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異世界奴隷解放譚  作者: 黒麻玄
旅立ち
10/21

10 王

 あまりの金額に言葉を失っていた竜斗だったが、ようやく正気に戻ってきた。

 しかし、そもそもの話本当に奴隷にする必要まではないようにも思えた。

 あくまでも奴隷にするというのは、他の人に奴隷にされないようにするためである。

 だとしたら、見せかけだけのアクセサリーでも問題ないのではないかと。

 他の人から買い取る場合、捨てられる奴隷を利用しようと見せる場合など、本物の隷属のアンクレットはいくつかは必要だが、全亜人分集めるのは根本的に無理がある。


「だが全亜人を奴隷にするって、やっぱり無理があるよな。見かけだけでも騙せるようなものでもいいかもな」


「そうだね。奴隷にしたって連れて行くわけにはいかないし、さすがにお金が足りないよ。だから、できれば土地をもらって、村や街を作るのがいいと思う。亜人と人間が協力できるそんな街を。最初は一部の者たちだけの閉じたコミュニティになると思うけど、少しずつ大きくできればいいかなって」


 シルビーの提案は移民の街、のようなものを作るということだ。

 世界中から救って回ったとしても、定住できる場所がなければ意味はない。

 金銭的にも一番無難な考えだった。

 しかし、この計画を実行するにあたって大きな問題が一つ。

 竜斗が世間から認められ、勇者として立ち上がることがこの計画には絶対条件だということだ。

 ますます竜斗にかかるプレッシャーや責任が重くなってくる。


「……まあ、これも俺が選んだ道だからな。まだまだやらなきゃいけないことは、山ほどあるが一つずつやっていくしかないか」


「うん、私も頑張るから一緒に頑張ろうね!」


 とはいえ、もう今日も遅い。早いうちに寝ておこうとベッドに入る。

 単にレベルを上げること、お金を稼ぐこと、情報を集めること、人々からの信用を得ること……

 やらなければいけないことが山ほどあり、疲れがたまっているはずなのに、目をつぶると余計なことを考えてしまう。

 目を閉じてどれくらいたったのだろうか、それでもまだ眠ることはできないでいた。

 シルビーはというと、もうぐっすり眠りについているようだ。

 竜斗はそんなシルビーを見てなんだかおかしくなった。


「お気楽なもんだなあ……寝付けないし、ちょっと夜風にでもあたってくるか」

 

