1-3【怪盗団BUZZ】
舞華が走っていった方角を目指しつつ、バレないよう慎重に進む。
そろそろ暗くなるし、もし舞華に何かあったら…。
そう思うと、心配で心配で仕方が無い。
??「準備はいいかい?」
舞華「えぇ、やりましょう」
すると、生い茂る木々の向こうから、
舞華が誰かと話しをしている声が聞こえてきた。
慌てて草むらの中に身を隠し、
頭だけそっと出して声がした方向に目を向ける。
隆政「………なんだ、あれ…?」
てっきり知らない男と一緒にいるかと思ったら、
舞華の傍にいたのは見たこともない小動物だった。
しかも、低空ではあるが宙に浮いている。
………てか、さっき喋っていたのって、
あのぬいぐるみみたいな生物…だったのかな?
僕があれこれ考えていると、
例のぬいぐるみ生物が舞華の前に回ってきた。
??「我が力をこの一時、貴女に託す!」
そう言ったぬいぐるみような生物が短い手を舞華に向けた途端、
鈍い光が発せられた。
途端に舞華の体全体が輝きを帯び始めていく。
あまりに不可思議だけど、
その異様で神秘的な光景に僕は目を奪われてしまった。
するとどうだろう、舞華の背中から何かが生えてきたかと思ったら、
それが体を包み込むように広がっていく。
そしてそれは衣服となって、
あっという間に舞華の服装を変えてしまった。
それだけではない。
黒色の髪がみるみる内に、銀色に輝く髪へと変貌したのだ。
次々と起こる目の前の現象に僕は心を奪われてしまい、
言葉を失ってしまっていた。
一方で、次々と頭の中で疑問が出てくる。
あのぬいぐるみは?
あの光は?
どうして舞華の姿が変わったの?
まさか魔法? 魔法なのか!?
そうとしか言いようが無いけれど、
そんな非現実的なことなんて…。
でも確かに目の前では実に非現実的なことが、
現在進行形で起こっていることに間違いは無かった。
舞華「よし、行こう! イカロス!」
イカロス「合点だ!」
どうやらあのぬいぐるみの名前は、
【イカロス】と言うらしい。
舞華に促されて、一緒にさらに森の奥へと走って行った。
とは言っても、イカロスは飛んでいるけれど…。
それにしても舞華、こんな悪路でもよく軽快に走れるなぁ…。
…おっと、関心している場合じゃない。
とんでもない光景を目撃してしまったけれど、
一体何が起きたのか…いや、
起きているのかをこの目で確かめなければ!
やっと我に返った僕は草むらの中から立ち上がると、
再び舞華の後を追った。
舞華が走って行ったと思われる方向を目指していると、
太陽光発電施設のある場所に到着した。
森林公園内の計4か所に建造された発電施設で、
主に住宅地や周辺施設への送電を目的として設置されたものだ。
森の中に建造されたのも、住宅地スペースの阻害にならないようにするため…
とかなんとかそんな理由があるらしい。
…それは置いといて、
舞華とイカロスは確かにこっちの方角に向かってたはずなんだけど…
姿らしき姿も見当たらない。
??「少年よ! ここで何をしている!!」
隆政「ひっ!?」
突然背後から脅すような声が聞こえ、僕は体を強張らせた。
まずい、施設の人に見つかってしまったようだ。
誤解を招かないよう、振り返って謝ろうとした。
隆政「ご、ごめんなさい!! 別に怪しい者じ-」
おかしなコスチュームを着た、怪しい者がいた。
全身黒い服、黒い覆面マスクに黒いマント。
誰がどう見たって、怪しさ全開の男が仁王立ちしていた。
隆政「お巡りさん、この人です!」
??「何がだ!?
いや、それよりお巡りさんはマズイ!
ネイティブダンサー!!」
誰かの名前を呼ぶと、僕は背後に何か気配が迫ったのを感じた。
が、振り返る間も無く、僕は地面にねじ伏せられてしまう。
隆政「いだっ!?」
Nダンサー「ははは、抜け出すのは無理だぞ、小僧」
僕をねじ伏せている男が言うように、
どう足掻いても身動き1つ取れそうになかった。
何とか視界で捉えたその大男は、
まさにインディアンの姿格好をしており、
頭の派手な羽飾りが異様に目立つ。
そして横目で見た男の腕は、
まるで丸太という言葉が似合うくらい太く逞しかった。
………いやいや、冷静に分析している場合じゃない!!
