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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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青騎士との遭遇


 その頃、人界。その中枢を担う王城に呼び出され、城の門を潜る少女が一人。

 軽装な鎧の上からローブを羽織ったような動きやすさ重視の装備を身に纏っている。キラキラと陽を跳ね返す薄い黄色の髪は肩より少しばかり長く、高い空を思わす青い眼は意志の強さを表しているかのように真っ直ぐ前を見つめている。

 その腰には細身の剣が下がっている。派手ではないが丁寧な精緻が施され、いかにも名のある一品という風情を漂わせている。その輝きが少女の凜とした印象を更に際立たせている。

 城内へ続く扉の前に立っている守衛は少女を…と言うより、腰に帯びている剣を見て、さっと敬礼すると扉を開く。

「お話は伺っております。どうぞ中へ。」

「ありがとうございます。」

 守衛に答えると少女は開いた扉から城内へ踏み込んだ。


 城内に足を踏み入れるのは二回目になる。一度目は学院を主席で卒業し、念願だった「青の至宝」を賜った時だ。以来、腰の「愛剣」と共に「青騎士」の一員として修練に励んできた。そんな最中、再びの召集に彼女も内心驚いている。わざわざ王城に呼び出されるほどの失態に心当たりはないが、そうとなれば何故に自分は呼ばれたのか。

 考えながらも足は淀みなく進み、彼女がはっと気付いたときには王の間に繋がる大扉の前だった。

「中で王がお待ちです。青騎士殿。」

 扉番の男の言葉に少女が軽く頷くと、男はゆっくりと扉を押し開けた。

 荘厳なる大広間は相当数の人間が入れる広さで、毛足の長いふわふわした絨毯が一面に敷かれている。左右の壁の上部には大きめの窓が一定感覚でしつらえてあり、そこから穏やかな陽光が降り注いでいる。扉から真っ直ぐに幅1メートルほどの絨毯が玉座に向かって伸びており、彼女はしっかりとした足取りでその上を歩く。

 その玉座に腰をかけている人物…すなわち王と彼女の他に広間には誰もいない。彼女のブーツが絨毯を踏む微かな音さえも響き渡るように思えるほどの静寂に満ちていた。玉座から一定距離を取ったところで足を止めると、無駄のない動きでさっと膝を突いた。

「我らが王におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます。この度の召集に応じ、馳せ参じた次第であります。」

「よい、顔を上げよ。」

 顔を下げたままでも凜と届く声で述べると、王は簡潔に答えた。彼女が指示通り顔を上げると、玉座に座る王と視線がぶつかる。

 厳しく冷たい印象を与える顔を持つ王は、その印象のままになかなかに冷徹な君主である。

「よくぞ来てくれた、青騎士・譲葉。」

 言葉だけ見れば彼女…譲葉を労っているのだが、その口調にはそうとは感じられない冷たさを秘めている。

「この度はどのようなご用向きでしょう、陛下。」

 譲葉が問うと、王は僅かに片方の口の端を持ち上げほんの少しだけの笑みを浮かべる。

「そなたの優秀な噂、我が耳にまで届いている。従ってそなたに勅命を与えることとした。」

 その言葉に譲葉は少なからず耳を疑った。「勅命」を与えられるのは青騎士にとっては大変栄誉な事である。騎士団としての集団訓練から切り離され、命を受けた悪魔の討伐に努める。それは騎士として王から認められた証に他ならない。

「私でよろしいのでしょうか?」

 しかし譲葉はほんの一年前学院を卒業したばかりで、青騎士としてはまだまだ新米にすぎない。確かに自らの身体能力に驕ることなく、誰にも負けないだけの努力を積んでここまで来たのではあるが、いきなり勅命を与えてもらってもいいのだろうか。