 部屋についているベランダに出て、少し風にあたることにする。

 心地よい風が布団で火照った体を、優しく冷ましてくれる。閑散とした中に、かすかな笑い声が流れてくる。

 静かすぎるよりも、少しざわざわとしている方が気持ちが落ち着いたりする。

 電車に乗っていると無性に眠くなるあの状態に似ている。

 さっきまでいろいろと考えていたことも、この瞬間だけは頭の中からなくなっているようだった。


「いま考えてても、仕方ないか……」


 竜斗は部屋に戻って布団にもぐる。少しひんやりとした布団が、また気持ちいい。

 脳も冷め、すっきりと寝付けそうだった。

 体の疲労が芯から抜け、布団に入ってからはあっという間に眠りについた。

 明日からの壮大な目標に向けて、期待と不安を感じながら。


 翌朝、目が覚めると部屋の中で軽い朝食を済ませる。

 レベルを上げるために、今日からはシルビーに手伝ってもらうつもりだった。

 経験を積むにしても、昨日のようなことがあると経験で済まない可能性がある。

 万が一の場合にも二人なら対処できることもあるかもしれない。シルビーはいつも通りフードを深くかぶり、出かける準備をする。

 竜斗も、身支度を整えて部屋から出た。

 ひとまずは、クエスト受注のために、ギルドに向かうことにする。

 しかし、宿の扉を開けた途端、待っていたのは手荒い歓迎だった。


「動くな!」


 兵士の一人が竜斗に槍を突きたてる。周りを取り囲むようにして兵士が並んでいた。

 どういう状況か飲み込めない竜斗は、口を開こうとしたが、槍の柄で殴りつけられる。


「竜斗!」


 シルビーの声が聞こえるが、そちらを向くことができない。兵士に体を押さえつけられ身動きが取れなくなっていた。


「ちょっと一体どういうこと!?」


 シルビーが兵士の一人を睨みつける。兵士は一瞬ひるんだように見えたが、すぐに言い返してきた。


「人間と亜人が行動を共にしていると情報が入った。同じ宿に泊まっていたところを見るに、クエストだけのパーティというわけでもあるまい。王の勅令により、王宮に連行する」


 訳も分からないまま、後ろ手に組まされ、手錠のようなものをかけられる。

 抵抗することも、発言することも許されないまま、二人は王宮へと連行されていった。

 

 王国北部に位置する王宮。

 その中央に宮殿がそびえる。

 宮殿というからには、これまでのどんな建物よりも立派なものを想定していたが、見えてきたのはそんな大層なものではなかった。

 大きさこそギルドの数倍はあるが色味もあまりなく、素材に関しても王宮に使うにしては質素で、街中にある建物と変わらないものだった。

 正面にそびえる横長の門とその奥には、城に近い建物が建っている。

 三角屋根の頂上には国旗が掲げられ、ゆらゆらとなびいてた。

 そんな王宮の横には煌びやかに装飾された、場違いな建物が一件建っていた。

 色合い鮮やかで、大きささえ大きければこちらが宮殿と言われても信じてしまうほどだ。

 竜斗たちは宮殿の正面から入らされ、門をくぐるとすぐに玉座が見えてきた。

 王の間と呼ばれるそこには、奥の方に玉座が二つ並んで置かれている。

 その一つに、王様のような者だけが座っていた。

 深緑のマントを身につけ、宝石が施された王冠を被り、じっと竜斗たちのことを眺めている。

 顎には白い髭を蓄え、少したれ目がかった目は、温和そうに見えた。

 

「王! 失礼いたします! 例の者たちを連れて参りました!」


 兵士は竜斗たちを王の前へと放り投げると、びしっと一斉に敬礼をする。

 

「うむ、ご苦労であった。お前たちは、この者たち用として、隔離地下牢の一室を開けておくのだ。最も遠く、深い、極悪人のみ収容のあの場所だぞ」


 竜斗たちをじっと睨みながら、単調に言い放つ。

 兵士たちは、はっ!と再度敬礼をし、足早に王の間の横の方に消えていく。

 階段を降り、地下へと向かっていった。

 

「さて……」


 兵士たちがいなくなったのを確認して、王が口を開く。


「諸君を連れてきたのは他でもない。この国では亜人とクエストの助力以上の関係を持つ者は即刻連行とされておる。しかし、亜人の奴隷である者と行動を共にしていた者も中にはおる。過去に自らの奴隷を殺されたとかでな。ゆえに、そなたらの関係次第では不問とすることもあり得よう」


 この言い方からして、まだ決定的な証拠は掴んでいないようだ。だが、同じ宿に泊まっていたところを抑えられている以上、クエストだけの関係では通らない。

 つまり、この場をしのぐために竜斗が取れる選択肢、それはシルビーが奴隷である、と言うことである。

 だが、竜斗はたとえ嘘だといえ、奴隷とは言いたくなかった。今後必要に応じて、違う亜人たちを奴隷にすることはきっとある。それでも、シルビーに対してだけは言いたくなかった。

