青眼であるということ
アライズがリルをつれてきたあの日から数年。
「あっれ…、陽がいない…。」
外で遊んでいた子供たちをおやつの時間と呼び戻した日向は、一人足りないことに気付く。
「陽は?」
最後に入ってきた子供に聞くが首を横に振る。すると既におやつを食べていた子供の一人が手を上げた。
「陽兄は冒険ごっこするとかって言って、森の外の方へ出て行ってるの見たぜ。」
「えぇー!?あの子はっ…!」
陽はこの孤児院でも一、二を争うお調子者でいつか何かをやらかすとは思っていたが…、などと思わず頭を抱えたくなるがそれどころではない。
「すぐ探しに行かないと!」
そう言うと日向はテキパキと自分の子供たちに子供の面倒や探しに行く先を振り分ける。もちろんそれだけじゃ足らないので、孤児院の子供たちからも年嵩な子を中心に二人一組で探しに行かせることにする。一人で行かせないのは余計な迷子を増やさない為である。
「日向、私も行くよ!」
「それじゃあ、璃琉は燈夜と探しに行って!」
立ち上がったのは長い黒髪と青い眼を持つ少女。
「うん!燈夜、行くよ。」
自分より少し年下の少年を連れて、璃琉はすぐに家を飛び出した。
「陽―!」
「陽、返事しろー!」
二人の声が響くが、返事はない。
「もう…、どこ行っちゃったのかなぁ…?」
璃琉が呟くが、燈夜も首を横に振る。その時だった。
「璃琉姉!あそこ!」
燈夜が少し先を指差して声を上げる。璃琉もそちらに視線を向けると、こげ茶色の髪の少年が見える。
「陽っ!」
二人はほぼ同時に駆け出す。こちらに気付いた陽が半泣きの表情に微かな安堵を浮かべた。
「璃琉姉っ…!」
陽が璃琉に飛びついて泣き出す。璃琉と燈夜は顔を見合わせてほっと息をついた。
「陽、お庭から出ちゃダメっていつも言われてるでしょう?」
璃琉が言うと、陽は顔を埋めたままうんうんと頷く。
「もう…、これに懲りたら勝手に外に出ない事。いいね?」
再び陽は大きく頷いた。
三人で孤児院に帰ろうとした時。璃琉は都市部の方からこちらに向かってくる人影に気付いた。まだこちらに気付いてはいなそうだが、気付かれればこんなところにいる子供を不審に思い、呼び止めるだろう。一人なら今から走って逃げ、隠れる事も可能だが、陽と燈夜も一緒では同じ策を取っても目立ってしまい気付かれずにいくとは思えない。その格好から人界の役人辺りだと推測した璃琉は小さく舌打つ。
「陽、燈夜。二人は森の方に隠れて。もし私に何かあったら、二人で帰って日向に伝えて。」
「璃琉姉…。」
もともと下がり気味の眉を更に不安げに下げて燈夜が情けない声を出す。
「しっかりして、燈夜。もう燈夜も十分お兄さんなんだから。ちゃんと陽を連れて帰るの。」
璃琉が燈夜の肩を掴み、しっかりと眼を見つめて言う。すると今にも泣きそうだった燈夜の表情が引き締まる。
「…うんっ。分かった。」
そう答えると燈夜は陽の手を引いて森の木立の中に姿を隠す。その背中を微笑みと共に見送ると、璃琉はこちらに向かってくる役人との距離をちらりと確認する。あの孤児院にはハーフや悪魔の子が沢山いる。役人に見つかるわけにはいかないのだ。自分だけで対処して、追い返さなければならない。
とは言えど、わざわざ待ち受けていても不自然だ。まだ距離はあるものの、相手は馬に乗っているから程なく追いつかれる。それでも何気ない風を装う為に、璃琉は二人を逃がした森とは反対に向かう街道に沿って歩き出す。こちらが先に気付けたので、二人を逃がした事は気付かれていないはず。背後から徐々に迫ってくる馬の足音に合わせるように璃琉の鼓動も大きくなる。
