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第5話 ちょっとしたトラブル

「本日はどうなさいますか?先ほどの一覧からお選びになるのであれば、手続き致しますよ」


 ミナヅキがそう言った時だった。少し離れたミッション専用窓口の方から、ドン、という机を強く叩く音がして、驚いたスピカの肩がビクッと大きく震えた。


「ああ?!何でだよ!正式な受注じゃねぇか!」

「ミッションの期限切れにより、依頼主がミッションを取り下げられました。今回は独占受注では無いため、依頼に対するペナルティーはございません」

「ペナルティー云々(うんぬん)は聞いてねぇ!半日納品が遅れたくらいで失敗扱いすんなよ!」


 髭を生やした冒険者風の男が、窓口の男性職員に怒りをぶつけている。彼の淡々とした話し方が気に食わないのか、感情のままに怒鳴っている。その隣では左腕から左手にかけて包帯を巻いた仲間らしい男が、足で床を叩きながらわかりやすく苛立ちを示していた。


「お気持ちは理解致しますが、期限は期限です。なお、依頼主への直接交渉は禁止ですので、納品物の現品をお持ちで交渉を希望される場合は、所定の手続きをして頂ければシティーで対応致します」


 傍から聞いている分には、冒険者の方に非があるようだった。

 職員は少しも怯むことなく、相変わらず淡々と説明を進めている。気性の荒い冒険者相手にはよくあることなのかもしれない。ミナヅキもあまり気にした様子はなく、どちらかと言えばラディアスたちの返事を待っているように見えた。


「手続き?ハッ、フローレンじゃあ二日過ぎても完了出来たぜ?さすが吹き溜りは違うねぇ、お役所仕事が!!」

「こっちはな、そのミッションで怪我してすぐに金が必要なんだよ!事前情報に無いネザーホーネットにやられたんだ!責任取れよ!」


 話が思うように進められないことに焦ったのか、男は別の国の話を引き合いにしてきた。おそらくはその“フローレン”でも同じように職員を脅したのだろう。補足になるが、東の砂漠の旧オール王国の南に、フローレン共和国という比較的新しい国がある。

 冒険者の怪我は自己責任が基本だ。様々な危険はあるが、報酬以外にも魔物の素材などで収入を得られることもある、ハイリスク・ハイリターンを承知の上で臨むのが当然のことだった。


「ここはシェルリースです。戦闘職の負傷等に関しては、規約通り役所側では対応しかねます。自由加入の戦闘職保険、もしくは他国のギルド補償制度でご対応をお願い致します」