 竜斗が何も言わず黙っていると、頭の中に声が聞こえてきた。


『ねえ、竜斗どうして黙ってるの? 私のことを一言奴隷と言えばそれで、終わる話なのに』


 驚いてシルビーの方を見ても、シルビーはその場でただ黙っているだけだった。


『これは、魔法で竜斗の脳内に直接話しかけてる、テレパシーみたいなものなんだ……それよりも早く言わないと』


 言わなければいけないということはわかっている。わかっているけれど、口が開かない。言葉が出てこない。

 竜斗は無言のまま俯いてしまった。


「無言を貫くということは、自ら非を認めていると取って問題ないかのう」


 王はそう言うと、手をパンパンと叩く。

 どこからかメイドの格好をした女性がすっと現れた。


「どうやら急に連れてこられ動揺しているようじゃ。とはいえ疑いがある以上、自由にするわけにはいかぬ。話をする気になるまで地下牢に閉じ込めておくように」


「はい、かしこまりました」


 メイドは無機質に答えると、竜斗たち二人を連れていく。

 身長は高く、全体的にすらっとしている。白と黒を基調にしたロングのエプロンスカート。白の帽子にはフリルがあしらわれていた。

 均整の取れた美しい顔立ちが、その立ち居振る舞いでさらに凛々しく見える。

 竜斗はメイドに微かに目を奪われながらも、連行される最中、王のことを見ていた。

 王は、依然として部屋の様子を眺めていたが、竜斗の視線に気が付いたのか目が合った。

 目が合った瞬間、ほんの少しだが笑みを浮かべていたように見えた。

 メイドに連れられ階段を下りる。途中竜斗たちを連行してきた兵士たちとすれ違った。

 こそこそと何か話しているようだったが、会話までは聞こえなかった。

 悪臭のする牢獄、竜斗たちを見ては汚い言葉をぶつける囚人たちがいる牢獄の横を何度も通り抜けた。

 メイドは構うことなく、さらに地下に向けて進んでいく。

 最下層までたどり着いて見たのは、明かりもなく、空気も悪い。壁に掛けられた手錠や足枷からは血の跡が染みついている。

 こんな場所にいれば三日と持たないほどの劣悪な環境の部屋だった。

 メイドは牢を開け二人を中に入れる。

 さすがにここまでの環境を想定していなかった二人の足は進んでいかない。

 それを見ていたメイドは、くすっと笑うと牢の奥、壁の方に進んでいった。


「えっ!?」

 

 シルビーから思わず驚きの声が漏れる。

 メイドが壁の裏に手を当て、何やら魔力を込めると、壁が動き中から部屋が出てきた。

 この牢獄の様子からは想像できないほどに中は清潔で、立派なソファーや大きなテーブルが置かれていた。

 

「さあ、こちらにどうぞ」


 メイドに促され二人はおずおずと中に入る。


「普段使われておらず、飲み物なども置いてませんので、おもてなしもできませんが少々こちらでお待ちください」


 急に態度が一変したメイドに対して、恐怖に近い感情すら湧き上がってくるがひとまず最悪の事態は免れたように思う。

 それにしても先ほどの兵士たちはこのことを知っていたのか……竜斗の中にふと疑問が浮かんでくる。


「こちらの部屋は王と私のみ存じております。兵士たちはもちろん、大臣なども知りません。先ほどの兵士たちが開けたのはあちらの牢獄のことになります。それでは私は一旦失礼します」

 

