第2話 不動産屋にて
「すまないねぇ、お客さん。その条件だと、すぐにご案内出来るのが一部屋しかねぇんだ。どうしてもセントラルの物件は、需要が高くなるからよ」
目つきの悪い色白の男は、分厚い紙の束をめくりながらそう言った。セントラルの大通り沿いにある不動産屋には、その男とラディアスたちしかいなかった。
「そうですか」
「シティーの方で確保している部屋もある。お急ぎなら役所に問い合わせてみても良いと思うよ。…ま、うちの儲けにはならんけどな!あっはっは!」
見た目は怖いが、とても親切な不動産屋だった。
ラディアスは役所で手続きをした折に、条件に当てはまる物件が無いことを確認していた。早速手詰まりである。ラディアス自身では厳選し譲歩したつもりの条件だったが、家を借りるには細かく指定し過ぎたようだ。ティルスには何でもないように言ってのけたが、そもそも家を借りること自体が初めてなのだ、無理もない。
不動産屋は別の紙の束を棚から取り出し、付箋の部分を確認し始めた。
「ああ、それか…セントラルって条件を外せば、サウスエリアにちょうどいいのがある」
ここで、地理を再確認しておこう。
ヴィレンディア帝国の東の方に、このシェルリース自治区が存在する。帝国領内ではありながら、実態は独立国家に近く、多くの難民を受け入れている。
自治区の真ん中には区の中枢である“セントラルシティー”があり、ここには役所や広場や様々な店などが揃っている。セントラルから南へ行くと、“サウスエリア”と呼ばれる地区があり、反対に北へ行くと、“ドリス”の集落がある。ドリスには“白月の湖”と酒場“白緑亭”、そして聖石を保護しているドリス教会があった。
「問題は、セントラルまでは魔法陣での移動が基本になることと、まぁ…その、どちらかと言えば…血の気の多い…そういう連中が溜まりやすい…」
言い淀む不動産屋に痺れを切らし、ティルスが口を挟む。
「あ〜…中央の監視が届かなくて治安が悪いってこと」
「…ティルス、ハッキリ言い過ぎだ」
ラディアスが苦い顔でティルスを嗜める。元々、密航してきた身である。あまり彼らも人のことは言えないのだ。
「何にしろ、面倒なのは避けたい。巻き込まれたくねぇし、目立ちたくねぇ」
ティルスは不満げに言うと、腕組みをした。ラディアスは口の悪さを咎めたかったが、我慢した。
「あとは…そうだな、ドリスの方はうちの管轄外だが、もしかすると、空き家があるかもしれない」
二人は顔を見合わせる。結局はそこに戻るのか、と思ったからだ。
「ドリスは区の北の外れではあるが、セントラルまで徒歩でも移動が出来る。教会から近いのもポイントだな」
「他にデメリットはありますか?」
「役所も宿も娯楽施設も、基本的にセントラルに行く必要があること。あとは、結界の端だからな、セントラルより魔物…結界が排除しないFランク程度の雑魚だが…が入り込みやすいことかねぇ」
「Fランク、というのは相当弱いのか?」
「おっと失礼。お客さんは仕事の受注はまだだったか。シティーで広く募集されている仕事には、難易度を示すランクが付けられる。魔物の討伐も同様だ。もちろん、募集した時点での想定だが。」
不動産屋の説明によれば、ランクはS、A〜Fとなっており、Fランクは全依頼のおよそ四割を占める、最低難易度だということだった。
「魔物に関して言えば、非戦闘職でも倒せる害獣レベル、と思って良いだろう。あー…家に出る虫とか」
「なるほど、その程度ならば問題は無いですね」
「それから条件にあった安全面の話だが、集落の人間同士は顔見知りだ。そう簡単に悪事を働く者はいないんじゃないか?互いの目ってのは結構な抑止力になる」
「それ、俺らが新たなコミュニティに受け入れられればって話じゃねーか…」
頭を掻きながら、ティルスは不機嫌そうに呟いた。とにもかくにも面倒だと思っているに違いない。ラディアスの方は、幾度目かの我慢をしている。
「あっはっは!そんな顔をするな、少年!心配せずとも、シェルリースは余り者の集まりでもある。来るもの拒まず、逆に言やァ他を排除するほど強固な集団じゃないってことよ」
「情報、感謝します」
ラディアスは鞄から小さな銭袋を取り出し、不動産屋の前に置いた。中には500コインほどの硬貨が入っていた。これだけで、家賃一か月分程度にはなる金額だ。
「あ?…おいおい、この程度で金払う必要なんかないぞ。家を紹介して契約した訳でもねぇのに」
不動産屋は、ズイッと袋を押し戻した。ラディアスは首を横に振り、それを拒否する。
そんな遣り取りを繰り返した後、ラディアスはまだ店に人が入ってきていないことを確認し、姿勢を正した。
「では、この金の代わりにもう一つ教えて頂きたい。…ここシェルリースで、“亡国”から来た者はいないか」
