表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/21

第2話 不動産屋にて

「すまないねぇ、お客さん。その条件だと、すぐにご案内出来るのが一部屋しかねぇんだ。どうしてもセントラルの物件は、需要が高くなるからよ」


 目つきの悪い色白の男は、分厚い紙の束をめくりながらそう言った。セントラルの大通り沿いにある不動産屋には、その男とラディアスたちしかいなかった。


「そうですか」

「シティーの方で確保している部屋もある。お急ぎなら役所に問い合わせてみても良いと思うよ。…ま、うちの儲けにはならんけどな!あっはっは!」


 見た目は怖いが、とても親切な不動産屋だった。

 ラディアスは役所で手続きをした折に、条件に当てはまる物件が無いことを確認していた。早速手詰まりである。ラディアス自身では厳選し譲歩したつもりの条件だったが、家を借りるには細かく指定し過ぎたようだ。ティルスには何でもないように言ってのけたが、そもそも家を借りること自体が初めてなのだ、無理もない。

 不動産屋は別の紙の束を棚から取り出し、付箋の部分を確認し始めた。


「ああ、それか…セントラルって条件を外せば、サウスエリアにちょうどいいのがある」


 ここで、地理を再確認しておこう。

 ヴィレンディア帝国の東の方に、このシェルリース自治区が存在する。帝国領内ではありながら、実態は独立国家に近く、多くの難民を受け入れている。

 自治区の真ん中には区の中枢である“セントラルシティー”があり、ここには役所や広場や様々な店などが揃っている。セントラルから南へ行くと、“サウスエリア”と呼ばれる地区があり、反対に北へ行くと、“ドリス”の集落がある。ドリスには“白月の湖”と酒場“白緑(びゃくろく)亭”、そして聖石を保護しているドリス教会があった。


「問題は、セントラルまでは魔法陣での移動が基本になることと、まぁ…その、どちらかと言えば…血の気の多い…そういう連中が溜まりやすい…」


 言い淀む不動産屋に痺れを切らし、ティルスが口を挟む。


「あ〜…中央の監視が届かなくて治安が悪いってこと」

「…ティルス、ハッキリ言い過ぎだ」


 ラディアスが苦い顔でティルスを嗜める。元々、密航してきた身である。あまり彼らも人のことは言えないのだ。


「何にしろ、面倒なのは避けたい。巻き込まれたくねぇし、目立ちたくねぇ」


 ティルスは不満げに言うと、腕組みをした。ラディアスは口の悪さを咎めたかったが、我慢した。


「あとは…そうだな、ドリスの方はうちの管轄外だが、もしかすると、空き家があるかもしれない」


 二人は顔を見合わせる。結局はそこに戻るのか、と思ったからだ。


「ドリスは区の北の外れではあるが、セントラルまで徒歩でも移動が出来る。教会から近いのもポイントだな」

「他にデメリットはありますか?」

「役所も宿も娯楽施設も、基本的にセントラルに行く必要があること。あとは、結界の端だからな、セントラルより魔物…結界が排除しないFランク程度の雑魚だが…が入り込みやすいことかねぇ」

「Fランク、というのは相当弱いのか?」

「おっと失礼。お客さんは仕事(ミッション)の受注はまだだったか。シティーで広く募集されている仕事には、難易度を示すランクが付けられる。魔物の討伐も同様だ。もちろん、募集した時点での想定だが。」


 不動産屋の説明によれば、ランクはS、A〜Fとなっており、Fランクは全依頼のおよそ四割を占める、最低難易度だということだった。


「魔物に関して言えば、非戦闘職でも倒せる害獣レベル、と思って良いだろう。あー…家に出る虫とか」

「なるほど、その程度ならば問題は無いですね」

「それから条件にあった安全面の話だが、集落の人間同士は顔見知りだ。そう簡単に悪事を働く者はいないんじゃないか?互いの目ってのは結構な抑止力になる」

「それ、俺らが新たなコミュニティに受け入れられればって話じゃねーか…」


 頭を掻きながら、ティルスは不機嫌そうに呟いた。とにもかくにも面倒だと思っているに違いない。ラディアスの方は、幾度目かの我慢をしている。


「あっはっは!そんな顔をするな、少年!心配せずとも、シェルリースは余り者の集まりでもある。来るもの拒まず、逆に言やァ他を排除するほど強固な集団じゃないってことよ」

「情報、感謝します」


 ラディアスは鞄から小さな銭袋を取り出し、不動産屋の前に置いた。中には500コインほどの硬貨が入っていた。これだけで、家賃一か月分程度にはなる金額だ。


「あ?…おいおい、この程度で金払う必要なんかないぞ。家を紹介して契約した訳でもねぇのに」


 不動産屋は、ズイッと袋を押し戻した。ラディアスは首を横に振り、それを拒否する。

 そんな遣り取りを繰り返した後、ラディアスはまだ店に人が入ってきていないことを確認し、姿勢を正した。


「では、この金の代わりにもう一つ教えて頂きたい。…ここシェルリースで、“亡国”から来た者はいないか」


 ラディアスの言葉に、不動産屋の纏う空気が急激に冷たいものに変わった。彼の言う“亡国”とは、一年前に内乱の末、ヴィレンディア帝国配下となったオール王国のことであった。シェルリースの東の山脈の向こう側に広がった砂漠地帯の魔法国家である。