 まるで竜斗の考えを見透かしたように、メイドは言い当ててくる。

 竜斗の驚いている様子を見て、メイドはまたくすっと笑うと、牢から出て行った。

 ぽつんと取り残された竜斗たちには何が何だかさっぱりわからなかった。

 急に王宮に連行され、王との謁見をし、亜人とのことを問われ、地下牢に閉じ込められると思ったら、なぜか丁寧に対応される。


「本当にどういうことなんだろうね、全然意味が分からないけど」


「俺にもさっぱり意味は分からないが、あの王様からは悪い感情は感じなかった」


 うーんと、頭を悩ませるが結局のところよくわからなかった。

 けれど、こんなところに連れてくる以上、王にも事情があるのだと竜斗たちは察し、おとなしく待つことにする。

 何もない部屋で、適当に話をして待つ。

 静かな部屋に声が反響し、なんとも不思議な感じになっていた。

 体感的に三十分くらいたったところで、上の方からタンタンと人が歩く音が聞こえてくる。

 竜斗たちは自然と警戒しソファーから立ち上がる。

 現れたのは王とメイドともう一人女性が立っていた。

 王の陰に隠れているが、大柄なのか隠れ切れていない。


「お待たせいたしました。どうぞおかけください。紅茶とお菓子もご用意しましたのでよろしければお召し上がりください」


 メイドはそう言うとエプロンのポケットからティーポットとティーカップ、それとクッキーのようなものを取り出しテーブルに並べる。

 竜斗たちが座ると、正面に王様と後ろにいた女性も座る。

 竜斗よりも背が高く、結構な長身だ。青みがかった長髪はふわっと巻かれている。

 すらっと長い脚は黒のタイツで包まれ、暗い色のブラウンのショートスカートと合わせて大人っぽい雰囲気だった。

 クリーム色っぽい明るめのトップスは、控えめな胸を目だなくするように、所々フリルがあしらわれていた。

 そんなどちらかというと大人っぽい雰囲気の彼女だが、座ってからというもの竜斗とまったく目が合わない。常におどおどとしてあたりを見回している。

 完全に人見知りタイプだなと、竜斗は静かに決めつけていた。


「さて、急にこのようなところに連れだして申し訳ない。わしはこの国の王、バーム・ヴィエム・リヴィーザルと申す。こちらはメイド長のルクリーネじゃ。そしてこちらは故あって私のところにおいておるココルじゃ」


 王は軽く自己紹介をはじめ、ゴホンと咳払いをして話し始めた。


「さて、さっそくじゃが本題に入ろうかの……先ほどの話の続きになるが、おぬしらの関係について再度聞いてもよいかの?」


 竜斗とシルビーは互いに目を合わせると、小さく頷き答える。


「俺たち……私たちは仲間です。奴隷とかクエストのための一時的なパーティとかではなく、仲間です」


 シルビーはフードを脱ぎ、その特徴的なエルフ耳を露わにすると竜斗に続いて言った。


「私はエルフですが、竜斗とは仲良く過ごせています。他の人からの視線にも気を配って、私のことを考えてくれています。それでいてふざけ合ったり、からかったりできる、まさに兄弟のような存在です」


 エルフであるということを明かしたことにココルは少し驚き手で口を押えていた。

 バームとルクリーネはやはり、といった感じで落ち着いている。


「……実はの、わしのわがままじゃが、君に頼みたいことがあるんじゃ」


「頼みたいことですか……私でよければ、できる限りお受けしたいとは思いますが……」


「かかっ、そんなに口調も丁寧にせんでよいよ。王とは言え、何の力もない名だけの王じゃ……」


 笑みを浮かべているが、どことなく哀愁漂っている。

 横で立っていたルクリーネはそっとバームの肩に手をかけていた。


「そんなことおっしゃらないでください。私は王に救われました」


「そ、そうです! 私も王様に助けてもらったから、今こうして生きてるんです!」


 ルクリーネはそっと、ココルは恥ずかしがりつつ答える。

 ありがとう、と短く答えるとバームは真剣な顔つきで竜斗に向き直った。


「さて、いろいろと疑問に思うところはあると思うが、見せた方が早かろう。ルクリーネ、ココル、すまぬが頼む」


 そう言うと、ルクリーネは帽子を脱ぐ。

 二人は身につけていた同じペンダントをゆっくりと外した。

 するとルクリーネの耳はほんの少しだけ長く尖っていった。形状はエルフの耳によく似ている。

 ココルの方は、体全体が変化し、腕には鱗のようなものが、そしてお尻の部分には立派なワニのしっぽが生えてきていた。

 その変化に竜斗たちは目を疑った。どう見ても人間ではなかったからだ。

 ココルはこの姿を見せるのが怖いのか震えが止まらなくなっている。


「驚いたかの……わしは何の変哲もない人間じゃが、この二人は違う。ルクリーネはハーフエルフの、ココルは主竜族の生き残りじゃ。わしが瀕死になっていた二人を助け、この王宮でかくまっておったのじゃ」


