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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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そこもまた帰る場所


「ついにこの日が来たんだね…。」

 璃琉と譲葉は青騎士の寄宿舎を見上げて感慨深げに呟いた。二人の足元には多くの荷物が積まれている。

人界と魔界が和平を結んだのが数か月前。それぞれが和平によって大きく体制を変えつつある中、ついに今日青騎士が解隊される日を迎えた。

 二人が腰に帯びていた愛剣と身に纏っていた青騎士の正装も、昨日王へと奉還された。二人が来ているのは私服であり、今まで生活してきた青騎士の寄宿舎も今日出ることになる。

 和平によって青騎士は仕事をなくしたことになり、最初は和平への反発も大きかったが、本人たちが望む新しい仕事へと就けるよう国が惜しみなく手を貸してくれたこともあり、既に多くの青騎士たちが新たな未来に向かって寄宿舎を出て行った。璃琉と譲葉を含むほんの数人は寄宿舎での生活を続けてきたが、今日をもって寄宿舎も閉鎖し青騎士は正式な解隊を迎えたのだ。

 最後まで残っていた数人とも先ほど挨拶を済ませ、二人がここを出る最後の青騎士となった。二人が向かう先は決まっている。

「…行こうか、璃琉。」

 譲葉が声を掛けると璃琉も寄宿舎から門の方へと視線を動かした。

「…うん。」

 言葉少なに応じ、二人は並んで門を出た。時間はまだ早朝だが、何分荷物の量が多い。目的地へ着くまでには大分時間が掛かることだろう。

「先に孤児院へ寄って行ってもいいかな?日向にちゃんと挨拶したいんだ。」

 荷物を引っ張りながら歩く璃琉が問うと、譲葉が頷く。

「そういえば、青騎士になってから一度も帰ってないんだっけ?」

「うん、青騎士になった私が帰ったら、みんな複雑な気持ちになるかなって思って…。」

 あの孤児院には多くの悪魔やハーフがいる。どんな理由、どんな成り行きであろうと、その孤児院出身者が悪魔を討伐する青騎士になったと見せつけられたら、いい気はしないだろうとあの日以来一度も足を運ぶことはなかった。

「きっとみんな、喜ぶよ。」

 譲葉が穏やかな表情で言う。それは璃琉の中に今もある不安をそっと溶かすためのものだと直ぐに気付く。青騎士になったからと言って、璃琉を邪険にしたりはしないと。

「そうかな…、そうだといいな。」

 優しい朝日の中、璃琉はその瞬間を思い浮かべて小さく微笑んだ。


 その懐かしい建物が見えてくると、風に交じって庭で遊ぶ子供たちの声も時折届いてくる。懐かしさと不安が同時に胸を締め付ける。本当に拒まれたりしないだろうか。ここはあの日のまま変わらないと信じていいのか。

 自然と歩調が重くなっていた璃琉の背を、譲葉が軽く押した。驚き、璃琉がそちらを見ると譲葉は朝と同じ穏やかな笑みを浮かべている。

「大丈夫だから、ね?」

 その優しさを受け止め、璃琉は言葉なく頷くと再び視線を孤児院に向け歩き出した。程なく向かってくる二人に気付いた子供たちがざわつきだす。譲葉だー!という歓喜の中に、あれ誰?という疑問の声が入り混じる。出てから何年も経っているのだ、新しい子もいれば当時小さかった子達は璃琉のことは忘れてしまっているだろう。

 そんな幼児たちのざわめきに、年嵩の子供たちもこちらに気付く。すると。

「璃琉姉…?璃琉姉だ!」

 そんな声とともに一目散に駆けてくる人影、こげ茶色の髪を持つ少年。

「え…?」

 璃琉が誰だか気付くより先に、駆けてきた少年は勢いそのままに抱き着いてきた。

「璃琉姉、ごめんっ!俺のせいであんな事になって…、ごめんなさい!」

 その姿が記憶の中にある、こげ茶色の髪のやんちゃな少年と重なる。

「陽…?」

 小さかった身長もいつの間にか伸び、璃琉より大きい。声も低くなり、立派に成長したその姿にあの頃の幼さはほとんどない。それでも変わらない髪の色と目の輝きだけはあの頃のままの姿と重なる。

