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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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青騎士養成学院と王


 譲葉は指定された席に腰を下ろすと、新入生たちを見渡した。今日は青騎士養成学院の入学式である。学院の入学式には毎年数人の青騎士が卒業生代表として、また新入生に目標としてもらう為に出席することになっている。そして今年は譲葉にも代表としての出席要請が来たのだ。初々しい引き締まった表情の後輩を見ていると、かつての自分を思い出し懐かしさがこみ上げてくる。

 きちんと整列した新入生たちの髪の色はそれぞれ異なるものの、その眼は皆一様に深い青をしている。そして今年からはそんな新入生の一角にはごく少数ではあるが黒髪に黄色い目の集団がある。いわずもがな、青騎士を志したハーフ達だ。強引な徴収は行っていないはずなので、彼らは自ら望んで悪魔に剣を向けることを選んだのだろう。

 それにしても青眼からなる騎士団だから「青騎士」と呼ばれているのに、黄色い目をしたハーフが入ったら「青騎士」とはもういえないのではないだろうか。すると何と言うのだろう、まさか青と黄色を混ぜて「緑騎士」とか…?

「それって、語感悪すぎ…。」

 譲葉は自身の仕様も無い考えに小さく突っ込みつつも、新入生を見ていると珍しい色合いを見つける。

 それはハーフの列ではなく青眼の列に並んでいるのに、長い黒髪を持つ少女だった。人間の黒髪だってもちろんいないわけではないが、なかなかに珍しい部類の色だと言える。

 人間なのに黒髪って、ちょっと珍しいな。そんな好奇心に押されながら、少女の顔をまじまじと見つめて、そして黒髪に気付いた事とは比べ物にならないほどの驚きが譲葉を襲う。

「璃琉っ!?」

 …と叫びそうになるのは、どうにか堪えたが内心はそれどころではない。

 何故、璃琉が養成学院にいるのか。あの孤児院にいる限りこんな事にはならないはずなのに。璃琉が自分の意志で青騎士を志すとは考えにくいから、役人にでも見つかって法的強制力で入れられたと考えるのが妥当だろうか。日向に事情を聞きに行かねば、いやアライズと契架への報告が先か…。

 動転した譲葉は、その後の入学式がどうだったかなんて何も覚えていなかった。


「大変よっ!」

 譲葉がいつになく乱暴に広間の扉を開け放つと、丁度扉の正面にいた契架がギョッとしてこちらを見ていた。いつもの窓辺に座るアライズは僅かにその目を細めただけだったが。

「ど、どうしたの?譲葉。今日は養成学院の入学式に出てたんじゃ…。」

 契架が譲葉の勢いに押されるような表情をしているのを見て、ようやく譲葉は少しばかり冷静さを取り戻す。

「えー…ごほん、大変なのよ。」

 先の失態を誤魔化すようにわざとらしい咳払いをしてから重ねて言うと、契架の表情がにわかに引き締まる。

「璃琉が養成学院の新入生として入ってきたの!」

 契架の表情が固まり、アライズの視線が譲葉へと向けられる。しばし固まった空気を破いたのは、契架の声だった。

「えぇーっ!?何でそんな、リルが養成学院って…青騎士になる学校に、リルが…っ!」

「「落ち着け。」」

 我を忘れる勢いで動揺する契架に、アライズの冷たい声と譲葉の遠慮の無いチョップが同時に飛ぶ。

「ふぎゅっ!」

 妙な声を上げ、チョップの飛んだ頭を押さえながら、ようやく止まった契架に譲葉は小さく溜め息をつく。

「あんたがそんなに慌ててもどうしようもないでしょ?」

 呆れたように言われ、契架は小さく頷いた。譲葉もまた自分以上に動揺した相手を見たせいか、ある程度の落ち着きを取り戻していた。

「とりあえず、どんな成り行きでそんな事になったのか、この後日向さんの所に行って聞いてくるわ。一先ず伝えに来ただけだから。」

 そこで譲葉はふと、アライズがあまり驚いていない事に気付く。もともと感情に薄い印象はあるものの、さすがにこの件に対しては驚愕するだろうと思っていたので、ついまじまじと見つめてしまう。

「アライズさんは、あまり驚かれないんですね…。」

 思わず声に出して言うと、契架もようやくその事に気付いたのか意外そうにアライズの方を向く。二人の視線を受け、口元に手を当て俯き何事かを考えていたであろうアライズは顔を上げる。

