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33影

 石床の油が薄明りを作る。


 ゆらゆらと燃える火は、影を作る。


 キルハに、アキに、スフィーダに、そして巨人にも。

 形のあるものは皆、影を作っていた。


 王と王妃、そこに光があった。

 生涯仕えることに、何の疑問も持たなかった。

 今その灯火は消え、心の中の栄光だけが、瞳に残った。


「いかがされました、陛下、王妃、さあ、国造りを始めましょうぞ!」

 紅黒い眼が、その狂った光が、縦に流れる。

 足を広げ、腕を広げ、この倉庫を、その姿で埋め尽くす。

 巨人は、すべてを見下ろして、そびえ立った。

 錯乱、狂気、興奮、どれとも呼べる怪物の形相だった。


 キルハは手を伸ばす。

 巨人の、ペールの狂信は、すでに耳に入らなかった。


「こいつを倒す、倒さなければいけない」

――我が名を呼べ――

「アルセア・ロセア」


――光だけに飲まれるなよ。闇だけを見るなよ――


 巨人が伏せた。

 地に突っ伏して、地響きが鳴る。

 石床は割れ、巨人の、怪物のうめきが床に響く。


 巨大な石像のような顔が上がると、もう一度、その顔面は地に埋まる。

 石を固く敷き詰めた床がめり込み、衝撃が轟いた。


 巨人は起き上がろうと足掻くが、全身を圧されたように、見悶えている。


 キルハは、伸ばした手で、宙を押さえる。

 その手は、巨人の影を掴んでいた。


 火の明かりが作る影、それを掴んでいたのだ。

 その手が中空を、今度は巨人の腕の、その影に伸びる。


 筋肉の巨塊のような腕は、たやすくひねられて持ち上げられる。

 痛苦の喚き声が、瀑布ように響く。

 ギシギシとその骨が悲鳴を生み、肘は逆さに折れた。

 赤黒い泥のような血が、滝のように飛び散った。


 巨腕の血を、骨を、忌まわしく見据える。

 じりじりと火に照らされたキルハの瞳は、その灯火を冷たく映している。


 再び頭を、頭の影を掴み、持ち上げる。

 巨人はのけ反るように、半身の自由を奪われた。

 キルハの剣が、影をゆらめかす。

 そして、影を、影に突き刺した。


 絶叫が地鳴りのように、轟雷のように、押し寄せる。

 空震が石積みを崩し、壁が、天井が、落ちてくる。


 何よりも強靭だった身体は、握り込まれた枯葉のように、脆く崩れていく。


 キルハは構うことなく、剣を振った。

 麦の穂を掴んで、刈り取るくらいの強さで。


 石床の影、伸びた剣の影が、巨人の首を斬る。

 影を斬られた首は、その持ち主の首から離れる。


 小雨のように降り落ちる石積の中、それは落ちた。

 空気すら、それにこすれることを嫌そうに音を立てた。

 叫びも、妄言も、すでにない。

 ただドスリと、巨人の首は落ち、遅れて胴が突っ伏した。

 それが、最後の轟音だった。


 転がった巨人の頭が、静かに床を眺める。

 赤黒い血は、あっという間に、その図体を(うず)めた。

 血だまりは溶岩流のように、ドロドロとうごめく。

 部屋中を浸すような血は、ゆっくりと広がり、そして勢いを失っていく。


 巨人の頭が、体が、引き込まれるように落ちていく。

 紅黒い眼は、何も言わずに、自らの血に沈み、消えていった。


 血だまりを避けるように、アキは王女の肩を引き寄せた。

 ぐったりとした少女は、眠ったようにその身を預けている。


 この少女が目覚めたら、すべてが夢であったらいいのにと。

 夢ですらも残酷な、その光景の終わりに、アキも瞳を閉じた。


 少年は膝が崩れ、慟哭を仰いだ。


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