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リル・ファーナが愛した悪魔  作者: 瀬河 柊
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初めてのお出掛けと孤児院


 とりあえず少女…譲葉をを退かせることは出来たものの、説得することは恐らくできていないままに契架は館へ戻った。アライズに何か言われるかと思ったが一言「怪我は無いか」と聞かれただけで、事の顛末については全く問われなかった。ひょっとすると何かしらの術を用いて一部始終を見ていたのかもしれないが。

 それから数日経ったが、契架は少女の事が頭から離れなかった。

 悪魔に襲われて故郷と家族を失ったと言う譲葉。それが非常に悲しく残酷な事であることは契架にも分かる。彼女が青騎士になったのは言わばその復讐なのだろう。だがしかし、そんな悪魔ばかりではない…というより、そんな事をする悪魔は少数派だと思われる。でも譲葉にそんなことは関係ない。「悪魔」が全てを奪った。きっと譲葉はそう思っているから。かつて人間たちに迫害されていた自分が、全ての人間を恐怖の対象と思っていたのと同じ事なのだ。今はもちろん、そんな人間ばかりではないと知っているが、同じように譲葉に分かってもらうにはどうしたらいいのだろうか…。

 考えながらも掃除をしていた手は淀みなく動いていたようで、はっとした時には掃除は終わっていた。一旦思考を止め、掃除用具を片付けているとアライズがやってきた。

「リル、契架。出掛けるぞ。着いて来い。」

「え…?」

「おでかけ!?」

 椅子に座って足をブラブラさせていたリルの目が嬉しそうに輝く。アライズと共に出掛けるなんて、リルは初めてだからだ。契架でさえそんなことは片手の指の数以下の経験しか無い。アライズはいつだって一人で出掛けてしまうからだ。

「一体何処へ…、僕たちもお供していいのですか?」

 アライズの表情を窺いながら尋ねる。リルは椅子から飛び降り、うさぎのぬいぐるみを抱えてぴょんぴょんと喜び跳ね回っている。

「お前たちを連れて行くのが目的だ。」



 きゃっきゃとはしゃぎ回るリルと、彼女が何処かへ行ってしまわぬ様やきもきしながらその半歩後ろを歩く契架。そんな二人の様子に時折目を細めながらも何も言う事なく足を進めるアライズ。

「あそこだ。」

 森を抜け少し行ったところで視界の先に見えてきた白い壁の一軒家をアライズは示した。

「あれは…?」

 契架が首だけで振り返りアライズに問うが、答えはない。行ってみれば分かるという事だろうか。仕方なく小走りで駆けて行ったリルを追って契架も足を速めた。

「ここー?」

 建物を囲む柵の手前で足を止めリルが呼びかけると、追いついたアライズがリルをひょいと抱き上げた。

「そうだ。」

 短く答え、契架に着いて来るよう視線で示すと敷地の内側に足を踏み込む。広い庭と大きい一軒家ではあるが、三人の暮らす館と比べれば特筆だって取り立てるような要素は見当たらない普通な場所。

 アライズがノックをしようとすると、すかさずリルが「ぼくがやる!」と声を上げ力いっぱいにドアをノックする。

「はいよー?」

 中から威勢のいい女性の声がし、続いてバタバタと走る音。ガチャリとドアが開くと、中から日向が顔を覗かせた。

「おや、アライズ君!」

 そう言ってから、その腕の中のリルとアライズの後ろに立つ契架に気付き目を丸くする。

「んん…?姫ちゃんと契架君?」

 リルと契架を交互に見ながら、二人の事を呼ぶ。

「どうしたんだい?この子達を連れてくるなんて。」

 驚いてはいるものの決して否定的なところの無い声で尋ねると、アライズは肩をすくめた。

「色々あってな。」


 中に通され、リビングでソファに座っていると夏乃がいつも通り飲み物を運んできた。

「いらっしゃい。アライズさん、リルちゃん、契架君。」

 ニコリと笑って飲み物をテーブルに置くと、向かいのソファに腰を下ろす日向に話しかける。

「母さん、子供たちを外に出しておいたほうがいいのね?」

「そうだね、頼むよ。夏乃。」

 二人はその短いやり取りだけである程度の状況を察してくれたようで、夏乃は部屋を出ると子供たちを呼び集め庭へと連れ出した。ガチャリと戸の閉まる音がすると、室内は急激な静けさに満たされる。

