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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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引き起こした災禍


 魔界を追放され、中立域を彷徨いだしたアライズだったが、もちろん行く宛など無い。最初こそ叔父への怒りや叔父の嘘に乗せられ印を押した名家への腹立たしさが勝っていたが、時が経つにつれそれらもぼんやりとした感情になり、段々と何を思えばいいのか分からなくなっていた。

 人も悪魔もほとんどいない中立域で、ロクな食べ物もありはしない日々のなか、思考は徐々に靄が掛かったように不鮮明になり何をする事もなく何を思う事もなく、ただ時間だけが流れていった。

 時折通りかかる人間は何の反応も示さない悪魔がいるのをいい事に、暴力を振るった。殴られ、蹴られ、ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられても、アライズの感情一つ揺さぶりはしなかった。

 そんなある日、ふと耳に届いた足音に長らく不鮮明だった意識が僅かばかり引き戻された。こちらへ向かってきた者がどのような出で立ちだったかすら覚えてはいない。ただ強い意志の輝きを放つ青い眼だけは鮮明に記憶に焼きついている。

 そうしてアライズは全く抵抗することなく、青騎士によって捕らえられ「青の牢獄」へと入れられた。


 「青の牢獄」とは一般人には存在が伏せられているが、王城の地下にある施設で、青騎士が捕縛してきた悪魔を捕らえておく為のものだ。そこには悪魔の魔力を封じる力を持つ青の至宝が置かれており、それの影響で悪魔たちは魔力を行使する事が出来ないようになっていた。

 アライズが入れられた時、牢獄の中には既に何人もの悪魔がいたがその正確な人数や名前、人相などはまるで覚えていない。不鮮明な意識のまま放り込まれ、不鮮明な意識のままそこでも日々を過ごした。

 一日に一回、申し訳程度の食事が支給されるだけで、他には何も無い。中には人間への敵意や悪意を日々増長させる者もいたが、多くの悪魔はその扱いにこそ不満を抱きつつも、解放される事があるのならそれだけでいいと思うようだった。そもそもこの場所に捕らえられている悪魔と言う事は、追放された者に他ならない。どのような事情で追放されたかは知らないが、追放された者が魔界に対する執着を抱いているとも考えにくい。

 会話を交わす者同士もいたように思うが、アライズはただただ不鮮明な意識のままだった。もう魔界にも人界にも、そして悪魔にも人間にも何かを思う事が煩わしかった。怒りも憎しみも悲しみも虚しささえ、どうでもよかった。


 そんな日々をどれほど積み重ねたのか、ある日アライズの中の何かが爆発した。何か切っ掛けがあったとは思えない。ただ突然にその瞬間は訪れた。あまりにすべてが馬鹿らしくなったのかもしれない、不鮮明な 日々に鬱屈した感情が溜まったのかもしれない。ただ全てがどうでもよくなり、その中でたった一つの思考がアライズを占めた。

 「全て壊れろ」と。

 その瞬間、アライズはありったけの魔力を暴発させた。牢獄に置かれた青の至宝は普通の悪魔の魔力なら容易く封じ込める代物だったが、七名家の嫡男であるアライズの魔力は一般の悪魔とは比にもならないほど桁外れに強かった。意識の何処かでそれに気付いていたのだろう、自分の魔力であればここを壊せると。

暴発した魔力は青の至宝や牢獄はもちろんのこと城の一部さえも吹き飛ばし、もうもうと立ち込める土煙が収まった時には地下にいたはずのアライズたちの頭上には夜空が広がっていた。

 牢獄にいた悪魔たちはもちろん、城下町に暮らす人間や城の者たち、青騎士や王自身でさえ、すぐには何が起きたか分からなかった。しかしアライズがその背にある漆黒の翼を大きくはためかせると、ハッとしたように悪魔たちは三々五々飛び立った。中には歓喜の声を上げる悪魔もいたように思うし、人間たちの恐慌に満ちた悲鳴と青騎士たちの怒号が飛び交っていたと思う。しかしアライズはその全てに意識を向けることなく自身の翼を震わせ飛び去った。


 牢獄を破壊するのに暴発した魔力は、しかし収まる事を知らずアライズ自身も意図して抑えようとはしなかった。暴風のように荒れ狂った感情と凪いだ水面のように微動だにしない感情が混在し、何をどう捕らえたらいいのかさえ分からないまま、アライズは魔力を振るった。人がいる、街があるなんて事はどうでも良かった。空から荒れ狂った魔力の塊を地上へと振り落とす。大きな爆発が起きて街が村が壊され、人の命が消えていく。無感情な眼のまま幾らでも魔力の塊を地上へと振り落とすアライズは、まさに悪魔といったところか。

 当て所なく魔力で破壊の限りを尽くしていると、気付いたときには人界の外れに差し掛かっていた。しかし場所が何処かなど最初からどうでもよく、暴発する魔力をなすがままに放ち、飛び続けた。気が触れたように手当り次第に魔力を向け、しかしその結果には寸分の興味も示さず先へと飛ぶ。

 そうして魔力の暴発するに身を任せたままどれほどの時間が経ったのか、不意に意識が途切れるような、或いは鮮明になるような間隔と同時に体からあらゆる力が抜けた。魔力が完全に尽きたのだ、と悟ったときには既に空中を真っ逆さまに落下していた。ようやく激情も静まり周囲を見渡すと自分が魔力を落としたのであろう無数の大穴と、人界のそこ此処で起きている災禍が見える。

 城下町の辺りで起きている火事は、アライズが発した最初の爆発が発端となったものだろう。人界に点在する無数の街や村では大きな火の手が上がっている。夜の闇の中、それらは鮮明すぎるほど鮮やかに広がり、自らが引き起こした災禍は信じられないほどの犠牲を生んだ。眼下に広がる景色にも無数の破壊の痕跡があり、そして自分が落下していく先には広大な森が広がっていた。

 それら全てに対してのいかなる感情が生まれるより早く、アライズは意識を失った。


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