08 春の目覚めには
王城からすこし離れて拓かれた土地に、数人の男たちは集まっていた。
まだ朝の明け切らないうちに彼は、畑の中で鼻をひくつかせる。
甘い匂いが立ち込めていた。
膝を折り曲げて育ち始めた苗に鼻を寄せると、さらに甘く鼻をくすぐる。
彼は立ち上がって周囲の作業仲間を見た。仲間も驚愕の表情で彼を見ていた。
冬が始まる前から丹精込めていたバニラの世話が、形になり始めていた。
翌週、報告を受けてルスカ・ヴィナ・ノワは自室でソファに座り、妹と他愛のない話を繰り広げていた。
膝の高さのテーブルには、国で栽培されたバニラのサンプルが置かれている。
それに目をやりながらルスカは、ミルク入りの紅茶で口を湿らす。
「思った以上のものが採れそうだが、お前はどうするのがいいと考える?」
「それは……乾燥させて粉の状態にするべきです」
それは無論と頷いて、彼はもう一口紅茶を飲んだ。
指の節を重ねて膝の上へ置くと、兄妹でよく似た切れ長の目が見合う。
「そうした上で、だ。これを売るのはいいが、使い道は増やしておきたい」
売る量が確保できれば、販売はいよいよ本格的なものになる。
ルスカがいま握っているのは、各地の有力者たちに優先的に流すルートだ。
それが下って評判を呼んでいるのだから、まちがってはいない。
けれどそれだけでいいわけでもなかった。
「あの子にばかり頼っていられないと言うのでしょう」
訳知り顔で頷くと、オルデはお茶請けのクッキーを一枚弄ぶ。
脳裏に浮かぶ顔は、もうすぐ花開こうとするつぼみだった。
「手札が多いに越したことはない。彼女はもうすぐ貴族の階段を昇るぞ」
ルスカは彼女が王城へ売ったレシピを聞いていた。
それは足元を高く固めるものだと確信している。
いまでも多忙を極めるが、それ以上になれば頻繁にあうことは難しくなる。
ヴィナ・ノワ家だけで使える手段を増やしておくことは重要だった。
「いずれ同格に成り得ますね。使い道もですが販路も増やす必要があります」
ううむ、と唸ってルスカは天井を見上げた。
ポリポリとクッキーが砕ける音がして、ふわりとバターの香りが漂う。
しばらくフレッシュバターを食べていなかったことを思い出して喉が鳴った。
「料理人と店の情報を合わせればわかるものもあるか」
「わかりました。呼ばせましょう」
オルデがすばやく指示を出すと、数分ほどで料理人はやってきた。
彼らと話し合いながら、バニラの使い方を探っていった。