ラディアスの言葉に、不動産屋の纏う空気が急激に冷たいものに変わった。彼の言う“亡国”とは、一年前に内乱の末、ヴィレンディア帝国配下となったオール王国のことであった。シェルリースの東の山脈の向こう側に広がった砂漠地帯の魔法国家である。
「…おい、少年。言葉には気をつけた方がいい。もう一度言っておくが、ここはシエルの民…この地で生まれた者の他は皆、余り者の集まりだ。多くの者が過去を抱えている」
ドスの効いた声に、ゴクリ、と二人の少年の喉が鳴る。自分たちより長く生きている、目の前の男もおそらくは何らかの過去を抱えているのだろう。軽率な質問であったとラディアスはすぐに後悔した。
「安易に過去を探るな。場合によっては密偵を疑われて、ガキだからといっても怪我じゃァすまねぇぞ」
震えながらも、ラディアスが謝罪しようと口を開いた。しかし、驚くべきことにティルスがそれを制し、深く頭を下げた。
「申し訳ない、タブーだとは知らなかった。俺たちは個人的な理由で探し物を…親の形見を探していて…情報が欲しくて、焦っていたんだ。誰かを害するつもりもないし、特定の人を探しているわけでもない」
これまでの不機嫌な態度は消え去っている。彼はただ、真摯に誤解を解こうとしているようだった。
「ラディアス様は真面目で、俺がこんな適当な奴だから…いつもは思慮深いのに、焦って聞き方を間違えたんだ。悪く思わないで欲しい。そもそも、不動産屋に個人情報を聞くのは御法度だったと思う」
ラディアスも冷静さを取り戻し、謝罪の意を示した。
「私の浅慮が招いたことです、申し訳ありません」
「…いやぁ、こっちも大人気なく悪かったね。いろんな客がいるんで、つい厳しく言っちまった」
親の形見、という言葉が効いたのか、不動産屋の声は心なしか優しくなっていた。
「いえ、少し考えてみれば当然の事でした。失礼をお許し下さい。…それと、自分の過ちを御指摘頂き、ありがとうございます」
「よせやい、流石にそこまで言われるとむず痒いよ、お客さん。…さっ、この話はここまでだ!他のことで力になれることはあるかい?」
「では、珍しい物を取り扱っている店を教えて頂けませんか。そこで流通しているものを確認したいので。商店でも、骨董品屋でも…何でも構いません」
「形見が何かにもよるが…ああ、言う必要はないよ…そうだな、セントラルなら大通りにあるナニガシ商会、港近くの用品店林檎屋、ドリスとセントラルの中間あたりの雑貨屋ケレンティエ、サウスエリアの道具屋…このあたりだろうな」
スラスラと出てくるあたり、とても詳しいのだろう。物件を扱っているだけあって、その後の道筋の説明も的確だった。ラディアスは、メモを取りながら質問を続ける。
「その中で、一時滞在の冒険者が物を売りに行くとすれば、どこが多いでしょうか」
「区民ではない者ならば、セントラルの二軒だろう。ケレンティエは場所が分かりにくいからな、基本的に紹介されてから行くような店だ。サウスエリアも同様に、セントラルから遠いのに魔法陣使ってまでわざわざ足を運ぶことはないだろうよ」
(逆に考えれば、後者の二軒は区民が立ち寄ることが多い、ということか)
「ティルス、何か気になることがあれば補足を頼む」
「ああ。場所を考慮するに林檎屋は、港を介した独自の流通ルートを持っているんだよな?」
「その通り。冒険者の持ち込みならナニガシ商会、外国からの輸入なら林檎屋をメインに考えると良い。…あとは探し物なら、金はかかるがミッションとして役所に申請するのも手だな。ランク付けは役所の方でやってくれるからよ」
不動産屋の答えに、ラディアスは軽く頷いてメモ帳を閉じた。
「貴重な情報をありがとうございました。家は、ドリスでもう一度探してみます」
「おう!良い住居と…形見が早く見つかると良いな」
「ありがとう、助かった。…じゃ!」
ラディアスとティルスは礼を言うと、足早に不動産屋を出て行った。
「あっ…おいおい、アイツら銭袋そのままにして行きやがって…。なけなしの金だろうに」
不動産屋は苦笑いで、ラディアスの置いていった銭袋を“忘れ物”と書かれた蓋つきの箱に入れた。口は悪いが、何だかんだ良い人のようである。
それから、壁にかかっていた通信器具を頭につけると、耳元のいくつかのボタンを押した。その表情は、先ほどまでと打って変わって引き締まっている。
「こちら、ホルムズ。…はい、例外二名に関し、概ね情報通り。裏取りと忠告は完了。…はい、それに相違無いかと。旧オール王国の戦争孤児かと思われます。ドリスへ引き継ぎを。…了解。では」
誰もいない店内に、通信終了を知らせるボタンの音がカチリ、と響いた。
お読み頂きありがとうございます。
ゲームであれば、過去編は細かく強制イベントで挟むだけですが、文章にすると伝え方が難しい。
本編との人物像の差、幼さの出し方が探り探りです。
次は黒歴史を抉りたいと思います。
それでは、また次回。