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第1話 セントラルの二人

 魔導士、ラディアス=フォースがシェルリースへ辿り着いたのは、マリン=シピットが区民となった日から三年以上も前のことである。


*****


「林檎が一つ、落ちました♪ニシンが、春を告げました♪三英雄は、かたりけり♪一、二、三、四で、シェル・リー・ス♪…逃げろー!」

「キャー!」

「鬼さんこちら!死にたくないから逃げましょー!」

「待てー!!」


 広場で遊んでいる子供たちが、各々楽しそうに叫びながら散り散りに走って行く。


「何だ、この変な歌」

「今朝も放送で聞いたな」

「そう…でしたっけ」


 シェルリース自治区の役所…通称シティーハウスの前、噴水近くの白いベンチに、間を空けて座っている二人の少年がいた。二人は疲れているのか、覇気も無くただぼんやりと子供たちを眺めていた。


『シェルリースの皆さま、こんにちは。本日は星暦498年3の月、15日です。当区は、聖石保護特別自治区です。ライセンスカード、もしくは滞在証の取得にご協力をお願い致します。』


 彼らが座っているベンチ横に立てられた、細長い逆円錐型の拡声器から、女性の声が聞こえてくる。


『本日の正午より、中央広場にてランテルスによるパフォーマンスが行われます。是非お越し下さいね。セントラルより、テトがお知らせ致しました。バージャ・コン・ディオス、良い一日を!』


「無事に終わりましたね、“区民申請”。正直、拍子抜けだ。…俺なんか、言われるまま剣振り回しただけだし」


 短めの茶髪に茶色の目の方が、陰気な顔で呟いた。それに頷く年上らしいもう片方は、長い金色の髪を一つに束ねた青い目の美形である。幾人かの女性の視線を集めていたが、本人は気にも留めていないようだった。疲労で周囲の様子に気が付いていないのかもしれない。


「いい、か、ティ…ルス」


 彼は奥歯に何か詰まったようなたどたどしい口調で、隣の茶髪の少年、ティルスに顔を向ける。


「…何ですか、ラディアス様。花粉症ですかぁ?」


 ティルスは少し煽るような調子で、けだるそうに返事をする。金髪碧眼の方、ラディアスは小さなメモ帳を取り出すと、それに目を向けながら続けた。


「“様”は、やめろ。俺たちが、まずしなければならないのは、拠点を決めること…だ」

「衣食住の“住”なら、スピカたちの家がある…でしょう」


 ティルスは密航者であった自分たちを助けてくれた、恩人の少女の名前を口にする。少女、スピカとその家族の厚意で、二人は彼女の家の一部屋を借りていた。


「いつまでも世話になっているわけにはいかないだろう」

「まぁ、確かにそうですけどねー」


 ティルスはあくびを噛み殺しながら肯定する。彼の一挙一動が、思春期特有の斜に構えた態度に感じられ、ラディアスは少々苛立った。


「まずは、それぞれで家を借りることにしよう。掃除と買い物は必要なら俺が。食事が不安なら、料理人を探すか。洗濯は…」

「いや、そんくらい自分で出来るし…出来ますぅ」

「しかし」

「過保護な兄ちゃんか!俺、もう十五ですけど。マジそんなんで目立ちたくねぇ。弟離れしろ…下さい」


 幾分呆れたようにティルスが言い、ラディアスは渋々反論の言葉を飲み込んだ。苛立ちを抑えようと、かえって話し過ぎてしまったと反省する。


「ふふ、仲良しだねぇ」


 二人のくたびれた会話に、少女の軽やかな声が挟まる。


「…スピカ、どこをどう見たらそうなるんだよ」


 ティルスは心外だと首を横に振る。視線の先には、紺色の手提げ鞄を持った金色の髪の少女が立っていた。若葉色のワンピースに鞄と同じ紺色の靴を履いており、どことなく清楚な雰囲気が漂う。街に出て来るために、少し着飾っているのかもしれない。


「心配性のお兄ちゃんと、反抗期の弟っぽいやりとりを見たから?」


 少女はそう言っていたずらっぽく笑った。彼女の可愛らしさに、道行く人が何人か振り返るのをラディアスは見た。


「こんにちは、スピカさ…スピカ」


 ラディアスは、当然のように立ち上がると軽く会釈した。軽く吃ったのは、スピカから“さん付け”しなくていい、と言われたことを思い出したからだ。ティルスもブツブツ何か言いながら、少し遅れて立ち上がる。


「こんにちは、ラディアス。座ったままで良いのに」

「いや、そろそろ立たないとそのまま動けなくなりそうだったから気にするな」

「それなら良いけど。あ、それで家のことだけど、食費を入れてくれれば、店の二階使っていいってリークが言ってたよ?店の方が家で使ってもらってる部屋よりは広いし」

「「コイツと二人で住みたく無い」」


 綺麗に揃った返答に、目をぱちくりさせてスピカは首を傾げる。港で彼らを助けた時には、そんなに仲が悪い印象を受けなかったのだ。しかし、スピカもそこを深く追及するつもりはない。誰しも何かしらの理由を抱えており、話したくないこともあるものだ。二人を助けた後も、スピカとその同居人(かぞく)は何も聞かなかった。


「スピカ、悪い。いや、厚意はありがたいと思ってるんだ。今も部屋を貸してもらって本当助かってる。店が嫌なわけでもない。そこは勘違いしないでくれ。ただ…あれだ、コイツとは元々一緒に住むほど仲良いわけじゃねーから本音が出たってだけで」


 ティルスがハッとして気まずそうに弁解を始めると、スピカは少し笑って首を横に振った。


「こっちが勝手にやってることだから、それは気にしないで。確かに、区民になったんだし、自分の家はあった方が良いよね。…でも、住むところ探しもいいけど、先に肩書きの登録をしてきたらどうかな。仕事してお金を稼がないと、家賃も払えないでしょ?」