陽は璃琉の問い掛けに大きく頷く。申し訳なさと後悔の混じった眼を、しかし幼いころよく拗ねて逸らしていたが、今は真っ直ぐに見つめてくる。そんな変わったところ、変わらないところ、全てが懐かしくて思わず笑みが浮かんだ。

「陽、無事でよかった。ちゃんと帰れたんだね。私は大丈夫だったよ。」

 そう言ってあの頃と同じようにその頭をよしよしと撫でる。最も陽の方が幾分、身長が高くなってしまったので、少々背伸びが必要だったが。

「こんなにいつまでも気にしてなくていいのに。あれからは懲りて悪いことはしてない?」

 俯く陽の顔を覗き込みながら悪戯っぽく問い掛けると、その答えは予想外の方向から返ってきた。

「してないよ。急に人が変わったみたいにいい子になってさ。」

 陽の背後から聞こえてきた声に、璃琉と陽が同時に視線を向ける。

「燈夜!余分なこと言わなくていいんだよ!」

 こちらへ歩いてきた燈夜はやはり、陽同様に立派に成長しており、一見しただけでは誰だか分からない。

「お帰り、璃琉姉。」

 優し気に微笑んで迎える表情には、どこか大人びた印象。しかし直ぐにその表情を曇らせ、頭を下げた。

「あの日、助けられなくてごめん。」

 そんな燈夜の様子に、陽も再びごめんなさいっと言いながら頭を下げた。二人が並んで頭を下げる光景に、璃琉は呆気にとられる。

「え…ちょ、いいって二人とも!そんなに気にしないで。色んな事があったけど、悪いことばっかりじゃなかったし、私は大丈夫だから。ね?」

 しかし頭を上げない二人に、璃琉は少々実力行使に出ることにした。

「ほら、もういいから頭上げなさい!」

 二人の額を掴むと、そのまま強引に顔を上げさせる。女子と言えど青騎士として訓練を積んだ璃琉の力と突然の出来事に、男子二人はされるがまま上半身を起こした。

「そんなにいつまでもペコペコしない!もういいんだから。ほら、子供たちもこっち気にして出て来ちゃうよ。」

 璃琉の言葉に二人が振り返ると、庭で遊んでいたはずの子供たちは門の辺りに重なり合うようにしてこちらを見ていた。

「はい、行った行った!」

 そう言って二人の大きくなった背中をポンと押す。二人は押された勢いのままに門へ向かって行った。そんな二人の背中に璃琉が安堵のため息と温かい視線を送る。

「あの二人、ずっと気にしてたみたいよ。」

 いつの間にか璃琉の隣に並んでいた譲葉が言う。

「璃琉が連れていかれてから、ずーっと。一生懸命みんなの面倒見たりしてさ。私が初めて来た時にはもう十分いい子だったよ。」

「まったく…しょうがない子たちだなぁ。」

 そう呟く璃琉は何処か嬉しそうに子供たちを連れて家へ向かう二人の姿を見ている。燈夜がくるりとこちらを振り返った。

「璃琉姉も譲葉も早く!寄って行くんだろ?」

 璃琉と譲葉は顔を見合わせて小さく笑いあった。

「うんっ。」


「日向、お客さん!」

 先に中へと走って行った子供達が叫んでいる声が聞こえてくる。

「えー、お客さん?誰?」

 開けっ放しにされた玄関から懐かしい声が聞こえる。続いて足音。

「はーい、どなた?」

 玄関から顔を覗かせた日向は、璃琉の姿を捉えるとそのまま固まった。璃琉も数年ぶりの再会に何と言ったらいいのか分からず、困ったように頬を掻く。そんな二人の様子を自分の手柄でもないのに、何故か得意げな表情で見つめている燈夜と陽、それに譲葉。

