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17侵略

 二つほど折れたところに光を見つけた。

 出口を、見つけてしまった。


 モンスターのいた、おそらく閉じ込められていた、(おり)から進んだその先だ。


 その出口を見つけたことに、動揺が走った。血の引く思いがした。

 氷のように手汗が冷たく走る。

 そして忌々しく煮えたぎる脈動が沸き立つ。

「考えたくはない。でも行かなければならない」


 さっきの檻の数だけ、モンスターがいるとすればかなりの数だ。

 決死の攻防に、やっと退けたモンスターが、あと十は超える。


 そして、それらは地下から、この先へと出ていることになる。

 旧市街の、市政舎の地下から通じるこの先に。


 キルハは汗ばむ握りの剣を、今にも突き上げそうに構えた。

 暗闇からの出口は、本来、緊張を解放させるものかもしれない。

 しかし今は、今の考えでは、より恐怖に向かっていくものだった。


「この先がどこかとか、誰の狂気の仕業かってことは関係ないんだ」

 アキの持つたいまつに、険しく眼光が照らされる。

 その見据える先には、やはりモンスターがいるのだろうか。


「容赦はしない、迷いもしない。後ろからでも斬る。卑怯と呼ばれようが、城下は守る」

 アキはその気迫に感じた。

 この少年には、自らが危機に襲われるよりも耐えられないものがあると。


「敵がいるっていうことね」

「お前は下がるか、戻るかしろ」


 アキはこの地下通路の暗闇を、歩き進む背中で見つめた。


 捕らえられていた牢から、しばらくの所でモンスターに襲われた。

 あの牙を剥く異形の獣が、この辺りにもまだ潜むかもしれない。

 なんならいますぐにでも、背後に現れてきそうな不気味な気配に肩背が凍った。


「どうすればよかったのかは、この先でわかるんでしょう?」

「後悔できるなら、ましかもな。まだ足掻ける」

「邪魔にならないように考えるわ」


 アキはその剣を見遣った。

 素人目にも、しっかりと腕に馴染んでいることがわかる。

「そうしてくれ、それと声が聞こえる。静かに」


 確かに出口の、出口かはまだわからないが、明かりからだろう声が聞こえてくる。


 おおよそ、言葉にもなっていない声だった。


 恐れ、悲鳴、怒声、そして到底人のものとは思えない叫び声。

 獰猛(どうもう)な獣が放たれたかのように、荒めくものだった。

 そのすべてが暴力的なものであった。


「ちょっと、待って」

 キルハに待つ必要はなかった。

 アキを振り切って、駆け出す。


 そして駆け抜けた先、その明かりに身をさらした。


 混乱と叫喚、流血の惨劇が目に入る。

 それは侵略だった。冒涜であった。


 そこはキルハもよく見知った、バンズクラフト王城内、その場所であった。


「こいつら!」

 すぐ目の前のモンスターに斬りかかる。

 背後からの攻撃に何のためらいもなかった。

 王家の、角笛の国旗を掲げた城が、汚されているのだ。

 どれだけ乱暴な動物でもない、もちろん人間でもない異形の姿に。


「誰だ、誰がこんなことを!」

 そのモンスターは、飛び出したキルハの急襲の斬撃を受ける。

 激しい出血に、全身を逆立ててもだえた。

 下手な弦楽器を弾き鳴らすような絶叫に、耳がぞわぞわした。

 紅い眼がキルハに振り向き、睨みを据えた。


 茎剣【スラスト】は真っ直ぐの両刃の刀身で、長さと斬突のバランスが万能に使える。

 キルハはこの剣を愛用していた。

 数えきれないほどの素振りをしてきた。

 ただし、実戦は皆無に等しかったし、モンスターと対峙するのも今日が初めてだ。

 そのモンスター、異・揉姿(イモムシ)は、太い筒のような全身をくねりだす。


 キルハはもう一撃を加えようとしたが、横から来た別の突きがとどめだった。

 長槍の先端がしっかりと貫通している。

 そしてその穂先から激しく電光が散る。


 刺突と電撃に、異・揉姿(イモムシ)はのたうち回る。

 傷穴からは、氾濫した川のように、大量の血が流れ落ちていく。

 たくさんの(いぼ)のような足を、ジタバタと細かく動かし、モンスターは事切れた。

 その電撃の術には見覚えがあった。紫蟲(トーニ)の術だ。


「シーマ、どうなってるんだ。無事か」

 死角からの槍の一撃に貫かれ、異・揉姿(イモムシ)はドサリと崩れ落ちる。

 そして自らの血だまりに沈み込んでいった。


 キルハの同僚、シーマが、槍を持つ肩を震わせている。

