第9話 決別
短め
「……で、どうする……つもり?」
先程までガタガタと震えていたマキは回復したのか陽菜に問うた。
「どうする……?」
「治って、また復縁を打診……個々で動く……人間の孤児として引き取られる……」
そう、陽菜は先を見ていなかった。
生命の危機は去った。この吸血族のためにと決めた残された時間も十分に伸びてしまった。
今更死ぬつもりはない。ここまで他人である自分を救ってくれたのだ。恩を返すまで死ぬことは許されない。
そう、恩を返そう。本来ならば野垂れ死んでいたのだ。神、いやマキやミサトに伸ばしてもらったこの生命の制限時間、彼女らのために使おう。
陽菜の心は決まった。
「私、決めました。これからは貴女のために尽力します」
「自分……?」
「貴方のおかげで生き延びた身ですので」
あとミサトさん、と笑う陽菜は、わざとらしい咳をすると、マキを真正面に見てから言った。
「天使族だった皐月陽菜は死にました。ここにいるのは名も無き貴方の従者。どうか貴方に名を付けてはくれませんか?」
マキに驚いた様子はなかった。澄み渡った真紅の瞳がこちらを覗いているだけ。そこには昔のような盲信的なまでに期待に満ちたものも、勘当される時にみた侮蔑した感情も見受けられない。
「……じゃあ、リィラ。こと座からの引用…他意はない」
「…リィラ。分かりました。私はリィラ。貴方のためにこの命を全て捧げます」
胸の前で腕を交差させ、跪くという天使族の忠誠の意思表示をしようとしたリィラは、直前で止まると、姿勢を戻した。
「吸血族の場合の忠誠の意思表示ってどうするのでしょう…?」
「知らない……人のでもやれば…?」
「そう…ですね」
リィラは人である母から教わっていた。
人の中でも作法は幾多もある。どれもが多種多様で単に人の、だけでは収まらない。
しかし、どれも共通するものはある。相手を敬うこと。作法などただのそれを表す一種の類でしかない。
ただ、相手を想っていることが伝わればいいのだ。
ミサトは人間社会、この日本で一番目にしたものをすることにした。手は下で軽く重ね、腰を折り曲げる。
「どうか、よろしくお願いします」
「……ん」
ここに、皐月陽菜改め、リィラが誕生した瞬間だった。