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序章の零、或いはオープニング 悪魔の脅迫

 ―『魔法とは、神の遺物である』


 破れた書物だろうか、格言を思わせる文言がくしゃくしゃになって落ちている。

 フードの付いた黒いローブを纏った男は、鼻歌を歌いながらそれを踏みつけた。


「なぁ、モチって知ってるか。こう…もっちもっちして、柔らかくて、よく伸びて、焼いてタレをつけて食うと美味いんだよなぁ」


 燃え盛る炎の中、男は杖を持ったままのんびりとした口調でそう言った。

 周りには“息絶えた何かの砕片”がいくつも転がっており、鼻を刺すような臭いがした。被っているフードのせいで男の表情ははっきりとわからないが、彼がこの地獄のような風景にそぐわないことは確かだった。


「俺が食べた時のタレ、何だっけ、ソイソース?あと柑橘系の味がしてさぁ。オレンジ…じゃないけど酸っぱいヤツ」


 話しかけられている方は、崩れた塀に上体を預け、右手に剣を握ったまま、荒く息をしている。その手足は先の方から赤黒くなっており、その変化途中の境目らしい首は、マダラ模様になっていた。傍には空のガラス瓶が転がっている。黒ローブはガラス瓶を拾い上げ、炎に透かして見ていたが、すぐに興味を失ったかのように放り投げた。


「あれ食ったのどこだったかな、ヴィレンディアかな」


 黒ローブの言葉に、瀕死のそれが殺気を放つ。それに反応するかのように首のマダラ模様が蠢いた。


「…ころ、すなら、殺せ」


 口から溢れる赤黒い液体を拭うこともせず、それは言葉を絞り出した。


「何で?なァんもしなくても死ぬよ。それに見たところ、君は死にたがりじゃあないだろ?」


 握り締められた剣に視線を向け、杖をくるくると左手で弄ぶように回してから、黒ローブは首を傾げてみせる。そして、右手の親指と人差し指でつくった輪をモノクルに見立てて目にあてた。


 ―…お願い、飲んで…!


 今にも飛びそうな意識の中、幻聴のように響き渡る少女の声。

 黒ローブは、まるで“自分にもそれが聞こえているかのように”、なるほどね、と呟く。


 死を待つその人は、激痛と熱とに襲われながらも、確かに生きようとしていた。しかし、目の前の黒ローブが“敵”であったのなら話は別だった。暴かれる前に死ぬべきだ、というのがその人の出した答えだ。


「まぁ、俺なら“それを完全にして”君を助けてやれるけど、タダでは無理だな。代わりに、これから俺に協力してもらわなくちゃならない」


 黒ローブはとても楽しそうだ。


「誰が、敵の」

「あー、みなまで言わずとも良いよ。誤解を解くのは面倒だし。ねぇ、」


 言葉を遮った黒ローブはにっこりと笑ったまま、目の前の人の名前を口にした。

 死に損ないが手放しそうだった意識は、絶望によって引き戻される。


「わかったかい?わかるよな?俺はね、君を…君たちを助けられる。命だけじゃない、君の知らない情報だってあげられるだろう。喜ぶと良い、君は選ばれた」


 黒ローブにはわかっているのだ、何を言えば効果的なのか。

 予想通り、目の前の死に損ないは放心しているらしい。


「君が飲んだそれの正体も、なぜ“君は”そうなったのかも、“戻る方法”を探す知恵も貸そう。悪い話じゃ無いと思うぜ」


 黒ローブは、畳み掛けた自分の言葉が目の前の人を十分に納得させられることを知っていた。

 自分が“いかに特別か”ということを、何の謙遜もなく提示してみせるのだ。


「…どこの犬だ」


 打ちのめされたような声に、黒ローブは笑い声を立ててフードを脱いだ。


「俺の上に誰かが立つことはないさ。…おっと、人の名だけ言い当てて名乗らないのは失礼だよな。ごめん、ごめん」


 黒髪に黒目、文句無く整った顔には、何か企んでいるかのような笑みが浮かんでいる。


「俺はクレス=ファイヴ。君を助ける者だよ」

「…どうすれば良い?」


 ガラガラと音を立てて、彼らの近くの門が崩れ落ちる。もうここが崩れるのも時間の問題だった。

 クレスが何かを呟き杖を一振りすると、二人のいる場所を囲うように、六本の光の棒が落ちてきて地に刺さり、それと同時にそれぞれの棒の先から伸びた光が正六角形の辺を描いた。そしてその辺から天へ向かって、青白い半透明の板状のものが現れ、彼らを外界から遮断した。同時に、遮断された空間内の炎がまるで幻であったかのように消えたのだ。


(魔法壁か、こんな一瞬で…それに火はどうやって…)


 これほどの魔法を使おうとすれば、少なく見積もっても詠唱に数十秒はかかる。そんな上級魔法をいとも簡単に使いながら、クレスは涼しげな顔で言った。


「君のその剣、いいね。死んでも離さないって気持ちになるのもわかる」

「無銘のこれが欲しいのか」

「いや、俺は剣士じゃないし…うーん、そうだなぁ、ヴィレンディア帝国にある“黄金の林檎”、あれを食べてみたいんだよなぁ。あれ、持ってきてよ」


(正気なのか、この男)


「…盗め、と?」

「死ぬか、生きて帝国送りの実験台(ラット)になることに比べりゃ、良い話だろ?」


 サポートはするから、とクレスは片目を瞑って手を伸ばす。近所にお使いを頼むかのような軽い口調で、大国相手に盗みを働けと言っているのだ。しかも、今にも死にそうな人間に。


(服従か、死か)


「俺に協力するよな?…俺、腹減ってるから返事は早めで」

「あんたは、悪魔か」


 伸ばされた手を掴むと、不思議と痛みが和らぐ気がした。

 クレスの黒髪が揺れる。そして、彼は“今度は”爽やかに笑った。


「俺はクレス、魔導士だよ」


 先程まで赤黒くなっていたはずの手は、元の色に戻っていた。


「契約成立だ。よろしくな、“怪盗セスティール”」



 星暦500年、“その人”は降り立った。




「…一つ、言わせて欲しい」

「ん?」

「あれは、ポン酢醤油だ」


 そう言って、その人は気を失ったのだった。


お読み頂きありがとうございます。

少しでもお楽しみ頂けましたら幸いです。


十数年前に作成していたオリジナルゲームのシナリオ(プロット)を、お焚き上げのつもりで文章にしています。

万が一、造語や人名に既視感を覚える方がいらっしゃいましても、大人の余裕で知らぬふりをして頂けるとありがたく思います。

当時の名称をほぼそのまま使うため、市と区の定義などの違和感は、物語独自の名称としてご理解下さい。各言語に似た単語がありましても、音の響き重視のため、深い意味はありません。


それでは、また次回。

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