11 暴走-1
竜斗たちが王宮に来てからすでに三日が経過していた。
ハリスとの約束は王宮の人間に頼み、断りの連絡を入れてもらえるようお願いをした。
竜斗たちを連行した兵士の一人が自分から行くと言い出したあたり、申し訳ない気持ちを感じているのかもしれない。
王宮に連れてこられた本当の理由を伝えるわけにはいかないので、そこはかとない理由を伝えてくれるらしい。
ひとまず目先の不安がなくなったところで、竜斗はずっと騎士団の部屋に入り浸っていた。
ルクリーネの口添えもあり、騎士団の人たちは快く迎えれてくれた。
門衛や守備兵も騎士団ということで、少し心配していたが、管轄が違うようで、こちらは正真正銘戦闘のエリート集団だった。
国の治安を守り、国のために戦う。
異種族に対しての意識は一般とあまり変わらないが変に貶めるようなことはしていない。
むしろ英雄であるクーニファスを戦士として尊敬している者も少なくなかった。
モンスターと戦うことでしか経験値を得られない以上、レベルアップは見込めない。
そんな竜斗が騎士団に通う理由は、知識を身につけるためだ。
戦闘に関する基本動作や、所作などはすでに身についている。けれど、あくまでも対人でしかない。
モンスターに対しての知識は全くと言っていいほどない。弱点や戦闘の傾向、使ってくる武器や行動パターンなどを知ることができれば戦闘の幅も広がるはずだ。
さまざまな武器を使った戦闘訓練や武術の訓練、その合間に知識を教わるという充実した日々を過ごしていた。
しかし、全く問題がないわけではない。結局あの後ココルとは一度も話せていなかった。
私に任せて、とシルビーが言うため任せきりにしていたがこれでいいのかと少し悩んでいた。
そんな悩んでいる様子を見て、騎士団長と副団長が話しかけてきた。
「どうかした? 何か悩み事でもあるのかしら、ずっと怖い顔してるわよ」
「おうよ、元々顔こええのにそんな顔してたら、おっかないぜ」
騎士団長のヘレンは落ち着いた口調で、副団長のグラディウスは豪快に笑いながら言った。
ヘレンは女性ながらにして、騎士団長まで上り詰めた。完全実力主義の騎士団では、月に一度役職をかけた決闘が行われるらしく、それに勝ち続け今の地位になったらしい。グラディウスも同様だ。毎月のようにヘレンに挑んでいるがそもそもの相性があまり良くなかった。
ヘレンは機敏な動きで相手をかく乱し、確実にダメージを与えていくタイプだ。魔法の使い方も多種多様で、相手が何もできずに試合を決めてしまうこともしばしば。
一方グラディウスは多少のダメージは気にせず力任せに突っ走るタイプで、近接戦闘系だ。持久戦に持ち込み相手のスピードが鈍ってきたところで、一撃を与える。そんな戦闘スタイルだった。そんなグラディウスの攻撃はヘレンには簡単に躱されてしまう。体力切れを狙おうにも、魔法での身体強化や相手への弱体化、そもそも基礎体力や基礎能力は他の兵士と比べてかなり高い。一撃与えられたとしても、それまでにもらうダメージ量が多すぎて勝つことができずにいた。
「あら、そんな言い方ないんじゃない。グラディウスだって他の兵たちから怖がられているじゃない」
「へっ、一回決闘でぶっ飛ばしたくらいで情けない。大体挑んできたのはあいつらだぜ。何の問題があるってんだ」
諫めるように言ったヘレンはもう半分諦めているようだ。完全に開き直っているグラディウスは、あんま気にすんなと、なぜが竜斗のことを慰める。
「……そこまで深刻な悩みじゃないんですけど、ちょっと人との付き合い方に悩んでいるっていうか……」
「人付き合いか、俺もそんなうまい方じゃねえしなあ。それはヘレンも同じだからどうしたもんかなあ」
勝手に人付き合いが苦手と決めつけてくるグラディウスをむっと睨みを聞かせるヘレンだったがあながち間違ってはいないようだ。
特に何も反論することなく、小さく咳ばらいをして黙っている。
「あんま力になれるかはわからんが、具体的にどんなっつうのはあるのか?」
「えっと、簡単に言うと自分のことを怖がっている人とうまく付き合うためにはどうしたらいいかと……」
