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第3話 やらかしに黒歴史

「…はぁ…やらかした」


 大通りを広場に向かって歩きながら、ラディアスは渋い顔で呟いた。完全に自己嫌悪に陥っている。ティルスの言う通り彼は焦っていたのだ。それとは対照的に、ティルスはかなり機嫌が良かった。


「天才ラディアス様は、怒られ慣れてないですもんね。でも簡単に頭を下げない方が良い。ただでさえ俺たちは、子供だってことで下に見られやすいんだ」

「…色々と言いたいことはあるが、確かに焦り過ぎてはいた。謝罪させて悪かったな」

「だから、良いですって。俺の普段の態度が悪いのもわかっていますし。さっきは変に言い返しても事だ、と思って割り込んだだけだし」

「…そこは改善していって欲しいが。のっけから不機嫌全開だったぞ」


 伸びをしながら、ティルスはケラケラと笑った。ラディアスに剣士レベルで負けたことに対する、もやもやとした気持ちはいつの間にか霧散していた。


「すいませんでした。でも、思春期なんだから仕方ねぇだろ?」

「その言葉を免罪符にするな」

「ところで、さっきの情報ですけど」

「唐突な話題転換だな。…なんだ」


 ラディアスのメモをちょいちょいと指差す。そこには、先ほど不動産屋から聞いた店の名前と地図が書いてある。


「とりあえずは全部行ってみますか。これから仕事始めるとして、道具やポーションも必要になってくる。店は知っておいた方が良い」

「まぁ…どれも“候補”に結びつく可能性はあるわけだからな」


 そう言うと、ラディアスは空を仰いだ。

 彼らは確かに“形見”も探していた、これは嘘ではない。しかし、本当に探しているのは人だった。不動産屋に話した通り“特定の誰か”ではなかったが。


「作戦名決めようぜ。“NKM-498”とかどうですか?意味わかります?」

「“仲間”を求めて498年とかそんなだろう」

「正解〜。いや…仲間よりも支援者…それとも協力者の方が良いか?」


(ガキ、か。あんなにもハッキリと言われると、(こた)えるものがある)


 不動産屋の自分たちを見る目を思い出しながら、ラディアスは深いため息をついた。自分が比較的童顔であるという自覚はある。しかし、逐一成人(18)であることを明かすのは面倒だった。成人(18)を迎えるまでの時期の1歳の差は大きい。子供扱いしていた相手が成人とわかって慌てる一連の流れも煩わしく、ラディアスは稀にティルスの弟扱いをされることがあっても訂正しなかった。


「外野からすれば俺たちに必要なのは保護者だろう、どちらかと言えば。…言っていて虚しくなってきたぞ」

「おっ、何、年上のお姉サマでも仲間に引き入れるおつもりで?良い考えじゃないですか。冒険にも花が必要ですよねぇ」

「…はぁ…本当にのっけから失敗した…あれでは本当にガキだな…」


 ティルスの軽口をスルーするくらいには気落ちしているようだ。確かに、怒られ慣れてはいないのだろう。ティルスから見てラディアスは、わりと何でもそつなくこなしてしまうタイプだった。その分、たまに失敗すると引き摺るのだ。