隆政「な…何なんですか、一体!?」
??「ふふふ…可哀想な少年に説明してしんぜよう。
我々は【怪盗団BUZZ】!!
魔法の石を手に入れるべく、只今参上した!」
…か、怪盗団~!?
そんな悪の秘密結社には程遠い格好をしているクセに?
しかも、魔法の石だって?
あまりにも胡散臭くて信憑性が欠けている上に、
どこか滑稽な自己紹介をされて僕は笑いそうになってしまった。
??「あ、こら、今笑ったな!?」
隆政「い、いえ! そんなこと…!!」
??「ぐぬぬ…! 悪い子には…お仕置きが必要だな…!」
悪そうな人に悪い子なんて言われたくありません!
…いや、そんな悠長に突っ込みを入れている場合じゃないぞ!
そもそも、これ、かなりマズイ状況じゃ!?
尚も逃げ出そうと試みたけれど、
羽交い絞めにされてるから当然のように無理だった。
どう足掻いても、脱出できそうにもない。
そんな慌てる僕のところへ、黒ずくめの男がジワジワと寄ってくる。
あぁまずい、これ絶体絶命だよぉ!!
舞華「そこまでよ!」
その時だった。
舞華の声と共に、僕の頭上を何かが風の如く走り抜け-
ボンッ!!
Nダンサー「いっでぇぇぇ!?」
僕を抑えつけていた大男を、軽々と吹っ飛ばしていった。
??「む…この声は…!!」
その主を知っているのか、黒ずくめの男は声がした方へと振り返った。
同じように僕も見上げると、
外灯の上に変身した舞華が佇んでいた。
銀色の髪が夕日の光でさらに輝きを増し、
そして風に揺られてはためいていた。
そしてその両手にはどこから持ってきたのか、
翼を模した弓がつがえられており、
光り輝く矢を黒ずくめの男に向けていた。
??「現れたな、シューティングスターめ!」
………シューティングスター?
今、舞華のことをそう呼んでいた?
もしかして変身した舞華の名前って、そういう名前なの?
Sスター「また懲りずに悪事を働いているようね?」
??「魔法の石あるところに、BUZZありき!!
当然のこと!!
者共、ここに集えぇぇぇい!!」
黒ずくめの男が叫ぶと、周囲からガサガサと音が響きだした。
??「出でよ、リッパー・Jッ!!」
男が名前を呼ぶと、茂みの中からこりゃまたおかしな格好をした、
プロテクタースーツのような物を着た人物が出てきた。
リッパー「真実の姿をさらせ~!!」
着地したリッパーは決めゼリフと共に、ポーズを取った。
…うん、何かが疼く。
??「出でよ、ファイヤーボールッ!!」
またおかしな名前を呼ぶと、
両腕に鉄砲のような者を持った人物が飛び出してきた。
Fボール「魂を解き放てぇぇぇっ!!」
両腕を高々と持ち上げたかと思いきや、
鉄砲の先端から巨大な炎をまき散らした。
あれは火炎放射器だったのか。
そのインパクトはまさに、魂が揺さぶられる。
??「出でよ、キャットッ!!」
至極可愛らしい名前が呼ばれて出てきたのは、
タイトなスーツに身を包んだ女性だった。
キャット「あなたに純白の夢を見せてあげる…!」
おぉ…妖しいその雰囲気に、
身も心も銀河の果てまで行ってしまいそうだ…!
??「いい加減起きろ! ネイティブダンサーッ!!」
今も尚地面に突っ伏したままの大男を、
黒ずくめの男が理不尽にも蹴っ飛ばした。
が、それをものともせずに大男は立ち上がると、
他のメンバーと同じようにポーズを取り-
Nダンサー「鋼の肉体こそ正義っ!!」
蹴り飛ばされても顔色一つ変えず、
まさに鋼の肉体とも言うべき体を見せつけてきた。
??「そして…我こそが怪盗団BUZZのリーダー…ボスッ!!」
………ん?