「構わぬ。そなたの才と努力、どちらも大いに評価すべき物だ。」

 王は相変わらず冷たい口調ではあるものの、その言葉は間違いなく褒め言葉である。

「ありがたきお言葉、いたみいります。」

 思わず頬を僅かに紅潮させながら譲葉は頭を下げた。その様子に王は小さく頷く。

「そなたには明日より『悪魔の森の悪魔』を討伐対象としてもらう。」

「悪魔の森の…!?」

 続いた言葉に譲葉は今度こそ唖然とした。

 『悪魔の森』には、人間を襲う悪魔が住んでいる。人界の者は子供のうちに必ずそう教えられ、悪魔の森には立ち入らないようにと厳しく躾けられる。実在する存在なのか、それとも躾のために騙られる存在なのか、その真偽は知られていない。無論、譲葉とて悪魔の森に立ち入ったことは一度もない。

「とある者たちから、かの森で悪魔に遭遇したと報告を受けた。そなたであれば討伐できるだろう。期待している。」

 驚愕覚めやらず、続く言葉を出せずにいた譲葉に王は短くそう告げると、玉座を立ち上がりその裏手にある扉へ向かった。

「はっ!必ずや立派に務めを果たさせていただきます!」

 慌てて王の背にそう答えると、足を止めた王はちらりと譲葉を振り返り小さく頷くと、今度こそ扉の向こうへ姿を消した。


 『悪魔』。それは譲葉にとって憎むべき敵である。だからこそ自らが「青騎士」になれる素質を持っていることが嬉しかったし、誰より強くなり「青の至宝」を持つことを望んで、そうなるべく努力もしてきたつもりだ。

 それらが今、実を結び晴れて「勅命」までを得られたのは、まるで夢のよう。しかし決してここがゴールではないことを忘れてはならない。ここからこそがスタートなのだ。

 腰に帯びた愛剣に軽く触れ、その決意を固めてから譲葉はぐるりと辺りを見回した。

 生まれて初めて足を踏み入れた「悪魔の森」は、話で聞くようなおどろおどろしい場所では全くなかったことに正直拍子抜けした。やや緊張しつつ森に踏み入り進み始めてからそれなりの時間が経過したが、どこまで歩いてみても木々の梢から差し込む陽光は穏やかで、そこかしこから小鳥の鳴き声がする。

「悪魔の森なんて言って、本当はこんなに平和だったの…?」

 思わず足を止め、ぽつりと呟くがもちろん何処からも返事は無い。ただただ木の葉ずれの音だけが響いている。長閑過ぎるその光景に思わず気が緩みそうになるが、この森の何処かに悪魔が潜んでいるのは間違いないのだ。

 そう思い返して周囲の物音に注意を傾けて歩いていると、不意に進行方向から足音が聞こえた。一瞬驚いてから、出来るだけ物音を立てずに手近な木に身を隠し、そっと音源の方を覗き込む。

少しずつカサカサと草を踏みつける音が大きくなり、やがて木々の隙間に微かに見えた髪と目の色に譲葉は小さく息を呑んだ。こちらに向かってきているのはやや長めの黒髪に黄色の眼を持つ人影―すなわち悪魔だと。

 譲葉は一度視線を逸らし、自分を落ち着けるように大きく深呼吸をする。足音を頼りに彼我の距離が縮まるのを愛剣の柄に手を置いたままじっと待ち、一息でその距離が詰められるまで近付いた瞬間。愛剣を悪魔の喉元目掛けて音高く抜き放ちながら飛び出した。

「悪魔!覚悟なさい!」

「えっ?」

 譲葉が剣を突きつけた悪魔は、ぽかんとした表情で譲葉の事を見つめていた。


 しばしお互いがそのまま固まっていた。その硬直を溶いたのは悪魔が発した一言だった。

「あの、えっと…どういうこと…?」

 戸惑ったようなその声を聞くまでも無く、譲葉もまた驚きに固まっていた。悪魔の森の悪魔といえばもう何十年もの昔から噂され、それゆえにそれなりの年なのだろうと思っていたのだ。しかし今、譲葉が愛剣を突きつけている悪魔はどうみても譲葉と同じ年の頃の少年である。もちろん、相手が老齢だろうが子供だろうが悪魔は悪魔、それを討伐するための青騎士にして青の至宝。いかなる容姿であろうと切り伏せるのが譲葉の務めであり、長年の悲願である。