「…青眼である以上はそんな事もあるだろう。」

 それだけ言うと、再び先ほどの姿勢に戻ってしまう。まるでこれ以上話は無いとでも言うように。

 その反応に何となく拍子抜けした契架と譲葉は、思わず顔を見合わせた。


 譲葉はすぐにその足で孤児院に向かい、日向から事の顛末とアライズへの膨大な謝罪の言葉を聞き、再び館へ戻って聞いたままを二人に伝えた。契架は様々な反応を見せながら聞いていたが、アライズは日向からの謝罪の言葉ですら「あぁ」と呟いただけで終始表情に変化は無かった。

 帰り際、譲葉に「日向に、そんなに気にするなと伝えてくれ。」と言ったのが、アライズの唯一反応らしき反応だった。



 それ以降、譲葉は養成学院での璃琉の動向にも注意を払うようになった。従って必然的に学院へ顔を出す頻度が上がり、勅命まで持つ青騎士が熱心に学院の様子を見に来る姿勢が素晴らしいと高く評価されることになった。

 一方で、璃琉は優秀な成績を修め続けていた。それは在学中の譲葉に勝るとも劣らないほどの優秀さだったが、本人はさほど必死の努力をしているわけでも無いようで、元々のポテンシャルの高さを窺わせる。筆記試験では余裕の主席、実技試験でも類稀なる才能と評判は高く、その優秀な噂は学院を超えて広まりだしていた。


「後輩の育成に熱心だとは、素晴らしい事だな。」

 いつも通り学院の…というよりは璃琉の様子を見に来ていた譲葉は、不意に背後から声を掛けられ驚いて振り返ると、そこには更に驚くべき人物が立っていた。

「こ、国王様っ!?何故、このようなところにっ…!?」

 慌てて騎士礼を取りながら問うと、王はにやりと笑みを浮かべる。

「近頃、そなたが熱心に学院へ足を運んでいると耳にしてな。実に立派な事だと思い、褒め称える為にだ。」

 譲葉をからかうような口調だが、それでも譲葉は素直に頭を下げる。

「我らが王にそのようなお言葉を頂けるとは、至極光栄にございます。」

 王は満足げに頷くと、譲葉が見ていた実技演習へと視線を向ける。

「それと、何やら飛び抜けて優秀な生徒がいるという話ではないか。我が青騎士にそのような素養のある者が加わる事は望ましいからな。下見に来たのだ。」

 もちろん優秀な生徒とは、言わずもがな璃琉の事であろう。その噂が王の元まで届いているという事実で、どれほど有名な話なのかは想像に難くない。

「あちらの黒髪の少女が、噂の生徒であります。」

 しばし演習を見ていればわざわざ説明せずとも分かる事ではあろうが、譲葉は礼儀として璃琉を示す。

「黒髪?ハーフか?」

 示されるままに璃琉を見ながら王が問うが、譲葉は首を横に振る。

「いいえ、青眼でございます。」

「ほう…。」

 小さく呟くと、王はそのまま璃琉に見入る。譲葉も同じ様に璃琉へと視線を向けた。

 他の生徒たちとの実戦形式での演習だが、周りが勝ったり負けたりしつつある中、璃琉だけは決して負けることが無い。誰かを負かせば、次に手合わせしたい者が名乗り出るが、璃琉に敵う者はいない。確かに譲葉から見ても、その才能は素晴らしいと言わずにはおれまい。

 手合わせが一段落したのか、璃琉が練習用の剣を下ろして汗を拭う。伸びをしながら上を向いたので、譲葉と目が合い、その隣に並ぶ王に気付き、姿勢を正すとこちらに頭を下げた。

「…まさか…?」

 そんな様子をいつの間にか食い入るように見ていた王が不意に呟く。その声には驚愕が色濃く現れており、その目も驚きに見開かれている。

「どうかされましたか…?」

 譲葉が問うと、王はハッとしたように顔を上げる。

「いや…、私は戻る。至急、調べねばならないことが出来た。」

 そう言い残すと、王は譲葉の返事も待たずに足早に去って行く。譲葉は訳が分からず、王の背中と再び練習に戻った璃琉を交互に見ることしか出来なかった。


「璃琉・ファーナ。」

「はい?」

 教室の自分の席で本を読んでいた璃琉は、急に教師に呼ばれ怪訝そうに立ち上がる。休み時間で各々自由に過ごしていたクラスメイト達も何事かと璃琉の方へ視線を向けている。

「身なりを正して付いて来なさい。」

 いつになく硬い表情でそう言う教師の後ろに付いて廊下を進む。何事だろうかと首を捻るが、心当たりは無い。せいぜい思いつくのは数日前に「検査だ」と言われ採血だの何だのとされたので、その結果でも告げられるのだろうかという事だったが、それならば身なりを正す必要は無いだろう。そもそもあの検査が何の検査かさえ、璃琉は知らない。全員受けるのならまだしも受けさせられたのは璃琉だけだし、特に身体に不調があったわけでもない。