 二人は過去を思い出したのか悲傷に沈んでいた。

 生き残りということはもう仲間がいないことを意味している。


「ルクリーネはエルフと人間のハーフでの。かつて住んでいたエルフの国を追放されたそうじゃ。人間であった父親は処刑され、母親はその死に憔悴し自ら命を絶ったそうだ。子供だったルクリーネには情けをかけたのだろう、追放という形で国を追い出されたと聞いておる」


 竜斗はそのあまりにも悲惨な過去に言葉が出てこなくなった。

 奴隷制度とか、異種族を嫌っているとか、そういった部分は見てきたつもりだった。見てきた分で十分嫌悪感や憤りを感じるのには十分だった。

 しかし、実際にこういう話を聞いてしまうと、より心苦しく辛くなる。


「ココルの故郷は、主竜族を恐れた冒険者たちがギルドと結託し、攻め込まれる前に滅ぼそうとクエストを発布したらしい。実際には主竜族は温厚で戦いなど好まないというのに……ココル自身は幼かったので覚えていないそうじゃが、心のどこかに辛い記憶があるようじゃ。川辺で倒れているところを助けた時はそれは大変なものじゃった」

 

 言ってしまえば人間の勘違いによって滅ぼされたということになる。

 見た目が違う存在を恐れるのは仕方がないことだ。とはいえ……


「と話が少し重くなってしまったが、君が今後もエルフや他の種族との関係を続けていくというのなら、避けられない道ではあるのじゃ。それでも、君の心は変わらないかの?」


「はい、むしろそういう人たちがいるのなら助けたいという気持ちが強くなりました」


 竜斗は迷わずに答える。もうすでにいろいろと覚悟を決めた後である。

 目に見えている部分はほんの一部で、きっと見えないところではもっとひどいことになっている街や国もあるのだろう。


「そうか……君の覚悟を確かめたところで君への頼み事と参ろう。頼み事というのは、ココルのことじゃ。ココルをそなたたちの旅に連れて行ってやってほしい」


「え、でも、それはどうなんでしょう……」


 竜斗は横目でココルのことを見ると、相変わらず震えていた。ぎゅっと手を握りしめ、うつむいている。


「わしとしても心配がないわけではない。だが、わしももう年じゃ。あと何年生きられるかはわからない……それこそ急に何かあった時に、たった一人残すのは心苦しい……だから信頼できる人間に託したかったのじゃ」


 バームは悄然として語った。

 それを聞いたシルビーがそっと口を開く。


「えっと、どうして人間じゃないとダメなんですか? 私たち異種族に頼めば、他の種族だろうと受け入れてもらえると思いますけど」


 シルビーの言っていることは最もである。そもそもこの世界において人間に異種族を頼むという行為がどれだけ危険かということは、この国の王であるバームならよくわかっているはずだ。


「うむ。それができればわしもそれでいいと思っておった。しかし、どうやら主竜族の生き残りがいるということが、どこからか漏れてしまったようで、世界中に手配されてしまっておるのじゃ。だからそのままの姿でおるわけにはいかぬのじゃ」


「なるほど。だから先ほどのようなペンダントを使って、人に見せ人間の中で生活させようっていうことなのですね。でもそれだったら、別の種族のように見せることはできないんですか? それができればばれることもないですし」


 それは、と横に控えるルクリーネが答えた。


「姿を変える魔法というのはかなり高度な魔法なのです。他の種族に見えるほどの魔法などまだ開発されておりません。人の姿に近づける、このペンダントだけでもかなり高価で、二つそろえるだけでも国家予算が動く程度の資金がかかっています。これは王様が私たちのために何とか工面してくださって、私たちは身につけられております」