「…おい、少年。言葉には気をつけた方がいい。もう一度言っておくが、ここはシエルの民…この地で生まれた者の他は皆、余り者の集まりだ。多くの者が過去を抱えている」


 ドスの効いた声に、ゴクリ、と二人の少年の喉が鳴る。自分たちより長く生きている、目の前の男もおそらくは何らかの過去を抱えているのだろう。軽率な質問であったとラディアスはすぐに後悔した。


「安易に過去を探るな。場合によっては密偵を疑われて、ガキだからといっても怪我じゃァすまねぇぞ」


 震えながらも、ラディアスが謝罪しようと口を開いた。しかし、驚くべきことにティルスがそれを制し、深く頭を下げた。


「申し訳ない、タブーだとは知らなかった。俺たちは個人的な理由で探し物を…親の形見を探していて…情報が欲しくて、焦っていたんだ。誰かを害するつもりもないし、特定の人を探しているわけでもない」


 これまでの不機嫌な態度は消え去っている。彼はただ、真摯に誤解を解こうとしているようだった。


「ラディアス様は真面目で、俺がこんな適当な奴だから…いつもは思慮深いのに、焦って聞き方を間違えたんだ。悪く思わないで欲しい。そもそも、不動産屋に個人情報を聞くのは御法度だったと思う」


 ラディアスも冷静さを取り戻し、謝罪の意を示した。


「私の浅慮が招いたことです、申し訳ありません」

「…いやぁ、こっちも大人気(おとなげ)なく悪かったね。いろんな客がいるんで、つい厳しく言っちまった」


 親の形見、という言葉が効いたのか、不動産屋の声は心なしか優しくなっていた。


「いえ、少し考えてみれば当然の事でした。失礼をお許し下さい。…それと、自分の過ちを御指摘頂き、ありがとうございます」

「よせやい、流石にそこまで言われるとむず痒いよ、お客さん。…さっ、この話はここまでだ!他のことで力になれることはあるかい?」

「では、珍しい物を取り扱っている店を教えて頂けませんか。そこで流通しているものを確認したいので。商店でも、骨董品屋でも…何でも構いません」

「形見が何かにもよるが…ああ、言う必要はないよ…そうだな、セントラルなら大通りにあるナニガシ商会、港近くの用品店林檎屋、ドリスとセントラルの中間あたりの雑貨屋ケレンティエ、サウスエリアの道具屋…このあたりだろうな」


 スラスラと出てくるあたり、とても詳しいのだろう。物件を扱っているだけあって、その後の道筋の説明も的確だった。ラディアスは、メモを取りながら質問を続ける。


「その中で、一時滞在の冒険者が物を売りに行くとすれば、どこが多いでしょうか」

「区民ではない者ならば、セントラルの二軒だろう。ケレンティエは場所が分かりにくいからな、基本的に紹介されてから行くような店だ。サウスエリアも同様に、セントラルから遠いのに魔法陣(ワープ)使ってまでわざわざ足を運ぶことはないだろうよ」


(逆に考えれば、後者の二軒は区民が立ち寄ることが多い、ということか)


「ティルス、何か気になることがあれば補足を頼む」

「ああ。場所を考慮するに林檎屋は、港を介した独自の流通ルートを持っているんだよな?」

「その通り。冒険者の持ち込みならナニガシ商会、外国からの輸入なら林檎屋をメインに考えると良い。…あとは探し物なら、金はかかるがミッションとして役所に申請するのも手だな。ランク付けは役所の方でやってくれるからよ」


 不動産屋の答えに、ラディアスは軽く頷いてメモ帳を閉じた。


「貴重な情報をありがとうございました。家は、ドリスでもう一度探してみます」

「おう!良い住居と…形見が早く見つかると良いな」

「ありがとう、助かった。…じゃ!」


 ラディアスとティルスは礼を言うと、足早に不動産屋を出て行った。


「あっ…おいおい、アイツら銭袋そのままにして行きやがって…。なけなしの金だろうに」


 不動産屋は苦笑いで、ラディアスの置いていった銭袋を“忘れ物”と書かれた蓋つきの箱に入れた。口は悪いが、何だかんだ良い人のようである。

 それから、壁にかかっていた通信器具(ヘッドセット)を頭につけると、耳元のいくつかのボタンを押した。その表情は、先ほどまでと打って変わって引き締まっている。


「こちら、ホルムズ。…はい、例外二名に関し、概ね情報通り。裏取りと忠告は完了。…はい、それに相違無いかと。旧オール王国の戦争孤児かと思われます。ドリスへ引き継ぎを。…了解。では」


 誰もいない店内に、通信終了を知らせるボタンの音がカチリ、と響いた。


お読み頂きありがとうございます。

ゲームであれば、過去編は細かく強制イベントで挟むだけですが、文章にすると伝え方が難しい。

本編との人物像の差、幼さの出し方が探り探りです。

次は黒歴史を抉りたいと思います。


それでは、また次回。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