35報告
何の嫌がらせかなどと、女のひとりが騒がしい。
この王領の兵士は二つ、王城の兵士団と、城下の市民兵に分かれる。
夜更けながら、王城へと移された女たちは、市兵から城兵へと引き渡された。
「一応は、丁寧に、とのことだ。一応は」
「わからんが、開いている部屋に入れれば良いのか?」
とりあえずの世話役として、同じ女のエキドナに任された。
これは押し付けられた、のだなと、ため息をついた。
エキドナも、新女王の達しと聞いて、少し驚いていた。
新しい女王、とは。
昨日の今日で、急に代替わりするものなのか。
王はまだまだ健勝だったし、王女だってまだ幼いはず。
だが目下は、この女たちを、どれくらい丁寧に扱うべきかと手をこまねいていた。
もちろん新女王の勅命ということではないが、これもまた真意を量り兼ねる。
即位直後の恩赦でもだったら、この国を後にしようと考えた。
山賊の棲み処から連れて来られた女たちを、王城で保護するらしい。
朝を待てば取り調べられるはずだが、その前に王城へと招待されたのであれば、その、一応ながらも、丁寧にはしないといけない。
しかし、どの部屋、どの等級にあたる部屋を使わせればよいのかと、そういったことは丸投げだった。
誰に指示を仰ごうにも、誰もが忙しく走り回っている。
一体何があったのかと尋ねても、曖昧にして口を閉ざされる。
宿舎で寝入ってしまい、招集に間に合わなかったことを後悔した。
王城に入れなくなったとき、何が起きていたのか。
奇妙な声の数々は聞こえたのだが。
あれがモンスターのものだとはわかるが。
情報を繋ぎ合わせると、何となく見えてくる。
けれども、自分はただの傭兵なのだから、国さえあれば生きていける。
王が代わる国を見てきたし、自分だって君主を変えて旅をしていた。
バンズクラフトは、たまたま立ち寄った程度なのだ。
不本意ではあるが、この国の兵士になってから雑用ばかりだ。
歴史的に戦争が少ないせいか、剣士として腕を売っているエキドナからしたら、いまいちこの緩んだ風紀が身に合わなかった。
「待って、あなた。もうひとりいるのよ。ねえ、アキはどうしたの?」
「誰かは知らないけど、王女……じゃなくて、女王様の命令だってさ。それ以外は知らない」
「だったら、さぞ立派な牢屋に入れられるんでしょうね。少しは眠らせてくれるのかしら。何もせずに、死んだように。そう、待っていれば助け出されるように」
とりあえず、女たちを二階の客間に入れた。
エキドナ自身も、城の上階へはあまり来たことがなく、廊下を迷いながら空いていそうな部屋を探したのだった。
豪華でもないし、みすぼらしくもない程度の、長いソファーが並んでいる。
この人数では少々狭いし、宿泊には向かないだろうが。
一応は、言われたことに従ったので、うるさい少女を遮るように扉を閉めた。
あとはその辺を歩き回って、情報収集でもしようかと、好奇心が疼いた。
慌ただしい王城は、深夜ということを忘れさせる。
そこら中の明かりが、荒れた城内を照らしている。
今、駆けつけた者は、その爪跡や血痕、というか血だまりに、目を疑っている。
それも押されるように指示が飛び交い、怪我人の介抱や国旗の垂れ幕の修復がされる。
兵士や官吏は、途絶えることなく城内を奔走していた。
各府の大臣や次官は、この広い謁見の間に招集されていた。
それぞれに、担当する役人たちが、報告や指示を仰ぎに訪れる。
騒がしい市場にめぐり回る客を、そのまま見ているようでもあった。
「ええっと、つまるところ城内の被害は、まずまずといった具合です。モンスターが侵入した経路は調査中ですが、ただ、穴を塞ぐには建設大臣の許可が要りまして……」
「壊される穴を修理して、どうなるのですか。兵を警戒に当たらせなさい。それと、被害は具体的に。他からの報告は取りまとめずに、そのまま申しなさい」
スフィーダは、その駆け回る報告の数々も、直接聞こえるわけだが、いちいち気を遣うように言い換えて伝言してくる大臣らを、煩わしくも感じた。
王座からもう一度、段下を見渡した。
傍らには、騎士団長のディグベルク。
その背は、今なにを思っているのだろうか。
やはり無表情なのだろうか。
身動きひとつせずに、ただ相手が誰でもこの段上に近づくたびに、警戒の目を向けているのはわかった。
アキは、あの暗い部屋で、肩を寄せてくれていた少女だ。
王室に関わる友人、としてディグベルクの横に立たせたのは迷惑だっただろうか。
本人も、異を唱えるものも、いなかったのでそのままにしている。
素性はまだよく聞いていないが、少し年上の温かさが心に残る。
拠り所、だと言えば、女王としての威厳としてはどうだろうか。
ただ、そばにいて欲しく思った。
謁見の間には、異例として大きなテーブルが持ち込まれた。
聞き取りの記述やら、役人の名簿やら、法典やらが、机上でもやり取りされる。
さながら会議室のようだ。
「殿下……陛下。財務府の執務室からの、証拠と思しきものからして、複数の共犯者の企てといいますか。その、他の繋がりの可能性を、お調べに……」
「ペール、カッツェ、ライナーです。それらを中心に、大法官府に調査させます。すべての者、城内外を問わずに当たるつもりです」
「すべての、と申しますと、大変多くの数になろうかと存じます」
財務府の次官だった。
今回の件に関係しなくても、身内を調べられたらまずいのか。
やはり大法官府を、隠密に動かすべきか。
「財務府は、証拠から入手経緯に関わるものを割り出しなさい。任せましたよ」
「仰せのままに、証拠から当たることに致します」
証拠品の目録はすでにできている。
それを処分する者がいれば加担者、あとは人事の繋がりからあぶり出せるだろう。
大法官府なら、他の役人とも距離が置かれている。
あらましは、自分自身も目にしたし、ディグベルクやアキからも聞けた。
最も詳しいのはキルハだろう。
回復次第、手元に置いておく必要がある。
新しい、幼い君主に、彼らが戸惑うのは当然だ。
だが、子供に説明するように、実際子供なのだが、わざわざ翻訳するかにしてすげ替えててくるのだ。
言葉を濁したり、都合のいいような解釈も見える。
眠い目をこらえて、あくまでも凛として構えた。
まだ、夜更かしの睡魔に勝てる年齢でもないのだが、それをも面に出せば、なおさらに幼く思われてしまう。
スフィーダは自分を律した。
逆に、各府の思惑や、後ろめたい部分を、探ろうともしていた。
これを機に、王政の淀みや派閥がはっきりすると。
目を閉じて、深慮するふりをする。
眠かった。
王位の引継ぎ、新大臣の任命、枢密院の再構成、兵士団が動いたことで、戦時評議会も開かれる。臨時の貴族院も開かれる。
騎士団は身内の宮内府だからいいとして、一連には市民兵も含んでいる。城下町の自治会にも申し開きが要る。
人的な被害も少なくはない。
捕らえた逆臣、ライナーの取り調べも、手を焼きそうだ。
それと一番の悩みの、崩御の発布。
他にもあっただろうかと、考えを巡らせているうちに、心地良さに負けてしまう。
スフィーダはそのまま、長い睫毛を重くしてしまった。