「そうだったんですね……すみません」


「謝ることはないぞ。むしろ当然の疑問じゃろう。じゃからの、信頼できる人間を探して負ったのじゃ。衛兵には異種族と行動を共にしている者は王宮まで連れてくるようにと王令を出し、見極める機会を増やしてきた」


 なるほど、そういった王令が出されているというのはそういう理由があったのだと竜斗は納得した。


「あの、差し出がましいようですが、王様が勅令で異種族と協力するようにとは出せなかったんですか。世界が難しいとしてもこの国内だけでも何とかできなかったんでしょうか?」


「ふむ……竜斗君は勘違いをしているかもしれないが、わし自身異種族全てに理解があるわけではない。人の中にもいい人間や悪い人間がいるように異種族でもそうじゃろうと思っている程度でしかない。それに第一にわしの妻と息子、次代の王にあたるものが異種族のことを唾棄しておる。国内の西部を異種族の街にした時も大反対されたものじゃ」


 この国が比較的住みやすい方だというのは王のそういった努力があったからかもしれない。

 しかし、王妃と次の王がそういう人間だと、これから先のことは期待できそうにない。


「第二に異種族というのは、人よりも強い種族が多いのじゃ。そんな強い種族と結託したとなると他国はどう思うかのう……うむ、戦争を仕掛けようとしていると思われてもおかしくない。つまり国を動かすということはそれだけ、大きなリスクにもなり得るということなのじゃ」


「……王様の言うことはよくわかりました。俺たちでよければココルさんのことをお手伝いさせていただきたいと思います……ですがココルさん自身がどう思っているのでしょうか? 本人の意思がなければ連れて行くわけにはいきません」


「うむ、確かにそうじゃのう。ココル自身が行きたくないと言えば、わしも無理にいかせはせん。本人の意思を尊重したいのはわしも賛成じゃ。さてココルよ、どうかの?」

 

 バームは優しく話しかける。バームに話しかけられると、ココルの震えも少し納まっているようだ。

 けれど、まだ自分の意思を伝えるのには時間が足りないようで、


「まあ、すぐに結論を出せという方が酷な話じゃ。竜斗君、シルビー君。そなたたちさえよければもう少し考える時間をあげてはくれぬかの? その間は王宮にいて、ココルとよく話し合う時間を設けてくれると嬉しいのじゃが」


「えっとそれは、ありがたいですけど、大丈夫なんですか? そもそも俺たち連行されてきたので、エルフと一緒にいたのは間違いないわけで……」


「それに関しては問題ない。シルビーさんは一度も姿を見られていないじゃろ? ギルドからの報告で正体を隠しているというのは知っておったからの、今回の知らせがシルビーさんという確証がなかったもので、念のため兵士にはそのままで連れてくるように言ってあったのじゃ」


 竜斗は連行されてきたときから違和感を覚えていたが、そういうことだった。

 ルクリーネは自分の持っていたペンダントをシルビーに差し出す。


「こちらはシルビーさんに差し上げますので、今後ご自由にお使いください」


「え、でもそれじゃあルクリーネさんはどうするんですか? 他の皆さんにはハーフエルフってこと隠してるんですよね?」


「はい、ですが、私の場合は帽子で隠すこともできますし、いざとなればこの国を出て行くこともできます。今は私を助けてくれた王のために尽くしておりますが、その後も国に尽くす義理はありませんので」


 ルクリーネはそう言うと、シルビーの手に自分のペンダントを握らせる。

 シルビーは複雑な表情をし受け取るかを迷っていたようだが、最後は彼女の覚悟を受け入れた。


「シルビー君には申し訳ないが、この王宮の中では人間として過ごしてもらいたいのじゃ。兵士たちには誤報で連れてきてしまったということを言い渡す。少なからず罪悪感はあるはずじゃからの。王宮内でも優しく振舞うことじゃろう」