「……っふ。今のグラディウスと同じじゃない。何かいいアドバイスしてあげたら」
さっきのお返しとばかりにヘレンが詰め寄る。普段はクールで冷静な彼女もグラディウスをからかう時は楽しそうだ。
「ったくよう……つってもなあ、無理に関わればいいってもんでもねえし、怖がられてるって言うんだったらその原因を探るか、やっぱ時間が解決してくれるのを待つしかねえんじゃねえか」
「あら意外にも結構まともなこと言うのね。でもそうね……関わる必要がないんだったらそれきりでいいと思うけど、事情があるみたいだし、少しずつ時間をかけていくしかないと思うわ」
時間が解決してくれるという、一番単純でいて一番難しい。
問題が進展しているという実感がない分、よくなっているのか悪化しているのかさえ分からない。
けれどそれ以外にとれる手段はなかった。
黙り込んでしまった竜斗を見て、二人はそっと離れていく。気を遣ってくれたようだ。
しばらく考え込んだのち、竜斗は部屋に戻ることにした。
部屋に戻ってから、シルビーにココルの今日の様子を聞く。だいぶ二人は打ち解けたようで、他愛のない話に花を咲かせているらしい。
王宮から出てしてみたいこととか、行ってみたい場所、食べてみたいもの、その内容は様々だが、外の世界に興味があるのは間違いない。
聞いた話によると、ココルはもう十年以上も王宮で過ごしている。初めの数年は部屋から出ることもできず、長い時間一人でいることを余儀なくされていた。
唯一の心のよりどころとして、ルクリーネがいたことがせめてもの救いだが、彼女とはずいぶん年が離れていた。
だから年の近いシルビーという存在はすごく大きい。家出という経緯だが一人で生活していた期間もあるおかげで、世界のことについても見識がある。
シルビーとの会話は新しいことがたくさんあり面白いようだ。
「だからね、怖い気持ちもあるけど、私たちと行くのには前向きみたい」
「そうか……そう言ってくれてるなら、嬉しいな」
無理をしている可能性もなくはないが、嘘でもそう言ってくれているのは竜斗にとってありがたかった。
時間をかけるにも一緒に行動することが必要だ。竜斗たちもいつまでもこの国にとどまっているわけではない。
とはいえ少し、希望を見いだせたと話していると、外の方ががやがやと騒がしい。
「なんか、ちょっと外騒がしくないか?」
窓から外を見ると、武器を持ち整列している騎士団と衛兵たちの姿があった。
緊迫した様子のヘレンとグラディウスが前に立ち、何やら指示を出している。
「どうしたんだろう……ちょっと街の外の方も騒がしいかも」
不意に部屋のドアがノックされる。コンコンと音が鳴り、ドアが開けられる。
「夜分遅くに失礼します。現在の状況の説明と協力のご依頼に参りました」
ルクリーネはいつものメイドの格好で立っていた。落ち着いた振る舞いをしてはいるが、少し緊張した様子だった。
「ルクリーネさんどうかしたんですか? それに協力っていったい何があったんですか?」
「はい、まずは現在の状況からご説明いたします。近郊に発生していたダンジョンですがモンスターの暴走が確認されました。周囲にはモンスターがあふれ、この国にも迫る勢いです。ギルトでは緊急クエストを出し、冒険者の方々には討伐依頼をしているところです」
「なるほど、俺たちにもそのクエストというかモンスターの討伐に参加してほしいってことですよね」
モンスターの暴走は、もう少し先という話だったがずいぶんと早い。
「その通りです。騎士団にも出動命令は出ておりますが、数は多いほどいいですから。ただ強制はしておりません。どういうわけかモンスターの全てが魔獣化し、かなり危険度も高くなっております」
「全てのモンスターが魔獣化ってそんなことあるの!?」
シルビーが驚きの声を上げる。
「魔獣化自体はそこまで珍しくないんじゃないのか?」
「はい、魔獣化自体はよく起こります。ただよく起こるといっても百分の一くらいの確率です。それなのに、今回の全てのモンスターの魔獣化……完全に異常事態です」
魔獣化、その言葉を聞いて竜斗は体が微かに震えるのを感じた。
一体ですら命がけで何とか倒したというのに、そんなのが複数体もいる。戦いたいという気持ちはあるが、すぐに言葉が出てこなかった。
