじめな姿だなクレック。お前にとってはなじみのある武器だろうに」
「……僕に、なじみのある、武器?」
はっとしてフーリの手元をよく見ると、黒い影がゆらゆらと見える。
フーリはわざとらしく笑って見せると手の中を露わにした。
手には野球ボールくらいの石が握られている。
そして、フーリが魔力を込めると石の存在が消え、空になった手のひらだけをのぞかせた。
「気づかれずに攻撃するのはお前の十八番だったろう。この暗闇の中、さらに魔法の力も加えれば見えるわけもない。これで最後だ!」
フーリはクレックに冷たく言い放つと、標的をリベラに定める。
クレックは守るために動こうとするが、体は動かない。
意識が薄れ、ついには完全に気を失った。
そんなクレックを横目に、フーリは剣を大きく振り上げ、一切ためらうことなく振り下ろした。
マルコスの傍らに座るリベラはぎゅっと目をつぶることしかできなかった。
ぶぅうううん!
剣をふるう風切り音がうねりを上げる。
しかし、いくら待てども一向に何も聞こえてこない。
リベラは恐る恐るゆっくりと目を開けた。
自分の前に何者かが立ちはだかっているのがわかる。フーリの剣はその何者かによって受け止められていたようだった。
リベラは少しずつ視線を上げていく。まず目に入ってきたのはだらんと垂れた大きなしっぽ。地面をこすりながら左右に動いている。
足や手の爪は鋭く、暗い群青色の肌は宝石のような輝きを放つ鱗で覆われていた。
女性であることはわかるが、亜人だとしてもこんな種類は見たことがなかった。
「まだ……モンスターがいたというの……でも、私を守ってくれ、た……」
あまりの緊張にリベラの意識はそこで途絶えた。
地面にくてっと倒れ、静かに呼吸を続ける。
「なんだこいつは、俺の邪魔しやがって。見たところ人間でもないやつがこざかしい!」
フーリは剣を引くと両手で握り、魔法を込める。これまでとは比べ物にならないほどの黒炎が剣に集まっていく。
「ふはははっはは、これは今の一撃とは比べ物にならないぞ! お前がどこのだれか知らないが俺の邪魔をしようっていうなら殺すだけだ!」
大きく振りかぶり、一気に振り下ろす。
まとわりつく熱波が周囲に残っていた木々を一つ残らず枯らしていった。
「死ねええええぇぇぇ!」
怒声を上げながら振り下ろされたフーリの剣は、音を上げることなくただ受け止められた。
「そんなバカな!?」
フーリの剣は彼女の腕で止まっていた。正確には彼女の腕に張られている水魔法によって止まっていた。
さらには魔法は範囲を増し、フーリの剣を包み込むと、黒炎を完全に消化した。
その勢いはとどまらずフーリもろとも飲み込もうとしていた。
「ちっ!」
思わず剣を投げ捨て、目の前を睨みつける。
彼女もそれに応えるようにフーリの目をまっすぐに見返した。
切れ長な目の中に、縦に伸びた虹彩がのぞく。
「貴様の力はその程度か? さっきまでの威勢はどうした?」
小馬鹿にするようにニヤッと笑う。ちらっと見えた口からは、ギザギザとした白い歯が埋め尽くすように並んでいる。
その異様な光景にフーリは慄然とした。一瞬動揺し、一歩後ずさる。
彼女が作り出したそんな隙をシルビーは見逃さなかった。
「ありがとうココル! まさか来てくれるなんて! でもアレはどうしたのアレ」
シルビーはフーリの周囲を取り囲むように魔方陣を展開する。
そしてココルの首元に向けちょいちょいと指をさす。
「アレを付けていると力の全力が出せんからのう。これから冒険を共にしようというのに、こんなところで死なれてもらっては困るからのう。だからシルビー、ささっと決めてしまえ!」
「あれ……ほんとにココルだよね? なんか口調変わったね、雰囲気も変わったし……って今はそんな場合じゃないか!」
ココルと呼んでみたはいいもののあまりの豹変具合に、シルビーは自分の感覚を疑った。
それでもやはり目の前にいるのは、王宮であったココルに間違いなかった。
「まあいっか。それに一緒に冒険行ってくれるって言ってるし、こんなところで終われないよね」
シルビーが魔方陣へと魔力を込めると、汚くにごった水が湧き上がってきた。そして、フーリの体にまとわりついていく。
逃れようともがくが、上手く動くことができない。
「くっ、なんだこれはっ!」
ついにはフーリの顎先まで水が迫っていく。
「だが、こんなもので俺は……やられるわけにはいかねえ!」
フーリの体から炎があふれ出し、シルビーの魔法を少しずつ蒸発させていく。
「そんなっ、なんて力なのっ!」
シルビーも相当の時間をかけ魔力をためていた。だというのに今は完全に力負けし始めている。
「俺はフーリ……こんなところで終わる男じゃねえ!」
水位が下がり半身は露わになっていた。
「ふ、ふふははは! 所詮お前たちの作戦なんてそんなもんさ! 絶対的な力の前には無力、無価値。お前と一緒にいたあのしょうもない男も今はどこにいるんだろうな。死ぬのが怖くてとっとと逃げたか。みじめなもんだ、お前も、あの男も!」
