1-5【ホーム】
隆政「ただいま~」
いつもよりちょっと遅めの時間に帰宅。
やっぱり自分の家って一番落ち着くな~…。
オジサンの家から帰ってきたわけだから、
ついついそんなことを思ってしまう。
健太「おかえり~」
いつも通り最初に出迎えくれたのは、末っ子の弟、健太。
小学3年生で僕と歳は離れているけれど、
その顔は僕の小さい頃に似ている。
隆政「ただいま、健太」
健太「兄ちゃん、これ」
と言って健太は、学校の授業か何かで作ったと思われる工作を渡してきた。
画用紙には絵具や色紙で人物や花が描かれており、
人物の上には僕と健太、そして妹の奈津子の名前がそれぞれ書かれていた。
健太「今日、学校で作ったんだ!」
隆政「へ~、中々上手いじゃないか。
兄ちゃんにくれるのか?」
健太「うん! 兄ちゃんに上げる!」
隆政「そうか、ありがとな。
兄ちゃん嬉しいぞ~」
労うかのように、健太の頭を撫でてやった。
…しっかし、実の弟と妹から花を受け取る絵面も、ちょっと面白い。
んー…この花…ゲッカビジンかな?
こりゃまた随分珍しい花をチョイスしやがったな。
恵「おかえり」
僕達の声を聞き、奥から母さんが顔を覗かせた。
隆政「ただいま」
恵「今日はいつもより少し遅かったんじゃない?」
珍しく遅い帰宅だったためか、
母さんは少し心配そうに聞いてきた。
隆政「ごめん、哲オジサンの所に寄ってた」
恵「さっちゃんのとこ?」
隆政「うん、ちょっと近くまで寄ったからさ」
恵「そうだったの。
でも、連絡くらいしなさいよね、心配するじゃない」
隆政「母さん、僕もうすぐで16だよ?
そんな子どもじゃないって」
恵「いいえ、あなたはいくつにもなっても、
私の可愛いい子どものままよ」
と、母さんはまるでからかうようにしてはにかんだ。
恵「夕食、すぐにできるから早く着替えてきなさい」
隆政「は~い」
最後まで子ども扱いした母さんは、
そのままキッチンへと戻って行った。
隆政「じゃあ健太、また後でな」
健太「うん!」
健太に告げ、僕は一旦部屋へと向かった。
着替えを済ませ、居間へと入る。
キッチンの方では母さんが夕食の準備をしていて、
その傍らで妹の奈津子が手伝いをしていた。
奈津子「あ、おかえりー」
僕の姿を捉えた奈津子が、
食器を並べながら顔を向けてきた。
奈津子は小学6年生。
母さんの影響か教育かは定かではないが、
こうやって積極的に手伝いをしている。
小さい頃は相当なヤンチャぶりであったが、
今は年頃なのか割と大人しくなってきている。
よく小さい頃は車の中で当時の流行りの歌なんかを、
延々と大熱唱していたくらいだ。
あの頃と今を比べれば、それはそれは雲泥の差である。
…まぁ奈津子も僕と同じように、
子ども扱いされるのが嫌な歳なんだろうと思う。
それもあってか、こうやって母さんの手伝いをするようになったのかな。
時の流れとは、ある意味で実に恐ろしい。
…それはそうと、まだ父さんは帰ってきていないのかな?
居間を見回しても、父さんの姿だけがない。
車工場で働いているから、大抵は定時で帰ってくるものなんだけど。
工場自体が都市の郊外にあるから車で通勤しているし、
飲んで帰ってくることもまず無い。
さすがの父さんでも、そんなバカなマネはしないだろう。
…まぁ夕食時には必ず帰ってくる人だし、心配する必要も無いか。
とりあえず夕食までもう少し時間がありそうだから、
たまにはテレビでも観て待つことにしよう。
…そういえば。
リモコンを手に取り、僕は今日の出来事を思い出す。
発電所で起きた、シューティングスターと怪盗団の戦い。
あれだけのことが起きれば、
ローカルテレビで放送されているはずだ。
テレビの電源を点けると、
普段は観ることのないニュース番組にチャンネルを合わせる。
…お、やっぱり。
例の太陽光発電所の映像が流れ、
さっきまで僕がいたところでリポーターが事件の概要を説明していた。
テロップには【怪盗団、また現る?】の文字が。
リポーターの話しを聞いた感じでは争った形跡はあったけれど、
そこに怪盗団がいたかどうかはまだ調査中ということだ。
そして過去の事例からして、件の少女もいたのではないか?
との見解もしていた。
オジサンの言った通りこの2つの存在は、
今や夢見が丘では有名となっていて警察もその行方を追っているようだ。
奈津子「変わった人達もいるものよねー」
手伝いを終えた奈津子が隣に座ると、呆れたように言った。
奈津子「怪盗団なんて名前、アニメや映画の中でしか出てこないようなものよ?