 シェルリースで働くには、技能の登録が必要だ。スピカは“料理人”という肩書きを持っているらしい。本人曰く、レベルは見習いに毛が生えた程度だそうだ。


「役所で受注出来る仕事依頼(シティーミッション)も、大抵はレベルと肩書きの条件がついているし」


 ラディアスはメモ帳に挟んでいたカードを二枚取り出すと、二人に見せた。


「それなら先に登録しておいた。お前は希望通りの剣士だ、ティルス」


 一枚をティルスに差し出すと、ティルスは微妙な表情でそれを受け取った。剣士レベル15、いわゆる“見習い”である。


(15って、年齢と一緒じゃねーか!適当に評価しただろ、あの試験官)


 心の中で毒づくと、ラディアスのカードが目に入った。ラディアスは少し目を逸らしてそれを隠そうとするが、ティルスにはそこに書かれた文字が見えてしまった。“魔導士レベル51/剣士レベル18”という、無慈悲な数字が。ラディアスは当然、魔導士として試験を受けている。剣士の方はついで(・・・)だった。


「アリガトウゴザイマス、師匠」

「…師匠じゃない」


 何となく気まずい空気を察し、スピカはぽん、と手を叩いた。


「ライセンスカード貰えたんだね!それなら話が早いや。うちの仕事も、時々受けてくれると嬉しいな」

「仕事というのは白緑亭(びゃくろくてい)の給仕か?」

「ううん、仕入れの時のボディーガードだよ」

「護衛か。店主がいれば必要ないんじゃね?」


 ティルスは、屈強な店主の姿を思い浮かべていた。店主の名はリーク。スピカとは十ばかり歳の離れた従兄であり、家族である。彼は“格闘家”の肩書きを持ちながら、セントラルの北、“白月の湖”の畔で酒場を経営していた。酒場ではあるが、周りに他には店が無く、教会の最寄りであることから、食事処としての利用者も少なくない。スピカはそこで料理人としてリークの補佐をしているのだ。


「そろそろ仕入れは私一人で行かないといけないな、って思って。お客も増えてきているし、リークと役割分担しないとね」


 結界で護られた都市や集落の外は、魔物が生息している。そのため、一般人の移動には護衛が必須だった。仕事(ミッション)のために移動を繰り返して生活している者で、戦闘職の肩書きを持っている、いわゆる“冒険者”と呼ばれる者の多くが担う仕事である。ただ、一時的にしか雇えない冒険者よりも、本拠のある区民の方が、護衛としての需要は遥かに高い。定期的な利用者なら尚更であった。

 スピカには、助けられた恩がある。彼女の助けがなければ、今頃は密航者として捕らえられ、牢獄にいたかもしれない。ラディアスに断る理由は無かった。


「わかった、優先的に引き受けよう」

「ありがと!助かるよ」


 スピカは嬉しそうに礼を言った。


「それにしても、俺たちがしていたのが家の話だってよくわかったな。それともずっと隠れて聞いていたのか?」


 何となくからかいたい気分になり、ティルスは少し意地悪なことを言った。スピカは気を悪くする様子もなく、むしろ得意気に胸を反らしてみせる。


「ティルス。料理人はね、耳が良いんだよ?揚げ物の音を聞き分けたりするんだから」

「見習いに毛が生えた程度でも?」

「うっ…リークは出来るよ!私はまだまだ修業中でございますけど」


 先ほど突きつけられた自分のレベルを思い出し、それ以上からかうことは諦めるティルスだった。ブーメランに抉られた後でラディアスの説教を受けたくはない。


「ところで、今日は何かシティー(こっち)に用があったのか?」

「ドリスの皆の依頼を申請しに来たの」


 ドリス、とは“白月の湖”付近の集落の通称である。冒険者を含む特殊技能者が集まるセントラルからは離れているため、シティーミッションとして出したい依頼は、代表者がまとめて申請することになっていた。


「ちょうど、受注ミッションの納品もあったからね」


 紺色の鞄を持ち上げながら、スピカは答えた。中に入っている瓶らしき物が、カタカタ小さな音を立てている。おそらくは酒だろう。


「でもセントラルまで来た一番の目的は、ランテルスのミニライブだけど」

「らん…てる、す?」


 疑問符を浮かべるティルスに向けて、スピカは少し興奮気味に説明を始めた。


「あ!えーとね、シェルリースの三人組ミュージシャンなの。さっきの放送、テトちゃんがちゃっかり告知してたけど、あの子もメンバーのうちの一人なんだよ」


 早口で喋る様子を見るに、かなりのファンらしい。確かにそんな放送があった気もする、とティルスは思う。ラディアスが言っていた、朝の放送だろう。


「放送で流れてたあの…林檎やニシンがどうとか…独特な歌詞の曲、歌ってる?」

「そう、そうだよ!…ふっふー、言葉迷ったでしょ、今。まぁ、あの歌はランテルスがシェルリースの数え歌をアレンジしたものなんだけどね」


 スピカは嬉しそうに話した後、時計を見て慌てて手を合わせた。


「…っと!ごめんね、自分から話しかけておいて悪いけど、そういうわけで、もうそろそろ行くわ」


 バイバーイ、と手を振って役所の中へ入っていくスピカを見送った二人は、不動産屋に向かった。

 スピカが入り口で躓いて転びそうになるのを耐え、見事なターンを決めていたが、見なかったことにした。

お読み頂きありがとうございます。

シナリオ上では過去編ですが、時系列をシンプルにするために最初に持ってきた話です。


それでは、また次回。


※文頭の字下げを行いました。

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