帝都妖異端録 プロローグ〜1
大正時代風の世界設定です。
やっぱり王道で執事とお嬢様のコンビが好きです。
妖が見えるお嬢様とワケあり妖狐です。
0.プロローグ 執事が犯人
〇〇〇〇年 冬
私の名前は葛木芙蓉。17歳。帝都で知らぬ人は居ないであろう資産家、葛木謙蔵の一人娘である。趣味で探偵をしている。(まだ学校が無い日に友達の猫探しを手伝うくらいだけど)
そしてこの帝都では最近、首に2つの小さな穴が空いた死体が多く発見されている。その事から同じ人物の犯行と考えられていて、その犯人は巷で吸血鬼と話題だ。吸血鬼というのは外国の妖怪の様なもの(?)らしい。どうやら世の中には誰にでも視える妖怪もいるらしい。気になった私はお父様達にバレないように独自で捜査を始めだが、やはり一介の女学生が1人で出来ることなどたかが知れている。
しかし、1番近くに思い当たる人物がいるのだ。
『芙蓉様、私に御用とはなんでしょうか』
執事の安居院だ。
私が幼少の頃から葛木家に仕えていて、眉目秀麗、文武両道。まさに完璧を体現したような男。仕事は完璧にこなすし、人当たりもいい。同じ使用人内でも評価は良い。勿論、私の前でも理想の執事だ。しかし子供の頃、書庫でたまたま若かりし頃のお爺様の写真を見つけた。裏には当時のお爺様の年齢と日付が記されていた。それは当時の使用人たちと何かの記念に撮った写真のようだった。そこには今と全く変わらない姿でお爺様の隣に立つ安居院が写っていた。その写真は60年前の写真だった。私が生まれた頃には20代前半くらいであろう安居院はもう働いていたという。子供ながらに、見てはいけないものを見つけてしまったと思った。それからその写真のことは誰に言うこともなく、寝室の鍵付きの棚に閉まった。当時、既にお爺様は亡くなっており、当時を知る使用人ももう残ってはいなかった。安居院以外は。
これをきっかけに、安居院は私にとって信用ならない恐ろしい存在となった。それは成長した今でも変わらず、私は決して業務以外の事は聞かないし言わない。
安居院からしても仕えやすいお嬢様ではなかったと思う。それなのにこの十数年間、変わらぬ見た目と笑顔で仕えているのだ。
ついに、触れては行けない真相についに触れる時が来たのだ。これは、親友の、今までの被害者の安らかな眠りの為だ。噂によれば吸血鬼という生き物は人間後を食糧にするという。端正な顔を活かして若い男や女を誘って首に牙を突き立て血を吸い、何百年も同じ姿で生き続けるのだという。
突拍子もない現実離れしたオカルト話に思えるが、私には思い当たる節があったのだった。
「安居院、吸血鬼の噂についてどう思う?」
私の部屋に紅茶を持ってきた安居院を真正面から睨みつけている筈なのに、彼はにこやかに口を開いた。
「帝都の方々は皆、本気にして怯えているようですね。しかし、あのようなものは出版社の話題作りに過ぎません。まだ調べているのですか?」
「調べてなんていないわ!ちょっと気になっただけ!」
安居院の中でこの話は完結したようで、紅茶をティーカップに注ぎ終わると手際よく片し退室しようとしている。私はあまりにもいつもと変わらない安居院の態度と、誰にもバレずに調べていた筈だったのに、まるで最初から知っていたかのような言い方に腹が立った。
「捜査などやめて、少しお休みになられた方が宜しいですよ。貴女まで危険な目に遭っては…」
安居院は都合が悪くなるといつもこうだ。
私を捲し立てて、言いくるめて、"少しお休みになられては'だ。柔和な表情をしているが、いつでもその瞳は"詮索するな"と言っている。こんな事で引き下がる事はしない。そしてどうやら捜査と銘打って嗅ぎ回っているのもバレている様だ。
「この写真は一体何?」
言い逃れができないように目の前に突き出す。
一瞬、安居院が今までに見たこともない表情を浮かべたのが分かった。ビンゴ。これは大当たりだ。
「お嬢さま、どこでこの写真を…」
いつも冷静や安居院がこんなに焦燥感に駆られているのを初めて見た私は、返答を待たずに続けた。
「どうして20代のお爺さんの隣に安居院がいるのよ。しかも貴方まるで歳を取っていないわ!」
安居院が無言で写真を私の手から取ろうとしたので、ふふんと探偵気取りで、写真をヒラヒラとさせて見せた。
「その写真、私にお返しください。」
まるで自分の持ち物かのように言う。
やっぱり、吸血鬼は貴方で決まりね。
これで貴方に対する不信感の真実が明かされたってことね。ふむふむ。
「だめよ。貴方はこれからしっかり罪を償ってもらって…」
「あまり首突っ込むと死にますよ」
「え?」
私は訳も分からないうちに、呆気なく意識をてばなしたのであった。
1.お嬢様の妖狐様
「あれ?」
目が覚めると自室のベッドに寝ていた。
なんで寝てるんだっけ?先まで何か重要な…そうだ!
