〈2〉プロローグ 毒入りの少女、その父親が隠してきたこと
少女が声無き悲鳴を上げていた頃。
王宮の一室にて、一人の男が椅子に腰深く掛けていた。部屋は昼間にも関わらず暗かった。
また、男の表情から後悔の念や申し訳なさそが感じられ、そういった心情が部屋の雰囲気を一層暗く感じさせていた。
その男の名は、アンドリュース=エヴァーグリッド。エヴァーグリッド王国の国王である。
国王は娘との最後のやりとりを思い出しては、もう何度目になるかわからない罪悪感に顔を歪めた。
ーーお父様、行ってきますね!
ーーああ。練習のとおりやれば、大丈夫。頑張ってきなさい。
そう言って、なんとか笑顔を作って送り出した。
愛娘は、いま地獄のような状況の只中だろう。そうなることをずっと分かっていて、詩の練習をさせてきた。
愛していた。娘の笑顔を苦痛に歪ませたくない。嘘偽りない本心だ。
それでも、ルールなのだ。やらねばならなかったのだ。
歴代の国王が己の経験を元に形作っていった法があり、そこに定められたことはその時代の国王が履行しなければならないこととなっている。内容の閲覧は国王のみに許されていて、存在自体、国王一人しか知り得ない。
そんな法律無視してしまえ、そう言う者もいるかもしれないが、もし履行されなかったときには、国王は死ぬことになる。そういう魔法がかかっている。
アンドリュースは、身内を守れるのであれば自分の命を投げ売ってでもやろうとする、そういう男だが、しかし彼は国王であり、様々な思惑が周囲で渦巻いている。彼が死したときの影響は計り知れない。それこそ身内へ大きな被害が出るかもしれない。そのため安易にとれない選択肢なのだ。
手元の用紙を睨み付ける。用紙の正体はこの悲劇の元凶。国王に課される法である。
男を6人。女を5人。この紙に書かれている国王が最低限作らなければならない子供の数だ。四女が勇者召喚の儀式を務めるように、他の子供たちにも役割が定められている。
国王の子供たちは生まれた瞬間に、自身の知らぬところで生きる道が決められているのだ。
そして敷かれたレールを走るように誘導することも、国王に課された義務であった。四女の場合は、劇場に行かせるなどして唄を好きになるように仕向けた。そうやってうまいこと思考誘導したそのうえで、王国のこれからのために唄ってほしいと頼んだのだ。努力してきてたことが、偶然に役立つ機会ができたと装って。なんて酷い親だろうか。そう、自らを罵る。
しかし同時に赦して欲しいとも思う。勇者召喚は王国が危機に瀕したときに実行するのであって、必ずしも行うことではない。
子供たちが役割を果たすか、果たさずに済むのか、またその先の結末がどういったものかは、そのときの運命次第なのだから。
何事もなく過ぎ去ってほしい、そう祈って本当のことを黙っていたのは悪いことだろうか。
ひとつ、勇者召喚の儀式を担っている第四王女を例に説明をしよう。
勇者召喚は道具を揃えて正しい手順を踏めば誰にだって出来る。資格は必要ない。しかし希少な資材も必要になることから、莫大な費用がかかる。集めるための人脈、調達力も求められるだろう。
故に、実行出来るのは国ぐらいなものだ。だから非常時には勇者召喚をする責務が国にある。
そして現在、国は崩壊の危機にあった。魔物が活性化し、幾つもの国がやつらの手に落ち、エヴァーグリッド王国の領土にも被害が出始めている。王国としても対応しているが、如何せん魔物が沸いて出ている数で、王国民が避難するための時間を稼ぎ、徐々に王国内側へ撤退していっている状態にある。
魔物の勢いは増す一方で、対して王国側は戦力が削られていってしまっている。王国民は救えているものの、領土は減じていくので、いずれ食料問題も出てくるだろう。住む場所がなくなった人間の暴動も起きると考えられる。しかもこれは時間経過とともに加速度的に増大する見込みがある。
だから、今代の第四王女に勇者召喚の儀式を務めさせねばならない。他方で平和な時代であれば、必要ない役目だ。そのときの運命次第というのは、こういうことだ。
そして、第四王女には勇者召喚以外にももうひとつ役目が定められている。
その役目とは、勇者洗脳だ。
勇者洗脳の方が勇者召喚よりも行使者へのダメージが甚大と記されている。
