〈1〉プロローグ 勇者召喚の儀式に供えられた毒入りの少女
複雑怪奇な紋様が、床一面に刻まれた部屋の中。
その中央に儚げな顔立ちの少女が一人佇んでいる。
顔以外が純白のドレスで包み隠されているのだが、体の線が細いことは雰囲気から察せられた。ドレスは縫い目が目立たない仕立てで、その白さ相まって贈り物の包装の様のように感じられた。
いや、実際贈り物であった。ただし、毒入りである。
そんなこと知る由もない少女は、薄い唇を僅かに開け、息を一つ吐いた。心臓の鼓動が、緊張していることを少女自身に知らせた。
彼女はさらにもう一つ息を吐くと、心を落ち着けるために閉じていた瞼を開く。
そして、その細い喉を伝って、神へ捧ぐ御言葉が紡がれ始めた。
一節が部屋に響くと、少女の足下に光が灯り、さらに言葉が続けば、まるで呼応するかのように、光が床の複雑怪奇な文様をなぞって、エメラルドの軌跡を描いていく。上から俯瞰したならば、まるで波紋が輪を広げるように、エメラルドの軌跡が走っていくのが見えたことだろう。
光は部屋の隅まで至ると、次は部屋を囲う8つの太い柱に刻まれた紋様を伝っていく。その間も少女は言葉を紡ぎ続け、最後に光が天井の中心で結ばれた。
部屋全体が輝く紋様で彩られた空間に囲まれた少女は、その神秘的な景色に心奪われた。しかしここで気を緩めてはいけない。まだ序盤も良いところなのだ。
いま、この世で一番美しい場所にいる。その想いが、課せられた勇者召喚という大役を意識から外し、純粋にこの景色を途絶えさせまいと集中させた。
「ーーっ」
しかし、その高揚感は突然に萎んでいくことになる。
少女の目元が痙攣し始める。頭痛もしてきた。視界が霞んだ。身体が重くなった。動悸が激しくなった。様々な不調が彼女を襲う。
苦しい。自分の発する言葉の一言一言が自身を痛めつける暴力となった。
それでもなお言葉は止めなかった。否止められなかった。こんな場所どうでもいい、早く開放されたいと、それだけを思っているのに、こんなにも祈っているのにーー止まらなかった。
結局、謡い終えるまで少女に止まることは許されなかった。
次の話は引き続きプロローグになります!
投稿済みですので、是非次のページへ!
※2021年10月から書きためてきました。プロローグを除いて30投稿分のストックがあります。