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異世界奴隷解放譚  作者: 黒麻玄
旅立ち
1/21

1 プロローグ

~プロローグ~

 神崎竜斗は誤解されやすい。生まれつき目つきが悪いこともあり周囲の人から避けられることもしばしばあった。

 話してみると少し粗雑な感じはあるのだが、豪胆で気持ち良い関係性を築くことができる。


 困っている人を見るとすぐに助けようとし問題に自ら飛び込んでしまうこともよくあるがそれも彼の魅力の一つだろう。


 幼いころから武術をたしなんでおりそのどれもが一級品であった。自ら手を出すことはないものの彼のことをよく思わない、見た目の印象だけで文句を言い喧嘩を仕掛けてくる人も多かったが、負けたところは見たことない。


 慕われるべき点はいくつもあるのだが彼の周りに人が集まることはなかった。


 ただ一人を除いて。


「竜斗はさ、どうしていつも一人でいようとするの?」


 ふと思い出したように問いかける。花の入っている植木鉢をよいしょと持ち上げようとするのだがその手はさえぎられた。


「……別に一人でいようとしてるわけじゃない。それに栞との付き合いはなんだかんだ長いだろ」


 栞と呼んだ女性の手をさえぎり植木鉢を軽々と持ち上げる。


「ここでいいか?」


 うん、と小さく頷くのを確認して竜斗は植木鉢を置いた。


 姫野栞ひめの しおりは竜斗とは小学生の頃からの付き合いだ。もともと家が近所ということもあり、気が付いたらいつも一緒だった。いわゆる幼馴染というやつだ。


 栞の実家は花屋をしていた。高校を卒業してから栞は本格的に家業をつぎ花屋として日々頑張っていた。


 ではなぜそんなところに竜斗がいるのかというと理由は単純だった。


 就職が決まらないのだ。就職活動をしているのだがお祈りメールが届いては履歴書を書くという日々を送っている。しかし無職になるのは両親に対して申し訳ないということで栞のところでアルバイトをしているというわけだ。


 栞の店に来るのはほとんどが近所の人であり竜斗のことも知っていた。いまさら怖がられる心配もないし、家からも通いやすい。それにきちんと就職が決まった時には辞めやすいというメリットもある。


 問題点としては栞や栞の両親が許してくれるかどうかだったがむしろ応援してくれていた。


「竜斗はすごく優しいんだけどね。なかなかその優しさが伝わらないっていうかまあ損してるよね」


 ふふっと笑いながら栞は言う。


「なんだかなあ、面接で顔が怖いって聞き飽きたくらいには損してるかもな。でも俺自身、こんなやつがいたら関わろうとはあんまり思わないかもしれないけど」


「あはは、それはちょっとかわいそうかも。でも竜斗の優しさは伝わる人にはちゃんと伝わるからね。お客さんからも評判いいし」


「お客さんからの評判っていってももう子供のころから見てくれてるから今更だよな」


「それは、確かにそうかも!」

 

 あはっとわざとらしく笑みを浮かべると、裏の方に入っていった。


「さてと今日もあと少しだな。さっさと仕事終わらせて帰るとするかなあ」

 

 時計を見ると間もなく18時を指そうとしている。お店のシャッターを閉めるため路上に出ていた花瓶や植木鉢を店の中にしまう。

 

 空がオレンジに染まりどことなく寂しい気持ちになってくる。作業をしているさなか竜斗の頭にはふっと栞の言葉が引っ掛かった。


「どうして一人でいようとするの、かあ……」


『いるの』ではなく『いようとする』という言葉が自分のことを理解しているのだと竜斗は改めて感じた。


 竜斗は両親との仲はよかった。誕生日になるとプレゼントをもらったり、両親の結婚記念日には贈り物をしたりもする。栞の両親にしても、近所の年配の方にしてもそうだ。


 昔から竜斗のことを知っている人には良い関係を築くことができている。それは付き合いが長いからなのか、人として大人だからなのかはわからないが、同年代の人とはそうはいかなかった。


 竜斗は人よりも力があった。それは武術をたしなんでいたからという後天的なことだけでなく、そもそも筋肉が付きやすい体質でもあった。

 

