医師
それから数日間のことはよく覚えていない。病院に荷物を取りに行った際、堤に呼び止められた。
「大滝さん、ちょっとだけ良いですか?」
缶コーヒーを両手に堤に誘われるがまま屋上へ行った。
「甘いのとブラックどっちが良いですか?」
甘い方と言うとちょっと格好悪そうだったので、「ブラックで」と言った。
堤は俺の方をじっと見ながら語り始めた。
「私ね、昔医療ミスして人殺しちゃったんですよ。5年前なんですけどね。完全私のミス。訴えられちゃって。こことは別の病院でだったんです。別に適当な仕事をしてたつもりもないんですけど、魔がさしちゃったというか、当直も多かったりして、まぁ言い訳なんですけど投与する薬の量間違えちゃって」
おいおい、突然何の話をしはじめるかと思ったらと感じたが、堤は一方的に話した。
「瀬崎さんの最後を看取る時、ほら私のこと止めに入ったジィジいたでしょ。あの人に拾われてここに入ったんです。でね、ほら見ての通り、私小心者で、しかも大失敗してる後だから患者さん担当するのが怖くてね。そんな折、瀬崎さんを担当することになったんです。瀬崎さん、優しかったですよ。私の心の中、見透かしてるんじゃないかってぐらい気を遣ってくれた。初めは乳房にガンが見つかって、何回も転移した。泣き言ひとつも言わなかったですよ。私に何で気づかなかったの、何てこと一度も言わなかった。もちろん私たちもその度に最善の方法で治療に当たってたんですけど、上手くいかない事も多くて」
堤がこんなに会話をする人間だと思わなかった。
「なんだか不思議な人だったんですよね、瀬崎さんって。私、この話を瀬崎さんにしちゃったことがあって。患者さんにこんな話ししたらドン引きするでしょ、きっと。人から信頼されるのが怖くてね。ぽろっと。あんま俺の事信用するなよ〜ってね。最低な医者ですよ、私は。その時、なんて言ったと思います?じぁ安心してお願いできますね、だって。なかなか言えないですよ。大きな失敗をしたことがあるってことはきっともう同じ失敗はしないでしょって。その分普通の人の何倍も努力したんだろうから、堤さん、あなたは良いお医者さんになったと思って。もっと自信を持ってくださいって言われたんです」
堤がまさかこんな会話をレナとしていたなんて意外だった。
「だからね、何としても救いたかったんですよ」
肩を震わせて泣き崩れる堤がいた。
彼はもっと良い医師になるのだろう。一人一人の命と向き合える医師なのだから。