マナー
翌朝レナに外泊許可が下りたことを伝えた。
「歩、ありがとう!実家に全然帰ってなかったから、すごく嬉しい。何年振りだろう、帰るのは。もしかしたら10年振りかも」昨晩とは打って変わって満面の笑顔でそう答えた。
「ううん。実家に帰れて、裏山から星空を見れれば十分よ」
「そっか。俺は人生初長野県だね。2人でドライブしながら行こうね。実家の方でお父さん、香澄さんたちは待ってるってさ」
「ドライブか。ちょっと怖いな」
「俺、成長したから大丈夫だよ」
「本当?わたしまだ死にたくないんだけど」いたずらっぽい顔で俺に話した。
香澄と翔がやってきた。
「あら、朝から熱いわね。ヒューヒュー」時々年齢がわかるようなセリフを香澄は放つ。
「お姉ちゃん、外泊許可取ってくれてありがとう。凄い楽しみ」
「いえいえ。許可を取ってくれたのは歩くんですから」香澄は答えた。
「ねぇお姉ちゃん、話したい事があるの。ごめんね、歩。ちょっと買い物頼んでも良い?翔も一緒に連れてって」
どんな会話をするのか気になったが、翔を連れて病室を後にした。
「翔、サッカーボールあるから歩くんと遊んできなよ」香澄の強引な要望だが、受けざるをえなかった。翔も
「はーい」と嬉しそうに返事をした。
病室を出ると翔が言った。
「何だろうね、2人っきりで。女子トークってやつ?」
「そんなところだろうね。でも女子トークしてるところに男は入っちゃいけないんだよ」
「へぇー、それはルールなの?」
「いや、マナーかな」
「ルールとマナーって違うの?」
「似てると思うけど、違うかな」
「どう違うの?」
翔は子供なだけに好奇心が強い。それは凄く良い事だ。
「ルールっていうのは法律みたいなものでさ、例えば物を盗んじゃダメとか、あとは病院の中でタバコ吸ってはダメとか、世間で言われるところの紙に書いてある誰もがやってはいけないことってところさ」
「ふーん。じぁマナーは?」
「マナーっていうのはルールのように破っては絶対いけないわけではないんだけど、何かをすること、しないことで人の気持ちを大切にする事かな。例えば食事中に携帯電話をいじらないとか、女性に体重と年齢を聞かないとか」
「えっ女性には聞いちゃダメなの?男は良いの?」
「時と場合によるかな」
「なんだかマナーって難しいね」
「そうだよ、翔。マナーは難しい。おじさんも今まで生きてきてルールとマナー両方とも守れる人はそうそう出会わないんだよ。ルールっていうのは人の為にあるように見えて、実は自分の為にあるもので、それを守ってるだけで許されるものなんだよ。マナーは100%相手のためにあるものなんだ。大体の人はね、ルールは守れるけど、マナーは守れないんだ」
「ふーん、歩くんはどっちも守れるの?」痛い所を突いてくる子供だ。でも嫌いじゃない。
「多分おじさんもほぼルールだけしか守れないかも」
「ほぼ?」
「1つくらい大切にしてるマナーがある。それはね<時間を守る事>かな」
「時間って、約束した時間ってこと?」
「そう。時間ってね、人にとって平等にありそうに見えて、そうじゃないんだ。翔、時間を長く感じる時もあれば早く感じる時ってあるでしょ。もし約束した時間にお友達が来なくて、待たされる時ってどんな感じかな?その時って凄く長く感じるよね。それと、もし待たされるんだったら他にやりたい事あったかもしれない。だから約束した時間を守るってことは相手を思いやる最低限のマナーかな。
あともうひとつ。時間を守れない人は約束を守れない人なんだ。約束を守れない人とは友達になれないだろ、翔?」
「うん、そうだな〜」
「ちょっと難しかったかな。実はこの話はおじさんのお父さんが子供の頃よく俺に話してた話なんだ」
翔の表情が少し曇った。
「ふーん、そうなんだ。僕、お父さんいないから、こういうのお母さん教えてくれないんだ」
「ごめんな、翔。おじさん、知らなかった」
「ううん、いいの。またこういう話してくれる?」
「もちろんだよ。翔。おじさんにも子供いないからまた聞いてほしい」
その後病院近くの公園でサッカーをした。おかげで女子トークに男が割り込みをすることはなかった。