第1話 異世界召喚?(1)
私の名前は大崎美緒。今年、社会人になった22歳の女です。
夢だった教職に就いたのですが、ある生徒がいじめに合っているという情報があって、その生徒のいるクラスの副担任に最近なりました。もともと副担任のクラスを持っていたので、2つのクラスで兼任です。いじめに合っているかどうかなんて本人になかなか聞けるものでもないし、一体どうしようか、そう悩みながら今日もただでさえ忙しくて無い時間をなんとか見つけて彼の後を追っていたのです。生徒に寄り添う教師でありたい、それが私の理想像ですから、たとえ家に仕事を持ち帰ることになったとしても、本当にいじめられているなら助けてあげたい。
「おい、ユージちゃんよぉ。ちゃんとお金持ってきてくれたのか? この前みたいに大声出すのは無しだかんな?」
そしてとうとう出会ってしまった現場。台詞からして囲んでいる3人は絶対いじめ側だと思う。実際遭遇するとパニクってきた。出て行った方がいいのかしら?
とりあえずいじめ側が誰かを確認してって、うげ……あの子って先輩先生方から要注意人物って言われてた子じゃない。親がここらで一番大きな会社の社長で、本人が不良なもんだから下手に手を出せないという。先輩方からも突っかかられても問題にならないように当たり障りなく対応しろって言われてたっけ。あとサオリ先輩は「他人の子に対して言う言葉じゃないし、当然教師としても不適切だけど、人を見下している態度が気に入らないのよね。絶対なんかやらかす。しかも無差別に。その対象は教師だってあり得無くない。だから、もしその場に居合わせたら録画なり録音なりで証拠を押さえておいてやるんだから」なんて言ってたっけ。そうだ、とりあえずスマホで録画しよう。ありがとうサオリ先輩。
「おらなんとか言えよ。金を出すか、それともぼこられるかだよ? ほぉら」
社長子息のとりまきが、顎で指示を受けて拳で小突いた。
しっかりスマホのカメラに収められた。
「お前みたいな凡人が持っていても無駄なんだ。俺みたいな上級国民が使ってやった方が有意義で、お金も喜ぶだろうよ。あ、銭はいらねえから。札を出せ」
「す、すみません。お金、そんなに持ってなくて。僕、権田君みたいにお金持ちじゃなくて貧乏だからさ。ははは……」
「それはお前が決めることでじゃない。俺が決めることだ。いいから、財布を出せ」
「いや、本当に……ないです……。やめて、本当、全然ないんです。」
とりまきの二人に両肩両腕を押さえつけられ、身動きを封じられて彼の服に、社長子息が手を伸ばす。服の上着、そしてズボンを調べ、財布を探り当てた。彼も抵抗するが、呆気なくとられてしまう。
「だから、俺が決めるって言っているだろうが!」
ついでに顔面を殴られ、床に付す彼。なんだか一瞬目が合ったような……。
「おいおい、しっかり3枚入っているじゃないか。でもやっぱり貧乏人だな。三千円だけだ」
「でも貧乏人が使うにはもったいないです。権田さんに使ってほしいに決まってます」
「そうです。おい、東雲!これは権田さんに献上されるべきものだ。そうだ、な!」
取り巻きが彼の腹を蹴ろうとしたが、驚くへきことに彼の右手がそれを邪魔した。
「痛い。痛いよ……痛いじゃないか、権田君?」
ゆらりと立ち上がる彼。なんだかさっきまでと雰囲気が違う気がする。その姿にとりまきも狼狽えるが、直ぐに調子を戻した。きっと彼のどうしようもないハンデを思い出したのだろう。
東雲明は左肩先が動かない。
とりまきは彼のふざけた態度を叩くべくまた取り押さえようとするが、ひょいと彼は躱してみせた。
次第により暴力的になっていくとりまき。ついには殴りかかった。それでも、彼を捉えることはできていなかった。
