ある日のこと
なんやかんやバタバタと仕事の引き継ぎを行い、長い休みをもらった。大手銀行の一行員がいなくなっても、全く影響はないようだ。約2ヶ月間暇をもらったわけだから文句の一つもない。
休みに入った日の夕方、香澄が子供とやってきた。
「歩さん、今日も来てくれてるのね。ありがとう。レナも早く目を覚ませばいいのにね。」
横にいる子供もなんだか緊張していた。とりあえず俺は決まり文句のように話しかけた。
「こんにちは。お名前は?」
「瀬崎翔です」と少し小さい声で答えた。やはり母親だけあって香澄に似てはっきりした顔立ちだ。
「小学校4年生なのよ。こんな大人しそうにしてるけど、普段は凄いうるさいんだから」
「やめてよ、母さん。初対面な人なんだから緊張して当たり前じゃないか」ちゃんと意見の言える子だ。直感的に俺はそう思った。
ただ瀬崎という姓を名乗っているということは、婿養子で夫がいるのか、離婚をしたのか。取り敢えず俺には関係ないが、一瞬の疑念を抱いた。もし10年前レナと俺の子供が生まれていたらこれぐらいな子供になっていたんだろうと思った。
たった一人でレナを手術台に乗せて子供を堕ろさせた最低な男だと俺は感じた。
俺もレナに直接謝りたかった。でもこの気持ちは間違いなくレナのためではなく、自分の罪を軽くしたいという思いだ。レナ、俺にもごめんなさいをさせてほしいと強く願った。
「おじさんはレナちゃんの彼氏?」
「そうだよ」珍しく迷いはなかった。