「話になんねぇ!シティーリーダー連れて来いよ。できないってンなら今すぐ報酬と迷惑料払えや!」


 ヒートアップしていく男に、さすがに他の職員も警戒を始めた。ミナヅキもカウンターから出て来ると、三人を庇うように立った。


「今はリーダー、二日ぶりの休憩中なのよね…。三人とも、何かあったらすぐに役所を出て下さい」

「ミナヅキさん。ガーディアンを呼んだ方が良いんじゃ…」

「既にあの職員が要請を出しています。なるべく大事にならないように、判断はあちら(・・・)がするはずです」


 スピカとミナヅキは小声で言葉を交わしている。

 職員の男性はゆっくりと立ち上がると、ミッション規約を髭の男の前に差し出した。


「これ以上の業務妨害は、ライセンスカードの戦闘職権限凍結となりますこと、警告致します」


 戦闘職権限凍結、という言葉を聞き、髭の男は初めて言葉に詰まった。つまりは、冒険者としての仕事(ミッション)を受けることが出来なくなるという通告だ。


「ねーねー、ママー。この後はどうするの?帰る?」


 そのわずかな沈黙に、無邪気な子供の声が響いた。上階から降りてきた親子のようだ。


「ネザーホーネット用の殺虫ポーションを買いに、ナニガシ商会に寄ろうね」

「えー、どこにでもいるし、弱っちいじゃん。蜂にポーションなんてもったいないよ」

「でもママ、蜂とネズミとスライムだったら、蜂が一番嫌いよ」

「じゃあ、お小遣いくれるなら僕が倒すよ。一匹5ギートで」


 緊迫した空気など知らない親子は、楽しそうに会話を続けている。ネザーホーネットを弱っちいとのたまうのは、7歳か8歳くらいの男の子だった。


「うふふ、十匹でもポーション代より安いね。お願いしようかな」

「やったー!るんたったー、おーこづかいー!ヘイ!」

「ほらほら、建物の中は走らないのよ」

「スキップだよー!蜂さん一匹5ギートだー、ヘイ!十匹ならばー、1コイン!ヘヘイ!」


 全身で喜びを表しながら踊る子供。その弱っちい蜂さんにやられて難癖をつけるいい大人。絶妙なタイミングに、周りにいた何人かが肩を震わせて笑いを堪えていた。


「その事前情報に無かった蜂さん、百匹くらいいたのかい?お見舞いにそこのカフェの10コイン日替わりランチでも奢ってやろうか。確か今日は、リノアラ茸のカレーだぜ」


 近くで様子を見ていた軽薄そうな男性が、からかうようにそんなことを言った。その言葉に何人かが耐えきれずに笑い、張り詰めていた空気が緩んだ。そんなことも知らず、緊迫した空気の救世主である親子は役所を出て行った。


「ほれ、笑っている場合でも怒っている場合でもないよ。刺された場所によっては怪我が長引くんだから。…ほら、包帯取って見せてみな」


 世話好きな年配の女性が、真っ赤な顔で震えている、怪我人の男に近付こうとする。


「ざけんな、おらぁ!!」


 髭の男はガンッと大きな音を立てる。今度は自棄になってカウンターを蹴ったようだ。怪我をした男が腕を振り回したため、近付いた女性がよろめいて、近くの花瓶にぶつかった。

 誰かが動く間もなく花瓶は床に倒れ、大きな音を立てて割れた。


「おっと、おばさん、大丈夫?」


 手続きをしようとしていたニットキャップの青年が、よろめいた女性を支えてこと無きを得た。幸い、花瓶の近くには他に誰もおらず、新たな怪我人は出なかった。しかし、役所にいた一般人の何人かが慌てたように役所を出て行く。残ったのは数人の冒険者…戦闘職の者たちだけになった。再び緊張がはしる。

 ミナヅキとスピカはさっと女性の方に駆け寄り、ニットキャップの青年と一言二言話した後、彼女を役所の壁際の椅子へと案内する。


「おっさん、同じ冒険者として気持ちはわかるよ。半日だけだもんなぁ?けど一旦落ち着こう。この職員のお兄さんも仕事してるだけだしさ」


 ニットキャップの青年は怒るでも笑うでもなく、髭の男の肩を叩いて落ち着かせようとしていた。ラディアスは青年に加勢しようとティルスに目配せし、頷き合った。せっかく治まりそうだった場を、これ以上荒らさせるのは忍びない。

 まずティルスが彼らに近付くと、畏まって一礼した。


「お取込み中のところ、失礼します。我が(あるじ)が話をしたいとのことで」

「もし良ければ、その納品物というのを見せては頂けないだろうか。物によっては買い取らせて欲しい。立ち話も何なので、広場の方で交渉させて頂けまいか」


 ティルスに続いてラディアスが声を掛ける。買い取りの話は方便だが、ひとまず“場所を変える”ことが最優先だと判断したのだ。


「うるせぇ!ガキが偉そうに!どいつもこいつもバカにしやがって!」

「さっさと責任者出せや、この野郎ォ!!」


 ところが、髭の男は怒り狂うばかりで、全く話に耳を傾けようとはしなかった。怪我人の方も同様である。精一杯大人びた口調で交渉を試みたラディアスは、わかりやすく肩を落としている。ここにいる誰よりも、どんよりとした空気を纏っていた。


「…子供(ガキ)…」

「ちょっと、ラディアス様?何か今日、打たれ弱すぎでしょ?!」

「ティルス、今更だが…何度も言うが…様はやめろ」

「本当に今更!今じゃないから、それ!俺が(あるじ)扱いしたの意味無くね?!」


 ティルスはラディアスにツッコミを入れた後、腰に差した剣の柄に手をかける。ラディアスは肩を落としたまま、手を伸ばしてそれを制す。


「やめておけ、見習い(ティルス)

