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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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その事実がもたらすもの


 王から全国民に発表がある、という連絡は瞬く間に人界中に広まり、それを直接聞こうと数多くの国民が城下街へ集まってきた。王が発表を行う城にはこれでもかというほど人が詰め掛け、入りきらなかった人々も直ぐに知りたいというように城から城下へと隙間なく押しかけている。

 そんな中、予定時刻ぴったりに王が民衆の前へ現れると、口々に歓声や王を崇める声が響き、程なく王の言葉を待つために誰もが口をつぐんだ。

「この度、諸君らには喜ばしい報告があり集まってもらった。」

 いつも通り、威厳たっぷりに王が口を開く。

 青騎士である譲葉は、その特権を生かし最前列で聞くことが出来た。周囲を見渡すと、同じ様に青騎士や国の重要ポストな人物たちがほとんどを占めている。そのくらい今日の発表内容は極秘裏にされていたのだ。内容を事前に知っている者がほとんどいないほどに。

「こちらへ。」

 王が城内に繋がっている背後の出入り口へ振り向き、誰かにそう告げると中から一人の人物が現れる。小柄で華奢な体付きに長い黒髪。派手ではないが高貴な雰囲気を纏うドレスに身を包んだ青眼の少女。

「璃琉っ!?」

 思わず譲葉が声を上げるが、周りもいきなり現れた少女の姿にざわついており、譲葉の声などざわつきの一角に過ぎなかった。

「静まれ。」

 王の言葉を受け一斉にざわつきが止み、誰もが次の言葉を待つ妙な緊張感が漂う。

「この者の名は、璃琉・ファーナ。我が実の娘だ。」

 その瞬間、この世からあらゆる音声が消えたような静寂が訪れる。そして次の瞬間には先刻のざわつきなどささやきに匹敵するほどの絶叫がそこ此処に響き渡った。

「ひょんなことから私もつい最近まで存在を知らずにいたが、この度しかるべき検査において正式に私との親子関係が証明された。」

 絶叫が収まるまで大分時間を要したが、ある程度静まったところで王は続けた。

「今この時を持って、璃琉を我が娘として扱う。異論は許さない。」

 王の言葉を受け、人々は口々に「璃琉様」だの「姫様」だのと声を上げる。だれも異を唱える者などいない歓喜の声だった。

 それもそのはず、王はまだ若々しいとは言えどとっくに子供がいて不思議ではないくらいには年もいっている。だが子供はおろか、妻すらいない現状において、密かに国民は世継ぎがいない事を心配に思っていたのだ。そこに突如として現れた王女の存在は大きい。

 しかし譲葉にとってはそれどころではない。璃琉が養成学院に入学した時以上の驚愕に見舞われていた。この場からでは璃琉の表情までは窺えない。だが、璃琉にとっても予想を遙かに超えた状況であるはずだ。

 とりあえず、アライズと契架に伝えねば。そう思うと譲葉は人波を掻き分けて森に向かいだした。



「大変よっ!」

 いつぞやと同じ台詞、同じ荒っぽさで広間の扉を開け放つ。今度は扉からは少し離れた場所にいたが、それでも契架がギョッとしてこちらを見た。だが、やはりと言うべきかいつもの窓辺に座るアライズは、今回も僅かにその目を細めただけだった。

「ど、どうしたの?譲葉。」

 契架がやはりいつぞやと同じ問い掛けをしてくるが、今回ばかりはそのくらいじゃ譲葉の動揺は収まらない。

「大変なのよ!」

 慌しいトーンのまま重ねて言うと、契架が困ったような顔をし、アライズもどこか鋭い視線を向けてくる

「璃琉が国王様の娘だったの!」

 同じ事を告げられた民衆の反応と同じく、場の空気が一瞬にして凍る。しばし固まったままの空気を破いたのは、今回も契架の声だった。

「えぇーっ!?何でそんな、王の娘って、どういう事!だって、リルは森の中に捨てられてて…っ!」

「私だって訳分かんないわよ!でも王が国民を集めて、検査で判明したからって…!」

「落ち着け。」

 我を忘れる勢いで動揺する契架と譲葉に、アライズの冷たい声と共に飛んできた小さな光の玉が、二人の間の空間でボンッと弾けた。一瞬、目が眩む閃光を放った後、二人の周囲には白い煙が漂う。

「「わあっ!」」

 二人は光に妙な声を上げ、次いで漂う煙でケホケホと小さくむせる。アライズが術で小さな閃光弾を飛ばしてきたのだと二人が理解するころには煙も収まり、アライズが小さく溜め息をついた。

