聖者彷徨
白いローブの青年が訪れた小さな村には、流行病に罹った者が多く見られた。体が震え、歩けなくなるほど悪寒と発作のような咳込みが見られる。
そんな村の中でもまだ健康な人々は遠方に棲まう【治神】を訪ねては祈りを捧げていたが。
その祈りも虚しく感じる日々が続いていた。
そんなところに白いローブの青年がやってきた。
人の姿をしている彼が『なんだか病の臭いがしますね、診ましょうか』と尋ねる光景は、神々の棲まう地に住む人からみれば異様かもしれないが。
人々はもう奇妙なことをいう青年に縋りたいと思うくらいには、追い詰められていた。
病床で起きたことは、まさに神の奇跡に近いものがあった。
高熱に魘されていた娘が、意識を取り戻し母を抱きしめる姿も。
呼吸も絶え絶えになった老人が再び目を開き、青年の手を強く握りしめる光景も奇跡に見えただろう。
村人は口々に『次は自分の子を』『いや、私の妻が先だ』と青年の前で争ったが、彼はその人たちを宥めながらも全ての人々の病を診に回った。
青年が村を巡り終えた頃には夜がやってくる時間だった。既に病で亡くなった者以外は、青年が村人の病を完治させた。
村の入り口まで戻ってきたところで。村長である年老いた男が青年の手を強く握り、お礼を言っていた。
「なんて素晴らしい人だ、あなたはテラペ様の使いのようだ」
「え、えーと。そんなことはないのですが」
青年はその力から【治神】テラペの使いだと思われてしまったようだ。青年はその言葉をやんわりと否定して、放浪の旅人であることを明かした。
「旅人さま、ぜひ今宵はこちらで体を休めてください」
「すみません、お言葉だとは思いますが。病み上がりの皆さんの方がお休みになるべきだと思います」
青年は少し苦笑いをして、村長にそう言った。青年は元から見返りために人助けをしているわけではなく、困った人たちがいたから助けていただけだと伝える。
「そ、そんな。それではこちらの気が収まりません」
お礼を、と言っても青年は決して受け取らず。それどころか優しく微笑んで次のようなことを言い出した。
「それと一つ提案を。寝る前に『アケバナの花』を煎じて飲んでください」
旅人である彼は流行病に苦しむ地域とそうでない地域についても見てきたようで。その差が『アケバナの花』を煎じて飲む風習であったのだという。
「私が治しても、また流行病がやってきては大変だと思いますから」
青年の提案に村長は戸惑っていたが、彼は皆に別れを言って村を去っていった。
夜の闇に消えていく背中を見つめながら村長が呟いた。
「彼はああ言っていたが、きっとテペラ様の使いに違いない。我々の祈りが届いたのだろう。彼の言葉は神の言葉だ、すぐに『アケバナの花』を村でも育てよう」
この時代では人は無力であり、神に祈ることで救われる。
だからこそ彼が『普通の人間である』と説明をしたところで、特別な力を持つ彼は『神』かあるいは『神の使い』と考えられてしまうのだ。
それを青年はその身をもって知っていたのだった。
***
青年の髪は夜の闇に溶けるように黒く、目は星のように青く澄んでいた。容姿が浮いているのは周りの者たちの髪が金色のせいかもしれないが。
容姿以上に浮いていたのは、その力だろう。
人を癒す力を持ち、幼い頃からその才を活かしていた。
だが神を信仰する者からしてみれば、彼は異端であった。
彼は定住の地を捨て、旅人して世界を歩き続けている。異端である自分を受け入れてくれる場所を探しているのもそうだが、白い目で見られることを避けているためでもあった。
有難いと頭を下げられるのはまだ良いが、神の使いではないか、神が人の姿をして現れたのではないか……と言われるのは彼にとっては苦痛だった。
彼自身は神を信じているし、加護の下で生まれたことも理解はしているが。自分は人間であるし、神様の代理を名乗れるほど偉大な存在ではないと理解している。
それどころか、皆とあまりにも違うせいで世界から爪弾きにされた気分になる。
こんな日は『誰かを救えてよかった』と穏やかに思う気持ちになれるが。そのうちに『どうして自分はこんな風に生まれてしまったのだろう』と悩む気持ちに胸が苦しくなる。
もう寝た方がいい。
青年は森の大木の根元に体を預けて、静かに目を閉じた。