名前が他と比べると凄く、普通。
皆ちゃんとした決めゼリフがあったのに…。
ちょっと期待していたんだけどなぁ…。
BUZZ一同「怪盗団BUZZ、ここに参上!!」
最後に全員一丸となりポーズを決め、やっと登場シーンが終了となった。
Sスター「あら珍しい、今日は全員揃っているのね?」
そのフォーメーションを見た舞華…シューティングスターは、
物凄く意外そうな顔を見せた。
あ、いつもフルメンバーで登場しないんだ、この怪盗団。
ボス「そう喜ばなくても良い。
今日こそお前を、ギャフンと言わせてやろう!」
Sスター「あら面白い…ならすぐ残りの4人も、
そこのインディアン野郎と同じようにギャフンと言わせてあげるわ!」
そして舞華は絞った弦を放し、矢を飛ばしてきた。
ボス「とぉっ!」
飛んできた矢を軽々と避けたボスに続いて、
残りのメンバーも散り散りになるようにして飛翔する。
そして僕から離れたところで、
舞華とBUZZの激しい戦闘が始まった。
…と、思いきや1人だけ…ファイヤーボールだけ、
ただ避けただけでその場に腕を組みながらポツンと立っていた。
隆政「…? 戦わないんですか?」
Fボール「ん? あぁ、あれだよ、あれ。
俺の武器だと森を燃やしちまうから、下手に戦えないんだよ。
…以前、ボスに止められちまってな?
それ以来こういう場所ではこうやって観ているのさ。
たださっき調子こいて火ぃ吹かしちまったから、
多分後で怒られるかもしれん」
と、過去の失敗を笑うかのようにファイヤーボールさんは説明してくれた。
隆政「悪の組織にも、色々事情があるんですね」
Fボール「まぁな。
悪の組織や俺達怪盗団ってのも、
結局1つの会社みたいなもんだからな」
目の前で激戦が繰り広げられる中、
僕とファイヤーボールさんはほのぼのと、世間話に興じていた。
Sスター「…っ!? そこっ!!」
そんなほのぼの空間をぶち壊したのは、他でもない舞華だった。
どうやらファイヤーボールさんに拘束されていると勘違いをしたらしく、
完全に隙だらけだったファイヤーボールさんに向けて、矢を放ってきた。
ボンッ!!
Fボール「いだぁっ!?」
矢をまともに受けたことで、
ファイヤーボールさんは爆発と共に見事に吹っ飛んだ。
吹っ飛ばされたファイヤーボールさんだったけれど、
見た所酷い怪我を負っている様子もなく、
ただ地面の上でのびているだけだった。
…どうやらあの矢、当てた相手を爆発と同時に吹き飛ばすだけで、
致命傷を与えるほどの威力は無いようだ。
とは言っても、いくら悪党と言えども無抵抗の人を攻撃したので、
どっちか正義か悪なのか一瞬わからなくなってしまった。
Sスター「君、大丈夫?」
呆然としていた僕の傍まで来た舞華が、
怪我をしていないかどうか聞いてきた。
隆政「え…? あ…は、はい!」
自分の正体を隠そうとしているようで、
舞華は努めて他人の振りをしていた。
だけど僕はそんな舞華を目にした途端、
その美しさに見惚れていた。
銀色の髪は光が当たるとキラキラと輝きを放ち、
肌もツヤがあって、まさに美しいの一言。
そしてその優し気な瞳に、心を奪われてしまいそうだった。
…だったけれど、次第に僕の心臓の鼓動が一気に加速していった。
やばい、近すぎる。
いつもより綺麗さを増した舞華を前にして、
僕の心は完全に奪われてしまった。
リッパー「よそ見し過ぎですよ!」
が、その背後からリッパーの声が聞こえると、
アンカーのようなものを舞華に向けて放ってきた。
Sスター「しまったっ…!!」
僕に気を取られていた舞華は回避が遅れてしまい、
リッパーの攻撃を受けてしまう。
ボス「でかしたぞ、リッパー・J!!
そのまま電流を流して痺れさせてしまえ!!」
Sスター「そんなわけには…!!」
次の攻撃を予測し、腕に食い込んだままのアンカーをすぐさま引き離し-
Sスター「痛いじゃないの!」
ちょっと怒り気味に言うと、再び弦を引き絞って光の矢を放っていく。
ボンッ!!
リッパー「ゲフッ!!」
予想以上に早かった動きについていけず、
リッパーまでもが矢をくらって爆発と共に吹っ飛んで行った。
キャット「全く…相変わらずやるわね、お嬢ちゃん…!」
ハンドガンを手にしたキャットが、舞華の前に躍り出てきた。
まずいぞ…弓と鉄砲じゃ、明らかに威力が違いすぎる。
いくら動きの速い舞華でも、かわせるかどうか…!