「お前たちが此処で騒いでも仕方なかろう。」

 その冷たくさえ聞こえる冷静な声に、ようやく二人も落ち着きを取り戻した。

「でも、リルは森に捨てられていたんだよ?それなのに王の娘って…。」

「私もその話は聞いた。だけど、王自身が国民の前でそう言うんだから、嘘なんかじゃないはずよ。」

 二人は顔を見合わせて、そのまま各々考え込む。

「…リルが人界国王の娘だと、王自身が明言したんだな?」

 その時、不意にアライズが尋ねてきて、譲葉は顔をそちらに向けた。アライズの視線は鋭いくらい真っ直ぐに譲葉に向けられている。

「えぇ、そう。」

 するとアライズは納得したように二、三度頷く。

「それならば、もしかすると…。」

 そのまま何事かを考え込むアライズに、契架が怪訝そうに声をかける。

「アライズ様…?如何されました?」

 しかしアライズは答えず座っていた窓辺からするりと降りると、意を決したように顔を上げた。

「契架。」

「は、はい!」

「我は少し出てくる。」

「へ?」

 契架がその予想外な言葉に思わず間抜けな声を上げる。しかしアライズは気にする様子もなく、直ぐにその場から転移してしまった。

 室内に巻き起こった風がふわりと契架たちの元へ届いたことで、ようやく契架がはっとする。

「え、あ…、アライズ様がお出掛けに…?外に出られるなんて、いつ以来だろう…!」

 感動する契架をよそに、譲葉は璃琉からも話を聞きに行かねばならないなと考えていた。


 アライズが転移した先は、いつもセルリアとの連絡に使っていた森の中の少し開けたスペースだった。久々の森の空気に深呼吸をし少しばかり複雑な笑みを浮かべると、術を発動すべく意識を研ぎ澄ます。

 いつも通り詠唱はしないが、それでも寸分違わず術が展開する感覚がアライズを包む。アライズの身体を中心にその場に大きい魔法陣が展開し、透き通った青い光が辺りに満ちる。そのまま一息に魔力を発動させると魔法陣が一際強く輝き、そして光に包まれた空間に現れたのはセルリアだった。

「これは…!?」

「セルリア。」

 何が起きたのか分からず混乱した様子のセルリアに、アライズが呼びかける。一瞬動きが止まり、そしてぎこちなく振り返ったセルリアは、アライズの姿をその目に映し驚きの表情を浮かべる。

「アライズ様…?」

「あぁ…、急に呼び出してすまないな。」

 アライズが発動させたのは、遠くにいる人物を呼び出す術。これはディスカナンに伝わる秘術の一つである。

 驚きの表情を浮かべ固まっていたセルリアだったが、アライズの言葉が少しずつ実感を持っていくと同時にその目には涙が浮かび出す。

「アライズ様…!まさか、また私を呼んでいただけるとは…、光栄の至りです…!」

 そんなセルリアの様子にアライズは自嘲的な笑みを浮かべ、何年も前に冷たくセルリアを突き放したときの事を思い出す。

「あの時はすまなかった。…こうして我の都合でお前を遠ざけたり、呼び出したり…我は勝手だな。」

「いいえっ、そんな事ありません!」

 アライズの言葉に、セルリアは首をぶんぶんと横に振る。そんな様子に苦笑を浮かべると、手を伸ばしセルリアの目の端に溜まった涙を軽く拭ってやる。

「セルリア。もし、お前がまだ我を主人だと思っていてくれるなら…頼みたい事がある。」

 アライズから告げられた言葉に、セルリアの目が零れ落ちそうなほどに見開かれる。

 アライズがセルリアに対して自分のことを「主人」だと言ってくれるのは、追放されたあの日以来初めての事だったからだ。セルリアは追放されてからはもちろん、突き放されたこの数年の間ですら自らの主人はアライズただ一人だとずっと思っていた。

 ディスカナンの当主も自らの主も、アライズ以外はありえないのだと。それはアライズがどれほど否定しようと、あの日共に魔界を出なかった自分への途方もない後悔から来る絶対の忠誠。

「もちろんです、アライズ様!」

 セルリアは立ち上がり、輝くような笑顔を見せる。

「この日をずっと待っておりました、我が主。」

 その言葉にアライズは苦笑を滲ませる。

「そうか。…ありがとう。では、これからお前にやってもらいたい事を指示する。」

 主から初めてとも言えるお礼の言葉をもらい、セルリアは嬉しそうに姿勢を正して指示を待つ。

「とりあえず、早急に他の七名家の現状を出来るだけ詳細に調べ、報告せよ。特にディストゥリクト家については、可能な限りで内情まで探れ。」

「ディストゥリクトですか?何故…?」

 確かにディストゥリクトはアライズの追放に印を押さなかった唯一の名家ではあるが、そのこと自体が今更関係しているとは考えにくい。問い返すセルリアに、アライズはほんの少しだけ不敵な笑みを見せた。

「それはだな…。」

 アライズの口から語られたそれは途方も無い計画。しかし成功すれば魔界も人界も大きく変わるであろう。しかしその為には軽く数年を要すと思われた。それでもアライズのやり遂げてみせる意志は確固たるものであった。


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