「簡単なことだろ?“周りは力で黙らせろ”」


 ティルスは急に芝居がかった口調になり、おもむろに指を額に当ててポーズを取った。まるで別人のように生き生きとしている。自己陶酔にひたっているのだろうか。


「“あっ、力って言っても暴力じゃ無いからな?能力、つまりは実力でという意味だから勘違いしないでよねっ?!…ゴラァ!わかったか、チビ共!!”」

「ティルスもようやく眠気が取れてきたらしいな。それは師匠の真似か?」

「フッ…結構似てるだろ?…“食らえっ!ミラクル・センジュビーム!!”」


 シャキーン!…などと口で言いながら、まるで小さな子供のようにはしゃぐティルス。彼なりに励まそうとしているのだろう、とラディアスもそれに乗っかった。


「“させるか…ファイナル・ティエラディ・スペシャルサンダー!”」

「ちっがーう。俺の真似がなってねぇ!ファイナルは空中技だろ。“させるか!インフィニット・ティエラディ・トルネード!!”」


「…やっぱり仲良しだね、二人とも。」


 二人がギギギ、と音がしそうなほどゆっくりと首だけで振り返ると、そこには笑いを堪えたスピカが立っていた。


 *****


「あー…数時間ぶり」


 我に返って恥ずかしくなったのか、二人とも耳まで赤くなっている。今度は違った意味での自己嫌悪だ。不幸中の幸いか、広場から出て来る人々は皆、ランテルスのミニライブについての会話に忙しく、彼らを気にする様子はなかった。しかし、命の恩人である少女に随分なシーンを目撃させてしまった事実は、少年二人にかなりのダメージを与えていた。


「やっぱり大人びて見えても男の子だね」

「男の“子”…」


 スピカは背が高く、彼らと目線がほぼ変わらない。恥ずかしさに縮こまっていることもあり、少し見下ろされているように感じた二人は地味に追加ダメージを受けていた。


「リークも昔、必殺技たくさん作って私に教えてくれたよ。リーク究極奥義、アトミックパンチとか、エターナルスローとか、ベジタブルネザーとか、途中から意味分からなくなってたけど楽しかったなぁ」

「見なかったことにしてくれ。本当に疲れていたんだ」


 スピカが引いているわけではないらしいことに安堵しつつも、ラディアスは顔を手で隠しながら懇願した。ティルスに至っては、完全に無言である。


「やー、ミニライブがちょうど終わって、広場から出たところで再会するとは、運命だねぇ!あ、そうだ、良い家は見つかった?」


 要求通り“見なかったこと”にしてくれたらしいスピカは、あっさりと話題を変えた。二人はホッと胸をなで下ろす。早く忘れてしまいたかった。


「それなんだが、上手く条件が合わずにまだ決まっていない。悪いがもう少しだけ世話になる」

「うん、うちの方は構わないよ」

「不動産屋にはドリスの方で空き家を探してはどうか、と提案されたんだ。スピカ、心当たり無いか?」

「空き家かぁ。リークも私も、知っていたら紹介したけど…ごめん、心当たり無いや。今度、集落の皆にも聞いてみるよ。少し外れたところになら、あるかもしれないし」

「助かる」

「えへへ、良いってことよ」


 スピカは役に立てることが嬉しいらしく、彼らが向かおうとしていたナニガシ商会への案内を買って出た。


「あの店へ行けば、冒険者に必要なものは…足が早い青果や魚、薬草以外なら大抵揃ってるよ。携帯食でしょ、防具に武器に、醸造されたポーション、この前見た時は簡易テントも売ってたなぁ」


 ナニガシ商会は大通りの中でも際立って大きな建物だった。三階までは客が入ることのできる店舗になっている。エントランスの柱には細かな装飾が施され、窓ガラスや格子模様の床はピカピカに磨き上げられていた。


「ただ、商品の種類が多い分、代表的(ティピカル)な物ばっかりだから、珍しいアイテムが必要な場合は専門店にした方が良いと思う」

「なるほど、一点ものにはあまり期待出来ないか」

「うん、ゼロでは無いけど、お店の広告になるような展示品とか…大きな物が多いかな」


 スピカは、ショーケースに飾られているハープを手で示した。


「例えば、遺跡で手に入れた宝なんかは普通どうするんだ?店に持ち込むんじゃないのか?」

「うーん…それ専門に扱っている商人の方が、売却ルートも持っているだろうし、相場もわかっているし…そういう所を探して売るんじゃないかな。あとは闇市とか、オークションとか。確かにナニガシ商会にも冒険者の持ち込みはあるみたいだけど、それが店頭には並んでいるかはわからない」


 自分が商会の人間ならば店頭に並べるよりも、価値を知る連中に売るだろうと彼女は言った。確かにそうかもしれない。苦労して手に入れたものをより高く売りたいのが人間の性だ。