召喚した勇者が暴走し、王国に大きな被害をもたらした時代があったようで、その時の国王が次代で繰り返されることのないよう、新たに定めたものだった。
その国王は、国のために定めたのだろう。それが今代の王家へと降りかかっている。
たしかに国レベル、世界レベルで考えれば必要なことなのだろう、必要な犠牲なのだろう。理解はするけれども、それを手放しに受け入れることは難しい。
この選択が正しいことなのか、アンドリュースは未だ悩む。いや、正しいことだと分かっているのだが、他に道は無かったのか、考えてしまう。
「アンドリュース国王!」
扉の向こう側で少しの悶着が聞こえたあと、扉越しに呼び掛けられた。
その声には聞き覚えがあった。たしか、儀式後に直ぐ対応できるように招いた治癒師の助手だったか。
強引に部屋に入ろうとして、控えていた近衛に取り押さえられたのだと思う。近衛へ通すように言うと、件の助手が出てきた。
「娘のことか。何か問題が」
「直ぐに来てください!」
無礼だと近衛が拘束する動きに出るがそれを止める。こんなところで時間を喰っている場合ではない。
首肯し、助手の後を追う。
助手の雰囲気からして娘に良くないことが起きたのは明らかだ。あとは何が起きたのか、その程度が気がかりだが、尋常ではないことは治癒台に力なく横たわる娘を見て一目で分かった。
背筋に悪寒が走る。まさか死んでしまったのか!?
「陛下。亡くなってはおりません。しかし、見方によっては死ぬよりも辛いかもしれませぬ」
アンドリュースの表情を読んで、治癒師が答えた。
確かに呼吸はしているようで、体が微かに動いていた。
顔以外ほとんどが特殊な服に覆われているため、全容が分からないが、裾から見える手を見て思わず息を飲む。
紫に変色していたのだ。服に隠れて見えないが、この具合では腕の先まで広がっているかもしれない。
触れようとしたところ、伝染の可能性を考えて念のためということで止められた。治癒師が言うに、かなりの熱を持っているとのことだった。
「これは、一体、どういうことなのだ?」
「分かりませぬ」
返答に声を荒げそうになるが、この治癒師は王国の中でも最も高位な者であることを思いだし、一度自分を落ち着かせ、次の言葉を待った。
「肌が爛れております。爛れた範囲は表面だけではなく、骨内部も何かしらの侵食を受けた様子。全容を見るためには服を脱がせたいのですが、王女殿下の御姿を露にすることの赦しと、身体へのダメージについて承知を陛下からいただきたく」
「姿を見るのはこのような事態だ、赦そう。しかしダメージというのは何だ。それと侵食とは?」
「これは火傷などの怪我ではありますまい。呪いの類いでしょう。ですから、侵食という表現をしました。露出している手を調べましたところ、その影響は身体の内部ににまで達している可能性があります。服を脱がせるときにどのようなことになるか分かりません」
「・・・・・・分かった。だがなるべく傷つけないように頼む」
「もちろんです。それから」
治癒師は助手たちに服を脱がせるように指示を出し、アンドリュースと話を続ける。
「あの白い服を調べさせていただきたいのです。僅かにですが、服の中に魔力の残滓を感じます。あの服に原因があるかもしれませぬ」
「・・・・・・許可しよう。しかし貴方にだけだ。そして一切の記録も禁じる。後で誓約書を持ってこさせよう」
治癒師はその言葉で、少女の容態にこの服が少なからず関わっていることを確信した。
アンドリュースと治癒師の会話中も、助手達によって服が脱がされていく。
肌が爛れているせいで、服と身体とが癒着してしまっているため、服を剥がすといった方が正確かもしれない。剥がした服の裏にへばりついた皮膚が痛々しい。王女の身体は肉が見え、血が滲み出ている。毒々しい姿にアンドリュースは思わず視線を反らすものの、今は見守ることが、目に焼き付けることが自らの責務と思い直した。
残る帽子を剥がすとき、ブチッという音が聞こえた。それは髪が抜ける音だった。
頭から流れた一筋の血が、唯一本来のまま残った肌の上を流れていった。
プロローグは終わり、次から物語が始まります。
明日11日からストックが尽きるまで毎日投稿していきますので、よろしければ明日また来てくださると嬉しいです!
※2021年10月から書きためてきました。プロローグを除いて30投稿分のストックがあります。