「えっと…、あの、ご無沙汰しておりました…。」

 とりあえず何か言わねばと、璃琉は堅苦しい挨拶を述べる。

「璃琉…!」

 日向は小さく呟くと、そのまま璃琉に飛びついた。

「わ、日向っ…!」

 急なことにたたらを踏みつつも何とか倒れこむことなく、受け止める。

「ごめん、こんな事になって。」

 今日何度目とも知れぬ謝罪に璃琉は苦笑するしかない。

「大丈夫だから、皆して謝らないでよ。私こそごめん。ずっと顔も出さないで…、その、青騎士になった姿で現れたら、嫌な思いさせるかもって…。」

 気まずそうに言う璃琉の頭を日向はぐりぐりと撫でる。

「そんな事、誰も気にしないからちゃんと帰ってきなさい。音沙汰ない方がよっぽど心配したよ。」

 その言葉に胸が温かくなる。ここも璃琉の帰る場所、家の一つなのだと実感して。

「…ただいま、日向。」

 日向の目を見つめて照れくさそうに告げる。すると今度は優しく温かく抱き締められた。

「うん、おかえり。璃琉。」


 そこから先は盛り上がった。璃琉の事を覚えている子供たちは皆一様に成長していて、その成長ぶりに驚いたり感動したり。代わる代わる現れて再会を喜び合った。その後、日向の実子達も交えてこれまでの話に花が咲く。訪れる前に感じていた不安など、ここには微塵も存在していなかった。

「璃琉姉、ちょっといい?」

 もう何時間話し込んでいたのか分からないほど時間が経った頃、部屋の入口から呼んだのは燈夜だった。

「うん。どうしたの?」

 璃琉が問い掛けると、燈夜はこっちとでも言うように目で示して歩いて行ってしまう。不思議に思いながらも席を立って後を追う。そんな二人の様子を特に気にしてもいないようで、日向たちは譲葉と契架の馴れ初めを冷やかして盛り上がっていた。

 廊下へ出ると、玄関から外に出る燈夜の背中が見え、小走りで璃琉も外に出た。

「わぁ、もうこんな時間になってたんだ。」

 外は日が傾き始めていた。大分お喋りに夢中になっていたらしい。

「なぁに?私に話?」

 庭へと歩いていく燈夜の背に声を掛けると、ようやく足が止まる。璃琉もすぐ隣に駆け寄ると大きく伸びをした。

「こんな風に帰ってこれて、よかったぁ。」

 幸せを噛み締めるように言うと、燈夜が璃琉に向き直る。

「璃琉姉、変わったね。」

「え?」

「何か、前より良くなった。前から可愛いと思ってたけど、何処か危うい感じもしてた。大切な物が欠けちゃって、でもそれに自分でも気付いてないような。だけど今は芯がしっかりして儚い感じがなくなったっていうか…綺麗になったよ。」

「は…?ど…どうしたの、燈夜?」

 余りにも思いがけない言葉の羅列に、何を言われているのかピンとこない。しかし燈夜の目の輝きは真剣そのもので、真っ直ぐに璃琉を見つめている。

「あの時、自分が守られる側だったことが悔しかった。助けられなかったこと、本当に後悔した。だから今度璃琉姉に会うまでに頼れる男になろうって思って、ずっと俺なりに努力してきた…つもり。今の璃琉姉の目に、少しでもそんな風に映ってれば嬉しいんだけど。」

 はにかんだように笑う燈夜に、小さい頃の面影が重なる。

「燈夜はすごく立派になったと思うよ。さっきから見てても、小さい子たちのお世話とかもちゃんとしてるし、日向も頼りにしてるみたいだったよ。それに大きくなったしねぇ、ホントびっくりした。」

