プロローグ 1
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寒空の下。
見上げれば満点の星空がきらめいている。
しかし、今、一つの生命が終わりを迎えようとしている。
「お嬢様、先に行ってください。」
森の中、男と女が2人駆けていた。
獣も通らない凸凹の道だが、男は足を取られることなく進んでいく。でも女の方に合わせているため、速度が出ていない。息も絶え絶えだ。
だからこの提案だった。
「駄目よ、レイク。 認め、られないわ!」
「そうは言いましてもお嬢様もお気づきでしょう。このままではじき追いつかれます。」
そう言いながら、男は体を反転させ、弓を絞り、矢を放った。
弦から自由になった矢が、冷たい空気を切り裂いて緑色の生き物の喉に突き刺さる。
うめき声を一つ発して、緑色の皮膚を持つ生物は地に付した。くすんだ紫色の血が、地面を濡らす。
彼らは逃げていた。追ってくる相手は、ゴブリン。人間と同じく道具を扱う魔物だ。人間と同じといっても、思考は獣のそれで、理性と呼べるものは無く本能のままに行動する醜い魔物である。
道具だって原始人が使っていたような、尖った石を丈夫な枝にくくりつけたような代物で、どうみても知能は低い。しかし繁殖力が高く、集まると厄介だ。数で押しきり、人間から奪った装備を使うことでも知られる。そうなると危険度がまたあがる。
いま男が――レイクが射たゴブリンは、斧を手に持っていた。遠目だったがおそらく林業用のものだろう。他にもちらほらと人間手製の品を身に付けているゴブリンが散見される。そいつらをなるべく優先して倒していっているのだが、とにかく数にきりがない。近くに巣でもあるのかもしれない。
「前方からゴブリンが現れなくなりました。巣の場所を通りすぎたのでしょう。後は奴らを引き離すだけです。お嬢様が遠くにいくまでの時間を、私が稼ぎます。ゴブリン程度に遅れをとることがないのは、もう分かっておられるでしょう。信じて行ってください。」
不満ながらも、最終的に女は了承した。先頭を走っていたレイクを女が追い抜いていった。レイクが更に速度を落とし、二人の距離がどんどん離れていく。そうして女が草木をかき分ける音が聞こえなくなったのを確認すると、レイクは足を止めた。
「神に祈り奉る」
――小悪鬼を堰き止める氷城を出でよ
レイクの10メートル先に氷の壁が出現する。高さは5メートルほど。幅は100メートル弱。しかし城というには5cmとあまりに薄く、堰き止めるには心もとないように思えた。
早速、左方で氷の壁に亀裂が入った。ゴブリンが裏から叩き割ろうとしているのだ。
「だが、それで十分。堰き止める最後の一手は、私が務める!」
――神に祈り奉る。小悪鬼を貫く氷槍を出現せよ
冷気を放つ氷の槍を右手で握りこむ。そうして、振りかぶる。
「アイシクル・ランンス!!」
氷の槍が豪速で空気を食い破り、ズザンッと壁に垂直に突き刺さった。
飛び散った紫色の液体が幾らか氷の壁に付着し、重力に従って下へと流れ落ちる。氷の壁の裏では、串刺しにされたゴブリンが呻いていた。
ゴブリンは右肩を貫かれていた。冷気で氷の槍と肉とが氷結して抜け出すことを酷く困難にさせている。磔にされた状態だった。苦しくて、止めを刺されることを望み始めるが、一向にやってこない。
レイクの目的は時間稼ぎ。命を奪う必要まではない。むしろ、その致命の一撃を与えるためにかける力が惜しい。だから追う体力と気力とを奪うだけに留める。
別の場所で壁に亀裂が入る。そこめがけて氷の槍を投擲する。これを何十と繰り返したところで、氷の壁から音が止んだ。
「思ったより数が多すぎました。少し、力を使ってしまいましたね」
中距離からの戦闘、それも壁を隔てて一方的に攻撃していたため傷こそ負わないものの、力を多く消費する戦法のため、長時間の使用は避けたいところだったが、想定よりも使わされてしまった。
直に血の匂いに釣られて、他の魔物、に肉食動物がやってくる。無用な戦闘は避けるべきだろう。
「リーリアお嬢様に、追い付かないといけませんし」
一人で心細い思いもされているでしょう。レイクはリーリアが通った跡を辿って、再び走り始めた。
◇◆◇
踏みしめた地面には少し霜がついていて、はねた土が足にあたって冷たい。
レイクと離れてから、どれくらい走っているだろう。
怖い。
レイクが一緒に来てくれたから紛れていたけれど、離れてしまったいま、リーリアは再び恐怖を感じていた。
リーリアは貴族の次女だった。そう「だった」。過去形だ。
心はどこまでも染み渡り、そこはかとない優しさに満ち溢れていた。その慈愛は同じ貴族の肉親、兄妹だけでなく、領民にも注がれていた。よく田畑に行っては一緒に汗を流した。よく街に行っては領民と話をした。そんな彼女は領民からの人気が高かった。
リーリアの姉は、それを好ましく思わなかった。
通常、貴族は男が統領となるが、リーリアの家は特殊で女が統領になる。なお、リーリアの家も例に漏れず、貴族の習わしとして、姉妹がいる場合は年長者が統領の座につき、妹は長女を支える役目を担ってきた。だがリーリアの人気が高すた故に、領地運営の観点から考えて、次女のリーリアを統領に据えた方がよいのではないかと考える者たちが出てきた。
それを憂慮した長女と長女派がリーリアを政治の罠にかけた。
リーリアはこういった政治の動きに疎く、わけも分からないまま領地から追放されてしまった。
領外で初めて独りになった。涙を流した。どうしてこんなことするの?そうやって泣いた。
そんなリーリアを助けてくれた領民の人もいたけれど次の日、その人は現れなかった。
子供ながらに、なんとなくその理由は分かった。きっと家の者がその人をどこかへやったのだと思う。
そして追放された身だから、探しに来てくれる人も助けてくれる人もいないことに気づいて、絶望した。震えが止まらなかった。
なんとか生き延びようと方角も分からないまま歩いたけれど、食べることも飲むこともできないまま時間が過ぎて、次第に足に力が入らなくなって、倒れてしまった。
鼻の先で小さな虫が通り過ぎて行った。
13歳。誰にも知られず、ここで死んで朽ちるんだと感じた。
でも今生きている。それはレイクが来てくれたから。死にかけのリーリアに持ってきた食事を与え、ここまで魔物から守ってくれたから。
「レイク、怖いよ。ちゃんと無事でいるよね?」
思わず漏れ出た気持ちに、嫌な気持ちになる。自分の安心と安全のために、彼の無事を祈ってしまった。リーリアに付いてくるなんていう、人生を捨てるような選択をしてくれた彼に申し訳ない気持ちになる。
でも色んな人に裏切られ、離れて行って、心が荒んでしまうのも仕方ないでしょう?!