「ここは常に品揃えが安定しているから、売り切れの心配がほとんど無いのは良いところだよね。同じ物をたくさん扱っているお店、と思っていたら良いと思う」


 店に入ると、ラディアスはポーションが並べられている一画へ足を運んだ。コルクで栓をしてある透明の瓶が整然と並んでいる。ラベルには醸造した人の名前、“解毒”、“回復”、“硬化”などの使用した際の効果が書かれているようだ。効果によって瓶の大きさに違いはあるが、全て同じ値段で販売されている。


「瓶は店で回収して、再利用しているよ。ポーションを買う時に瓶を渡すと、1ギート割引してくれるの。もちろん、洗浄はちゃんとされているから大丈夫。このメーカーのは、栓に針を刺したり、栓を抜いたりするとポーションが変色するんだ。扱っている数も多いし、そのあたりの品質管理はしっかりしているみたい」

「詳しいな。助かるよ」

「お役に立てているなら良かった。あっ、“解毒”は少し割高かも。ここで買うなら“石化解除”だと思うな」


 店の仕入れで港に行った時に原価を見たんだよね、とスピカがこっそり教えてくれた。随分と饒舌だ。ラディアスはアドバイス通りに“石化解除”と“回復”のポーションを3瓶ずつ購入した。


「それから、対魔物用の劇薬系は売り場の棚には無いから、専用のカウンターでライセンスを見せて、薬師(ケミスト)から直接買う必要があるよ」

「魔物の系統別になっているのか。仕事内容に応じて購入するのが良さそうだ」

「そうだね」


 他に必要なものを尋ねられたが、ラディアスは特には無いので店を出ようと答えた。一応の目的は達成できたので、もう用はなかった。スピカは他にも案内したかったらしく、少しがっかりしたようだった。


「あのさぁ、考えたんだけど」


 店を出てから、ティルスが数十分ぶりに口を開いた。


「金があれば、家を建てるって手もあるよな。新築で」


 ラディアスとスピカが商品を見ている間、店の外装や内装を見ながら新居のことを考えていたらしい。


「…おい、ティルス。全部でいくらかかると思っている。俺たちには土地も無いんだ。優先順位(・・・・)を忘れるなよ」

「シティーミッション、でしたっけ?それの数こなしてさぁ、さくっと金儲けしようぜ」

「一度も受けた事がないのに、さくっと、とは随分と簡単に言ってくれる」


 道中で使用する金は、年長者であるラディアスが管理していた。時には危険な思いもしつつ資金を確保し、よく考え計画的に使っている彼としては聞き捨てならない言葉だった。


「いや、やってみないことには何もわからねーだろ」

「どれだけ時間がかかるか計算したのか」

「言ってみただけですけど。そこまでマジにならなくても良いんじゃないですかね」

「ま、まぁ…家を建てるのは保留にしても、ミッション受けてみるのはいいかもね」


 少し雲行きが怪しくなってきたのを感じて、スピカは二人の間に入って取りなした。


「そうだよな、まずは受けないと」

「期限は当日のものから一ヶ月くらいのものまで色々あるし、とりあえず報酬の相場を知る意味でも、セントラル区役所(シティーハウス)で見るだけ見てみたらどうかな?」

ティルスのレベル(みならい)で受けられるものが、どれだけあるか確かめる必要はあるな」

子供(ガキ)の魔導士が受けられるものも、ですよね」

「ちょーっと私、疲れてきたから、そこのカフェで休憩しようかな。喉渇いたから何か飲みたいし。…二人もどう?その後で良ければ役所の中も案内するよ」


 そのまま三人でカフェに入ると、大通りが見える窓側の席に座った。スピカの前に座る二人は、心なしか居心地悪そうに小さくなっている。彼女に気を遣わせてしまったことに気付いたからだろう。


