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流星仮面  作者: 矢部 さとし
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1-2【夢見が丘】

飯沢「はい、どうも~」


 チャイムが鳴り終わってしばらくすると、

ちょっと間延びした声と共に貫禄の良い先生が入ってきた。


 いや、正確には先生ではなく、外部講師の人だ。


 かつては大学の教授であり、一方でこの都市の開発にも関わった-

…失礼ながらあの外見とは裏腹に凄い人物。


 そんな経緯もあり、愛称は【飯沢(いいざわ)教授】。


 大学教授を引退した今は時折、この学園の外部講師として教えに来ているのだ。


 …と、僕が簡単な紹介をしている間に手早く出席を取り終えた教授は、

出席簿を教卓に置くと早速講義…もとい、授業を始めた。


飯沢「では、本日はこの都市がどういう経緯で作られたか、

   その歴史を踏まえてどんな環境問題対策が行われてきたかを、

   本日の講義の題材としていきます。 

   つまらないからと言って話しの聞き流しなど無いよう、

   初心に帰ったつもりで聞いてください」


 そう言うと教授はチョークで黙々と字を書いていく。


飯沢「ここ、夢見が丘という都市は1990年代初頭、

   環境問題対策に特化したモデル都市として開発された…というのは、

   すでにご存じの事と思います。 

   君達が日々何となく利用している電気、交通機関なども、

   この環境問題対策を踏まえて作られたものです」


 …うん、そうそう。

 

 この都市の電力源は環境に配慮し、

風力発電と各家庭に備え付けられた太陽光発電でまかなわれている。


 風力発電所は都市郊外、東西南北の計4か所に建設されていて、

そしてそれを結ぶようにモノレールが十字に走っている。


 しかもこのモノレール自体が風力発電所の電力や水道など、

重要なパイプラインとしても機能しているわけだから、

中々賢い作り方をしたものだと関心してしまう。


 何よりモノレールが首都に直結しているから、

交通の利便性に優れているのも大きい。


飯沢「-その他にも、学園でも実施されている緑化活動も、

   こういった対策方法の1つとして考案されました。 

   …さて、この緑化活動により、一体どんな効果が得られるでしょうか、

   薫君」


薫「え」


 まさか自分が当てられるとは思っていなかったらしく、

薫は拍子抜けしたように驚いた顔をしてみせた。


 周囲のクラスメートもまさか薫に当たるとは思っていなかったようで、

ちょっとしたザワツキが起きる。


 一方で僕は、薫にちゃんと答えられるかが心配だった。


 一説によると、教授の前で至極まともなことを言った学生が、

何故か教授の怒りを買ってしまった挙句、

「甘ったれるな!」

とまで言われてしまった…とかなんとか、そんな話しがあったらしい。


 まぁそれは飲みの席だったからという話しである上に、

もうベロンベロンに酔っぱらった状態だったため、

当の本人は一切覚えていないというオチだ。


 しかしながら薫の珍解答次第では、

教授のご機嫌を損ね兼ねないことはまず間違い無い。


 ご指名を受けた以上は答えるしかないとわかった薫も、

仕方無くといった感じで立ち上がった。


薫「え~っと…緑化っていうのは、

  街全体を緑で一杯にしましょ~…てことです?」


 と、あながち間違ってはいないけれど、

物凄く漠然とした回答を薫はした。


 しかも、何故か語尾が疑問形というオマケ付です。


飯沢「…うぅん!」


 その回答に飯沢教授は、よくはわからないが満足そうに頷いた。


薫「っ…!」


 一方でその頷き方に、薫は噴き出しながら視線をずらした。


飯沢「彼の言う通り、まさしくその通りで-

   あぁもう座っていいよ」


 目線を外したまま笑いを堪えていた薫は、言われるがまま着席する。


 それを知ってか知らずか、教授は話しを進めた。


飯沢「この緑化には景観向上を目的としているだけなく、

   日射量の多い壁面を植物で覆うことにより、

   室温を2度~3度も減少させる効果もあります」


 薫の答えに補足をつけるようにして、教授はその効能を説明してくれた。



   