「なァんか余計なワードが見える気がするんですけど。正当防衛になるまで手は出しませんって」

「…お前は、よく見ておけ(・・・・・・)


 怒りが頂点に達した髭の男は、ついに腰に下げていた鞘から細長い何かを抜いた。杖である。見れば、怪我人の男も右手に杖を持っていた。怪我人の男は持っていた納品物が入っているらしい袋を開けると、“怪我をしているはずの左手“で、中の黒い石を掴み取った。ニットキャップの青年は反射的に男たちから距離を置く。


「おっさんら、魔導士かよ?!外見的には格闘家だろ?」

「アルマ、クーラルハイト!我が手を研ぎ澄ませるは炎付与(エンチャント)、ツァウバークライス!」

「アルマ、クーラルハイト!我らを守るは防の宝石(エーデルシュタイン)、ツァウバークライス!」


 呪文と共に、髭の男の右手が炎に包まれる。そして二人には防御魔法がかけられたようで、体の表面が光っている。ほぼ同時に、抑揚のない音声が窓口から響いた。


『非常通報システム作動。魔法発動許可。繰り返す。非常通報システム作動。魔法発動許可。』


 男性職員は、冷静に髭の男の拳を受け止めている。彼の手を見ると、中指にはめられた指輪が光っていた。どうやらこちらも防御の魔法具らしい。


『来所者の皆様、魔法行使の可能性がございますため、避難を推奨致します。一階正面出口は使用できません。北口をご利用下さい』


 建物の中で流される放送の声にも緊迫感は無い。ラディアスとティルスは呆気にとられていた。


「避難して下さい、じゃないんだ」

「この程度は“大事(おおごと)”じゃないのよ。人手も足りないしね、自己責任なの、シェルリースでは」


 近くにいたポニーテールの女性が、クスッと笑いながら二人に教えてくれた。


「まぁ、でも?早く手続きしたいから、あのおっさんたち、とっ捕まえたいわね。身体強化の防御魔法が厄介そうだけど…石なんか使っちゃってさ。沈黙のポーション、投げ損ねちゃったじゃない」


 防御魔法が使われた以上、こちら側からの攻撃はしばらく通らないだろう。女性の言うように、可能ならば先に魔法詠唱を妨害するべきだった。しかし、役所内で対他者の魔法使用は禁じられている。職員も正当防衛が成立する状況、基本的には先ほどの許可が出るまでは魔法具であっても使えないのだ。


防御魔法(これ)ってどのくらい継続するのかしらね。取りあえず攻撃してみる?」

「屋内だからなぁ、タニアの武器は厳しいかも。こっちが攻撃用魔法具を使用するにしても、限度があるよな。魔法具じゃ出力の微調整はできないしさ。いつものようにガーディアンが取り押さえて終わりじゃん?今日はうちの魔導士(ガラム)もいないし」


 先ほどのニットキャップの青年がポニーテールの女性、タニアとそんなことを話している間にも、髭の男は詠唱を続けていた。ミナヅキを始めとした職員たちは、“箱”の近くに魔法防御壁(バリア)を張り、来所者をその中へ誘導している。区役所内にはこのような緊急時に備え、予め防御用の魔法具が設置してあるのだ。外からの攻撃は基本的に通らない。安定した出力の魔法具ならば、しばらくは安全である。

 タニアとニットキャップの青年も、少し迷ったようだが、ティルスとラディアスの背を押しながらその防御壁(バリア)の中へ入って行く。

 それを見ていた怪我人の男が、ニヤリと笑って杖を掲げた。


「アルマ、クーラルハイト…魂を生贄に(コア・オプファー)映ずる全て(・・・・・)を焼き尽くせ!」

「アルマ、クーラルハイト!()の声を聞け!」


 その場にいたほとんどの冒険者は、その補助呪文(コア・オプファー)何か(・・)を知らなかった。知っていて反応したのは職員、そしてティルスだ。


「皆さん、伏せて下さい!」

「は?!バカ、それヤバい禁術(ヤツ)だろ!」


 そう叫んだティルスは、迷うことなく防御壁(バリア)を出ると、割れた花瓶の方へジャンプするように移動した。発動されてしまえば、この建物は消し炭になるだろう。防御壁(バリア)が耐えられるかどうかは、魔導士の力次第だ。それはそういう魔法(・・・・・・)だった。