Nダンサー「姐さん! 姐さんの手を煩わせなくても、この俺が!!」
キャット「うるさいわね、引っ込んでなさいよ、このドジ!」
Nダンサー「ど、ドジは無くないですか~!?」
キャット「他に形容しようが無いじゃない!
何なの、いつもいつも初めの方で必ず先制攻撃をくらって、
マヌケな格好を晒しおいて!
筋肉ばっかり鍛えていないで、少しは頭も鍛えなさい!」
Nダンサー「ひ、ひどいっすよ~姐さん!!」
Sスター「あんた達…戦う気、あるの…」
突然始まった痴話喧嘩を見せられ、舞華は呆れ返っていた。
ボス「く…くぅぅぅ! 情けない! どいつもこいつも…!!」
Sスター「さ、覚悟しなさい、ボス!」
残る敵は1人と睨んだ舞華は、再びボスに矢を向けた。
ボス「…こうなってしまっては仕方あるまい…!
とっておきの…!!」
ついにベールを脱ぐらしく、ボスが身構え始めた。
途端に舞華の顔に緊張が走る。
ボス「必殺!!煙玉!!」
Sスター「へっ!?」
煙玉という言葉で呆気に取られていると、
ボスは舞華に向けて何かを投げてきた。
そして、ボンッ!と、小さな爆発と同時に、
辺り一帯に白い煙が充満していった。
Sスター「しまった…!?」
まさかのフェイントにやられ、
舞華は煙にむせ返って身動きが取れなくなっていた。
キャット「皆、撤退命令よ!」
Nダンサー「待ってください、姐さん~!!」
リッパー「いてて!? 引きずるな、引きずるな~!!」
Fボール「放せよインディアン野郎~!!」
さっきのボスの言葉は撤退の合い言葉だったらしく、
煙の中から怪盗団が慌てて引き上げる声がこだましていた。
…それよりボスは一切戦わないで、
ほとんど見ていただけな気が…。
やっぱり悪の組織のリーダーって、
みんなそんなものなのかな?
煙が晴れてきたことで視界もはっきりしてきたけれど、
舞華の姿もそこには無かった。
BUZZを追いに行ったか、
それとも僕からの言及を避けたかったのかはわからない…。
でも確かなことは、舞華が魔法の力か何かで変身し、
1人で悪の組織と戦っているという事実だ。
変身した上で武器を手にし、
武装した多数の敵を相手にしている。
運動神経抜群の舞華だけれど、
ただちょっと油断してしまえば、
さっきのように敵の攻撃を受けてしまう。
今回はたまたま運が良かったとしても、
今後怪我では済まない事態になるかもしれない。
誰か、舞華の助けになる存在がいれば…。
もう1人、悪と戦えるヒーローがいれば…。
………それなら-
隆政「僕がなればいい」
そうだ、舞華が1人で戦っている事実を知っているのは、僕ただ1人。
戦う理由はどうであれ舞華を理解してあげられるのは、
きっと僕しかいないはずだ。
舞華を…シューティングスターを助ける存在になりたい…!
人々を悪から救う、ヒーローみたいな!!
隆政「…だけど…」
肝心なことを思い出す。
僕には大した甲斐性も無ければ、
万年文化部だった人生ゆえに体力どころか力も無いから、
当然運動は成績上でも下の下。
さっきのように簡単にねじ伏せられて、
バタバタともがき苦しむので精一杯な貧弱男だ。
そんな僕が、どうやって舞華を助けるヒーローに-
隆政「…そうだ!!」
あることを閃いた僕は携帯電話を取り出し、電話帳を開く。
すぐにお目当ての番号を見つけると、ダイヤルした。
??「もしもし?」
隆政「オジサン、僕! 隆政!」
??「あ~それくらい着信を見ればわかるって。
それで、何か用か?」
隆政「うん、ちょっと相談があって…!
今から家に行っても大丈夫かな?」
??「今からか?
あぁ、俺もさっき帰ってきたところだから、別に構わないぞ」
隆政「わかった! じゃあ今すぐ向かうね!!」
…よし!
これなら…オジサンの力を借りれば、
舞華を助けられるヒーローになれること間違い無しだ!
…まぁ、オジサンの承諾を得るまではわからないけれど…。
期待と不安が入り乱れつつも、
僕は急いでオジサンの家を目指し、駆けて行った。