閑話 我のお姫様
リル、我のお姫様。
いつからだったろう、彼女の事をそんな風に思い始めたのは。
両親が死に、一人魔界を追放された。それでも人界で出会った大切な存在、空亜、晴人。しかし二人ともこの世を去り、我は再び一人になった。また置いて行かれた。そして思い知った。ここが人界であること、ここに暮らすのは人間であること。悪魔である我との決定的な寿命の差を。
晴人は子を残したが、その子たちでさえ我より先に老いていく。人界にいる限り、いつまで経っても置いていかれる側なのだと。
痛感した時、絶望した。どれほど大切に思う存在と出会っても、必ず失う定めなのだと。
そして死にたいと思った。人界でたった一人、悪魔として生きていく事は、我には耐えられなかった。だが悪魔である以上、死にたいからといって死ねるわけではない。寿命以外で死ぬには殺してもらうしかないのだ。
リルを拾ったのは、青眼だったからに他ならない。ハーフと青眼なら悪魔を…我を殺せる。とは言え、青眼は人間の子供だ。そう簡単に手に入れることは出来ない。
青騎士も「対悪魔」と狼煙を上げてはいるものの、わざわざこの森まで来て我を殺そうとする者は現れず。
いつ現れるとも知れぬ青騎士が殺してくれる日を待つより、この手でハーフか青眼を育てて殺してもらう。それが一番早いだろうと目を付け、手始めにハーフを拾ってきた。ハーフであれば、両親が救いの手を差し伸べていた事からも分かるように、人界の片隅で隠れ暮らしているであろう事が分かっていたからだ。
だが何の偶然かその後、青眼の少女を拾う。初めて君の目が我を捕らえた瞬間の衝撃は今でもはっきりと思い出せる。切望と後悔の入り混じった苦い感情がこみ上げた。
しかし同時に思ったのだ。これはきっと我に死ねと、運命が告げているのだと。
悪魔を殺せるたった二つの存在の、その両方を手に入れ共に暮らす日々。
少しずつ成長していく君と共に、少しずつ変化していく自分の感情。最初はただの道具程度にしか思っていなかったのに、君が笑うたび、我の名を呼ぶたびに、徐々に募る感情の名は「愛しさ」。
『アライズっ!』
その笑顔が眩しくて、どうしようもないくらい愛らしい。
本当はもう、ずっと以前から感じていた。それでも気付かない振りをしていただけだ。我はリルに殺される事など出来ないのだと。
もし、リルが我を殺す事を望むのであれば、それは喜んで殺されただろう。しかし間違いなく、リルはそれを望まない。望まない君に無理矢理我を殺すなんて経験はさせたくない。
「我」という存在が、君を傷つけるものにはなりたくない。リルに望むのはただ「幸せ」になってほしい、それだけなのだから。こんなにも情が移るなんて、君を拾ったあの日には思ってもみなかった。
出来る事なら、この手で君を幸せにしてやりたい。ありったけの愛情で包み、この世に存在する全ての幸せを与えてやりたい。この長い生涯でさえ、君が隣にいてくれるのならば辛くはないだろう。
だけど、それは我のエゴだ。そんなものをリルに押し付けたくは無い。我が悪魔でリルが人間である以上、その手を我が掴む事は叶わない。
だから、君を手放そう。
我から解放されて、悪魔の事なんか何もかも忘れて、ただ幸せになって欲しい。一人の、人間の少女として。
それが我が君の為に、君の幸せの為に出来る唯一の事だから。