「私は行くよ」
シルビーはそう答えると、バックから弓を取り出し、弦の調子を確認する。
「でもね、竜斗には無理しないでほしい。明らかな異常事態、何があるかわからないし、こんなところで死んでほしくない」
シルビーの目は真剣だ。本心から言っているのがわかる。
だからこそ竜斗の覚悟も決まった。
「何があるかわからないっていうなら俺も行く。こんなところでお別れになるかもしれないなんて悲しいだろ」
「ふふ、わかった。でも本当に危なくなったら逃げてね。私も危なくなったら逃げるから。自分の命よりも大切なものなんてないからね」
「ああ、わかってる。必ず生き残ろう……そういうことなんで俺たちも行きます」
ルクリーネにそう告げ、二人は部屋を出て行った。
そんな二人の様子をココルは、自室のドアを少し開け隙間から見ていた。
「彼らの様子が気になりますか?」
「……はい。シルビーちゃんとは仲良くなれましたし、竜斗さんのこともいい人だと聞いています。ですが……」
ココルの中で話してみたいという興味と、人間が怖いという感情が混ざり合っていた。
王宮でかくまわれ、自室にいる間に聞こえてきた声はココルにとっていいものばかりではなかった。
異種族を取り締まったとか、この種族が問題を起こしているとか、無法者が入ってきたとか。
それからペンダントの魔法で擬態し、人間として接していた時は、そこまで悪い人たちには見えなかった。
だがそれはあくまでも表面上であり、ココルの見た目が人だからということに他ならなかった。
自分の姿をさらした時にどういう反応をするだろう、ココルは思ったことがある。
しかし、想像すればするほど恐怖の方が大きくなっていくのを感じた。
本当の顔が見えてこない。それから人間の顔をまともに見ることができなくなった。
いつでも仮面をかぶっているような、真っ黒の中に目だけ浮かんでいるような。
それでもシルビーが本当に楽しそうに話してくるものだから、少し興味は湧いていた。
いつまでもこのままじゃだめだと、ココル自身が思っていたからこそ。
「そう簡単に恐怖心は消えるものではありませんよ……ですが、あなたがどうしたいのかが一番大切です。私たちはどういう決断をしようと全力で応援しますからね」
ルクリーネはココルの頭をそっとなでた。
とても優しく、触れた手はじんわりと暖かかった。
竜斗たちは急いで門へと向かった。
門の前には騎士団の隊員と衛兵が数人。そして、ギルドで見かけた冒険者が数パーティ。
国にいた冒険者や騎士団員は、各門の防衛に充てられており、あまり人数は多くない。
ざっと見渡してみると、見覚えのある人物がちらほらいた。
門の前に仁王立ちし、圧倒的存在感を放っているクーニファス。
騎士団の部屋で見かけた兵士数人。
そして、竜斗にとってはあまりいい思い出の無いあのパーティのメンバーが立っていた。
その一人が竜斗に気付いたようで、こちらに向かってくる。
「よう、久しぶりだな」
竜斗のことを襲ってきたパーティ”闇夜の深淵”、その武闘家であるマルコスが話しかけてきた。
正直なところあまりいい印象がなくどう反応していいのかわからなかった。
すると驚いたことにマルコスは、竜斗に対して頭をさげて謝罪してきた。
後ろにいた他のメンバーも同様に頭をさげる。
「この前はすまなかった。手柄を横取りしようとしたどころか脅すような真似をしちまった」
「……一体どういう風の吹き回しだ?」
何か裏があるのではないかと変に勘ぐってしまう。
「……何か企んでるとかじゃないの。本当に悪いことしたって思ってるから……だから今回も衛兵の人に無理言って私たちも協力しようとしたのよ」
魔法使いの一人リベラが言うと、もう一人の魔法使いリグラも頷いた。
「……僕はあんまり興味なかったけど、君にはちょっとひどいことをしたなって思ってたから」
最後の一人クレックは表情を変えずにつらっと言った。それでも少し気まずいのか髪をくるくるしている。
「本当にこいつらの言う通りだ。謝って済む問題ではないだろうが、少しでも罪滅ぼしさせてほしい」
