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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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悪魔なんか死ねばいい


 麗らかな昼下がり。今日は特に出掛ける用事もなかったアライズはいつもの窓辺に腰掛けて、お絵かきをするリルを見るとも無く見つめていた。契架はキッチンで夕飯の仕込みをしている。

 こんな日々が永遠に続くのなら…そんな風に思う自分がいて、しかしその感情に酷く居心地の悪いものを感じる自分もいる。たった一つの目的の為にこの生活を作り上げたのだけれど、その目的を達成できそうなところまできて躊躇する気持ちが生じている。どうするのか、どうしたらいいのか。未だ答えは出ない。

 契架が一段落したのかキッチンから広間へと戻ってきた時、不意に空気がピリッとアライズの肌を刺す感覚がし、ぼんやりとしていた意識が一瞬の内に窓の向こうへ吸い寄せられる。

「どうかされましたか?」

 アライズの反応にすかさず気付いた契架が声を掛けながら、同じく窓の向こうを見るが別段変わった物はない。

「誰かが館の近くまで来ている。」

 アライズが低い声でそう言い、窓に向かって人差し指で円を描く。すると円の中にだけぼんやりと別の景色が浮かんできた。

 森の中の小道だろうと思われるその景色の中央に歩いている人影が一人。陽光に輝く薄い黄色の髪に薄手の鎧の上に羽織られた軽いローブ。腰からは細身の剣が下がっている。

「…青騎士の子だ!」

 アライズの後ろからその景色を覗き込んだ契架は思わず叫んだ。いつの間に寄ってきたのかリルも契架の傍らでぴょんぴょんと跳ね、その様子を見ようと必死になっている。

 アライズは表情を変えずにその光景をしばし見つめた。真っ直ぐこちらへ向かってきている以上、放置するわけにも行かない。此処から術で森の何処かへ飛ばすか、それとも対話か、正面切っての殺し合いか…。

 先日の契架の話からすると恐らく相手は殺し合いに持ち込んでくるだろう。それを凌ぎながら対話へ持ち込むことも出来るだろうが、実に面倒だと言わざるを得ない。多少姑息ではあるが、術で飛ばさせてもらおうかと思った時。

「アライズ様、僕に行かせてください。」

 契架が覚悟を決めた声できっぱりと言った。振り返ると意を決したように口元を引き結んだ表情でこちらを見ている。

「僕が行って、彼女と話してきます。」

「…いいだろう。」

 決然とした表情を見せる契架に許可を出すと、リルがより一層大きく跳ねた。

「ぼくもいくっ!」

「えぇっ!?」

 契架が驚きの声を上げるが、アライズは構わず立ち上がる。

「リルは此処にいなさい。…契架、お前を彼女のところまで飛ばす。」

 そう言って、アライズは伸ばした手を契架に向ける。

「あ、はいっ。」

 慌てたように契架が再び表情を引き締めると、アライズは一瞬にして魔力を集中させ契架に向けて放った。パッと光に包まれた身体は、光が収まった時には既にそこに無かった。

「ぼくもいくの!いって、アライズをころすなっていうの!」

 リルが強い瞳でアライズに訴える。その様子にアライズは一瞬目を丸くして、そしてぎゅっとリルの小さい身体を抱き締めた。急に抱きすくめられるなど滅多に無い事に、思わずリルが固まった。

「アライズ…?」

 珍しくやや戸惑った声でアライズを呼ぶが、それには答えずそっと抱き上げると再び窓辺に腰を下ろす。

いつまでも変わらぬままではいられない。変化の時が訪れていることを感じずにはいられなかった。


 アライズの魔力が身体を包んだと思った次の瞬間には、そこは森の中だった。小さな円に映し出された景色ではよく分からなかったが、館へと続く小道だ。背後を振り返ると木々の向こうに微かに館の屋根が確認できる。