フーリは完全に正気を失っている。目の焦点は定まらず、口からはよだれがこぼれる。
ただ目の前の生物を壊すことしか頭の中からなくなっていた。
「やれやれ、まるでケモノだな。理性が人間の美徳だというのに……しかし、このままではシルビーも危ないかの……なれば我も力を貸すとしよう」
ココルはシルビーの作った魔方陣にそっと手を触れる。
「人間のことはわからんし、あの男、竜斗についても我は何も知らん……だがな、逃げるような男ではないことは確かだ。お前とは違ってな」
ココルは冷たく言い放ち、フーリのことを冷めた目で見ていた。
「お前になにがーー」
口を開こうとするが、魔方陣から生み出された水流に飲み込まれた。
シルビーの魔法をも飲み込むように、見事な球体がフーリを包み込む。
「す、すごい魔法」
シルビーは思わず感嘆の声を漏らす。
少し嬉しそうなココルは得意げに言った。
「ふむ、そうだろう。我もこやつと同じく一つの属性のみの者、”ノアライン”だからの」
ココルは自信満々に答える。そんな二人の横でフーリは必死にもがいていた。
しかし、どんなに腕を振ろうが魔法を放とうが、水球からは抜け出せない。
体からは水を蒸発させたような泡が浮かぶものの、フーリを包む水量は全く変わらない。
「さて、あまり痛めつけてもかわいそうだ。さっさと決めてしまえ」
ココルは遠くに向かって話しかける。
シルビーの口角も少し上がっていた。
声の先、遥か彼方に竜斗はたたずんでいた。
目を閉じ、神経を集中させる。竜斗のには目をつぶっていても、戦場の様子が鮮明に見えていた。
「言われなくたって、これが俺の仕事だろ」
竜斗は大きく息を吸い込み、呼吸を整える。
そして静かに、
「”界雷”」
瞬間、水球を稲妻が走る。
激しい雷鳴と共に水球ははじけ飛んだ。
フーリは地面に叩きつけられる。その体には稲妻の余韻が残り、ビクビクと体を震わせていた。
遠くからその様子を確認した竜斗はフーリの元へと歩いて下りて行く。
近くまで行き、そっと口元に手を当て呼吸を確認した。
呼吸の間隔こそ一定ではなかったが、ちゃんとまだ生きている。
そうでなくては魔法をギリギリまで調整した意味がない。
「……こいつのことは嫌いだし、救う義理もない。だが、仲間のことを考えたら見捨てることはできない……」
竜斗はフーリの体にそっと手を置いた。
「俺の力の詳細がよくわからない以上、可能性はあるはずだ」
竜斗はシルビーを一度見る。
大きく頷くと竜斗の手に自分の手を重ねた。
「ふん、我はのけ者か。これはこれはお優しいことだの」
頬をむっと膨らませ、腕を組む。
「いや、これから冒険を共にするのならココルにも話しておく必要がある。だが、他言無用で頼む。これから起きるかもしれないこと、俺の力について」
「……人に知られたくない秘密なんぞ一つや二つ持ってるもんじゃからの。我に隠そうとしようが気にせんが、まあ、そこまで言うのなら見といてやろう、うむ。無論、誰にも言わんよ」
口では突っかかりながらも、その表情は嬉しそうだった。
竜斗はココルの様子を見て、くすっと笑った。
「よし、それじゃあ始めるぞ」
フーリに乗せる手に魔力を込める。
救いたいというイメージをただ頭の中で巡らせる。
彼の仲間のためにも、何とか魔人化から救い出したいと。
そんな想いに応えるように、竜斗の手は淡く光りだした。
これまでには見たことがない紫色の光。
暗闇の中にぼんやりと光ると次にフーリの全身を包み込んだ。
するとフーリの体自身も微かに光りだした。フーリに生えていた角や明らかに規格外な肉体が徐々に人の体へと戻っていく。
そして光は徐々に存在感をなくしていった。
遠くから大きな光、太陽がゆっくりと昇ってきている。
「もう、朝か……」
一言だけこぼすと、竜斗の意識はプツンと消えていった。
後ろに倒れそうになる体を、ココルが抱き留める。
腕の中の竜斗はとても安堵した、安らかな表情を浮かべていた。
長い戦いがようやく終わろうとしていた。
『全く、最強の名が聞いてあきれるわね。やはり一人じゃ何もできないのね。あのおもちゃにしても属性付与は二属性がやっとだったし』
「はあ、はあ……お前は一体何なんだ。この俺をこうも圧倒するとは……」
ダンジョンの最深部。
ボロボロになったクーニファスが、息を荒げてにらみつける。
目の前でふわふわと浮かぶ彼女は、ただ一言。
『私は魔王』
くくっと笑い、そして消えていった。
取り残されたクーニファスは、魔王の消えた場所を呆然と眺めることしかできなかった。
12月仕事が多忙のため、なかなか予定通り更新が厳しそうです。
書きあがり次第上げていくのでしばらくは不定期になりそうですが、時間だけは22時固定で上げたいと思います。
今年も後わずか、穏やかに過ごせることを願っています。