 だから小学生の頃など、ちょっとしたじゃれあいや軽い喧嘩で相手をケガさせることがよくあった。両親からとがめられたことは一度としてないが相手の親はそうはいかない。校長や担任に様々な尾ひれをつけて語っていた。いや騙っていたのだ。


 そういうことが重なっていくうちに竜斗のことを信じてくれる人はいなくなっていった。

 

 そして高校生の時に大きな事件が起きた。


 クラスメイトに対してひどいいじめが横行していた。誰の目から見てもそれはいじめとわかる。下駄箱には生ごみがつめられ、机には油性で書かれた落書き。昼休みや放課後にはパシリとして使われ、金銭の取引もあっただろう。まるで奴隷のような扱いをされている日もあった。


 竜斗はそれを見過ごすことができなかった。いじめられていたクラスメイトに話しかけ手を出せないように守ろうとした。その日はできるだけ一緒に過ごし、せめて1日だけでも守ることができないかと努力した。そしてその日を無事に乗り切り明日からもこの調子で頑張ろうと思っていた矢先絶望を知ることになる。


 翌日、教室の中央に人だかりができていた。教室に入った瞬間悪寒が止まらない。それもそのはず、人だかりができていたのはいじめられていた生徒の席だった。


 その生徒の顔は殴られた後で青いあざができ、まともに目も開けられないような状態だった。


「おいっ! 大丈夫かっ。あいつらにやられたのか?」

 

 いじめていた生徒のことをにらみつける。


「もう我慢の限界だ。手さえ出なければ穏便に済ませるつもりだったがさすがにこれは見てられねえ」


 立ち上がりいじめていた生徒に詰め寄る。襟を掴みこぶしを振りかざした瞬間、教室のドアが開いた。


「おい、どうした。何の騒ぎだ」


 明らかに異常な教室を見て担任が声を上げる。


「こいつらが暴力をーー」


「神崎くんにやられました!」

 

 竜斗が声を上げる前に、いじめられていた生徒が急に立ち上がり声を上げた。


「は?」


 上げた手は顔面に触れる寸前で止まっていた。固まっていたという方が正しいだろうか。


「神崎くんにずっといじめられていて、何とか耐えていたんですが、昨日殴られて、それを助けてくれたのに邪魔するなって今もまた殴ろうとっ」


 こちら側を指さし、わざとらしくガタガタと震えながら言う。


 担任の嫌悪の目が竜斗に向けられた。


「本当なのか神崎。これまでもお前の素行は悪いと思っていたが暴力まで振るうとはな」


(何を言ってるんだこいつは……いじめのことはお前もよく知ってただろうが。こいつが苦しんでいるのも見ていたはずだ。それなのに手も貸さず助けようともしない。見て見ぬふりをしていたのに俺にだけ、なんだこれ……)


 竜斗の手から力が抜ける。すり抜けたいじめていた生徒はポケットから携帯を取り出し動画を流し始めた。


「先生。これが証拠です。休み時間もべったりマークして、放課後まで拘束してました」


 動画に収められていたのは昨日の様子だった。いじめられないようにしようとできるだけ一緒にいた。ただそれだけだったはずなのに。映っているのは頑張って笑いかけている竜斗の姿と、ガタガタ震え目線を合わそうとしない男子生徒の姿だった。


 確かに竜斗と過ごしているときもいじめられていた生徒はずっと震えていた。それはまだいじめられるかもしれない不安からだと思っていたがどうやらそうではなかったようだ。


 初めからいじめなど存在しなかったのだ。竜斗を貶めるために計画された、悪質で卑劣な学生の計画だった。


 そこから先のことはもう覚えていない。竜斗の頭の中は真っ白になっていた。担任に言われるがまま職員室へと連行され、何を話したのかも何を話されたのかもわからない。


 両親は学校関係者や相手方の両親、もろもろの関係者に頭を下げて回っていたそうだが、何も言ってはこなかった。ただそっと頭をなでられ、大変だったな、と一言だけかけてくれた。

 

 栞にもすごく心配された。栞は女子高に通っていたので竜斗のことについて知る機会はあまりなかった。竜斗も栞とあっているときに弱気なそぶりはしないように気を付けていた。しかし、このことが栞の耳に入るまでそう時間はかからなかった。