 璃琉の言葉にくすぐったそうに笑う。

「ありがとう。璃琉姉にそう言ってもらえるのが一番嬉しい。…だから、聞いてほしい。」

 再び燈夜の表情が引き締まる。

「俺、璃琉姉が好きだ。ずっとずっと小さい頃から好きだった。俺と付き合ってほしい。」

 燈夜の真剣な表情を夕日が照らす。

「…え?」

 あまりに予想外の言葉に、一瞬ポカンとなる。

「…好き、燈夜が。私を。」

 璃琉が呟くと、燈夜は頷く。しばらくの沈黙の後、璃琉がふふっと笑い出した。

「ふふ…あはは。あー、そうかぁ。そんなこともあるのかぁ…。考えても見なかったなぁ。」

「…璃琉姉?」

 唐突に笑い出した璃琉に、燈夜が怪訝そうに声を掛ける。

「あはは…、ごめんね。燈夜の事を馬鹿にして笑ってるんじゃないんだよ。ちょっと、あまりにも思っても見なかったから。」

「何を?」

「私に思いを寄せる人がいるなんて事。」

 璃琉は尚も笑っているが、その笑顔が嬉しそうなのと本当に馬鹿にしているわけではないのだと伝わってくるので、燈夜も文句を言う気にはならず、困ったような表情で璃琉を見つめる。

「あー、そっかぁ…。そういう事もあるんだ。私、自分の感情で手一杯だったんだなぁ。」

 璃琉が目尻に浮かんだ涙をそっと拭きながら、しみじみと呟いた。

「璃琉姉、落ち着いた?」

 ようやく笑いを収めた璃琉に燈夜が尋ねる。うんと頷きながら、璃琉は改めて燈夜に向き直った。

「ありがとう、燈夜。私の事をそんな風に思っていてくれたなんて驚いたけど、すごく嬉しい。…でも、ごめんね。」

 燈夜はその答えを半ば予感していたのか、少し寂しそうな笑みを浮かべるだけだった。

「私はずっと小さい頃から、たった一人の人を思い続けてきた。一度忘れてしまったけど、それでも取り戻した後はそれまでと変わらなかった。…ずっとずっと好きな人がいるの。」

「アライズさん?」

 真剣に告げる璃琉の言葉を受けても、燈夜の表情は変わらない。

「知ってるの?」

 もう長い事、アライズはここを訪れてはいないと聞いていたので、てっきり知らないものだと思っていた。

「璃琉姉が小さい頃、一緒に来たことがあっただろ。あの時にこの子はあの人が好きなのかなと思った。」

「え、何で、そんな…。」

 初めてアライズに連れられてここに来た日の事を言っているのだろうとは直ぐに察しがついたが、その時に既にアライズへの気持ちに気付かれていたのかとか、そもそもそんな小さな時の事を覚えているのかとか、燈夜の一言には色んな驚きが含まれていた。

「璃琉姉を初めて見たあの時、一目惚れしたんだ。」

「は……、えぇー!?」

 燈夜は穏やかな表所のままだが、璃琉は驚きでいっぱいだった。

「でもやっぱり駄目だったかぁ。…まぁ、そんな気はしてたけどね。それでも一度はちゃんと伝えとかないと、いつまでも踏ん切りがつかないからさ。」

 夕日の中、淡く微笑む燈夜に璃琉の心がちくりと痛む。そんなに長い間思っていてくれてたのに、こんな簡単に断ってしまうなんて。

「…ごめん、ね。」

 俯いて謝る璃琉に、燈夜は苦笑する。

「謝らなくていいよ。誰が悪いわけでもないし。」

 燈夜の淡い微笑みは大人っぽく、自分より年上なんじゃないかとさえ錯覚させた。

「それで?璃琉姉の思いは、ようやく届きそう?」

 穏やかに問われ、璃琉は小さく頷いた。

「たぶん。」

 絶対とは言えない不安が確かに存在する。両思いであることに疑いはない。だが記憶を取り戻して思いを伝えた後も、和平の会談の後も、思いは届いたのに会えない日々が続く。もちろん状況と立場のせいだとは分かってはいるが、ただ待つだけの時間に自ずと不安に飲み込まれそうになるのだ。

 それでも思い続けるのだと決めたのは他ならぬ自分だから。

「そっか、頑張りなよ。きっと届くから。」

 燈夜が優しい笑みとともに璃琉の頭にポンッと手を乗せる。いつの間にか璃琉より大分大きくなったその手から感じる温かさは、この場を照らす夕日の温度と同じだった。


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