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スーパーの店員の水野さん  作者: 開墾路花壇
7/15

7 ほねおりぞんのくたびれもうけ 8 七のレジェンドの、トリック  9 決意。彩穂、意を決して「お昼一緒に食べない?」

7 ほねおりぞんのくたびれもうけ


 七月十四日 土曜日


 何も起きず何も生まれず、わたしにとって無意味な一週間が経過した。一体、何が間違っていたというのか。彼との進展はなく空しく日々だけが過ぎた。だってわたしは、恋愛小説の中のヒロインではなくしょせん、登場人物Aなのだから。


―fin.―

 

 ……笑談じょうだんである。


8 七のレジェンドの、トリック


 七月十五日 日曜日


 この日、わたしは珍しく帰りの遅いという父をさしおいて、母と妹のこころと三人で、近所のファミリーレストランに夕食を食べに出かけた。父のいないことと、久し振りの外食の両方とで気分が昂揚こうようしたのか母は饒舌じょうぜつだった。頼んだメインディッシュを食べ終え、ウエイトレスが、食器を下げ、その後わたしがイチゴパフェ。心がチョコレートケーキ。母が生ビール、と、頼んだオーダーのメニューが目の前に運ばれてきた。

 それぞれの第二弾を楽しもうと思っているまさにその矢先、母が、唐突に口を開いた。

「彩穂。あんた恋してるの?」

 えっ。わたしは突然の母の問いかけに開いた口が塞がらない。まさか、いつぞやのスーパーの一件、見ていたのか!いやそんなはずはない。わたしの考えすぎかと思う。

「いや、いないけど」わたしは平然とした口調で言う。

「へーそうなんだ」と心は、チョコレートケーキから目線を外さず言う。それぞれの第二弾を口に運ぶ。それぞれの至福が生まれる。ほろ酔いの母が言う。

「あの伝説、まだ残ってるのかな?」 

「伝説って?」

 わたしは、母に疑問を投げかける。母は再び生ビールを口に運ぶと言う。

「八のレジェンドよ」

「うん」わたしはうなづく。母はよく単語を間違える。例えばそれは、「有頂天うちょうてん」を「有てんちょう」だったり。「二番煎にばんせんじ」を「二番ぜんじ」と言ったり。今日も、「ファミリーマートに食事に行こう」とか。ツッコムことも面倒くさくなって、最近はわたしも心も軽く流す。

 だからわたしはまた、「七」を「八」に間違えたな、と。わたしはそのように受け取った。

「八月八日八時八分八秒にメタセコイヤの木の下で、好きな人のグッズを、にぎって願いごとをすると、永遠に結ばれるっていう伝説よ」

「うん」再びわたしはあいまいにうなずく。実はわたしの学園は毎年この時期になるとこの話題で持ちきりになる。そして、この伝説は、成功例を聞いたためしがない。少なくともわたしが学園に入学してからは。だからなのだろう。ブームはすでに去っていた。というより一過性のものだったのだろうとわたしは考えている。けれどそうは言ってもそのような迷信や伝説にも頼りたくもなってしまうわたしの乙女事情。……切実である。

「その伝説って、なんかうそ臭いんだよね、しょせん伝説でしょ?」わたしは言う。母に疑いと疑念のまなざしを込めて。もちろんわたしの個人的なうらみも込めて。すると母はその全てを感じ取ったように言う。

「あらあら。何でそんなことを言うのよ、彩穂」母は、呼び出しベルを押した。ピコン、と鳴って、すぐにウエイトレスが来る。母は、まだ三分の一は残っているのに、二杯目の生ビールと、ほうれん草とベーコンの炒め物をオーダーした。それから思い出したように話を続ける。心は、興味津々そうな顔をしている。それは、伝説話になのか母の生ビールなのかはわからない。わたしは母の話で、イチゴパフェへの食欲をそがれ、残り半分ほどだったそれを心にあげた。心は喜んで食べる。

「ところで何がうそ臭いって?」

「だって、成功したって話、聞いたためしがないんだもん。わたしもこないだ、いのってきたし」

 あっ。言ってしまったと言ってから気づく。もういいいや、この際。どうせ言ってしまったんだから。

 ウエイトレスが来た。二杯目の生ビールが来る。母は、一杯目の生ビールを飲み干すと、そのあいたジョッキをそのままウエイトレスへと渡した。そして言う。

「あら、彩穂。何言ってるの?まだ七月じゃない」

「だから、『七』なんでしょ。おかあさん、いいかげんにしてよ。『七』と『八』間違えないでよ」わたしは少しキレ気味に言った。すると、母が、

「間違えてないわよ。八月八日八時八分八秒。もしかして、彩穂。七のレジェンドとして伝わっているんじゃないの?」

 その通りだった。わたしは何も言えず、へそをまげていると、母が言葉をつむぐ。

「やっぱりね。それにね」と、母は意味深な顔をする。

「もしかして、知られてないのかな、三つの必須条件」

「必須条件?」わたしは自然とオウム返しになる。

「『八時』は朝よ。それとね、グッズは利き手とは逆でにぎるの。もう一つ。……それは友達がいるということが必須条件」

 そんな……。わたしは言葉を失った。

「きっと必須項目を知らなくて結ばれなかった人たちのこころないうわさ、悪意ね。かわいそうなことだわ」

 なるほどわたしは合点がいった。どおりで前例がないはずだ。それにしても……母はなぜこの必須条件を知っているのだろうか?もしかして父と……その疑問をぶつけようとしたら、ウエイトレスが、ほうれん草とベーコンの炒め物を運んできた。母は、待ってました、と、ばかりに一目散にありつく。わたしはそのことで謎をぶつけるタイミングを逸してしまった。ふと横を見れば心は、わたしのあげたイチゴパフェを食べ終えていた。


9 決意。彩穂、意を決して「お昼一緒に食べない?」


 七月十七日 火曜日


 教室内のグループの中でひときわ目立つ女の子、兵藤栞。男女からあこがれの熱い視線を浴びている。その兵藤さんを囲んで、女子たちの奇声や感嘆の声や悲鳴。六個の机をくっつけて、和気あいあいと昼食をとる光景がある。それを遠目で、パノラマ写真のように、横に見ていくわたし。ほんの一瞬のことだった。その瞬間でうらやましいと思った。でもすぐに忘れた。

 ―でも。八のレジェンド。水野さん。わたし……幸せになりたい。

 今、動かないと一生アンタ、このままだよ。天から声が聞こえた気がした。わたしは覚悟を決めた。勇気という名の覚悟を。


 その周囲にいたクラスメートたちが驚いてわたしを見た。自家製弁当を片手に兵藤さんたちのグループへと歩み寄るわたし。ゆっくりとゆっくりと。一歩一歩。進んでいく内に、その歩幅が広くなり、そのスピードが早まっていく。そして―、

「兵藤さん、よかったらお昼一緒に食べない?」

 わたしの足取りとその言葉に、クラス中が凍りついたのはいうまでもない。

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