なのに堂々と怪盗団って名乗るとか、恥ずかしくないのかな?」
隆政「でも、当の本人達は至って真面目にやってるのかもよ?
だって発電所を襲うとか、普通誰もやろうとはしないじゃん?」
奈津子「そうかもしれないけどさー。
それに、あのコスプレしてる女の人…見た感じお兄ちゃんと同じくらいなのに、
それこそ恥ずかしくないのかしら?」
隆政「そういうお前だって、小さい頃は緑色の魔法少女が好きだったろ?
ほら、すごいモフモフヘアーの」
奈津子「あ、あの頃と今は別! 一緒にしないでよ!」
隆政「はは、ごめんごめん」
昔を思い出させられて恥ずかしがる奈津子を宥めながら、
再びテレビに目を向ける。
…が、すでに例の事件の報道は終わっていて、
別のニュースをアナウンサーが読み上げていた。
政孝「ただいまー」
奈津子「あ、帰ってきた」
父さんが帰ってきたところで、
奈津子が誤魔化すようにソファーから立ち上がって行った。
うん、やっぱり夕食時には帰ってきた。
続けて僕も立ち上がると丁度、
居間の中に入ってくる父さんの姿が見えた。
少し長めの髪を後ろで縛った髭面のこの人が、僕の父さん。
こんな見た目だけど、僕の父さんだ。
見た感じはもの凄く怖そうだけど、決してそんなことはない。
オジサンみたいに時折冗談を飛ばすし、とても家族想いの人だ。
ただ昔はこんな感じではなかったらしく、
オジサンも今の姿を目の当たりにした時は、心底驚いたそうだ。
恵「おかえりなさい。
夕食、もうできるわよ」
政孝「あぁ、一旦風呂に入ってくる。
奈津子、これ頼んだ」
先に挨拶だけ済ませるために来たらしく、
それだけ言ってすぐに居間を出ていった。
奈津子「はーい」
父さんから作業用の上着を預かった奈津子は、
それをハンガーへかけに行った。
奈津子「…油くさ」
別にしなくてもいいのに、
奈津子は軽く臭いをかいで顔をしかめた。
恵「そういえば、例の話しってどうなったの?」
夕食が始まってすぐ、風呂から上がったばかりの父さんに母さんは聞いた。
政孝「あぁ、工場を増設しようって話しか?
その件でちょっと話し合いをしてきた」
恵「あら、それで?」
政孝「うん。
建設予定地は都市郊外になるらしい」
奈津子「じゃあ、勤務先…変わるの?」
政孝「いいや、あくまで話しを聞いただけだし、勤務先は変わらんよ。
それに郊外と言っても、距離的に見れば今の場所とも変わらない。
別に引っ越すこともないさ」
奈津子「そっか」
奈津子的には転校しなければならないんじゃないか、
と心配になったんだろうな。
親の勤務先の変更=子どもの転校なんてのは、
ある意味テンプレとも言うべきお決まりの構図だ。
奈津子くらいの歳なら、嫌になって当然のはずである。
隆政「でも、何でまた増設?」
政孝「電気自動車の普及が増えたのも一因だが、
ここを参考にした新しい環境対策都市の開発計画が進行しているんだ。
すでにいくつかの企業が開発計画に投資をしていて、うちの会社だけじゃなく、
哲の勤めているウェスト・チャーチも資金援助をしているらしい」
隆政「じゃあ、オジサンもその事業に協力するのかな?」
政孝「さあな、わからん。
第一、哲の部署はどっちかと言えば医療技術や、
それに伴う製品開発と研究だ。
直接的な関わりをするかどうかは、何とも言えん」
恵「そうそう、隆政が今日、さっちゃんの家に行ったんだって」
オジサンの話題が出たことで、
母さんが思い出したかのように報告した。
政孝「そうなのか?
お前にしては珍しいな?」
隆政「うん、ちょっとね」
政孝「…どうだ、あいつは元気そうだったか?」
同じ街に住んでるのに父さんは、
オジサンと会うことがほとんどと言っていいほど無い。
別に避けてる…てわけじゃないけれど、
仕事が忙しいし別段用も無ければ会う必要もないと思っているみたいだ。
それはそれで父さんらしいけど、
根は心配で仕方無い…といった心境はあるようである。
父さんとはオジサンの歳は3つしか離れていないけれど、
先にも言ったようにオジサンは割と自由奔放に生きている。
家庭を持つ父さんにとってはそれが気が気で無いらしく、
少しはまともな生活をして欲しいと思っているようだ。
健太「ねーねー、僕も哲おじさんの家に行きたいな!」
と、傍らで健太がはしゃぎながら言った。
政孝「あぁ、その内な」
あえて気持ちを悟られないよう、
父さんは努めて明るくそう告げた。
奈津子「ねね、パティとルーシーも元気だった?」
小さい頃から二匹の猫のことをよく知っている奈津子は、
それこそ子どものような眼差しで聞いてきた。
隆政「相変わらずだよ。
ルーシーはいつも通り出迎えてくれて、
パティは絶賛臨界体制。
…まぁでも、二匹とも奈津子のことが苦手だから、
すぐ逃げ出すだろうけどね」
パティのことはともかく、
ルーシーにとって奈津子は唯一苦手な相手だ。
何せ小さい頃の奈津子がルーシーを追い回した挙句、
羽交い絞めかと言わんばかりの抱擁をしたのが原因のようで、
ルーシーはそれがトラウマとなり今だに奈津子を警戒しているのだ。
奈津子「そんなことないもん!
