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7スノードロップ

 それは苦しみ抜いた、ひとつの形だった。


 もしもこれからの人生が苦難の道ならば、それを受け入れる覚悟がある。

 幸福でも平穏でもいい。希望を永遠に待ち続けるのもいい。

 春が訪れるなら、冬は希望の季節だ。


 だから、それまでに死ぬわけにはいかない。


 アキは叫んだ。


 少女のおたけびが、激しい雨音を散らす。


 その声は、自分を呼ぶものの名だった。

 その名は、自分の求めるものの声だった。

 そしてその手は何よりも輝いていた。


「ガランサス!」


 夜の闇に光の枝が広がる。

 雨音は消えていた。

 アキの握られた掌は、煌々(こうこう)と輝いている。

 指の間から、燦々(さんさん)と光が漏れて放たれる。


 真っ白な華の鏡のようだった。

 朝日が訪れたようだった。


 アキは、叫びの勢いとともに拳を突き立てる。

 その拳の放つ白光の刃は、短剣、いや、尖らせた小石のようだった。

 巨漢の太ももがざっくりと斬られた。


 桶から水を流したような流血に、巨漢は目を剥き出す。

 腕にしていたアキを突き飛ばし、必死の形相で立ちこらえる。


「何をしやがった、ちくしょう!」

 何かの刃物で斬り付けられたのだ。

 その怒り狂ったような憤激の先は、自らが突き飛ばさした少女に向けられた。


 アキは遠のいていく意識の中で、達成感のようなものを感じていた。

 解放されたのか。終わったのか。

 季節が移り変わるように、耐えた日々が次に進むのか。


「隠し持っていた……?」

 キルハははっとした。

 少女が倒れ込んでくる。


 一足飛びで突き飛ばされた少女を受け止めた。

 少女は小さく細く、柔らかかった。

 そして雨に打たれた身体は冷たかった。

 ぐったりと腕にもたれかかる少女を、やはり守るべき存在だと確信した。


 そして激昂した巨漢が迫ってくる。

 キルハはもう片方の手で舶剣【ドライブ】を突き放った。


 鋭く狙った鋼の刃が、巨漢の喉元に刺さり、肉に埋まっていく。


 先端の反りかえった(なた)のようなこの剣は、本来は突き刺すものではない。

 しかし巨躯をした大男の重さに、その突撃に増して、喉元はざっくりと裂かれる。

 しっかりと伸ばされた剣は、腕は、その感触を離さなかった。


 これが手応えというものなのか。

 巨漢の山賊は、血を一度吐くと崩れ込んで倒れた。

 何も言わずに、ただ首からの血が広がっていく。

 ギョロリとした目が動かない。

 冥府とやらを見詰めるように。


 吐く息は白く、雨音が再び聞こえだした。

 キルハは身に受ける雨に錯覚した。まるで血しぶきを浴びているように。

 人の肉の感触が、剣を通して手に伝わった。

 その手で直接、人の肉に触れているようだった。


「今の光は、術なのか?」

「だとしか。しかし存じ上げません」

 ツェンベルクの問いに術士は首をひねった。

 人知を超えた力であったことは違いない。

 しかしその場の誰もが、そういう術もあるのだろうと気に掛けなかった。

 どこぞの者が精霊の術を使えることもあるからだ。


「斬った、斬ったんだ……!」

 やっと声を出せるようになったのは、ツェンベルクが巨漢の死を確かめてからだった。 


「助かったんだぞ」

 キルハは腕の中の少女に語りかけた。

 少女は気を失ったのか、キルハの腕を力なく掴むと、眠ったように崩れ込んだ。

 手に見えたはずの短剣は、どこかに消えていた。


 豪雨は小雨に変わり、集落に焚きつけた炎も消えていた。


 燃え崩れた家屋の残り火には、か細い白煙が上がる。

 再び闇夜の静寂が戻っていた。


 ただ、この奇襲の前と違うのは、もはや村落と呼べない家屋の残骸と、山賊たちのうめき声があることだろうか。

 それに討伐を終えた兵士たちの(とき)の声が上がっていた。


「夜明けを待って山を下りる。まだ気を抜かるなよ」

 新しく起こされた焚火を囲み、ツェンベルクは指示を出していく。

 息のある山賊と女たちも一か所に集められ、下山の朝を待っていた。


 家屋のひとつには、強奪された物品だろう、物置にされた納屋があった。

 それらのほとんどは燃え尽き、この暗い中では物の判別もつかない。

 しかしツェンベルクは気にしていなかった。

 口には出さないが、むしろすべて燃えてしまえと。

 盗まれた物品は、何にせよ持ち主に戻す必要があったからだ。

 その持ち主の大概は、すでにいないだろう。

 いたところで名乗り出てくる可能性は少ない。

 ほとんどは税逃れや密輸に、この山間の裏ルートを通っていたものだからだ。


 そしてそれを突き詰めていくと、王国の有力な貴族に辿り着くだろう。

 隣国にも調べが及ぶかもしれない。


 政治も、戦のように穏やかではない。

 もちろんツェンベルクは軍人だが、だからこその忖度もあった。

 長年仕える王国の政治に疎いわけでもない。

 帰ってから仕事を増やすよりは、燃え尽きてしまったほうが王国のためでもあるのだ。


 その考えは、この女たちに対しても向けられた。

 このキルハに決められるわけもないのだが、念のために尋ねた。

「どうするつもりだ、その女を嫁にでもするつもりか?」

「賊じゃないんです。助けるべき民です」


 ツェンベルクは空気を和ませようと冗談を言ったのだが、キルハにはわかりづらかったのか。

 みなまで言わずにツェンベルクは頭を掻いた。

「くそ真面目だな、お前は」

「民を助けるために人を斬ったんです。俺は騎士になりたいんですよ?」


 横たわった女たちは、その中にはサーラもいた、皆うなだれていた。

 山賊から解放された安堵と、しかしながら殴打に遭ったことに複雑な表情を浮かべ、この状況に戸惑っているようだ。

 ツェンベルクは、手の空いた兵士に、女たちの傷の手当てをするように命じた。

「俺もくそ真面目に付き合うかな」


 キルハは、まだぐったりと気を失っている少女を見遣った。

 自分の目指した、民を助ける騎士への一歩の近づきを感じた。


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