 人の罪悪感を利用するというあたり、案外この王様も汚い部分があるのかもしれない。

 にやっと笑うバームを見て竜斗はそう思った。

 

「ひとまずは二人にも部屋を用意してある。王宮にいる間はその部屋を自由に使ってもらって構わん。外出は難しいが、我が国の騎士団など訓練の相手をさせることもできるでの。あやつらも退屈しておるところじゃ、存分に自分のために使ってよいぞ」


 さすがにいきなり決めることはできず、とりあえず王宮内で過ごすことになった。

 ココルも急に王宮を出ることにならずひとまずは安心しているようだった。

 竜斗に対して、ビクビクと震えている様子は変わらないが、シルビーに対してはすごく興味のある視線を送っていた。

 ずっと王宮内にいたとすれば、異種族と関わる機会などほとんどなかったのだろう。

 シルビーはもらったペンダントを首から下げる。すると、特徴的だった耳がすっと短くなり、人の耳になった。他の部分に関しては特に変化はなかった。

 ルクリーネに案内され、竜斗たちは地下から上がり、部屋へと向かった。ココルも後ろからゆっくりとついてきているようだ。

 バームは竜斗たちを連れてきた兵士に話があると言って、王の間に向かう。

 部屋へ行く途中、兵士たちと再度すれ違うこともあったが、人間にしか見えないシルビーの姿に驚きを隠せない様子だった。それと同時に額には冷汗が浮かんでいるのが見える。


「竜斗さんたちのお部屋はこちらになります。右隣りがココルさんの、その隣が私の部屋になりますので、何が御用の際はお気軽にお申し付けください」

 

 案内された部屋はシンプルだが、使いやすそうな部屋だった。

 広さも十分、大きなベッドが二つとテーブルの上には紅茶のセットが置かれている。

 

「一つ下の階が騎士団の駐在所になります。話は通しておきますので、どうぞ有効にご活用ください。お食事は一日三回、お部屋までお持ちいたします。王宮内はご自由に行動していただいて構いませんが、できる限りお二人で行動されるか、私が同行いたします。不便な思いをさせて申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたします」


 ルクリーネは深々と頭をさげると、部屋を後にした。

 ココルはシルビーが気になっている様子でずっともじもじしている。

 竜斗はシルビーに目で合図を送った。


「ココルさん、よかったらお話ししないですか? いろいろと聞きたいこともありますし」


 その瞬間ぱっと目が輝く。


「そ、そうですか! ではよろしければ私の部屋に来てください!」


 子供のように無邪気に答えると、シルビーの手を取って部屋へと向かった。

 一人部屋に残された竜斗は急な静寂に包まれ、孤独を感じる。

 冷静になった途端ふと思い出したことがあった。


「あ、そういえばハリスさんとの約束、どうしようかな……」


 約束の日が明日なのを思い出し、どうしようかと頭を悩ませる。


「今回は申し訳ないけど行けないってことを、誰かに伝言を頼もう」


 竜斗はルクリーネのところにさっそく赴き、誰かに伝言してもらえるよう頼んだ。

 そして竜斗自身は、騎士団というのに興味があったので向かうことにする。

 外出してモンスターを倒すことができない以上レベルを上げることはできない。それならば、戦闘を生業としている人たちに教わって技術だけでも身につけておきたかった。

 

「てか、騎士団って門番の人とか守備兵の人とかのことも言うんだよな……」


 異種族に対する振る舞いから、竜斗の教わろうという気持ちが少し逡巡した。

 とはいえできることは限られている。竜斗は決心新たに騎士団の部屋の扉をたたいた。


 一方、バームによって呼び出された兵士は、竜斗たちが人間同士であり報告が誤りであったことを伝えていた。


「先ほど確認したが、彼らは人であった。どうやら恐怖で声が出なくなっていたようだ。わし自ら定めた令に従ったとはいえ、我々は彼らに多大な迷惑をかけたことに変わりはない。彼らへのせめてもの罪滅ぼしとして、この王宮でしばらく生活してもらうことにした。諸君らも自然に接してもらえると助かる。今回はすまんかったな」