「安居院!!!!!」
「お呼びですか?お嬢様」
すぐ横にいつもの様に佇んでいた安居院。
そうだ、この男が吸血鬼だったのだ。あの写真を、
「無い…」
「こちらですか?」
ポケットやベッドサイド、机をバタバタと探していると、先程の私の様にヒラヒラと写真を見せつけてきた。形勢逆転。これは大ピンチだわ。このままでは逃げられてしまう。まず、どうすれば良いのだろうか。
吸血鬼ってなにが効くのかしら。うーんと顎に手を添えて考える。
「色々と考えを巡らせている様ですが、私仮に吸血鬼だった場合、すでにお嬢様は殺されているのでは?」
クスクスと彼も同じように顎に手を添えている。
たしかに、わざわざベッドになんか運ぶはずがない。
その前に血を吸われて死んでしまうのだ。その前に、なんで私は自室で寝ていたのだろうか。
「はぁ。そのおつむでよく、吸血鬼の真相を暴こうなんて思い立ちましたね。本当に死にますよ。」
今までとは打って変わって、冷たい声が降り注ぐ。
怯むな私。ついに正体をあらわしたな。
「巷を騒がせているのが本当に吸血鬼かわかりませんがね。私はこの屋敷から一歩も出られませんので、真相は分かりませんが。」
「どういうこと?」
この問い掛けは吸血鬼に対することより、屋敷から一歩も出られないということの方が強かった。確かに、安居院は休み無く働いているがプライベートな時間は少なからずある筈だ。
「そのままの意味でございます。私はこの100年間この敷地から出ておりませんので、事件の真相はわかりません。」
サラッと100年と言った。とりあえず、そんな長い間この敷地から出ていないという事は安居院は吸血鬼では無いのだろう。ではないのだろうけど。
「…貴方、正気?疲れてるなら休んだ方が」
「妖怪ですよ。忘れてしまいましたか?」
「妖怪…」
「妖は長生きなのです。私は貴方のお爺様に出会ってからずっとこの屋敷でお仕えしております妖怪です故、決してあのような事件との関係はございません。」
安居院は片膝をつくと私の両手を握った。
彼を長年避けていた私は久々に触れた安居院の手の温もりに戸惑った。それも束の間、自分の意思とは関係なく私の目線では無い記憶が脳内に流れ込んでくる。
楽しそうに笑ってる小さな女の子が見える。白黒で音のない映像。でもとても穏やかな記憶だとわかる優しい感情が伝わってくる。これは私だ。そしてこれは安居院の記憶。
「あの時のキツネさん?」
全部思い出した。幼少期の記憶がすっぽりと抜けたように無かったのはこのせいだったのか。
安居院は全てを話してくれた。私は物心がついた頃には人ならざる物を視ることができ、対話が可能だった。それはお爺様も同じだった。だから私とお爺様だけの秘密だった。お爺様の書斎には様々な妖がいてよく遊んでもらった。そしてその中の1人、妖狐の安居院はお爺様に頼まれて私のお目付役になったのだという。次第に私の妖を引き寄せる力が強くなり、屋敷から出られない安居院だけでは悪き妖から守る事が難しくなった。その力を封じるには妖の記憶を抹消しなければならなかった。しかも、私の力は年齢を重ねるに連れて再び、増幅しているそうだ。
「じゃあ、安居院はずっと私を守ってくれていたのね。でもどうして屋敷から出られないのかしら」
それが疑問だった。全ては安居院の記憶と共に理解ができたけれども、なぜ外に出られないのか。子供の頃もそうだった。一緒に外へ行きたいと泣いていた私をよく安居院はなだめていた。
「100年前、陰陽師に呪いを掛けられたのです。最初は意識すら保てませんでしたが、芙蓉様のお爺様、松樹様に出会って人型で生活できるほどには回復しました。」
「呪い?陰陽師って悪い妖を退治するのでしょう?貴方はそんな事を。もしかしてお爺様にも何かされたの?」
人間にも妖にも何かする様には見えない。あまり感情表現が得意ではないが、小さかった私に付き合ってよく遊んでくれた。さっきの記憶も嫌な思いでは無いように見えた。そんな安居院が呪いを掛けられるようなことをする筈が無い。お爺様だって優しくてそんな事をする人ではない。
「松樹様はそのような事をする方ではありません。そして、私は貴女を守る使命を受けましたがこれは私の意思なのです。ですから何も気にする事はございませんよ。でもとても寂しかったのです。ですから、昔のように抱きしめさせてください。」