 ………16年前と比べて2020年という世界は、昔と何ら変わりはない。


 それはその頃の写真などを見た僕からでも、一目瞭然だ。


 ただ少しだけ技術が進歩しているくらい、と言っていい。


 この夢見が丘という都市も元々小さかった街が、

90年代から少しずつ規模を拡大して作られたものだ。


 あらゆる可能性を試すため、当時の最新技術やら何やらを投入したのだが、

その中でもとくに電気自動車は爆発的に普及した。


 今となっては電気自動車なんてものは当たり前だけれど、

導入当時は専用スタンドの前に大行列ができる…

という社会問題があったりもした。


 しかしながら、教授のような専門家やエンジニアが試行錯誤して問題を解決すると同時に、

現在の都市の基盤を作り上げてくれたのだ。


 ここで暮らす僕達にとっては、頭の上がらない存在である。


飯沢「-ま重工】が先駆けとなって都市開発がスタートし、

   現在は最大手企業である【ウェストチャーチ・インダストリー】が、

   都市開発の全体指揮を取っています。 

   では続いて、私がどのような形で都市開発に協力したかを説明していきます。

   私の専門分野は大気汚染工学でして-」


 …さ、難しい話しが始まったぞ。


 僕にとってはちょっと興味のある分野だけれど、

薫含め数人の生徒にはウンザリする内容だ。


 そういうことに興味が無いお方も恐らくいらっしゃると思われるので、

教授には申し訳無いけれど僕から少しだけ、色々説明をさせて頂こう。


 さっき教授が言った【ウェストチャーチ・インダストリー】とは、

今や工業製品分野で最大手となっている企業だ。


 前身となっていた企業をどこかの団体が買収したのが会社の始まりで、

建築産業の他、ロボット産業にも力を入れている。


 この夢見が丘にも支局があって、日夜研究開発が進められているという話しだ。


 さらに噂によると社長が支局にいるらしい…というだけでなく、

いくつかの製品自体も社長が作り出したという話しまでもある。


 嘘か本当かはわからないけれど、

この街の産業を担う企業の1つとして、

就職を希望する人も少なくない大企業なことに間違いは無い。


 …そういえば、その前身の企業の名前って…なんだったけ?


 忘れた上に聞き流してしまった。


 【何とかまー】…まー…漢数字が入ってて、

3文字だったような………うーん…ま、いいか。


 別に試験に出るような話しでもないし、今は気にする必要も無いだろう。


飯沢「-ちなみに特定粉塵は今のところ1つしかありませんが、それは一体何か-」


薫「はいはい! アスベストです!!」


 教授が言い終わるよりも早く、薫は手を上げながら自信満々に答えた。


 あまりに突然のことだったため、僕を含めクラス中がポカンとなってしまった。


飯沢「お、すごいじゃないか、薫!」


 まさかの薫が即答で…しかも適格に答えたものだから、

飯沢教授は心底驚きつつも嬉しそうに褒めちぎった。


 てか、周りも驚いていた。


薫「よっしゃぁっ!」


 そして取るガッツポーズ。


 多分、さっき僕が言っていたことを覚えていたのであろう。


 あの薫でさえ、記憶力は地味にいいから案外侮れない。


 ただ負け惜しみじゃないけれど、褒められたのは僕のおかげだからね、薫。





薫「‐けど一体何が”うぅん!”だか、意味わからねぇしw」


 今日1日の授業も終わり、帰り支度をする僕の前で薫がまた、

女子生徒達と会話に興じていた。


 どうもさっきの珍解答に対する飯沢教授のリアクションが、

心底ツボだったらしい。


 ただまぁあの教授の顔を見れば、

薫の答えが間違っていなかったのは確かなことだと思うけれど、

薫にとってもあのリアクションは予想できなかったようだ。


 …さて、部活動に所属しているわけでもないので、

僕はさっさとお家に帰らせて頂きます。


 荷物をまとめ終わり、とくに誰とも挨拶を交わすこともなく教室を後にした。





隆政「………」


 …なんだろうか。


 これがいつも当たり前と思っていたのに、急に虚しくなった気がする。


 …本当に、これでいいのかな…。


 このままで…。


 まだ肌寒さの残る夕暮れ時の中、トボトボと家路を目指す。


 さっき抱いてしまった変な感情のせいで、どうも心のモヤモヤが晴れない。


 これは、今までため込んで来た気持ちの反動なのか?


 それとも、今までの自分と決別して新しい自分になりなさいという、

神様の思し召しか?


 …いや、例えそうだとしてもだ…何かきっかけでもなければ、

僕に生まれ変わるチャンスなんてあるわけがない。


タッタッタ…


隆政「………?」


 曲がり角に来たところで、森林公園の中へ駈け込んでいく舞華の姿が見えた。


 一瞬だったからわからないけれど、でもどこか切羽詰まった表情をしていた。


 ………まさか、また誰かから告白を…!?


 学校での出来事がフラッシュバックしてしまい、

僕の鼓動は再び速さを増した。


 そうなってしまうと、もう気になって仕方無い…いや気が気で無い。


 今まで多くの男共を振ってきた舞華でも、

押しの強くて強引な男が相手だったら大変だ。


 …けど仮にそんな男が相手でも、僕にはどうすることも出来ないだろう。


 例えそうだとしても、居ても立っても居られなかった僕は、

気が付けば舞華を追う様に森林公園の中へと入っていった。

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