前に行った時は逃げなかったし、
ちゃんと抱っこさせてくれたよ!」
隆政「あれ、そうだっけ?
傍から見たらルーシーの顔、
もの凄く不機嫌そうな感じがしていたけど…?」
奈津子「お兄ちゃん、またそんな意地悪言って…!」
恵「ほらほら、喧嘩なんかしてないで、早く食べてしまいなさい」
奈津子「…は~い…」
母さんに宥められ、奈津子は渋々といった具合で食事を再開した。
夕食も終わり、僕も風呂に入ることにした。
何だかんだで今日1日色々あったから、どっと疲れた感じがする。
1日の疲れを洗い流したところで、再び居間へと戻った。
すると、父さんがソファーで寛ぎながら趣味のギターをいじっていた。
好きなミュージシャンの影響を受け、
ギターを演奏すること20年余り。
バンドとかを組む気はとくに無いようで、
ただ単に1人で演奏するのが好きらしい。
政孝「お前もやってみるか?」
僕の姿を横目で確認した父さんは、そんなことを言ってくる。
隆政「やめとくよ。
僕、センス無いし」
政孝「センスの問題じゃないさ。
肝心なのは、やる気があるかないかだ」
隆政「だとしたら、やる気は無いね」
冗談交じりで僕は言った。
つられて父さんも笑う。
政孝「なんだ、勿体無い。
父さんだって昔は悪戦苦闘したもんだが、
毎日やってる内に少しずつ上手くなっていったんだぞ?」
隆政「前にオジサンから聞いたよ。
…なんでもTシャツ短パン姿で、
オジサンの部屋に殴り込みに行ったとかなんとか」
オジサンの話しによれば父さんがまだ結婚する前、
2人がまだ10代の頃のことだ。
その頃から父さんはギターに夢中になっていて、
四六時中部屋に籠って演奏していたらしい。
その向かい側がオジサンの部屋だったのだが、
まぁいつものように隣で演奏が始まったかと思いきや、
突然ギターを担いだ父さんが部屋に押しかけて来たそうだ。
何事だ? とオジサンが思っていると、
父さんはニヤニヤしながら
『これを聴け!』
と言って、その場でギターの演奏を聴かせてきた。
満足そうに演奏が終わると
『この曲、わかるか?わかるよな?』
という具合に尚聞いてきて、オジサンがわからないと答えると
『お前これくらいもわからないのか~?』と言い、
薀蓄を語り始めた…とのことである。
まぁ今現在の父さんからは想像し難い光景だけれど、
父さんもオジサンと同じで何かに情熱を注ぐ人だ。
こうして今も夢中になってギターに触れているのだから、
その時の父さんの気持ちもわからなくもない。
政孝「…あいつもお喋りな奴だ」
と、少し昔を懐かしむかのようにして父さんはほくそ笑んだ。
政孝「ところで高等部はどうだ?」
隆政「どう、て…。
中等部とそれほど変わらないよ。
結局エスカレーター式で皆上がってくるわけだから、
顔ぶれなんて変わるものじゃないし。
少し授業内容が変わったくらいで…
他は何も変わってないかな」
政孝「…ん、そうか」
父さんは僕や妹弟のことを常日頃気にしている。
家の大黒柱であり家族を守る責任を担っている人だ、
心配するのは当然のことだろう。
隆政「大丈夫だよ、何も心配無いからさ。
それに何かあれば、ちゃんと父さんにも相談するし」
政孝「…そうだな、父さんの方が愚問だったか」
また軽く笑った父さんは、再びギターに集中し出した。
隆政「父さんも、あまり遅くまでギターやってないで早く寝なよ?
それに近所迷惑になったら困るから」
政孝「あぁ、わかってるよ」
隆政「じゃ、おやすみ、父さん」
政孝「うん、また明日な」
短い挨拶を交わすと、父さんは再びギターの演奏に集中し始めた。
…相変わらず、変わらない日常…。
けど、この何気なく他愛のない父さんとの会話に関して言えば、
僕は心地よさを覚える。
これだけは変わって欲しくない…そんな想いだけを強く感じつつ、
僕は自室へと戻った。