 

「王様、謝らないでください! 我々もあの知らせを疑わず鵜吞みにしたことにも責任がございます!」


 兵士たちはあたふたと慌てふためいていた。口々に王への謝罪を述べる者、自らの非礼を恥じる者、報告者に対する恨みに似た感情を抱く者。

 さまざまであるが、竜斗たちに後ろめたい気持ちを持っている者がほとんどだった。


「それでは王! 我々はさっそく報告者に事の顛末を知らせて参ります」


 兵士はピシッと敬礼をすると、列になって部屋から出て行った。

 竜斗の部屋に謝罪に来る者もいたが、竜斗はあいにくいなかった。その後竜斗が部屋に戻ってくるまで、待っているあたり律儀な者もいるようだった。

 

 冒険者ギルドから少し外れたところ、今回の報告を行ったフーリは不気味な笑みを浮かべて座っていた。

 仲間の姿はそこにはない。

 くつくつと笑うと、時折何か独り言を発している。

 そこに兵士が数人やってきた。


「おう、ずいぶん遅かったじゃないか。それで今回の報酬はどうなんだ」


 自信満々に言い切るフーリに対し、兵士の反応は期待とは少し違ったようだ。

 冷たい視線をフーリに送っている。

 

「報酬はない。彼らは二人とも人間だった。今回のお前の報告は誤報であった」


「は? そんなわけないだろ。俺はこの目でちゃんと確認して……」


「それだけではない。お前には他の冒険者を脅し、手柄を横取りしていたという報告が上がっている」


 竜斗はバームから、今回のことを報告してきた相手の名前を聞き、自分が襲われそうになったことも伝えていた。

 さらにはフーリの仲間たちも自首してきたそうだ。

 何を言ってるのかわからないという様子のフーリは、その場で立ち止まっている。


「闇夜の深淵リーダーのフーリ、王宮まで連行する」


 兵士数人で周りを囲み、拘束しにかかる。


「はは、俺が、どうして……あいつが悪いんじゃないのか……あいつと関わってから……そうだ。俺は悪くない。俺はBランクパーティのリーダーだぞ」


 フーリの目がどんどん殺気立っていく。思わず兵士も少しひるんでいた。

 その一瞬の隙を見逃すことなく、フーリは兵士の間をかいくぐって走りだした。

 魔法を自らにかけ、とてつもないスピードでかけていく。兵士たちが後を追うものの、全く追いつくことができない。

 あっという間に姿をくらませると、フーリは人通りの少ない路地に身をひそめた。


「どうしてこうなった……あいつのせいだ……あいつがいたから……」


 カタカタと足をゆすりながら、爪を噛む。負の感情がどんどんと増していった。

 そんな近寄りがたい状態のフーリに、一人の女性がゆっくりと近づいていく。


「ずいぶんと憎んでいる人がいるようね」


 妖艶な雰囲気で語り掛ける。背後に圧倒的な存在感をフーリは感じた。


「あなたが望むなら力を与えましょうか?」


「あんたは一体何なんだ? 力を与えるってそれ本気で言ってんのか? 力が手に入るってんなら願ったりだ」

 

 フーリの問に彼女は答える。


「私は魔王。この世の魔を統べるもの」

 

 彼女は一言告げると、フーリの頭に手をかける。

 

「あなたに力を与えましょう」

 

 全身に力がみなぎっていくのを感じながら、フーリの意識はそこで途絶えた。

 予定よりも早く、ダンジョンモンスターの暴走が始まったのはこれから数日後のことだった。

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