ハルさんとシッシーの手作りマスク
ハルさんとシッシーの手作りマスク
どこまでも高く、青々とすみわたった九月の空。
秋風が柿の木の梢をゆらし、さあっとかけぬけてゆきます。
畑の草とりをしながら、ハルさんは鼻がムズムズしてしかたありません。クシュン、クシュン。
花粉症のハルさんにとっては、毎年つらい季節です。
そのうち、ハルさんのくしゃみに誘われたかのように、ブ、ブ、ブアックション!
竹藪の中から、大きなくしゃみが聞こえてきたではありませんか。
「ヒイッ、ぐるじい、ぐるじい、だじけてくれ~」
イノシシのシッシーです。一人暮らしのハルさんを心配して、いつも山から下りてきてくれるのです。
「ああ、目がかゆい、鼻水がとまんねえ。かぜでもねえのに、どうしたんだろうなあ」
「そりゃきっと、あたしと同じ花粉症だよ。ほら、きっとあのせいでね」
ハルさんの指さした畑のすみには、ブタクサがたくさん生えていました。
「ブタクサ?」
ショボついた目をパチパチさせて、シッシーは、さもゆかいそうに笑い出しました。
「ガッハハ。ブタの仲間のオレ様が、ブタクサなんぞにやられるのか。こりゃ、トンだお笑いだぜ」
ハルさんはポケットからマスクをとりだし、かけてみました。
レモン色になでしこ模様の大きめのマスク。つけ心地よく、おしゃれな気分です。
―ゆううつな季節を手作りマスクで
昨夜、雑誌で見つけた記事のとおりに、ハルさんはマスクをこしらえてみたのでした。
シッシーはしげしげと、ハルさんの顔を見つめました。
「ハルさんよ。そりゃ、いったいなんだい?」
「これかい? マスクっていってね。こうすると、花粉が鼻や口に入らないんだよ」
「おう、そんないいものがあるのか? なあ、ハルさん、オレ様にも作ってほしいんだけど」
「あんたが? マスクだって?」
シッシーは大きくうなずきました。
「このまま、鼻水ズルズルじゃ、せっかくの男前がだいなしってもんさ。よろしくたのむぜ。ハルさん」
そして、ハデなくしゃみを一発残し、シッシーは山に帰っていきました。
次の日。ハルさんはシッシーにマスクをわたしました。
夕べ、おそくまでかかってこしらえた、大きな青いタオル地のマスクです。
「こりゃあ、気もちいいぜ」
シッシーはさっそくマスクをかけて、とんだりはねたり大喜び。マスクの効果か、大きなくしゃみは聞こえてきませんでした。
その翌日。マスクをかけたシッシーがやってきて、ハルさんに頼み事をしました。
「すまねえけど、ハルさんよ。これっくらいのマスクを三つばかり作ってほしいんだけど」
「かまわないけど、だれのマスクさ?」
「アナグマの親子がくしゃみがひどくてな。オレ様のマスクをうらやましがるんだよ」
ハルさんは、さっそく薄緑色のマスクを三つ作るとシッシーにわたしました。
その翌日も、その翌日も、シッシーの頼み事は続きました。
シカの若夫婦のマスク二枚
タヌキの兄弟のマスク三枚
サルの親子のマスク二枚
「花粉症で悩むのは、人も動物たちも同じってことだね。ああ、作りすぎて肩も痛いし、腰も痛い」
ハルさんが、ううんと背伸びをした拍子に、ガラス越しに目にうつったもの。
それは、一生懸命にサツマイモの畑を掘り起こしているシッシーのすがたでした。
「シッシー、あんた……」
真っ黒けのマスクをかけたシッシーが、ハルさんの方をふりむいて言いました。
「ハルさん、マスクのお礼だぜ。そろそろ、サツマイモを孫に送ってやる時期だろ。ついでにちょっとばかしドクミさせてもらったけどな」
あきれたように、シッシーを見つめ、ハルさんは苦笑いしました。
「あんたの分、もう一枚作らなきゃねえ……」
「では、ついでにもう一枚作って下さらぬか」
どこからともなく聞こえてきた声に、ハルさんとシッシーは、思わず顔を見合わせました。
裏山の杉の木の上から、ハックション、ハックションと、大きなくしゃみが立て続けに聞こえてきます。
「天狗様だ!」
シッシーが叫びました。
「山の神様までも……かい?」
ふうとため息をついたハルさん。
マスクづくりの夜なべ仕事は、今夜も続きそうです。