 長身で細身の手足が、構えどころのないように、奇異なモンスターの行く末を見送った。

「ああ、親友、助かったぜ」


 シーマは、沈んで消えて行くモンスターの有様を、苦そうに見る。

 槍の先端が、石床に赤黒い跡を引き、その目線の先に眉をひそめた。

「気味悪いな、これがモンスターか」


 この大広間は、元々の砦を王居として、階下に新しく建て増しされたものだ。

 奥まった砦のほうは入り組んではいるものの、よく使われるこちらの広間部分は、真新しい石の壁や床が広がっている。


 そこに今、モンスターに応戦する兵士たちの怒号が、あちこちから聞こえる。

 流れ出たばかりの血が、明かりに生々しく照らされている。


 この大広間は、多く官民が出入りする場であった。

 夜の更けた今は人影も少ないはずだが、今夜は狂騒のさなかにある。

 まさに侵略だった。

 王城への、王家への、この国への、暴虐とも呼び足りない蛮行だ。


「ちょうど今、お前が出てきた穴、そこから何匹も出没してきた。どこに通じているんだ?」

 シーマは腰の短剣の切っ先で、キルハたちの出てきた壁を指した。

 穴の開いた石壁に、通路が暗く長く延びている。

 その短剣で、脚に絡みつけられた白い膜のようなものを剥がす。

 異・揉姿(イモムシ)によるものだろう、しつこく粘った糸を断ち切った。


 このような得体の知れないモンスターが、城内を蹂躙している。


 キルハは、やはり今走ってきた地下からの侵攻に、唇を噛みしめた。

「兵士団は、騎士団は、迎え撃っているのか!」

「とっくに招集はあったんだがな、大体はあの様だ」

 シーマは(あご)をしゃくった先は、食堂広間だった。

 足のおぼつかない兵士たちが、フラフラと武器を構えている。

 モンスターにやられた者もいるが、いくらかの兵は酩酊状態でもあった。


 さっきまで酒に浮かれ騒いでいた同胞たちを冷たく見遣る。

「情けない。情けないが、そう言っている場合でもないな」

「やつらを城外に出すわけにはいかない。そして上階に上げるわけにもいかない」


 キルハは、はっと目線を階段、上階への階段に投げる。


 その先は謁見の間、まさに今日、キルハが王と王妃から褒美の言葉をもらえた王座の間だ。

 そしてその奥には、王政を担う大臣たちの執務室がある。

 さらに上階には、王室の居館も並ぶ。


「陛下……!」


 言うが先か、キルハは駆け出した。

 周りに目もくれず、ただ上階を目指して走りゆく。

 シーマはやれやれと、この状況にも飄々とした態度で見送っている。


「お嬢さん。前門は俺が構えると、あの騎士様に伝えてくれ」

 そう言うと、長槍をひるがえしてシーマも駆け出す。

 その騎士様、と呼ばれたキルハとは反対方向、城の正面の加勢に向かった。


 モンスターは、足腰の入らない兵士を爪で踏みつけ、牙で喰いかかる。

 シーマは長槍を突き刺し、異形の姿を払い止める。

 後ろ腰からの長剣に持ち替え、巨躯の足に突き立てた。

 広間には、血しぶきが舞っている。


 慌てふためく人の声、それをかき消すほどの奇声がうねり立つ。

 アキはそれらを見渡すと、視界が回りそうだった。

 気を抜くと、意識が飛ばされそうだ。

 この大広間を、目を移すごとに、モンスターとそれを囲む兵士の束が叫声を上げている。

 怒号が、絶叫が、腹の底に響いてすくみ上がる。

 紅い眼の数々が妖しく光り、それらは暴れ狂うたびに線を引き、兵士を襲う。

 倒れてうめく者もいる。傷を負ってもまだ立ち向かう者もいる。

 そして流血に横たわって動かない者もいる。


 瞳が震える。

 あの少年、キルハは、そして兵士たちは、こんな惨烈に身を置くのが生業なのだろうか。


 自分の置かれていた、ならず者からの虐遇には、まだ生きるすべが見えた。

 生きるために、酷い仕打ちにもこらえられた。

 それは耐えていれば過ぎていくものだった。


 しかしこの眼前の戦場は、耐えて待つことすら許されない。

 生死を分かつ、戦だ。

 震えて我慢をしていれば、助かる場所だろうか。

 弱みを見せれば、怪物は哀れに思ってくれるだろうか。

 ただ痛めつけるだけで満足するだろうか。


「違う。私は甘えていた」


 このような場所もあるのだ。

 アキは上階へ向かうキルハを追いかけた。

 どこが安全なのだろう。

 知る由もないが、そんな所はきっとない。

 ただあの剣が、力強いと思った。


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