「悪かったな、スピカ」

「…ごめん」

「え?いやいや、私が(・・)疲れたから休もうと思っただけだよ?それを口にしただけよ」


 スピカは(とぼ)けた顔でそう言うと、近くの店員を呼び、日替わりを三つお願いします、と注文した。


「いや、気が回らなくて申し訳ないことを」


 するとスピカはラディアスの言葉を遮るように、二人の目の前に勢いよく手を突き出した。


「インフィニット・ラディアス・トルネード!…はい。ここからは、私に謝ったりするたびに、超カッコいい技名を言いまーす。二人の声真似も一緒にやりまーす」


 えっへん、と言わんばかりに胸を反らしている。口元は耐え切れずに笑っているが。


「や、それは勘弁してくれ」

「ね!疲れている時はおいしい飲み物飲んで、回復しよう。…あ、ちょうど頼んだのが来たみたい!」


 お待たせ致しました、と三人の前に置かれたのは。


「飲み…物?」

「わーい、おいしそう!いっただっきまーす!」

「いや…まあ、昼食べてねぇし、腹は減ってるから良いけど…いただきます」


 カレーライスだった。


「ん?あ、さっき買った回復ポーションの方が良かった?でも、もったいないし」

「いや、そういう問題ではない。…いただきます」

「そうそう、疲れた時は食べないとね!とにかくおいしい物をね!」


 スピカはスプーンを口に運ぶ二人を見ながらニコニコしている。


「飲み物だったんじゃないのか?…あ、うまっ」

「あ、そうだったわー。えへ!」

「その笑いはわざとらしいぞ、スピカ」


 お腹が減っていたのか、二人はどんどん掻きこむように食べていく。しばらくそれを眺めていたスピカは、どこか遠くを見るような目をした。


「リークがね、昔よく言ってたの。悲しい時、どうしようもない時はとにかく体を動かせ。そして、疲れたらうまい物をたくさん食べろ、って」

「そういや、俺たちがここに来た日もそんなこと言っていたな、二人とも」

「…ふふ、もうあれから十日も経つんだねぇ。二人と港で会ってシェルリース(ここ)に来ることを勧めた日から」


 スピカと、一緒に来ていたリークに助けられ、彼女たちの家に連れて来られたラディアスとティルスは、しばらく動くことが出来なかった。大きな怪我は無かったが、かなり衰弱していたのだ。体調が戻り、今日ようやく区民になれたのも間違いなく彼女たちのお陰だった。


「そうか、そうだな」

「本当に助かったわ、マジで。ありがとな、スピカ」

「いっ、もー良いから。お礼はもう山ほど言われたよ。これ以上言ったらやっぱり恥ず…超カッコいい技名言うからね!ファイナル・ティルス・スペシャルサンダーとかね!」

「おい!恥ずかしいって思ってんじゃねーか、やっぱり!」

「ティルス、口が悪い。今日も何度も言おうと思っていたんだが、少しは気を付けろ」

「うっせ!今は説教する場面じゃねーだ…うぉっほん…ラディアス様?お説教をなさる場面ではございませんことよ?ただツッコミを申し上げただけのことでしてよ」


 芝居がかった口調で話すティルスに、スピカは口を押さえながらも大笑いしている。


「あっははは!」

「スピカは笑いすぎ…」

「まぁまぁ、私は気にしないよ。…それよりさ、ここのカレー、メトレード産のリノアラ茸を使っているんだ。今日は日替わりがカレーだったから、ラッキーだったなぁ。…あ!セットの牛乳は、一杯おかわりできるからね」


 料理人の彼女の言う通り、そのカレーはしばらく三人とも無言になってしまうほど、とてもおいしかった。


(しんどい時は、とにかく食え…って、師匠も昔言っていたっけ)


 彼らの師匠は、もういない(・・・・・)

 鼻の奥が少しツンとしたのは、カレーの辛さのせいだと思うことにした二人だった。




 なお、そのしばしの沈黙を破ったのはスピカだった。


「リノアラ茸の原価を考えると、この値段(10コイン)でやるのは相当頑張ってるよねぇ。うちで取り扱うには仕入れのルートを考えないと…」


 さすがは商売人である。

お読み頂きありがとうございます。

“やらかしに黒歴史”は“泣きっ面に蜂”のような感じでお読み下さい。

同一の言葉に対するルビの有無、カタカナ/漢字表記に関して、厳密な使い分けはしていません。意味をしっかり伝えたい時、カタい雰囲気が良い時は漢字にするか…くらいです。

次は説明回になってしまいそうなので、細かいところを削って調整中です。


それでは、また次回。

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