「さて、と…。いきなり二人を連れてくるなんて驚いたよ。」

 日向はアライズに向けて言い、続いてリルと契架に笑顔を向ける。

「初めまして、姫ちゃん、契架君。私の名前は日向。此処は親のいない子供たちが暮らす孤児院で、私の母と私の四人の子供たちと一緒に暮らしてるんだ。」

「契架、です…、初めまして。」

 挨拶を返しつつも契架が戸惑っているのが伝わってくる。「ハーフ」あるいは「悪魔」だと罵られる可能性を感じずにはいられないのだろう。しかし日向はニコニコとした笑みを浮かべるだけで、侮蔑の言葉は一つも出てこない。

「…リル・ファーナ。」

 アライズに促されたリルが小さく呟く。こちらはただ単に人見知りといったところだろう。そもそもアライズたちと暮らし始めてから今日に至るまで、アライズと契架以外と接する事がほぼ皆無だったのだから当然とも言える。今もアライズの膝に座ったまま、警戒を解かない野良猫のような表情をしている。

 だが日向は気を悪くした風もなく、面白そうに二人とアライズを交互に見ている。そんな状況に何処と無く所在無さげに契架が視線を泳がせる。窓の向こう側からは子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきて、思わずそっちに混ざってしまいたいと思わなくも無い。

恨めしさすら感じそうになりながら、ほんの少しだけ視線を窓の外へ向ける。

「え…?」

 そして契架は思わず絶句した。

 庭を駆け回る子供たちの多くは契架やアライズと同じ黒髪に黄色の眼を持ち、中には背に翼を生やしている子もいる。時折混ざる、他の色合いの髪や眼の持ち主たちはもちろん人間である。それは目の前の日向や、窓の向こうに時折見える日向の子供たちであろう大人達も例外ない。しかし子供たちの大半は疑いようもなく悪魔かハーフであった。

「なんで、って顔だね。」

 思わず窓の向こうへ見入っていた契架に、正面から声が掛けられる。

 その声に慌てて視線を再び向かいの日向に戻すと、慈しむような優しい視線が窓の向こうに向けられていた。

「お察しの通り、此処にいる子供は悪魔もハーフも人間の子も様々だよ。でも私たちも、そしてあの子達もそんな事は誰一人気にしてないのさ。」

 そして日向の優しい視線は、そのままに契架にも向けられる。

「アライズ君が悪魔で、リルちゃんが人間で、契架君がハーフだ、なんて事、ここじゃ誰も気にしないんだよ。」

 日向の慈愛に満ちた視線がリルにも向けられると、話の内容が分かっているのかどうかは定かでは無かったが、リルの警戒心は解けたようだった。

「あ、そうだ。アライズ君、今度あの子達にも翼の消し方教えてやってね。」

 唐突に思い出したように日向が言うと、アライズは苦笑する。

「あぁ、分かった。」

 アライズが短く答え、契架はふと気が付いた。

「アライズ様はいつも翼を消してらっしゃるという事ですか?」

 するとアライズの顔には「今更?」というような色がありありと浮かんで、思わず聞くべきではなかったかと契架は内心焦った。

「そうだ。魔界ではわざわざ消す必要も無いから、そんな事を試みる者もいないが。」

 それはつまり「翼を消す方法」をアライズが編み出したと言う事だ。

「そっか…、翼を消すだけで見た目の悪魔っぽさが軽減されるから人界で暮らしやすい…って事ですか?」

「そうだ。晴人の提案でな。」

「晴人、って…?」

 アライズがごく自然に口にしたその名前は、しかしリルも契架も聞き覚えが無い。問い返されたアライズは僅かに視線を逸らす。

「私の父親だよ。」

 その様子を見て日向が代わりに答えた。

「この孤児院を作った人でもあるし、今アライズ君たちが住んでいる洋館の元々の持ち主でもある。」

 日向の言葉にアライズは少し暗い声で答えた。

「…人界に追放された我を拾った、物好きな人間だ。」

 アライズの目はふっと翳り、どこか遠くを見つめる。

「お前たちに知っておいてもらいたい。…人間と悪魔が共存できる可能性があるということを。」

 そう言って、アライズは静かな口調で語りだした。


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