「これが転移の術かぁ…。」

 こんな時に不謹慎かと思いつつも、初めて体験した転移には何とも言えない感動のようなものを感じずにはいられなかった。

 館を背に小道の向こうへ視線を向けると、こちらへ向かってくる人影が見える。髪の輝きからそれが青騎士の少女だと分かる。その姿に契架は深呼吸をした。

 程なく少女も契架に気付いたのだろう、その優美な眉を寄せた。

「またあんたなの?さっきまでこの辺りには誰もいなかったと思うんだけど。」

 声を張り上げずとも聞こえる距離まで来てから、少女が冷たく言った。

「アライズ様に転移の術で送ってもらったんだ。」

 契架がバカ正直に答えると、少女の青い目に剣呑な色が浮かぶ。

「あんたに用は無いの。あんたを送ったその悪魔はどこにいるの?」

 すっと少女の手が腰に下げられた剣に触れる。

「アライズ様の所へは行かせない。殺すなんて止めて!」

「そればっかりしつこい!悪魔なんて皆死ねばいいのよ!」

 苛立ったように少女が声を荒らげた。

「どうしてそんな事言うの?全ての悪魔が悪いって、本気で思ってるの?」

「思ってるわよ!」

「何で!?人間だって良い人ばっかりじゃない、悪い人だっている。同じように悪魔にだって良い人も悪い人もいる。それくらい分かるだろう!?」

 少女は契架の言葉に一瞬迷うような視線を見せたが、再び目に烈火のような激情を乗せて向けてくる。

「そんなの関係ない!悪魔は全て憎いの!悪魔なんて滅びてしまえば良い!」

 少女の憎しみに燃える視線に契架は思わず息を呑む。

「悪魔なんて…悪魔さえいなければ、お父さんもお母さんも死なずに済んだんだからっ!」

「え…?」

 予想もしなかった言葉に契架が瞠目すると、少女はすっと鞘から剣を抜き出した。

「人界の辺境にある小さな村だった。ある晩、悪魔に襲われて村は壊滅、お父さんもお母さんも…村のほとんどが死んだ。」

 抜いた細身の剣を軽く切り払って、俯きながら少女は続ける。

「私が悪魔を憎んで何が悪いの?悪魔を殺すのが、どうしていけないの?」

「それは…、それはたまたま悪い悪魔だったからで、悪魔の全てがそういうわけじゃ…。」

「綺麗事なんか聞きたくないっ!」

 再び叫ぶように言うと、剣の切っ先を真っ直ぐ契架に向けた。その目には憎しみが爛々と燃えている。

「悪魔なんか死ねば良い。自分たちが殺した分だけ殺されればいいの。邪魔をするならもう容赦はしないっ!」

 その言葉の勢いそのままに少女は剣を構えると契架に切り掛かった。慌てて飛び退きながら、今更ながらに自分が武器の一つも持っていない事に気付き焦る。しかし仮に何かしらの武器を持ってきていたとしても、武器などまるで扱ったことの無い契架に訓練を積み重ねた少女の剣を捌ききれるとは思えないが。

 動体視力に助けられ、どうにか少女の剣を避け続けるも、いつまでも避けきれるとは思えない。何とか止めないと話をする事さえ叶わない。少々の怪我は仕方ないとしても、被害を最小限に抑えるべく、剣の鍔付近を掴んで少女の手を止めるしかない。

 やや恐ろしいがきっと大丈夫と自分に言い聞かせて、少女の剣筋に意識を集中する。右、左、突いて切り返す…、そしてその瞬間は訪れる。

 ここだ!と思ったその瞬間、躊躇を捨て踏み込むと少女の手元を強引に握りこんだ。少女が驚きに目を見開き行動が止まっているその隙を逃さず、力任せに剣ごと押さえつける。

「こんな事しても何の意味も無いんだ!」

 そう言って少女の手から強引に剣を奪い取った。獲物を取られた少女は怒りそのままに契架を睨みつけたが、ふとその表情が固まる。

「あんた、何でその剣が持てるの…?」

「へ?」

 少女の手から奪った剣は見た目通り非常に細身でとても軽い。重量的にはリルにだって持てるほどだし、重くて持てないと言う理由でないならば他に持てない理由は見当たらない。

「持っていて何とも無いの?」

「え?…うん。」

 何とも無いという言葉が意味するところが分からず、契架は剣と少女を交互に見つめる。少女は「何で」とか「そんな」などと何事かをぶつぶつと呟いている。

「まさか青眼以外に青の至宝を扱えるなんて…、まさか、ハーフだからなの…?これは至急報告を…。」

「あの…?」

 契架が呼びかけると、少女は大袈裟なくらいビクッと驚いた。

「あっ…と、…剣、返してくれる?」

「え、あ…はい。」

 またもバカ正直に剣を差し出してから、実はこれは演技で受け取るや否や襲ってくるのではと一瞬警戒したが、少女は受け取った剣を速やかに鞘に収めた。

「ありがと…。」

 さらにまさかの礼を述べ、そして少女はくるりと背を向け数歩歩いてから、足を止め少し躊躇った後に首だけで振り返る。

「あ、の…あんた、名前は?」

「え…?け、契架。」

 意を決したように尋ねてきた少女に、ややぽかんとしたまま契架が答える。すると少女は再び躊躇うように何度か口を開けては閉じを繰り返したが、やがてきゅっと口元を引き締めて真っ直ぐ契架を見る。

「私は譲葉よ。…じゃあ。」

 予想外な一言を残して少女は今度こそ振り返らずに立ち去った。残された契架は何がなんだかよく分からないままだった。


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