マルコスたちの言葉に嘘はなさそうだった。二度子のパーティと出会っていたが、その時とは明らかに様子が違っている。
実際率先して竜斗に嫌味を言っていたのはリーダーのフーリだけだ。他のメンバーも同調するように一言二言はあったが、それ以外は何もなかった。
「……この前のことを水に流すとは言わないが、今は緊急事態だ。どうこう言っている場合じゃない、ひとまずは休戦ということでどうだ」
「俺たちはもうこの前のような真似をするつもりはないが、お前がいいなら休戦としてくれ。俺たちはいなくなっちまったリーダーを見つけてこの国での贖罪を終えたら、故郷に帰ることにするぜ」
「お前たちは友達同士とか、なのか?」
「そうよ、私たちは故郷が同じの幼馴染なの。クレックは途中で仲間になったんだけどね。ちなみにこっちのリグラは私の妹なのよ」
リグラを抱き寄せ、嬉しそうに紹介する。その姿は本当に嫌味を言っていたパーティのメンバーなのかと思うくらい、無邪気で愛らしい。
少し照れている様子のリグラも、手で押しよけながらも満更でもない様子だ。
一人だけ仲間外れにされた気分のクレックは少しふくれっ面だ。
「……別にそんなこと気にしてないけどね」
「なんだよ、しっかり気になってるじゃねえか。昔がどうとか関係ないだろ、今はもう仲間なんだからよ」
マルコスはクレックの背中をポンと叩くとからかったように笑う。
そんな談笑を続けていると後方から声がかかる。
「お前たち、楽しそうなのはいいがあんまり気を抜くなよ」
真剣な面持ちのクーニファスが後ろに立っていた。
「クーニファスさん……すみません。ですがあなたがいれば問題ないのではないですか?」
はっとして急に態度を改めるマルコスは答える。
最強と名高いクーニファスがこちらにいる限り敗北などあり得ないと信用しきっているようすだった。
そんなマルコスを横目にクーニファスの表情はすぐれない。
「どうかしたのか?」
ため口で話しかける竜斗にマルコスたちはぎょっとしていた。
本来であれば駆け出し冒険者が話しかけることすらおこがましい。
「……相当やばいやつがいる気配がする。その辺に転がってるモンスターは、魔獣化したとは言えいいとこBランクだろう。だが、その中にそれ以上の個体が一体。そしてその強さのそこが見えないやばいやつが一体……そいつには俺が向かうつもりだが、正直勝てるかわからねえ。他にもやばいのはいるかもしれねえから、精々死なねえように気を付けることだな」
Bランクは本来一流の冒険者がパーティで相手をするようなモンスターだ。それなのに特に眼中にもない当たり、クーニファスは本当に強い。
そのクーニファスですら勝てるかわからない相手とはどんな相手なのか。それに万が一クーニファスが敗れることがあればこの国の終わりを意味しているようなものだ。
「だからなるべく集団行動をとるべきだ。俺の仲間は他の門周辺を片付けてから俺と合流するが、お前らは……あんちゃんとこの嬢ちゃんは……なるほどな。それとお前らのところはリーダーがいないんだっけか? 大丈夫なのか?」
クーニファスは装備を見て、見た目こそ違うもののシルビーだと気が付いたのだろう。
リーダーがいなくなったという話を聞いていたのか、マルコスたちに声をかける。
「あ、はい。俺たちは、その、大丈夫です……それにあいつを探すためでもあるので、こんなところでじっとしてられません!」
「そうか……くれぐれも無茶はするな。無理だと思ったらおとなしく勝てる相手を探して挑め。自分にできることを精一杯やればそれでいい。さてと……そろそろ俺は行くぜ」
拳をバキバキと鳴らし、クーニファスは門の外に出て行った。
巨大な咆哮をあげたと思った瞬間、姿が見えなくなる。姿が消えてから少し遅れて衝撃波のようなものが辺り一帯に襲った。
踏ん張らなければ吹き飛ばされてしまうほどの勢い。
呆然と立ち尽くす竜斗に、
「それじゃあ、私たちも行こう」
シルビーが手を取り言った。
竜斗は力強くその手を握り返す。緊張が自然とほぐれていくのを感じる。
これからモンスターの中に飛び込んでいくというのに、不思議と不安がない。
竜斗は意気揚々と駆け出すのだった。