「ちょっと君!バリア内に…」


 狼狽する職員の声。


「子供が一人バリアの外に出た!」

「危ない!」


 何とかしようと声を上げる冒険者たちの声。魔導士たちはティルスに視線を向けて警戒するも、詠唱は止めなかった。防御魔法は既に発動されている。子供一人の剣など、恐るるに足らないのだ。


「魔導士!魔導士はいないのか?!せめてあの子に防御魔法を…」

「オルク・スタンダード。水に属する魔粒子(フロー)に命ず…」


 ただ一人、落ち着いた様子のラディアスが静かな声でそう呟く。懐から杖を取り出して右手で持つと、空中に何か文字を書くように振り始めた。その軌跡は、段々と淡い青の光を放ち始める。詠唱と並行して別の呪文を記述しているのだ。

 魔法と一口に言っても、その形式は基本である詠唱魔法と、呪文を魔粒子(フロー)で文字にする記述魔法の二つがある。魔導士は目的によってそれらを使い分けているのだが、今、ラディアスはその両方ともを実行していた。それは言うまでも無く、とてつもない技術(・・・・・・・・)だった。周りの冒険者たちはそんな神業を目の前にし、揃ってフリーズしている。

 ティルスは体を回転させながら落ちていた花を二本、両手に取ると、勢いのまま魔導士二人のそれぞれの口に押し込んだ。

 そう、彼は剣を抜いていない。これは決して攻撃では無いのである。身体能力向上の防御魔法とは何の関係も無い。ただ、口内に花を押し込んだだけなのだ…多分。


業火(フランメ)ツァウバ…ンゴッ?!」

倍化(ドッペルト)ツァウ…グッ?!」

「“言わぬが花”だぜ、おつ、かれ、さんっと!…ラディ!」


 ティルスが台詞に合わせてトン、トン、トンッとバックステップで離れるのを確認し、ラディアスは物理的沈黙状態にさせられた彼らへ左の掌を向けた。

 職員たちはその隙にティルスを安全なバリア内に引っ張り込む。ラディアスが何をしようとしているかはわからなかったが、ティルスが彼の魔法に巻き込まれないようにするためだ。

 ラディアスの方はといえば、杖での記述は終わったようだが、詠唱はまだ流れるように続いていた。ラディアスが左手を握ると、空中に浮かんだ淡く青色に光る文字は、連なって杖に吸い込まれていった。


「…記述形式融合マジックサークル・マージ、ターゲット:ダブルマーカー、タイプ・立方体(カアバ)()の身を守れ、オプト・反転(インバート)水魔法壁(ウォーターウォール)


 詠唱が終わる直前、ラディアスは杖を両手で握り、魔導士二人に向けた。

その途端、魔導士の口の中の花がまるで爆発したかのように粉々になり、ほぼ同時に彼ら二人だけを囲う水の壁が現れた。水でできた立方体の檻に、魔導士二人が閉じ込められた形だ。

 防御壁(バリア)を張れば、外からの攻撃は基本的に通らない。ラディアスは防御壁(バリア)裏返して(・・・・)彼らを囲ったのだ。つまり、彼らの攻撃はもう外へは通らない。

 口内に残った花の欠片を吐き出した怪我人の男は、そのまま中断された呪文の続きを口にする。壁に囲まれた現状で大魔法を使えばどうなるかを悟り、真っ青な顔になった隣の髭の男が止める間もなく。


「…フ、業火(フランメ)ツァウバークライスッ…!」

「バカ!止め…」


 バフッ、という擬音が一番相応しいだろう。水の檻の中はほんの一瞬、炎で埋め尽くされたが、先の間抜けな擬音と共に消えてしまった。中に残された魔導士二人は掃除されていない煙突を通り抜けたかのような、煤けた姿で呆然と座り込んでいた。


 業火は不発に終わったのだ。

お読み頂きありがとうございます。

ようやくの戦闘イベントでした。


それでは、また次回。

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