3雷雨
雷雨が集落に降りしきる。
かつての集落、というべきか。
今は山賊の棲み処となっていて、十軒ほどのボロ屋はどれも崩れかけている。
せいぜい使えているのはこのうちの二、三軒だった。
最も大きな家屋は山賊たちの生活の場であり、今は寝床になっている。
雨漏りを防ぐために、他の家から外した板を大ざっぱに乗せてあった。
その家屋の周りには、密かに動く影があった。
夜の闇に紛れて、忍び入った者たちだった。
それぞれは革袋から、オリウム灯油を地面に流し込んでいた。
二つずつ持った革袋から、集落を囲むように、それと家屋にも浴びせられる。
降りしきる雨の音が、彼らの気配を完全に消していた。
「賊は十数名ほど。情報通りならだが」
キルハは、ツェンベルクの言葉に目を凝らした。
実際そのようだ。乗っ取った集落を棲み処にしているとはいえ、生活の雰囲気は皆無に等しく、ときおりの雷光に映る家屋のほとんどは、屋根は落ちて壁は崩れている。
火をつければもっとよく見えるだろう。
キルハは剣を引き抜いた。
切っ先がやや湾曲して反っている舶剣【ドライブ】だ。
長剣よりも短いが、分厚く幅もある。
その重さを振り回すと小回りもきく鉈のような武器で、山中での戦いを想定して持たされたものだった。
雷光に鋼の刃が鈍く光る。
「戦鎚【スラッガー】も使うんだ。要は使い分けだ」
ツェンベルクは金属の棒を手にした。この太い腕で振り回したら、柄頭の、四角い果実のような重さの威力は簡単に骨を砕くだろう。
キルハは、もう一方の腰に下げた殴打武器の柄の握りをさすった。
今までにこれで人を殴ったことも、そして訓練以外で人に剣を向けたこともない。
さっき囮に使った者からの、悲鳴と血だまりが脳裏に浮かんだ。
悪人でも、同じような血が流れるのだろうか。
自分が斬られたら、同じように叫ぶのだろうか。
そんな戸惑いを見抜いてか、ツェンベルクはキルハの肩に手を置いた。
「山賊しかいないんだ。構わず討てばいい」
すぐ近くで雷が鳴った。
キルハは豪雨の向こうを睨み据える。
オリウム灯油に火がつけられた。
雨は容赦なく家屋に打ちつける。
時おりの稲光が、時間の経過を語っているようだ。
日が暮れて帰ってきた女たちは、労働に疲れ果ててすでに眠っていた。
このボロ小屋へ最後に戻ってきた女も、すでに泣き疲れて眠っている。
「横になると私も眠ってしまいそう」
アキは、最後に戻ってきた女がひどく泣き崩れていたので、ずっと付き添っていた。
どんな酷い仕打ちを受けたのだろうかと、ただ背中に手を当てて涙を聞いていた。
もう雨漏りなど気にしても仕方がないと、アキはいつか崩れそうな小屋の天井を見るのをやめた。
この雨で、あの水瓶は溢れるだろう。
川から水を汲んで歩き続けたことも、それが足りないと殴打の罰を受けたことも、まったく意味のない苦痛だったのだ。
足の裏をさすり、新しくできた傷に眉をしかめて耐える。
体中の疲れと痛みに、心が折れそうになっていた。
「いつまで続くんだろう」
さらわれてきた女たちは皆、このボロ小屋に押し込まれている。
朝になればまた、山賊たちに奴隷のように扱われる。
家屋の修理もできない、粗暴なならず者たちのだ。
「さあ、明日かしらね」
サーラは雨漏りの屋根を、青あざの中の瞳で見つめながら答えた。
しばらくやみそうにない豪雨は、ボロの小屋をひたすら打ちつけている。
雷光に照らされた二人の少女は顔を見合わせた。
「だといいけど」
「そうするのよ」
「本当に二人で、他の皆を置いて行くの?」
「他人事のように同情するのね。お互いにどこの誰かも知らないのに」
今だ戸惑いを見せるアキに、サーラは立ち上がった。
「あいつらもきっと眠っている。少なくてもこの雨で外出はしないでしょうよ」
サーラの考えは、この雷雨に紛れたら集落を抜け出せるというものだった。
この敷き詰めたように鳴る雨音の中であれば、山賊たちに気づかれることなく脱出できるだろう。
すぐ近くで雷が鳴った。
アキはまだ立ち上がれなかった。
練りたてた計画もなく、はやる気概だけが勝るサーラに続くべきか。
この集落を出られても、周りの山岳に、まともな道は無いに等しい。
暗闇の中で、崖に足を滑らしたらどうなるか。
雨の中でもうろつく野犬に襲われたら。もしそれがモンスターだったら。
ここでの虐待よりも、外の世界の死への恐怖が、頭に強くよぎった。
ここにいれば、命まで取られることはないんじゃないか。いつか解放されるんじゃないか。この苦痛に耐えていれば、いつか報われるんじゃないか。
そんな勝手な期待を作り上げるまでになってしまっていた。
「もう行くわ」
サーラはしびれを切らし、豪雨の下に小屋を出た。