「ちょ、なんで当たらないんだよ!」
気づけばとりまきの方が肩で息していた。
「左腕使えないってのに!」
「よかった。知ってたんだね。知ったうえでの、弱者と認識きたうえでのイジメってことでいいよね」
誰かに聞かせるように、張った声。
右手を前に構えて、「それじゃ、金も取られるし、殴られるし蹴られもしたので正当防衛を実行します」っと誰かに言い聞かせるように宣言すると、とりまきの一人を左手フック一発で沈めた。
ぽかんとする社長子息ともうひとりのとりまき。その腹に蹴りが飛ぶ。吹っ飛んで更に壁に背中を打ち付けたとりまきが咳き込む。そのときには社長子息も状況を理解し、顔を怒りに染めていた。
「てめえ!」
社長子息は体格がいい。握りこんだ拳も人一倍大きい。そんなものを叩き込まれれば、彼は一撃で沈んでしまう。ここは教師として止めに入った方がいいだろうか?いやもっと早くに止めに入るべきだったと思う。でもヤンキー漫画みたいな現場に遭遇して完全に魅入ってしまっていた。
「顔面を狙っているのバレバレ」
逃げるでもなく、東雲明は逆に一歩を踏み込んだ。そして鳩尾に右拳を撃ち込んだ。
スマホのカメラ越しに、唾を吐き散らかしながら社長子息が倒れるのを見た。
せき込みながら、俺にこんなことしてどうなるか分かっているのかとか、てめえもてめえの家族も終わりだとか脅しととれる言葉を吐きつける社長子息。
「先生。ばっちり撮れてますよね?」
「へ?」
突然舞台に引き上げられて、驚いて変な声が出てしまった。
私だけでなく、社長子息も悪い目つきを驚きの色に染めていた。
「撮れてますけど……?」
思考停止の末、真面目に返してしまった。
「では、職員室に行きましょうか。ありがとうございます。本当に助かりました。いつでもボコれたんですけど、なんていうか、皆彼、というか彼の親の言うこと聞いちゃうので録画があれば安心というものです」
途端、社長子息が待てと喚きたてる。でも彼の一撃が強烈だったみたいで地面に蹲りながら必死に手をこちらに向けるだけで危害はなさそうだった。その必死な姿を見て、ああ、証拠なのねとスマホに記録されたものが、社長子息の悪行に終止符を打つことができる力を持っていることに気づいた。サオリ先輩の言葉を思い出してとりあえず録画を始めたものだけど、これは大変なことになりそうだなあと思った。
でも、もともと私の仕事って、彼をいじめを救うことなんだよね。録画したのは手段ってことにしよう。問題解決。あとは上の人に放り投げよう。私は知ーらなーい。
案の定、職員室は大騒乱となった。
その中で大崎美緒が知ったのは、東雲明はどちらかと言えばクラスから注目されているような人物ということだ。そういう人は、人の目もあたりやすいから、権田のような人間から突っかかられることが少ないと思ったのだが、とうやら逆に目立ちすぎてしまって尺に触ることになったらしかった。
というのも、非常に驚くべきことに、いや本当に大崎は驚いたのだが、東雲明は左腕が動かせないにも関わらず、剣道県大会で優勝しているのだった。隻腕でこの結果なものだから、各種メディアなどから取材等々あり、テレビにも出演経験があった。いわゆる有名人化していたのだった。
教職一年目、しかも社会人一年目とあって、とにかく先生の名前と担当科目を覚える。そして生徒の名前も覚える。副担任もやる。いろいろあって、生徒個人の詳細を調べるまでには至れなかった。
校長・教師も、大崎が変に気負うことのないように、そしてこの件に変に力を入れないようになどの色々な考えで意図的に伏せられていたわけでもあったのだが、結果として爆弾を受け取ることになり、有効利用するか不発弾とするか、数日間様々な検討がされることになったのだった。