しかしこの時、璃琉は重大な事に気付いてなかった。いや、重大な事を知らなかったと言うべきか。
「そこのお嬢さん。このような人界の外れで何をしているんだ?」
馬を止め、背後から問いかける声に威圧感などは無い。しかしその瞬間、心臓が一際大きく跳ねたのは言うまでもない。璃琉も足を止め、覚悟を決めると役人の方へ振り返った。
「私のことですか?」
ごく自然にそう返した璃琉だったが、視線を合わせた途端に役人の目が驚愕に見開かれる。
「青眼…!?何故、青眼がこんなところに!」
だが璃琉には役人が驚いている意味が分からなかった。確かに自分の目は青だが、それがどうしたというのだろうか。
「青眼は全て青騎士養成学院に入るべし!その法に従わないとは何事か!」
「え…?青、騎士…?」
璃琉には役人の言葉の意味が分からない。だけど何処か思考の奥深くで何かが疼く。青騎士、その存在を自分は知っている…、いや聞いた事さえない…。二つの思考がせめぎ合う。それに気をとられていた璃琉は役人の手が璃琉を強く引っ張るまで気付かなかった。
「きゃっ!?」
馬から下りた役人に腕を引かれ、璃琉は声を上げる。しかし役人の態度は最初に声を掛けて来たときとは、既に一変していた。
「このまま連れて帰り、至急養成学院への入学を強制する。従わねば法に則った処罰を与える。」
冷たくそう言うと、璃琉を強引に馬の背に上げた。
「いやっ!ちょっ…、やめてください!」
璃琉が騒ぐが役人は止めるつもりは無いようで、自らも馬に跨ると素早く来た道を引き返す。蹄の音の中、璃琉を呼ぶ声が聞こえたような気がしたが答える事など出来なかった。
「日向っ!」
大急ぎで陽を連れて孤児院に帰った燈夜は、ドアを開けるやいなや中に向かって叫ぶ。
「燈夜!?陽は…!」
中から日向が慌てて飛び出してきて、燈夜の後ろで手を引かれている陽に気付きほっとした表情を浮かべる。
「陽!良かった…!」
陽は燈夜が掴んでいた腕が開放されると、へなへなとその場に座り込んでしまう。
「陽!?」
怪我でもしてるのかと慌てた日向だが、特に異常はない事を確認すると怪訝そうな表情に変わる。
「何でそんなに疲れてるのさ?」
「燈夜…、足、速すぎ…。」
切れ切れにそう言う陽に対して、燈夜は乱れた呼吸を整えてはいるものの陽とは異なりバテている様子は無い。
「燈夜、どうした?あれ、そういえば璃琉は…?」
そこでようやく燈夜と二人で行かせた璃琉の姿が何処にもないことに気付く。
「璃琉姉が…、璃琉姉が馬に乗った役人に連れてかれた!」
「青騎士養成学院…、と言ったんだね。」
燈夜の話を聞いて、日向が確認すると燈夜が頷く。森に隠れた二人だが璃琉が心配で、森の中から見つからないよう注意しながら様子を窺っていた。璃琉と同様に馬に乗った人物の格好から相手が役人だとまでは燈夜にも分かったが、こちらも璃琉と同様に役人の言葉の意味するところは分からなかった。助けに飛び出すべきかとも思ったが自分と陽で敵うとは到底思えず、璃琉の言い付け通り、陽と共に大急ぎで帰ってきたのだ。
「失態だ…、アライズ君に合わせる顔がない…、なんて言おう…。」
日向が頭を抱え込む。あの子が青眼である以上、都市部に住む人間に見つかればこうなる事は分かっていた。だが陽の失踪に慌てすぎて、そこまで考えが回らず璃琉を都市の方へ向かわせたのは失態以外の何物でもない。
璃琉は大事な預かり物であり、アライズのたった一人の姫ちゃん。それを日向が分かっているからこそ、アライズは璃琉を此処に預けてくれたのに、まさかこんな事になろうとは。己の甘さを痛感する以外に、出来ることはもう無かった。