どうしてこんな目に合わなきゃいけないの!
わたし別に、悪いことしてないよ・・・・・・・。
我慢していた涙がまた溢れてきた。
お父様もお母様も、どうして私を信じてくれなかったの?
わたしずっといい子にしてたよ? お姉ちゃんだって、わたし統領になりたいなんて言ってないのにどうして追放なんて酷いことしたの?
追放されるときに着せ替えられた布1枚の服は、木の枝に何度も引っかけて穴だらけだ。肌も擦り傷が増えてきた。土汚れのない箇所はない。
復讐なんて気持ちはない。ただ、死にたくない。その気持ちだけが彼女の足を動かしていた。
◇◆◇
リーリアが追放されて、レイクが見つけるまで6日間が経ったとレイクから聞いた。
ゴブリンから逃げ切ったのが、追放されてから10日目。
それからリーリアはレイクに連れられ、ディーフェンブルー家に向かっていた。ディーフェンブルー家はリーリアがいたアクエル家と深い親交のある貴族だ。
リーリアのいたアクエル家は守護三家と呼ばれる貴族の1つで、国を囲むように三点に守護三家の領地は位置している。その三家の領地を持つのが護国三家である。レイクはこの護国三家のディーフェンブルー家の出だ。
守護三家は別名結界貴族とも呼ばれていて、魔法に秀でた一族で、特に結界術を得意としている。アクエル家を含む守護三家は起点として術を展開し、国の周囲に国を守る結界を張って、魔物から守護してきた。
護国三家は、守護三家の間に領地を構えている。三点の結界の起点を六点に拡張する役目と守護三家の警護の任を負っているのは、リーリアも知るところだ。だから守護三家と対とも言える護国三家同士は家ぐるみで付き合いがある。
なお、両家は同格ではなく、守られる立場であるから守護三家の方が格が高い……というのは表向きのことというのがレイクから聞いた話だ。
守る、守られる関係にあると認識していただけに、ディーフェンブルー家はアクエル家の決定に従うものとばかり思っていたのだが、今回のアクエル家内の騒動に対して、ディーフェンブルー家は国に不利益を生じるものと判断しているとのことだった。跡取りではなかったけれど、貴族の娘だったからそれなりに勉強をしてきたつもりだ。けれどレイクから聞いた話ははじめて聞いた内容だった。
護国三家には、守護三家にも知られていない裏の役割がある。それは守護三家が国に背徳する行為をしたときに天誅をくだす、あるいはその行為を防止するというものだ。つまるところ監視機構である。
国外から守る守護三家がその任を放棄した場合、当然ながら国は無防備になってしまう。護国三家は守護三家を護る盾であり、同時に牙を向く矛でもある。守護三家からも国を護る、だから護国という名が与えられているらしかった。
ディーフェンブルー家としては、今回のアクエル家の行為が非合理的なものであり、そのような判断をするような統領に運営を任せておくことは非常に危ういと考えた。そのためリーリアを保護するチームとアクエル家を調査するチームとで別れて対処に当たっているのだが、前者のチームに参加したレイクがリーリアを見つけたというわけだ。
アクエル家がディーフェンブルー家の近くに手を回している可能性もあるため、隠れ家へと向かっていたのだが、魔物に見つからないよう迂回したり、人目につかない悪路を通ってきたため時間がかかってしまっていた。それでも道中、他のディーフェンブルー家の人とも合流し、順調に進んでいるかにみえた。
「レイク!」
「おおっと。そんなに揺すらない方がいいぜ。余計悪化するだけだ。」
突如10人くらいの賊が襲撃してきた。レイクが負傷してしまった。こちらも応戦したけれどあっという間にやられていく。
賊の一人に首根っこを摑まえられたリーリアが、レイクから引きはがされる。
「レイク! いやぁぁ! 離してよおお!」
「うるせえな。黙れよ」
殴られそうになったが、別の賊がそれを止めた。
「やめろ。そいつは上玉だ。どこかの貴族の迷子だろう。いろいろ使える」
「ああ、そうだな。何にでも使える。サンドバックにもなるし、金にもなる。憂さ晴らしもできる」
髪を掴まれ、無理やり汚らしい顔に近づけられる。
「ペットにもできる。色々仕込んでやるよ。キヘヘ」
逃げようと足掻くけれど、片腕でガッチリ抱えられてびくともしない。もう一人が持ってきた麻袋に押し込まれて外も見えなくなってしまった。
次の話は引き続きプロローグになります!
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