 だが、そこまで割り切って冷酷になれるほどの討伐経験は譲葉にはなかったのだ。

「…良かったら、その剣を下ろしてもらえるとありがたいんだけど…?」

 悪魔の少年が固まったままの譲葉に、いかにも少年らしい響きのある声でそう訴え、ようやく我に返った。

「黙れ、悪魔!」

 そう言い更に剣を突きつけると、少年の目に微かな悲しみの色がよぎったように見えた。

「悪魔…か。」

 少年はポツリと呟くように言って、やや俯いた。そんな様子に譲葉は困惑し、勢いが削がれた。するとふと妙な感じに気付く。

 譲葉も自らの手で悪魔を討伐したことこそ無いものの、何度かまみえたことはある。それらの悪魔たちは皆、秘めたる魔力のせいなのか相対するだけでゾッとするような独特の冷気のようなものを感じたものだ。

 しかし目の前の少年からはそういった空気は一切感じない。黒髪に黄色の眼という悪魔の身体的特徴は変えようも無いものの、魔力やそれに準ずる空気などは皆無である。それらが意味するところはつまり。

「…あんた、ハーフなの…?」

 思わず口に出すと、少年は剣を突きつけられた時よりよほど驚いたように目を瞠った。

「なんでそれを…。」

 少年の答えに思わず舌打ちをする。ハーフなら殺しても仕方ない。ギリッと奥歯を噛み締めてから荒っぽい動作で剣を鞘に収めると、少年はあからさまにほっとしたように息をついた。

「ありがとう。」

 続く少年の言葉に、譲葉の苛立ちが募る。

「何を呑気にお礼なんか言ってるの?自分を殺そうとした相手に。」

 しかし少年は曖昧な笑みを見せただけだった。

「ハーフなんかじゃ意味無いの。悪魔はどこ?この森にいるんでしょう?」

 譲葉が苛立ちのままに尋ねると、少年は不安げに眉を寄せた。

「アライズ様に何するつもり…?」

「アライズ?それが悪魔の名前なの?青騎士が悪魔を探す理由なんて一つでしょ。」

 しかし少年には理由が分からないようで、難しい表情のまま譲葉を真っ直ぐ見つめ続ける。

「決まってるでしょ、…殺すの。」

 悪魔に対するありったけの憎しみを込めてそう告げ、先程少年に向けた愛剣を示す。すると少年はたちまち目を丸くし、怒りと驚きが入り混じった表情に変わった。

「殺す!?ダメだ、そんなの!」

「何がダメなのよ。悪魔なんて死んで当然でしょ。」

「そんなわけない!」

 自分に剣を向けられてさえヘラヘラとしていた少年が、何故悪魔を殺すと言っただけでこんなにも感情的になっているのか、正直譲葉は戸惑った。

「悪魔だからなんていう理由で蔑んだり殺したりなんかしていいわけない!」

 戸惑いのまま譲葉が言葉を捜していると、少年はなおも続ける。

「どんな理由であってもアライズ様を殺すなんてさせない!」

「あ…、あんたが何を言おうと悪魔は殺す、それだけよ。それだけの為に此処まで来たんだから!」

 少年の勢いにやや押されながらも、譲葉も自分の信念を、憎しみを貫くべく語気を強めて言う。すると少年の怒り顔にどこか泣きそうな色が混ざる。

「何でそこまで悪魔を嫌うの…?」

 その問い掛けに譲葉はぷいっと視線を外した。

「あんたには関係ないことでしょ。」

 その一言で二人の間に気まずい沈黙が流れる。しばしの無言のち、やがて譲葉は小さく溜め息をついた。

「…いいわ。もともと今日は様子見だけのつもりだったし、あんたに免じて引いてあげる。」

 それだけ言うと譲葉は少年に背を向け、来た道を戻り始めた。少年が何か言おうと息を吸う気配を感じたが、結局何も紡がれることは無かった。


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