 やっぱり一緒の学校に行けばよかったかな、栞が泣きながらそう言ったのをよく覚えている。


 結局のところ竜斗のことを貶めようとしていた理由は単純なものだった。素行の悪さなどの悪評が広がっている竜斗に栞のようなかわいい子が一緒にいるのがおかしい、というただの嫉妬である。


 竜斗はそのことについては栞には言っていない。自分のせいだと受け取ってほしくない。栞は全く悪くない。責任を感じてほしくない。それはまごうことなき竜斗の本心だった。


 竜斗が回復するまでには長い時間が必要だった。両親との会話や栞との会話。その頃から手伝いを始めた花屋のバイト。近所の人と話すことで少しずつ回復していった。本質的な部分では優しさというのは捨てられない。冷静になってみれば、あれも本当のいじめではなかったということを安心するくらいには優しかった。


 けれど、裏切られたのだ。人を信じるという意味では難しい部分があるのも確かだった。


 だから竜斗は人との一定の距離感を保つことを意識していた。踏み込みすぎず、踏み込ませすぎず。感情移入しすぎなければ裏切られたとしても大したことはない。


 そんなことを栞に言ったところ、


「そんなの悲しいから私は却下!」


 指をぴんと突き立てると笑って一蹴されてしまった。


「それに……そういうのって無理して作るものじゃないでしょ。きっといつか竜斗にも本当に心から信じられる、そして竜斗のことを信じてくれる人と出会えると思うよ」


  その言葉に救われたところは多くあった。無理しなくてもいい。きっとこの先そういう出会いがあるかもしれないという未来に期待することができるようになったのだから。


 オレンジの空をぼーっと眺めていた竜斗は昔の思い出に浸っていた。そしてふと先ほどの栞の言葉を思い出す。


「そう思うとさっきの栞の言葉おかしくねえか。別に無理してだれかと一緒にいる必要ないってことだよな。なのにどうして一人でいるのかって、若干せかしてきてるのか」


 竜斗自身もう昔のことだと割り切らなければいけないとは感じていた。いつまでも引っ張っていてもしょうがないと。


「でも、こればっかりはなかなかなあ……」


 苦笑いを浮かべぽつりと後頭部を掻く。すると視界の隅、遠くの方に見覚えのあるおばあちゃんがかばんを引いて歩いていた。


「おや。りゅうちゃん、今日はもう終わりかい」


「ああ、もう18時だからな。なんか用あったのか」

 

 近所のおばあちゃん。竜斗の子供のころを知ってる人からはゆうちゃんと呼ばれていた。少しこそばゆい気もするが悪い気はしなかった。


「いや、ちょっと近くを通りかかったものだから、若者成分を補給しようと思ってねえ」

 

 へっへと笑う。くしゃっとした笑顔がかわいらしいおばあちゃんだ。


「まったく何言ってんだか。そんなもんいつでもーー」


 おばあちゃんの方へ顔を向けると後ろの方から、巨大なトラックが接近してきていた。


「おい、ばあちゃん。後ろから車来てるぞ!」

 

 呼びかけるとおばあちゃんは後ろをゆっくりと振り返るが、その時に体制を崩し転んでしまった。


 やばい、竜斗は駆け出す。トラックはおばあちゃんが見えていないのかスピードを落とす様子がない。このままでは確実に轢かれてしまう。


 何とかおばあちゃんのところまでたどり着き引っ張り上げる。


(くそっ、このままじゃ間に合わねえ)


 竜斗はおばあちゃんを引っ張り上げその反動で入れ替わるように地面に倒れこんだ。


(よしっ、ばあちゃんは大丈夫そうだな。俺の方はもうだめかもしれないが)


 もうすでにトラックは避けられないほどの距離まで接近していた。その一瞬はものすごく長く、時間がゆっくりと動いているように感じる。しかし、その感覚とは裏腹に体はピクリとも動かない。


(まあ、いい人生かって言われると微妙なところではあるが。悪くはなかったよな……)


 最後の瞬間というのはこんなに心が落ち着くものなのだろうか。トラックの騒音が近づいてくるのを感じながらゆっくりと目を閉じた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

初投稿になります。

プロローグなのに思ったよりも長くなってしまいました……

主人公に魅力があるキャラクターが書けるように頑張ります。

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