まるでおとぎ話のお姫様を守る騎士のようなセリフに顔が赤くなるのがわかった。長らく、毛嫌いしていて顔をまともに見ていなかったが、やはり非常に整っている。100年以上生きているとはいえ、見た目は若い青年なのだ。男性と付き合ったことのない私には刺激が強すぎる。
「そ、そうなのね…ありがとう」
予想以上に長い抱擁にどうすればいいか分からず、背中をポンポンと叩いてあげると嬉しかったのか、より一層つ腕に力が入ったのが分かった。私への接し方は11年前と変わらない。もう世の中では17歳は立派な大人なのだが安居院には6歳の子供だった頃と変わらないようだ。
「も、申し訳ございません!つい、力を入れすぎてしまいました。」
ガバッと引き離すと無表情ではあるものの顔は普段より紅く染まっていた。
ここ何年も業務的な話しかしてこなかった相手だ。いくら記憶が戻ったとはいえ、まだ頭が追いつかない。
「ごめんなさい。私、貴方に冷たく接していたわ。あの写真を見つけてから、何となく怖かったの」
こんなに私の記憶が戻ったことを喜んでくれているということは、今までの冷たい対応は相当彼にダメージを与えたのではないか……。
「ええ!それはそれは辛かったです。何度、この屋敷に永遠に閉じ込めてやろうかと…」
前言撤回。
「で、貴女が外に出られる方法はないの?」
呪いを掛けた者がいるなら、解除する事だって可能なはずだ。
「今の芙蓉様になら可能です。」
「私に?それなら今すぐにでも!」
そらから安居院は私を地下室に案内した。安居院が使用している部屋からしか降りられない場所にあった。そこは広くはないが古い洞窟のようになっていて奥には、お札のようなものが大量に貼られた大きな石の塊があった。正直に言うと、とても気味が悪い。これを解き放ってしまって問題はないのだろうか。
「ここには私の残りの魂と妖力が封じられています。この札を全て剥がして頂ければ、私は外へ出ることが出来ます。」
「お爺様も妖が見えたなら解くことは出来なかったの?」
「松樹様も強い力をお待ちでした。しかし、芙蓉様には及びません。」
「ふーん。本当にこれを剥がすだけでいいの?」
古いお札を1枚剥がしてみるが特に変わった様子はない。岩にも安居院にも。
「ねえ、どうしてそんなに離れているの?」
残りあと数枚になった頃、ふと後ろを振り返ると違和感わ感じるほど安居院は距離をとった場所に立っていた。
「私はこれ以上、その札に近づけません。」
「何も感じないけど…」
筆で何か文字が書かれているお札を見るが、とくに痛いとか眩しいとか、なにか感じる訳でもない。ただの紙だ。何も起こることはなく最後のお札を剥がす。
「安居院、全部剥がしたけど……って安居院!?」
もう一度振り返ると、安居院は地面に蹲って倒れていた。駆け寄ると、額には大量の汗。とても苦しんでいる。
「大丈夫です……力が戻ってきているのです。100年も身体を離れていたのです…。すぐに落ち着きますよ」
私を心配させまいと口角を上げて見せるがかなり辛そうだ。でもどうすることも出来ず、ただ手を握ってあげる事しかできない。
「ありがとうございます…だいぶ馴染んできました。」
落ち着いたのか、すぐに汗も引いて自身の力で立ち上がると表情は普段の安居院に戻っていた。
「私には何も感じなかったけど、これで外に出られるの?」
「ええ。本当にありがとうございます。これでいつでも芙蓉様と一緒ですよ。」
ん?これは外でも妖から守ってくれるという意味なのだろうか。にしてもストーカー感が強い何故だろう。
「屋敷内では勿論、片時も離れませんが送り迎え、買い物の付き添いは全て任せたください。学院内は流石に入れませんが…」
「ちょっとまって!片時もって全部ついてくるつもり?!」
「勿論」
安居院の顔には"当然"と書いてある。
こいつを解き放ってよかったのかと一瞬後悔の念に駆られたが、守るという気持ちが嘘ではないことはわかる。まだ未知数の自分の力。世間を騒がせている事件。こんなにも早く自分の人生が非日常に染まるとは思ってもみなかった。
つづく
読んでいただき、ありがとうございました。
大正時代の服装、建築物などが好きで少し薄暗いけど2人がドタバタ動く感じにしていきたいです。
安居院の力とお嬢様の記憶が戻ったことで、これから新しいキャラクターや場所が増えていきます。吸血鬼事件に挑む2人をご覧いただけたらと思います。