 教師の足は学院長室で止まった。さすがに璃琉が眉を寄せるが、教師はそれに気付くことなくドアをノックする。

「学院長。璃琉・ファーナを連れて参りました。」

「よい。入れ。」

 中から返事が来ると、教師はすぐに扉を開け璃琉にも入るように促す。学院長に呼び出されるような事に心当たりはないのだが、そう言うわけにもいかず、部屋の中へ足を踏み入れる。

「よく来た。それでは行こうか。」


 そのまま、相変わらず何の説明もされずに学院長へ引き渡された璃琉は、学院を出てあろう事か王城に連れて来られていた。さすがに訳が分からないにも程がある状況に璃琉の顔も引きつる。

「こちらで王がお待ちです。」

 扉の前に立つ衛兵が二人に向かって告げると、扉を開ける。

「王っ!?」

 予想の斜め上をぶっちぎる展開に思わず声を出してしまうと、衛兵に睨まれてしまい慌てて口を閉ざす。

学院長が璃琉を振り返り安心させるように小さく微笑むが、さすがにその程度で落ち着く事は不可能だった。

 王に呼ばれるなど、いよいよもって意味が分からない。一体なんなのだろうかと、妙な汗が背中を伝うが既に後に引けるわけもなく、学院長に続いて部屋の中に入った。

 ふかふかの絨毯に感動を覚える余裕もなく、顔を上げれば正面の玉座には王が堂々と座っていた。

「我らが王よ。ご指示に従い、璃琉・ファーナをお連れいたしました。」

 学院長が膝を付くのに合わせて、璃琉も頭を下げる。

「ご苦労だった、下がれ。」

「はっ。」

 王の言葉を受け、そそくさと学院長が出て行く。内心「待って!」と叫びたかったがそうもいかず、動揺する心を押さえつけながら、必死に学院で習った王への謁見の仕方を思い出そうとする。テストであればスラスラと出てくるはずの知識は、かつてない緊張状態の中においてはそうもいかない。

「顔を上げよ。」

 一人でも粗相の無いようにしないと、と焦る璃琉に王から言葉が投げられる。

「は、はいっ。」

 慌てて言われるがままに頭を上げると、王の視線が真っ直ぐ璃琉に向けられている。

「そなたの優秀な噂は、我が元まで届いている。」

「はい、ありがとうございますっ。」

 璃琉の動揺も王は意に介していないようで、しげしげと璃琉を見つめる視線に込められた感情が何なのか分からず、璃琉は身動きが取れなかった。

「そう緊張するな。…こちらまで来い。」

 クッと微かに笑いながら言われ、璃琉は立ち上がり玉座へ向かって進む。だが、来いと言われても玉座に近寄るのは無礼ではなかったっけ、でも来いと言ったのは王自身なのだから行かない方が無礼にあたるのか…とぐるぐるした思考が足を鈍らせる。それでも歩み続ければたいした距離でもないのだから、玉座の真下に辿り着いてしまう。足を止め、再び頭を下げようとした璃琉を手の動きで制すると、王は玉座を下り璃琉の元までやってきた。

 慣れた手つきで璃琉の顎を取り自分の方へ向ける。ありえない展開に璃琉の頭はパニックを通り越し、フリーズした。

「ほう…。」

 璃琉の顔を見つめたまま王が呟く。璃琉は停止した思考の中で、王の整った顔を見つめ返した。相応に年はいっているはずだが、それを感じさせない若々しい怜悧な美貌。見とれそうになる璃琉だったが、王の次の言葉が一気に意識を引き戻した。

「やはり、お前の母によく似ているな。」

「え…?」

 今、王は何と言ったのだろうか。母?璃琉の?何でそんな事を王が知っているのか。そもそも璃琉自身ですら自分の親など知らないのに。

 王は璃琉の顔から手を離すと、その青い眼を真っ直ぐ見つめて衝撃的な発言をした。

「お前の母は、私がかつて一目惚れをして連れてきたとある村娘だ。そしてお前の父は、この私だ。」


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